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六人のトラワレビト  作者: よるねこ。
√A 6人のトラワレビト
31/38

EP31--悠野涼香8――天使がいたんだよ

2022年 11月25日 10時31分


お父さんたちと別れてほんの数分位だろう。白崎さんから背中を教えてもらえたのが嬉しくて、早く優くんの元へと行きたくて全力で走った。


車に着き、勢いよく車のドアを開ける。そこには先ほどとは違い、荒い息を立てながら目を閉じている大好きな人の姿があった。


「優くん?! 大丈夫?! 」


と呼びかけてみるが私の問いに返事をすることはない。ただうわ言で『望』さんを呼び続けているだけだった。


その悲痛な、苦しそうなうわ言を聞いていると胸がざわついてこらえきれなくなり、優くんの頭をそっと、優しく撫でてあげた。


「大丈夫、大丈夫なんだよ。私が、涼香がいるんだよ……」


そう耳元で囁き、頭を撫でていると優くんの荒い息は次第に穏やかな物へと変化した。


――よかった。無事に落ち着いてくれて。


胸を撫で下ろしていると、背後から


「……やっぱり涼香は残るべき、か」


直前のやり取りを見ていたのだろう。いつの間にか後ろに立っていたお姉ちゃんが小さな声で呟いた。


「お、お、お、お姉ちゃん?! 」


びっくりしてつい、大きな声を出してしまう。


「何、涼香が寝ている優を襲ってたところは見てないさ」


「え?!いやいやいや! まだそんなことはしてないんだよ?! 」


「……『まだ』? 」


……あっ。


「思っていた以上に涼香は、肉食系なんだな……」


「違っ! 」


「いや、優の性格を考えたらそのくらいのほうがいいと思うし……若い男女だからな。当然の欲求というものだ」


慌てて否定しようとする私の言葉を遮り、おじさんみたいな嫌らしい笑みを浮かべながらそう宣うお姉ちゃん。


「……」


その笑みを見ていると、否定すると余計にからかわれる。そう判断し無言を貫くことにした。


私が無言を貫き、半ば睨むようにしてお姉ちゃんを見ていると、


「ちょっとからかいすぎたな、すまない」


と頭を下げてくれた。その珍しく殊勝な態度に感化され無言であることをやめる。


「……それでお姉ちゃん、どうしたの?優くんが心配になって見に来たの? 」


私がそう訊ねるとお姉ちゃんは、


「あぁそうだ、狼と羊の姿を眺めていて忘れていたよ」


などという明らかにからかった前置きをした後に先を続ける。


「今から父と白崎、それから私の3人で食糧を取りに行こうと思ってるのだが……涼香も来るか? 」


「私は行かないんだよ」


お姉ちゃんの問いに即答する。一瞬の逡巡もなかったことに驚いたのだろうお姉ちゃんが目を見開き、『お、おう』と短く声を漏らす。


「私は優くんが目を覚ますまで、傍にいてあげるんだよ」


お姉ちゃんがわざわざ来て同行するかを聞いた。ということは私が行く必要はないということで……それなら優くんと一緒に居たいと思った。


「了解した、なら予定通り3人で行ってくるから……優を襲うなよ? 」


嫌らしい笑みを浮かべながらそう言い、私達から背を向ける。


「そそそそそそそそそそそんなことしないんだよ?! もういいからっお姉ちゃんは早く行ってくるんだよっ!」


慌てて否定しながらお姉ちゃんの背中を押す。そんな年頃の姉妹らしいやり取りを繰り広げていると――


「――涼香ちゃん……」


目を閉じたまま、私の名前を呼んでくる優くん。その声に気付き慌てて優くんに駆け寄った。


「あとは若いお二人に任せて私は行ってくるよ」


お姉ちゃんは最後までからかった後歩きだし、数十秒後にはカーブの先へと姿を消した。それを見届けた後ふっとため息を漏らす。


そうこうしている間に優くんは完全に目を開け、私の顔をじっと見つめていた。


「……お、おはようなんだよ」


その視線に恥ずかしくなり、どもりながらも挨拶をした。


「おはようございます、涼香ちゃん」


にっこりと笑いながら優くんは挨拶を返してくれた。


そして起き上がり、車から出て胸ポケットを弄る――煙草を取り出し、火をつけた。


「……やっぱり煙草が似合わないんだよ」


その姿は本当の年齢を知っていても未成年に見えて、やっぱりどこか違和感があった。


「えー?そんなことないよー。あたしはちゃんと大人ですー! 」


快活に笑いながらそんなことを言う優くん――ん?『あたし』?


優くんの一人称って最初から『あたし』だったっけ?――


「――涼香ちゃん? 」


考え込みそうになっていた私を不安そうに眺めていた優くんが名前を呼んでくれる。


「な、なんでもないんだよ」


慌ててなんでもないことをアピールする。


「ならいいけどー……もしかして涼香ちゃんも寝てたの? 」


ふにゃふにゃした笑みを浮かべながらそう聞いてくる優くん――やっぱりおかしい。


そのことを指摘しようとしたところで、


「……よっとっ! 」


いつの間にか煙草を吸い終え、ズボンのポケットから取り出した携帯灰皿でもみ消した優くんが小さく掛け声を出しながら立ち上がった。そしてそのまま歩きだした。


優くんが向かっている方向は先ほどお姉ちゃんが姿を消したカーブのほうで、私も慌てて肩を並べた。


「えっと……涼香ちゃん、あたしが寝ている間に何かあったりした? みんないないみたいだけど……」


なんとか追いついた私に優くんが聞いてくる。


「えっと……いろいろとルールを決めて、今はお姉ちゃんたちが食事をとりに、綺堂院さんが自分の車を取りに行ったんだよ」


優くんに簡単にさっき話し合ったことと今いない人が何をしているのかを説明する。一通り話終えると、相槌を打ちながらにこにこしていた優くんがへにゃりと顔を歪めて、


「それじゃああたしたちは何をしたらいいのかな? 」


そう質問してきた。


「ひとまずはみんなが戻ってくるのを待ったほうがいいと思うんだよ」


そう言って頭を撫でてあげた。……あれ?


自然と頭を撫でてしまった。私、どうしたんだろう。


「えへへー……」


満面の笑みで私の手の感触を楽しんでる優くんの顔を見ながら疑問に思っていると、


「やっぱり涼香ちゃんはやさしいから大好きー! 」


――抱きつかれてしまった。


「え?! あ、あ、あ、あぅ……」


一気に思考が真っ白になる。何も考えられず目を白黒させていると、


「涼香ちゃん?どうしたのー? 」


無邪気な笑みを浮かべたまま私のちょうど胸の高さから上目遣いで私を見上げている優くん――天使かな?


「な、なんでもないんだよ」


言いたいことをすべて飲み込み、誤魔化しながら抱きしめ返してあげる。


「えへへー……涼香ちゃんぬくぬくだー」


私の腕の中でご機嫌な優くんの顔を眺めながら考える。……どうして急にこんなことになっているのだろう?やっぱり優くんはどこか――いや、すべてがおかしい。一人称から始まり口調や性格などすべてが何処か幼さを感じさせられた。


いつまでもこうしていたいとか、これはこれで大歓迎だとかそう言うことはちょっとしか思っていない。思っていないって言ったら思ってないんだよ! だから私は優くんに直接質問を投げかけてみることにした。…………もう少し堪能してたいなぁ。


「それで優くん――」


欲望を理性で押し潰し、なんとか口を開いた瞬間。


「っ?! 」


「きゃっ?! 」


いきなり弾かれたように優くんが私から離れた。


「ど、どうしたの? 」


ほんの少し前までは幸せそうな顔をしていた優くん。でも今はとてつもなく怖い物を見た幼い子供のような、引き攣った顔で誰もいない場所を凝視しながら、


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


涙を流し、必死に許しを請い続ける。


「あたしは女の子だから! 女の子になるからっ! だからお母さん殴らないでっ! 」


ひどくおびえたまま謝り続ける優くん。その光景を見ていた私は何も言えず、ただ見つめていることしかできなかった。


数分ほど取り乱していた優くんだが、その錯乱状態は不意に終わる。なかば蹲るように頭を抱えて体を震えさせていた拍子に胸ポケットから落ちた煙草を見つけて震えが止まった。


落ちた煙草を拾い上げ、中身を取り出して口にくわえ、火をつけた。


「……ふぅ」


煙を吐き出しながら息を整えている優くんを見て我に返る。――今のはいったいなんだったのだろうか。


優くんが謝りながら言っていた言葉を思い出す。優くんはおびえながら『あたしは女の子だから』と言っていた。


そこで気が付く。あんな状態になる直前に私が何気なく呼んだ『くん』付けが引き金になっていたのだろうということに。


予感を確信へと変えるために、


「……優」


『くん』付けしないで呼んでみた。、


「……ん。なに?涼香ちゃん」


煙草を口から離し、返事をしてくれる優くん。幼さは残っているけどそれ以外は何も問題ない。


「優、おいで」


念のためもう一度呼んでみる。


すると優君は「ちょっとまってね」と言ったあと慌てて吸いかけの煙草を灰皿でもみ消し、手をズボンから取り出した男物のハンカチを一瞬いぶかしげに見た後何事なかったように拭いた。そしてそのままタタタッと軽快な足音を鳴らしながら近づいてきてぎゅっと抱きついてきた。


「涼香ちゃん来たよー。……えへへ」


にっこりとほほ笑みながら私の頬に自分の頬をこすり付けてくる優くん――やっぱり天使なんだよ。


これはこれであり、というよりも優くんを守るのであればこの状態のほうがいいような気がする。


この状態であれば何かが起きた際、身を挺して私たちを守ろうとすることがないだろうし……それに、


「涼香ちゃんだいすきだよー」


あの優くんがこんなにべったりと甘えてきてくれることが嬉しい。多分これが一番の理由。正常とは程遠いのだろうけど、優くんに好きだといってもらえる。……ふへへ。


頭をなでなでしながら優くんとスキンシップを取り続けていると遠くから車のエンジン音がこちらの方へと近づいてくる。


ものの数分もしないうちに見たことがない車が私たちのすぐそばまで来て、停車した。


私と優くんが抱き合ったままそれを眺めていると、車のドアが開き綺堂院さんが出てきた。


「……お前ら何やってるんだ? 」


開口一番、呆れた顔をしながら聞いてくる綺堂院さん。その姿をしっかりと確認した優くんは、


「あっ……綺堂院くんだー」


と元気な声を上げ、私から離れて綺堂院さんに駆け寄って――


「えいっ! 」


抱きついた。……ぐぬぬ。


「ちょ?! 椎名、なにを?! 」


熱烈すぎる歓迎に驚きを隠せない綺堂院さんが大きな声を上げる。でも当の優くんは綺堂院さんの反応など気にするそぶりもなく


「えへへ―……」


ふにゃりとした笑みを浮かべたまま胸のあたりに頬ずりを続けていた。


「……おいちんちくりん」


優くんに対して聞くのは無意味だと判断したのだろう。綺堂院さんは優くんの頭を無意識に撫でながら私に声をかけてくる。


「私はちんちくりんじゃないんだよっ! ……それで、優く……優のことだよね? 」


うっかり優『くん』と呼びそうになり慌てて止めた。幸い優くんは気にしていなかったのでふぅとため息を漏らす。


「私もよくわかってないんだけど……お姉ちゃんたちが食べ物を取りに行った直後に目を覚ましてからずっとこんな状態なんだよ」


私の言葉を聞いた綺堂院さんはさっき以上の呆れた顔で、


「よくわからない、こんな状態の椎名を抱きしめて撫でまわしてたのかよ……」


「そ、それは仕方なかったんだよ?! 優く……優が取り乱しちゃったりいろいろ大変で……」


綺堂院さんのジトッとした目に耐え切れず慌てて自己弁護の言葉を出すと、


「……その呼び方もその取り乱した状態と関係してるんだよな? 」


ようやく真面目に話を聞いてくれる雰囲気になってくれた綺堂院さん。


「この可愛い方の椎名を呼び捨てにしないといけない理由はよくわからないが……まぁお前はちんちくりんなりに椎名の為にあぁしていたわけなんだな? 」


まだ半信半疑なのだろう。それでも私の言葉を少しでも信じてくれて、優くんを気にしながら聞いてくる。でも、


「私はちんちくりんじゃないんだよっ! 」


その呼び方は断固拒否する。


「このままだと話が進みそうにないし……癪だが俺が折れてやる。それで悠野妹、他に何か、これ以外の異常はなかったか? 」


勝った。そう思いつい口元が緩んだ私を見てすごく嫌そうな顔をしながらも真面目な話を続けてくれる綺堂院さん。……意外と大人なんだよ。


「それ以外は特に……私の理性が死んじゃいそうになってただけなんだよ」


「……椎名が無事でよかったよ」


真面目な顔で冗談1割本気9割のボケを繰り出した私からかばうように優くんを隠す綺堂院さん。


「……なら悠野妹に聞けることは全部聞けたか――」


私との会話を切り上げ今度は優くんに話を聞こうと思ったのだろう。その話の腰を折るように優くんが、


「――ん? 望がどうかしたの? 」


無邪気な顔で綺堂院さんに質問し始めた。


「今のはそういうことじゃなくてだな……ってあぁもうめんどくせぇ!やっぱりお前はちんちくりんで十分だっ! 」


目と目の間を揉みながらそんなことを宣いだす綺堂院さん。――ぷつん。


「ちんちくりんじゃないんだよっ! 紛らわしいなら涼香様と呼んだらいいんだよっ! 」


「ぜってぇ嫌に決まってんだろ! お前にはちんちくりん以外の呼び方はないっ! 」


「なんだと――?! 」


「あぁ?! 」


突発的口論が始まる。その様子をオロオロしながらみていた優くんが、


「あっ……」


何かを見つけたのだろう、抱きついていた綺堂院さんを解放し、走り出す。


その先には食糧回収から戻ってきたお姉ちゃんたち3人が立っていた――。

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