EP14--椎名優5――二度目の覚醒
――誰かが隣にいる。僕の頬をつついてくる手が、その存在を強く感じさせる。
こんな悪戯をするのはおそらく――
「望……望やめてよ……」
姿は見えない、だけど望が隣にいるような気がした。だから――。
「……望、今度は失敗しなかったよね?望のこと、守れたよね?」
あの事故からずっと後悔していた。手をのばせなかった、望を救えなかったことを。
でも、ついさっきやり直すことができた、今度はやり遂げることができたんだ……。
胸に湧き起こる達成感、しかしそれはほんの一瞬だけ胸を満たした後、割れてしまった砂時計の中身のようにさらさらと零れ落ちた。
気づいてしまった……いや、最初から分かっていた。僕が救ったのは望じゃない、望ではない3人の男女だということを。
――僕は3人を救いたいと渇望していたのではなく望を守りたかった。もう思い出の中でしか姿を見ることができない、お父さんが託そうとしてくれた、誰よりも、なによりも大切だった望を。
目に映った人に手を差しのべ、救ったことで。僕は完全に理解してしまった。失われた命は。決して取り戻す事が出来ない、やり直せないのだということを。
「ああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアア!!! 」
湧き起こる虚無感、喪失感――絶望。それらの感情から逃げ出そうと、懸命に叫び続ける。
――あぁ、あのときだ。あのとき、望とお父さんと一緒に、僕も死んでいたらよかったんだ……。
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2022年 11月25日 2時20分
「……ねん!少年!!」
誰かが体を揺すっている、大きな声で呼んでくれている――その揺れが、声が僕を現実へと引き戻してくれた。
「大丈夫かい少年?! 」
その声の主は僕よりもほんの少し高い位置にある瞳で、心配そうに僕のことを見ていた。
声の主が誰なのか、おぼろげな視界で見てもわからなかったのだが、絶望に呑まれていた僕の意識を引き戻してくれた事に救われた。
いつの間にか流れていた涙をぬぐう。クリアになっていく視界でもう一度声の主のほうを見た。
「ありがとうございます……大丈夫です」
体を起こし、頭を下げる。その行動のお蔭か、ずっと心配そうにしていた目の前の女性が表情を和らげてくれた。
そのことに安堵し、僕も体に入っていた無駄な力を緩める。
ポケットの中から煙草を取り出し、口にくわえ火をつけた――目の前の女性に奪い取られる。
「少年……病み上がりのような状態で、しかも未成年がなにを吸おうとしているのかな?」
青筋を浮かべた女性が、あろうことが僕がくわえた煙草を咥え、吸い込む――
「げほっげほっ! 」
むせた。
「お、お姉さん?!大丈夫ですか?!」
あまりにも盛大に咳きこむ目の前の女性に、心配になって駆け寄る。
「うぅ……す、すまない」
ばつが悪そうに謝罪してくる。女性は謝罪の後、黙り込み真剣な顔で、何かを吟味しているような表情をし始めた。
「お姉さん、か」
僕の咄嗟に出た呼び方について小さくつぶやく。
気分を害してしまったのだろうか?そう思って謝罪の言葉を述べる前に、
「いいねそれ、私のことはお姉さんと呼んでくれるとうれしい」
すこし緩んだ嬉しそうな表情で、堂々と言い放った。
――もしかするとこの女性は、ものすごくマイペースな方なんじゃないだろうか?
「でだ、少年」
再び表情を引き締め、顔を近づけられる。
「な、なんでしょうか……」
急に近づいた女性の綺麗な顔に内心ドキドキしながら問いかける。
「私が知らない間に、未成年が煙草を吸ってもいいという法律が新しくできたのか?」
先ほどの緩んだ表情とは違い、真剣な顔で聞いてくる。
「できてない、ですね」
何故こんなに真剣な顔をしているのか、その理由が理解できた。
――あぁ、またか。
「お姉さん……よく勘違いされるんですけど、僕は21歳です」
常日頃から童顔とか、女の子みたいだといわれる容姿で誤解を与えてしまっていたようだ。
僕の弁明を聞き、予想通り驚いた表情を浮かべる女性。
「口で言ってもわかってもらえないですよね……でも」
そう言って、免許証が入っている財布を取り出そうとお尻のところにあるポケットを探る――だが。
「あれ……あれ?」
いつもそこに入れている財布が見当たらない。
「すみません、車の中に忘れてきたみたいです……」
免許証を見せて納得してもらおうとしていたのだが当てが外れて落胆してしまう。
そんな僕の顔を見て女性は。
「そういうことなら問題ない、涼香……私の妹がおそらく持ってきてくれるはずだから、その時に確認することにしよう」
――妹。その単語を聞いたとき、先ほどの絶望が再び胸をよぎったのだが、目の前の女性に無用な心配をかけまいと飲み込む。
「それは……助かりますけど、僕の車の場所とかってわかってるんですか?」
何とか絶望から逃れることに成功し、女性との会話に集中する。
「あくまで推測なのだが、あっちのほうだろ?」
そう言って、僕の車がある方向を指で示した。
「な、なんでわかるんですか?! 」
見事にいい当てられたことに驚愕し、つい声を大きくしてしまう。
「私たちが車でこのトンネルに入ったとき、君の乗っていただろう車は見かけなかったからね」
すこし得意げな顔をしながら説明してくれる。
「見かけてないなら後ろにいる可能性が高いと思ったまでさ」
まさに[どやぁ! ]といった態度である。他の人がやったのならめんどくさそうな人だなぁと思うのだろうが。この女性がするとなぜだか様になる。
「正解だとすると……これは困ったことになってるのかもしれないね」
女性が小さな声で囁いた後、どや顔を止めて腕を組みながら何事か悩み始める――ほんの数秒のことだったがその姿は、有名な探偵さんのような明晰さを感じさせる姿だった。
そして頭の中で整理がついたのか僕のほうに視線を向け、問いかけてくる。
「少年、入口からトンネルを出ることはできないのだろ?」
僕は入口が土砂のせいでふさがれていることは説明していないはずだ。だが状況を正確に理解している女性の口調は、答えが出ているがあえて確認をするために尋ねている、そういった口調だった。
「……よくわかりましたね、お姉さん、すごいです」
だから、その答えが正しいということを表すために、女性をほめる。
「入口から出られるのであれば、少年がこっちのほうに来る理由がないと思ってね」
先ほどと同じように、どうしてその答えに至ったのかを説明してくれる。だが先ほどとは違って浮かべている表情はドヤ顔ではなく険しい。
「だとすると……事態はかなり深刻だな」
「ど、どういうことですか?」
あまりに真剣な表情でいうので不安になり、女性に尋ねる。
「少年、考えてみてくれ」
前置きをし、3度目の説明タイム。
「入口は何らかの要因で封鎖されているということは、出口のほうも同じ状況になっているかもしれないだろ?」
その説明を聞いて、ようやく自分たちの置かれている状況について理解した。
――もしかすると。
「少年、この推測が正しいのだとしたら、私たちはここに閉じ込められたということになる」
入口が封鎖されているのなら出口に向かえばいいやと思っていた。だがそれも難しい可能性が高いのだということを、僕は今更ながらに理解した――。




