EP36--悠野修一4――君と同じことを
2022年 11月25日 13時17分
「なぁ涼香、少しだけ一人で考えさせてくれないか? 」
黙り込んだ私を心配そうに見つめる涼香にそう頼む。涼香は一瞬口を開きかけたが感情を飲み込むように一度口を閉じ、
「……わかったんだよ。少しだけ、優くんのところに行ってくるね」
再び口を開いてそう言い、私に背を向け、椎名君達がいる入口方面へと歩きだす。何度も立ち止まり、私を心配そうに見つめていたがカーブの手前で振り向いたのを最後に椎名君たちのいるほうへと走り出した。
「……ふぅ」
涼香がカーブの先に消えたのを確認して一息つくと、
「……優のこと、何か分かったんだな? 」
少し離れた場所に座り、私と同じように涼香の姿を眺めていた静香がそのままの体勢で私に訊ねてくる。
「……あぁ、まだ推測の域は出ないが……ほぼ確信しているよ」
静香が私の答えに『……そうか』と短く返したあと立ち上がり、
「少しだけ別行動しよう……なに、そこの車で仮眠をとらせてもらうだけだ。だから父は一人で、その推測も確信に変えてくれ」
と言って近くにあった椎名君の車に乗り込んだ。
……二人に気を使わせてしまったな。そう自覚し、一人苦笑を漏らす。二人にせっかくもらった時間だ。なら有意義に使わなければ。そう決意し、今もなお過去にトラワレ続けている彼が。どうすればしっかりと前を、未来を見つめてくれるか。それだけを考え続けた。
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「……そろそろいいか? 」
大体30分ほどたった頃、車から降りてきた静香が声をかけてきた。
思考の整理をあらかた終えた私の顔を見てにこりと笑いながら、
「なら少し早いが夕食を調達しに行こう。もう冬だから数時間で生ものが腐るといった事もあるまい? 」
私に手を差し伸べてくる。その手を借りて立ち上がり、共にトラックへ向かって歩き出す。その道すがら、ありのまま伝えていいのか躊躇したのだが……私が考えていたこと、その結論を静香にだけは話す事にした。
「私が今まで生きてきた中で、この日本という国の中で、椎名君ほど悲惨な人生を歩んできた青年を見たことは一度もないよ」
私の言葉に少しだけ前を歩いていた静香が立ち止まる。それに合わせて私も立ち止まった。
振り向いた静香は少しだけ、怪訝そうな表情を浮かべながら私に訊ねてくる。
「……どういうことだ? 確かに優は恵まれた人生を送ってきたとはお世辞にも言えないが……でも事故で肉親を失った人は大勢いるだろ?」
――静香の疑問は当然だ。事故で両親を失った子供なんて、確かに大勢いる。その事を考えるとひどく胸が痛んだ。
私の顔色をみて、考えていることが分かったのだろう。静香が気まずそうな表情を浮かべながら言葉を続ける。
「別にそのことを軽んじているわけではないんだ。だが10年以上経ってなお、私には優の傷がほんの少しでさえ癒えているようには見えない……それが父の言う、今まで見たことのないほど悲惨なことが原因なのか? 」
静香の問いに口は開かず首を縦に振ることによって肯定する。
「椎名君はあまりにも周りの人に恵まれなかったんだと思うんだ」
――大切な人を失い、守ったモノさえも身勝手な理由で奪われてしまった。
ほんの一瞬、二人とも無言になってしまう。その沈黙に耐え切れず、止まっていた足を前に進めながら後ろからついてくる静香に私から質問をしてみた。
「――静香は椎名君の性格が大きく変わった理由、変わってしまった性格の原因に想像はつくかね? 」
私の後ろを歩く静香が顎に手を当て、今までの椎名君の行動について考え始める。だがそれはほんの一瞬だけで、私の質問の答えはすぐに返ってきた。
「……性格が変わった原因は壁に突っ込んだトラックを目にして、事故に遭った時の出来事がフラッシュバックしたからだろ? 」
「あぁそうだ」
静香の答えを肯定する。
「それで事故が起きる前の性格になったんだろう。では何故、その性格が幼く、女の子らしくなったのか。その理由は分かるかね? 」
「……それは――っ!?」
再び考え始めようとした静香――だがそれは突然の強い揺れで遮られ――
「静香っ!! 」
――体勢を崩し、倒れ込んでしまった。そして倒れてしまった静香を、さらに不幸が襲う――。
――私がそれに気づけたのは激しい揺れの中では異質な高い音。それが頭上にあるライトを固定するためのボルトだということに気付いた瞬間、咄嗟に体が動く――!
「しずかぁああああああああーー!! 」
全力で叫びながら静香に手を伸ばす――それと同時にボルトという支えを失った巨大なライトが静香の頭上を目がけ、勢いよく落ち始める――!
「うあぁあああああああああ!! 」
頭によぎったのは最愛の妻が病院のベッドで横たわる姿。その妻が顔に白い布をかぶせられている姿で、
もう二度と、同じ思いはしたくない――!
叫びながら全力で静香に駆け寄る――静香の腕を力任せに引っ張って立たせてそのまま全力で突き飛ばす――その瞬間、私の頭にぶつかる落下してきたライト――その衝撃と地震の揺れでバランスを崩し、地面にたたきつけられた。
「――お父さん?! 」
静香が目元に涙を浮かべながら私を見て叫んでいる……それを見て確信する。静香が無事だったということを、無事に静香を守ることができたということを。
薄れていく意識の中で考えていたことは、静香が何年振りかわからないくらい久しぶりに、私のことを『お父さん』と呼んでくれた事に対する喜びと、
「……はは、なるほど。椎名君……突然こんな状況になったときには、こうするしかないんだね……」
過去に自分と同じことをしたであろう――椎名君の事だった。




