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六人のトラワレビト  作者: よるねこ。
√A 6人のトラワレビト
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EP12--綺堂院昭徳2――恋人達の行動方針

2022年 11月25日 0時54分


「ちっ……まだ動かねぇか」


先ほどから何度も車のエンジンをかけようとしているが一向に掛からない。


「もう地震が起きてから1時間くらい経ってるし、あと少しでかかると思うよ」


車に乗せてある取扱い説明書とハンドルの辺りを交互に見ながら、興が教えてくれる。


「システム作動から一時間弱だっけ?[オートエンジンオフ]っていうのは若干不親切だな」


「仕方ないじゃない、私達が無傷なのってこの機能があったからだよね?」


愚痴をこぼす俺を、なだめようとしてくれている興。その頭をわしゃわしゃと撫でながら時間をつぶす。


「俺は興を怪我させなかっただけで満足だからな、このシステムには感謝してるさ」


「昭徳のフェミニストは筋金入りよね……」


ふにゃりと微笑みながら頭に触れている手を撫で返してくる。


――興と付き合い始めてもうそろそろ9年か……。いろいろなことがあったと思う、今でこそここまで仲良くなったのだがであった当初はこんな関係になるとは思っていなかった。


クラス委員で優等生の興、素行不良でサボりを繰り返す落ちこぼれの俺。


口うるさかった興とは何度もケンカをした、鬱陶しい奴だとさえ思っていたはずの女性。


出会って半年くらいだろうか?家にいることが辛かった時期に、夜の街で他の学校の不良連中とケンカをしている俺とばったりと遭遇した興。


ケンカしている俺たちを見て、慌てて間に入ってきた興は案の定巻き込まれちまって……。


興の左目の上を見る。巻き込まれた興に俺の拳が当たってしまった時に負った消えない傷が目に映った。


それを見るたびにコイツを守らなければと思う。俺が与えたこの痛みが生涯最後の痛みになるように――。


――ピー、ピー。


思考の海にのまれかけていた俺を引き戻したのは、間の抜けた電子音。


俺と同じようにソレに気付いた興が、


「昭徳、多分これエンジンがかかるようになった合図だと思う」


そう言ってエンジンをかけるよう促してくる。


言われるがまま、何度目になるかわからないがキーを回す――低い音を立ててエンジンが掛かった。


「よし、ようやく掛かったな」


1時間以上この場に足止めされることになったが、それはいい。エンジンが掛かったのならすることは一つだ。


「まさか耄碌してねぇのに、高速道路を逆走する日が来るとはな」


軽くボケながらギアをRに合わせる。


「悪い興、後ろを見るの手伝ってくれ」


明かりがほとんど差していないトンネルの中、その暗闇の中を走行するのは一人では困難だ。


「了解したよ、スピードの出しすぎには気を付けてね?」


「興を乗せてるんだ、無茶するわけないだろ?」


軽口をたたきあいながら分担して、慎重に後ろに下がっていく。


――大体4~500mほど車を走らせたあたりで、


「ちょっと止まって」


注意深く後ろを見てくれている興が静止を呼びかけた。


元からスピードを落としていたため、声がしてから1秒弱で車を停止させることができた。


「……なにあれ」


震える声でつぶやく興。その視線の先を見ると1台のトラックがあった――だがこのトラックはどこかおかしい。


「あれ……運転手絶対に……」


その言葉で運転席があるはずの場所に視線を向けると、違和感の正体に気付く。


運転席がなかったのだ――いや、正確にはあるのだろう。だがそれはトンネルの外壁と完全に結合し原形をとどめていなかった。


「……[オートエンジンオフ機能]がなかったら今頃俺たちがあぁなっていたのかもな」


苦虫をかみつぶすような気持ちで呟く。


その光景は数年前なら俺たちがなっていたはずの光景だ。科学の進歩に感謝するよりほかはない。


「無駄だとは思うが確認しようぜ?万が一生きているのなら恩を売っておくのも手だろ」


興を不安がらせないように、努めて明るい口調で提案する。


「……そうだね、生きているなら運転手は絶対に助けが必要だと思うし」


俺の意思をくみ取ってくれたのか提案に乗ってくれる興。


「生きてるやつがいるってんなら助けてやる、いないようなら俺たちが手を合わせてやろうぜ?」


「そうだね……」


言葉を交わしながら、二人で車を降りる。かなり動揺を見せていた興の腕をしっかりと引き寄せ、手を握り合うと目の前に広がる惨劇と向かい合う。


「……コンビニのトラックの運ちゃんか……災難だったな」


目に映ったのは、会社のロゴ。かろうじて無事だった荷台にでかでかと書かれている[6-12]のトラックだった。


見慣れたはずのソレは、運転席がないだけで異彩を放すモノに成り下がっていた。


「予定変更だ、この状況でなら生存者を見つけるより運転してたやつの幽霊ってのを見る確率のほうが高いだろ」


運転席があったであろう場所を少し離れた位置から眺めると、べったりと赤黒い液体がトラックを、地面を汚している。仮に息があったとしてもあの出血量では助からないだろう。


「興、お前は少し離れてろ、お前にこんな光景を見せたくないんだ……」


手をつないだまま震えている興に少し下がっていることを指示する。


「なに……するの?」


手を放したくなかったのか、さらに手の力を強めながら尋ねてくる。


「この運転手は災難だったんだろうが、これは俺たちにとっては都合のいいことなのかもしれない……」


トラックの荷台を見ながら答える。――コンビニのトラックだ、積まれている中身によってはこの状況で使えるものがあるかもしれない。


興の手を放すことを諦め、二人で荷台へと向かう。


荷台のドアへと手を伸ばし、レバーを思いっきり下に降ろすと鈍い金属音を鳴らしながらドアが開いた。どうやら立てつけが悪くなっていたようだが苦なく開いてくれたことに感謝した。


ドアの中を覗くと地震と外壁にぶつかった衝撃でか、中のものが散乱していた。


散乱しているものを拾い上げるとそれは菓子パンだった。袋をあけ、おもむろにかじりついてみる。


「た、食べちゃって大丈夫なの?」


不安げな声で聞いてくる興。


「非常時だ、仕方ないだろ?」


憮然とした態度で答える。


「それにとったものはあとで必ず金を払うから問題ないだろ」


「……それならいい、のかな?」


困った顔で、完全に納得したわけではないだろう興が呟く。


「念のために何個か持っていこうぜ?ここに来て思ったんだが、ここからは入口のほうまで歩いたほうがいい」


地面を指さしながら提案する。


俺が指差した先に落ちていたのは、屋根の部分に使われていたであろうコンクリート片。


「こんなもんがたくさん落ちてるのだとしたら、車で通るのには限界があるだろ?」


苦々しい思いで説明する。


納得してくれた興は荷台から菓子パンを何個か手に取り、持っていた小さめのポーチの中に収める。

その間も手を放そうとしない興に愛しさと庇護欲が掻き立てられた。


「まだ夜中だ、動くのは日が昇りだしてからのほうがいいだろうな……」


俺は握られ続けている手の力を強く握りしめながら言う。


「そうだね、歩くにしてもコンクリート片で転ばないように明るくなってからがいいと思う」


興は答えながら握りしめた俺の手をもう片方の手で優しく包み込んでくれた。


「寝るにしてもここから少し離れたいよな、仏さんがそばにいる状況で寝るってのはさすがにきついだろ」


そう言うとしっかりとうなずき返してくれる興は運転席のほうへ視線を向けながら、


「手、合わせてあげないとね……」


やるせなさを隠さない声色で囁いた。


「……そうだな」


その声に同意し、視線を交わし、ゆっくりと手を放す。2人で運転席があったはずの場所へと手を合わせた。


黙祷を済ませた後、車に乗り込んだ。


エンジンをかけ、元いた場所へと車を走らせる――。


「朝、早くに動くことにするけど大丈夫か?」


助手席におとなしく座っている興に声をかける。


「問題ないよ、早くここから出たいし……」


うつむきながら答える興、その顔には不安の色が強く浮かんでいた。


――守ってやらないとな。


その顔を見てしまった俺は、声には出さなかったが決意を新たにした。


それが大切な女性に対する当然の義務を果たす事になり、旅行に誘って興を巻き込んでしまった贖罪にもなるだろう。


そのために――、


「興、キスしていいか?」


車を止め、うつむいている興の顎に軽く手を触れ、目を見つめながら問いかける。


突然の俺の問いに、驚いて目を見開いたあと、静かに瞳を閉じる興。


その行為を無言の肯定だと受取り、唇を合わせた。


少しでも興の不安が和らぐように優しく、しっかりと唇を重ねづける――。


次第に不安を和らげるという目的は純粋な欲望に変わってゆく。


互いに求め合う行為はどんどんエスカレートしていったのだが、それでも興が拒むことはなかった――。

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