EP17--悠野静香3――会話を切り上げた理由
2022年 11月25日 2時55分
父の容態を確認しながら、目を覚ましてからずっと傍らにいた青年のことを考える。
青年――[椎名優]の性格や過去――推測でしかないが大まかなことは理解できた。
彼が心に大きな傷を負っていることを。
彼がその傷に今も苦しみ、喘いでいることを。
彼がその苦しみを克服していないことを。
出会ってからのほんの僅かな時間で知ってしまった。
自己紹介の最中、小さな地震が起きたときに彼のとった行動。その直後の私達を見るときの必死な眼差し。目に映るものすべてを、手を伸ばせるモノすべてを取りこぼしてしまうことを恐れる眼差し。
――まるで母親の姿を見失ってしまった幼子のようだった。
その姿を見続けることができなくて思わず逃げてしまった。
「……優、か」
本当なら深いかかわりになることを避け、青年と呼び続けるか、名字で呼ぼうと思っていた。
「本当に弟ができた気分だな……」
命の恩人とはいえ所詮は他人だ。最初は無事にここから出ることができたら改めてお礼をするつもりではいたが、それ以降も付き合い続けるつもりはなかった。
だが、今の私は別の感情が息づいていた。
「守ってやりたいな……」
守りたい、できる事なら苦しみの淵から救い上げてやりたいと思ってしまった。
「まったく、涼香や優、私の周りには将来が不安な子ばかりだな……」
そう悪態をついてみるが、私の口元は緩んでいた。
――弟、か。
今まで妹はいたが弟はいない。それに……。
「優は私のことをお姉さんって呼んでくれてたな……」
可愛いと思った。他人に対して壁を作りがちな私でさえ初対面ということを感じさせない雰囲気を纏い庇護欲を掻き立てられる青年が。
「ふふっ……」
にやけていた口元からは自然と笑い声が漏れる。
おそらく、涼香も似たような気持ちなのだろう。自分のことを救ってくれた[ヒーロー]は、自分が守るべき[ヒロイン]のような弱さを併せ持っていて……目が離せなくなる。涼香が好きになってしまうのも理解できた。
考え事をしながらも止まってくれない笑い声に反応したのか、触れている父の肩がかすかに震えた。
そしてゆっくりと目を開く。
未だ笑い声を上げつづけている私と目が合う。
目を開き、最初に視線のぶつかった私に父は、
「静香、お前すごく不気味な笑みを浮かべてて……怖いぞ?」
引きつった表情で私にそう言った――。




