第1話 出会い
主人公視点
「ここにもいない、か……」
そろそろ見飽きてきた雪景色の中で、私は溜め息をついた。
思えば、随分と時間が過ぎたものだ。様々な世界を渡り、色々なものを見てきたけれど、探しびとはどこにもいない。
……直感で探しているから良くないのかしら? でも、書類選考をするようなものでもないし。
「……とりあえず、次の世界に行きましょうか」
この世界はもう探し尽くしたと見て、荷物をまとめる。一人旅の良い所は、思いつきで気軽に移動できる所よね。
気分も変えたいし、どこもかしこも白いここの反対を行くような世界がいいわね……カラフルで、自然豊かな……。
…………そういえば、あの世界に最後に向かったのはいつだったかしら。結構前よね?
丁度いいし、あそこにしましょうか。
◆
界を越え、転移した先は森だった。
なんだか懐かしくて森に来たけれど、ここに人が居るということはない……とは、言い切れないわね……。珍しくはあるのでしょうけど、前に来たときに子供を拾った実績があったわ。
この森は魔法があっても迷うと有名だし、もしや処理に丁度いいとでも思われているのかしら。
閑話休題。
私の目的は人を探すこと。もうずっと進展がない探しものは、もはや元々の趣味だった旅のついでのようなものになっているけれど、それでも人が居ないと見つかるものも見つからない。
転移で簡単に移動できるとはいえ、初手で十中八九ひとの居ない森に来るのは……こう、間違えてしまった感がある。
……ところで、森ってこれほど汚れるものだったかしら。
数分歩いただけで泥だらけになったヒールを見下ろして、私は溜め息をついた。しっかり魔法を掛けていれば汚れることもないのだけど……どうやら雪国仕様の重たいブーツをやっと脱げると思って、靴に魔法を掛け直すのを忘れていたらしい。
ひとまず魔法で汚れを落として、強めに防護魔法を掛ける。
森には魔獣が生息している筈なのだけど、どうにも彼らは姿を見せないし……つまらないわ。
そう思いながら歩いていると、森の外縁に小さな集落を感知した。
「あら、前はなかったわよね?」
軽く記憶を漁ったけれど、やはり以前に来たときはなかった村だ。でもまだ規模が小さい。出来たばかりなのかしら。
んー、折角人里に行くならもう少し人が居そうな場所がいいわね…………ああ、そういえば前にこの世界に来た時、関わった子の家が王都にあったわね。まあ本人はもうとっくにお墓に埋められているだろうけれど……家が残っていて、子孫がいる可能性は低くない。
「【風よ、私の呼びかけに応えし疾風よ、私を遠くへ運んでおくれ】」
……そう思って唱えた魔法が、運んだ先で。
私は、運命の出会いをすることになる。
◆
風に運ばれた先は、微妙に見覚えのある豪邸の門前だった。
敷地は大きくなっているけれど、この特徴的なグラデーションの赤い屋根は確かにあの子の家だ。
「……懐かしいわね」
炎を自在に操り、「なんとなくやってみたくなった」という理由で実家の屋根に炎を付与した少年の姿を思い出し、くすりと笑う。
まあ、今はそういう記憶は横において、と。
魔法で探ったところ、どうやら現在、家の中にはあの少年の子孫が一人いるらしい。
……ここまで来たのだし、見に行ったって大して変わらないわよね?
いえ、私でなければこの家の警備をかいくぐって侵入するのは大変な労力がかかるのでしょうけど……私にとっては、ただの散歩とそう変わらないもの。
そうして、軽い気持ちで侵入した中庭で。
魔法の練習をしていたのだろう、赤い宝石のついた杖を構える赤髪の少女と目が合った。
「あら」
「……誰?」
「ふふ、誰だと思う?」
「侵入者……にしては余裕が……?」
紅いワンピースに、上流階級特有の所作。この家の令嬢かしら。
……でも、侵入する前に感知した子孫ではないのよね。潰れて別の家になったのか、この子が養子なのか。
「……あなた、名を名乗る気は?」
「そもそも名前がないわね」
「えぇ……?」
ますます困惑する少女に笑みをこぼして、ざっくりと説明する。
「別の場所で使っていた名前はいくつかあるけれど、ここでは名乗らないことにしているから。今の私は名無しなの。良かったら貴女が名前を決めてくれるかしら」
こうして世界を移動する度、その世界で初めて会った人に名付けてもらうのは、私にとっては願掛けのようなもの。
ほとんど意味がないことは分かっているけれど、どうしてもやめられない。ずっと前からの些細な習慣だ。
「め、めちゃくちゃね……」
「そうかしら」
……私が滅茶苦茶なら、そんな風に言いながら前向きに名前を考えてくれている貴女はお人好しかしらね?
ぶつぶつと呟いて、かなり真剣に考えてくれているらしい彼女を観察しながら待って、数分。
「あの、顔をよく見せてくれる?」
「ええ、いいわよ」
二、三歩近寄って、よく見えるように前髪を払う。すっと伸びてきた彼女の手が、私の目元を撫でた。
「……やっぱり、綺麗な琥珀色」
――日本語?
小さな、おそらくは無意識の言葉に内心驚く。
私がよく入り浸って、第二の故郷とも思っている、あの島国の言葉。まさかこんな所で聞くとは思わなかった。
けれど、今の言葉について、私が何かリアクションを返す前に。
「……アンリーア」
私の頬に手を添えたまま、どこか夢をみるような表情で彼女は呟いた。
「アンリーア・ローヴァー……というのは、どうかしら」
それは日本語ではなく、こちらの世界の共通語だったけれど。
――後から思えば、この時が私と彼女を結んだ分岐点だったのだろう。
「アンリーアね。気に入ったわ」
「よかった」
ほっとした様子で口元を緩ませる少女が可愛らしく思えて、無意識に柔らかい笑みがこぼれた。
「そうだ、あなたの名前も教えてくれるかしら」
「……クーアティア・フレア。人前でなければ好きに呼んで」
「じゃあクー。あなた、水魔法は使える?」
「使えなくはないけど……」
軽い調子のまま話していると、少女の肩の力は徐々に抜けていった。
まだ返答は硬いけれど、このまま仲良くなって素を見せてもらうぐらいになりたいわね。
◆
二時間ほど話して、家庭教師の時間が近いというクーと別れた後。
のんびりと町と上空を飛びながら、私は思考を整理していた。
まず、彼女の家名。フレアという名前には覚えがある。前にこの世界に来たときに関わったあの少年が継いだ侯爵家の名前だ。
確か、一つの属性に特化し、国を支える旧い家だったはず。あの子は当主になってから社交界に入ったらしいけど、肩書き目当ての貴族に群がられて大変だとよく愚痴っていた記憶がある。
……まあ、血脈第一であるはずのソルセワール王国の貴族で、あの子の……伝説として広く知られている先祖の血を引いていないクーが、第二子として正式に認められ令嬢として扱われているのだ。この国も結構変化しているのかもしれない。
でも、それにしたって令嬢であるクーのそばに使用人の一人も居なかったのは不思議よね……。
…………分からないことを考えても仕方がない、か。
もう少し前向きな事……明日、クーに会いに行くときの土産でも考えましょうかね。
整理していて気が付いたけれど……家族になってほしいと告げるのは、いくらなんでもまだ早いでしょうし。
……………………愛称呼びをおねだりするぐらいなら、いいかしら?
補足コーナー
【フレア家】
王国の建国当初からあるちょっと特殊な貴族家。"炎”を育て、管理する役目を持つ。
フレア家の人間は代々炎魔法に特化した魔術師であり、特に有名なのは約二百年前の当主(通称炎の英雄)
彼は魔法の炎そのものを無機物(家の屋根)にエンチャントした天才で、女神と親交があったとされている。
現在の当主に代替わりした頃からあまり良い噂を聞かなくなってきた。