EP13--悠野静香2――体の傷と心の傷
2022年 11月25日 2時05分
涼香の姿を見送った後、私は少年の触診を続けていた。どうやら、右腕以外にも背中や足など、手が触れると表情を歪める場所はいくつもあるようだ。
涼香が戻ってきたら治療をするために、患部を暗記しながら丁寧に少年の体をまさぐった。
一通りの場所を触り終え、少年から離れる。涼香はまだ戻ってきていなかったので少年の治療はあとにし、今度は父の触診を行うことにした。
「――父は見た感じ外傷はほとんどないね……」
念のために触診をしてみるが体のどこを触っても、目を覚ますこともなければ痛みを表すこともなかった。
父が無事なのは傷だらけの少年の努力の成果だろう。
……それにしても。
触診をしている間、疑問に思っていたことについて、改めて考えてみる。
なぜ少年はこんな傷ついてまで私たちを助けてくれたのだろうか?
少なくとも私と彼に面識はない。妹も先ほど話しをした限りでは、彼との接点があるようには見えなかった。父も接点はないだろう。少年の容姿から推測すると私より年下、涼香と同い年くらいだろうと思っている。40後半の父と接点を持つ機会などないだろう。それに、私たちはこの町に来たのは初めてのことだった。
色々な観点から推測してみたが、実は知り合いだったという可能性はないように思う。
では、重度のお人よしなのだろうか?……いや、少年がいくらお人よしだったとしても、こんなに自身が傷つくような場所に飛び込んでいけるとは思えない。
下心で助けるというのも考えてはみたがメリットよりもデメリットのほうが多いことは明白だ。
この少年が悪人ではないということは、涼香の浮かれようを見ていると容易に想像がつく。だけど――。
「君は……どうして私たちを助けてくれたんだ?」
意識のない少年に問いかける。
「なにが君をここまで駆り立てたんだ?」
返事が返ってこないことは承知していたのだが、私は問いかけ続ける。
「君が涼香に一目ぼれした、とかなら私も素直に納得できるんだけどね……」
身内贔屓をしているのかもしれないが私は妹の涼香のことを世界で一番かわいいと思っている。だからその涼香に一目ぼれをしたというのなら理解することは容易だった。
「まぁ、違うだろうね……」
目覚めたときの状況からして、先に助けられたのは私とお父さんだ。一目ぼれをしたのなら真っ先に助けるのは涼香のはずだ。だからこの推論は成り立たない。
答えの出ない疑問が頭の中でぐるぐるとまわり続ける。
「……まったく、私が初対面の、それも男の子のことを考え続けているとはね」
似合わないことをしているなと、自分自身に呆れてしまう。
妹の、涼香の想い人であるこの少年。その少年の異常なまでの献身は、今まで見てきたどの人物よりもまっすぐで――。
涼香の想いとは関係なく、純粋に興味が湧いてくる。
「お姉さんや涼香を、こんなに悩ませるキミは罪な男の子だね」
いまだに意識がない少年に囁きながら、頬をつついてみる。
「んぅ……」
少年は少し困ったような、くすぐったそうなため息を漏らした。
「困れ困れ、女ったらしな君はたくさん困らせてあげよう」
その反応が楽しくて、私はつつくのをやめない。
そんな私のイタズラに、少年はうわ言のような小さな声で誰かのことを呼んでいた。
「ぞみ……望やめてよ……」
その誰かとは、ここにいる私達ではなく他の女性の名前だった。
驚いてつつくのをやめてしまった。だが少年の小さな声は止まることはなく、徐々に感情がこもった声へと変質していく――
「……望、今度は失敗しなかったよね?望のこと、守れたよね?」
愛しい人に話しかける、優しい声。その声色を聞いてしまった私は悟ってしまった。何故こんなに傷を負ってでも少年が私たちを助けてくれたのか、そのワケを。
「そういうことだったのか……キミは、大切な人を……」
守れなかったんだろう、おそらく、すぐそばにいながら。少年が呼んでいた[望]という女性は、私達と似た状況で逝ってしまったのだろう。車か何かの事故で。だからこんなにも必死に、自分のことを顧みずに――。
図らずして少年の過去を知ってしまった私は、目を覚ますまでの間、少年が夢の中で[望]と会えるように。隣にいてやろうと思った。
少年の隣で涼香が戻ってくるまで。私が考えていたのは、少年の過去に負った心の傷について。それと――
「まったく……大変な人を好きになってしまったね……」
少年に想いを寄せている涼香のことだった。




