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最終話 三角関係で育つ花?

 その日の放課後、アリスは文化部部室棟の三階、新聞部にいた。年季の入った革張りの長椅子に座り、ドナの新作小説のプロットを読んでいる。


「ブラッドくん、残念だったわね」


 ドナは振り返って言った。机の前で、先輩の書いた記事を見直している。見出しは【植物育成学 今年の注目班まとめ】。

 学長と話し合った次の日、掲示板には新たな紙が貼られていた。

【次の者は班が決まっていないため、教員室に来ること。】

 その下にブラッドの名前があった。人数の都合上、ブラッドは残りの生徒と組むことになったのだ。


「当初の予定通りではあるよね。ブラッドに頼らずに、私は私の道を行くの」


 アリスとコリンは、引き続きこの学校で学ぶことを許された。ブラッドとドナの記憶はそのままに。ただし、アリスはこれまで通り毛先を黒く染め、三人も彼女の生まれについては語らない事。コリンの出自も秘匿すること。これらの事項に四人は(うなず)き、魔術の込められた誓約書に署名した。

 学長は、アリスの両親と懇意にしており、彼女も親戚同然に思っている。存在感を消す魔術は、彼女の成長速度に合わせ、段階的に弱めていく予定だったそうだ。いつか苗字を名乗れる日が来るのかもしれない。

 けれど、アリスは気付かれるくらいでなくてはいけないとも思っている。一気にたくさんではなく、少しずつ、本当の自分を知ってもらいたい。


「今、私達しかいないから聞くんだけど、どっちが好きなの?」

「何の話?」

「もう。(あか)王子(おうじ)か、(みどり)王子か。そう呼ばれているのは知ってる?」

「うん。二人が眩しいから以前よりも私が見つかりにくくなっている気がする」


 言うまでもなく、赤王子はブラッドである。

 緑王子と呼ばれ始めたコリンは、覚醒して以来、視力が良くなった。眼鏡がなくなったことや、アリスの隣で見せる優しさ、制服に隠された筋肉が徐々に見つかり、人気をじわじわ伸ばしている。

 アリスは答えなかった。熱心にプロットを読んでいる。顔は紙で隠れていて、ドナからは表情が読めない。


「まさかアリスさん、どっちも同じくらい好きだなんて言わないわよね?」

「私、恋愛ってよくわからないの」


 両親が決めた相手と結婚し、アンブローレル家を守ること。それこそが自分の使命だと思っていたアリスにとって、恋愛はせいぜい創作の中だけで楽しむものだった。入学した頃、二人から同時に告白されるだなんて、誰が予想できただろう。


「選ぶ前に誰かに取られちゃったりしてね」

「ドナさんもそう思う?」


 脈絡なく、アリスは慌てて立ち上がる。ソファの陰に隠れてから宣言した。


「ここにはドナさんしかいない!」


 部室の扉が叩かれ、ドナは返事をする。入って来たのは、赤王子と緑王子だった。


「うす……」

「ドナ、ひとり?」


 そう問われたら、ドナは急に自信がない。アリスが唱えた言葉の影響で、最初から一人だった気がしてくる。


「ふむ」


 突然、コリンは編集机に手をつくと、ぴょんと飛び越え、長椅子の前に立った。

 瞬間移動でほぼ同時に移動したブラッドが、ため息をつく。


「は? ダル……」

「かくれんぼしてるの?」


 二人がアリスを見下ろしていた。アリスはそそくさと長椅子に、ぽすっと座り直す。


「二人とも、早かったね?」


 二人の王子は、さっきまで敷地内の隠し部屋で特別訓練を受けていた。覚醒したコリンのため、学長は専門の講師を紹介し、ブラッドは助力役を自ら志願した。二人は今や切磋琢磨の仲である。


「なんで隠れた?」


 ブラッドがどかっとアリスの隣に座る。長い脚がアリスに当たる。眼光が鋭い。

 もう片方の隣にコリンも座った。ニコニコしながら、背もたれに腕を回し、アリスの方に少しもたれかかる。


「さぁ……? 私にも分からないの。二人の気配がして、ここに来ると思ったら、胸が苦しくて、じっとしていられなかったから、とにかく隠れなくちゃって……二人とも?」


 コリンは顔を背け、落ち着きなく髪を撫でつけた。


(うわぁ、不意打ち? 無自覚だからまいっちゃうよ。ぼくのこと、意識してくれてるってことだよね?)


 ブラッドは片手で顔を覆って、小さく震えている。


(こいつ、可愛すぎんだろ……!)


 アリスは、術をかけてしまったことを謝る。


「ドナさん、ごめんね」

「いいのよ。私も余計なことを言ったわ」

「余計なことってなんだよ」とブラッドが反応する。

「女の子同士の会話だから、ちょっと言えない」

「えー、アリスー、ぼくにも言えないことなのかい? 気になるよー」


 コリンが甘え鳴きする子犬のように言うので、アリスは教えてあげることにした。


「二人は人気者だから、私が選ぶより先に誰かとお付き合いするかもって」 

「本当に余計なことじゃねーか……!」

「だから、謝ったでしょう?」

「ぼくら一回振られてるからねー」

「あら、そうだったの」


   ◇◆◇◆


 告白の数日後、アリスは二人を同時に呼び出し、断るつもりだった。家柄の問題と、アリスが恋愛に(うと)いために「選べない」と伝えると、二人は焦りだした。


「そういうことだから、もう私を守りたいとか思わなくて大丈夫だから。私はまだ未熟だから、お試しで付き合うなんて考えられないの。友達でいましょう?」

「早まんな」

「そうだよ。何も今決めなくてもいいじゃないか」

「そうなの?」

「わかんねぇだろ、先のことは」

「そっか。ああ、でも……うん……そうだよね……」


 コリンの瞳がひらめく。


「あれー? もしかして、その内に諦めると思ってる? 他の子に目移りするとか考えてる?」

「違うの?」

「眼鏡は知らねぇけど、俺は婚約、諦めてねぇから。卒業したら迎えに行くつもりだし」

「もう眼鏡かけてないんだけど? ぼくも同じ。アリスのそばにいられるように強くなるよ。だから、アリスもどっちを選ぶか、今から考えてね?」

「逃げんなよ?」


 ブラッドもコリンも笑顔だったが、アリスは念を押すような空気をひしひしと感じていた。


   ◇◆◇◆


 今も二人の間で同じ圧を感じながら、アリスは伸びをする。


「四人で食堂の新作パルフェでも食べない?」

「四人だと?」


 ブラッドが眉間にしわを寄せた。


「いいわね。私も糖分が切れてきたところよ」


 アリスは立ち上がり、ドナにプロットを返す。


「ブラッドはお菓子とか食べなさそうだもんね」

(つつし)んでお供いたします」


 コリンも立ち上がった。

 ドナは書類を机にトントンと打ち付けて揃えた。原稿を所定の引き出しに入れる。


「鍵を閉めるわ。みんな、出て」


「はーい」と仲良く部室を出て行こうとするアリスとコリンの背に、ブラッドは呼びかける。


「頼む。二人にしてくれ。今、俺だけ班も違って、席も遠いんだ。不公平だろ?」

(さじ)はひとつでいいのかな?」

「ふふっ、コリンたら。おもしろーい」

「おい、聞け」


 ブラッドも二人に続いて部室を出た。


「なぁ、いつになったらデートしてくれんの?」


 ブラッドは急にしゃがみこんだ。長身で威圧感のある見た目からは考えられないくらい、小さくなっている。訓練に使った短めの杖を床の上でクルクル回して、いじけていた。コリンはあきれる。


「わがままはやめてほしいな。アリスが困ってるじゃないか」


 アリスはブラッドの隣に立った。


「ブラッド、新しい班に決まってから忙しそうなんだもん。だけど、また街――」


 ブラッドは立ち上がり、アリスをお姫様だっこで持ち上げた。

 床が光り始める。ブラッドはいじけるふりで油断させたすきに、魔法陣を描いていたのだ。


「アリスを離せ」

「簡単に捕まるほうが(わり)ぃんだよ」とブラッドは舌を出した。


 アリスは小動物のようにきょとんとしている。


「ブラッドの腕、前よりたくましくなった?」

「訓練してるからな」

「重いって言ったくせに」

「ほら、コリンが軽々持ち上げてたの、相当悔しがってたから」


 ドナが茶々を入れた。


「いそいだほうがいいぞ。あまり二人きりにすると、俺は何をするかわからん」

「くっ……走ったほうが早いな」


 またも一触即発なブラッドとコリン。


「はいはい、後でね」とドナは部室を施錠して、手を振る。コリンも稲妻のごとく駆け出した。ブラッドは、アリスの目をじっと見つめる。


「もう……やだ……」


 アリスが照れているとわかると、ブラッドはふっと笑った。


「嫌だろうがなんだろうが、落とすし」

「まだダメ。ついてから。そっと、ね?」

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ……!」


 学食についた四人は、丸い四人がけの席に座った。

 もうすぐナツ休み。コリンはアンブローレル家に滞在する予定だが、同じ班の三人で孤児院にも訪れるつもりだ。


「聞いてねぇぞ?」


 向かいに座るアリスを、ブラッドがふんぞり返って睨みつける。彼女の両隣にはドナとコリンが座っていた。


「ブラッドのおうち、遠いんだもん」

「だーかーら、泊まりに来いって。言ってんだろうが、何回も!」

「みんな一緒?」

「それでもいい」

「ともだちとナツ休み過ごすの初めて」


 アリスはそう言って、パルフェを一口食べる。てっぺんには二色のメロンが乗っている。

 コリンはその様子を見ながら、緑茶を一口飲んだ。


「同じ敷地内だけど、とんでもなく広いし、ぼくには訓練があるから、アリスとは会えないんだ。ブラッド、安心していいよ」

「それを先に言えよ」


 ドナはマドレーヌとほうじ茶のセットを、ブラッドは紅茶だけを頼んだ。結局パルフェはアリス一人で食べている。

 ナツ休みが明ければ、植物育成学が本格的に始まる。

 フランは、寒さ厳しいフユへの郷愁と、ブラッドの夢を託した植物だった。言い換えれば、「過去」と「未来」を同時に表現していた。

 今年三人で育てる植物には、どんな名前をつけよう。どこに自分を表現しよう。三人の花は「刹那」と「永遠」を表現する花になるのかもしれない。

 アリスはなんとなくそう思った。

 難しく考えなくても、きっと勝手に育つ。答えは向こうから、どこかに兆しを宿すことで現れる。見逃したくない。

 青いハル。書物の中にしかないと思っていたそれに手を伸ばしかけたアリスの季節が始まろうとしている。


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