第8話「呼び出し」
呼び出しは、静かに行われた。
大げさな通達も、儀礼的な迎えもない。
ただ一人の高官が現れ、短く「来い」と告げる。
それだけ。
だが、その簡素さこそが異様だった。
私は彼の半歩後ろを歩く。
廊下は変わらない。
王宮の中心へと続く通路。
だが。
すれ違う人々の反応が、明らかに違う。
視線が集まる。
そして、すぐに逸らされる。
あるいは、露骨に観察される。
どちらにせよ、意味は同じだ。
――異物。
私は今、この空間において“例外”になっている。
それを、私は冷静に認識する。
「……ここだ」
高官が立ち止まる。
重厚な扉の前。
見覚えがある。
王宮内でも限られた者しか入れない、会議室。
つまり。
――非公開の場。
私は一瞬で理解する。
この呼び出しは、単なる事務連絡ではない。
決定事項の通達。
あるいは。
――最終確認。
高官が扉を叩く。
内側から、短い返答。
「入れ」
扉が開く。
私は中へと足を踏み入れる。
室内には、三人。
王宮の中枢に関わる人物たち。
名前も役職も、すべて把握している。
そして。
その中に、王太子の姿はない。
――なるほど。
私は状況を整理する。
これは、彼個人の判断ではない。
組織としての決定。
その認識が、さらに一つの結論を補強する。
――あの婚約破棄は、政治だった。
「リゼル・アストレア」
中央に座る男が、私の名を呼ぶ。
「はい」
私は一礼する。
視線が、私を測る。
感情はない。
評価だけがある。
「状況は理解しているな」
「はい」
「結構」
短いやり取り。
無駄はない。
彼らは時間をかけない。
必要な情報だけを処理する。
その姿勢は、私と似ている。
「では、本題に入る」
空気が、わずかに変わる。
「お前に、新たな任務を与える」
予想通り。
私は静かに待つ。
内容を聞くまで、判断はしない。
「南方の敗戦国、ルミナス王国」
地名が出る。
私は即座に情報を引き出す。
戦争終結直後。
財政崩壊寸前。
国内不安定。
講和条件の最終調整中。
――最悪に近い状態。
「その講和交渉に、お前を補佐官として派遣する」
一瞬。
思考が止まる。
だが、それは感情ではない。
単なる処理遅延。
すぐに、再起動する。
これは。
異常だ。
通常、この任務は高位の外交官が担当する。
しかも。
私は今、正式な立場を失っている。
にもかかわらず。
――なぜ、私が?
その問いに対する答えは、すぐに提示された。
「理由は分かるな」
男が言う。
私は数秒だけ思考し、結論を出す。
「人員不足、あるいは既存の人材では対応困難な案件と推測します」
「半分正解だ」
男はわずかに口角を上げる。
「もう半分は」
そこで、言葉を切る。
意図的な間。
そして。
「お前しかできないからだ」
静かに告げられる。
その言葉に、偽りはない。
私はそれを、正確に受け取る。
評価。
事実。
だが同時に。
その裏も理解する。
――だからこそ、王都には置けない。
言葉にはされていない。
だが、それは明確だった。
「……承知いたしました」
私は一礼する。
拒否はしない。
する理由がない。
ここでの選択肢は一つだ。
受け入れるか、排除されるか。
ならば、前者が最適。
「条件を確認します」
私は続ける。
「任期、権限、帰還の可否」
部屋の空気が、わずかに変わる。
彼らは、私を見た。
評価ではない。
――確認。
この女は、どこまで理解しているのか。
その問いに対し、私は答える。
「成功した場合、帰還は可能でしょうか」
沈黙。
数秒。
やがて。
「……帰還は保証しない」
答えが返る。
予想通り。
私は頷く。
「失敗した場合」
「責任は、お前が負う」
当然だ。
これも想定内。
ならば。
結論は、すでに出ている。
「了解しました」
私は顔を上げる。
視線をまっすぐに向ける。
「任務を受諾いたします」
その瞬間。
わずかに、空気が緩んだ。
決定が確定したからだ。
彼らにとって、私は駒だ。
使える駒。
それ以上でも、それ以下でもない。
だが。
それで構わない。
私は、役に立つ。
それが、私の存在理由だから。
「出発は三日後だ」
「準備を整えろ」
「はい」
会話は終わる。
それ以上、言葉は必要ない。
私は一礼し、踵を返す。
扉へと向かう。
その途中。
「……リゼル」
呼び止められる。
振り返る。
先ほどの男が、こちらを見ていた。
「一つだけ、言っておく」
その声には、わずかな重みがあった。
「これは、名誉ある任務ではない」
当然だ。
私はそれを理解している。
だが、彼は続ける。
「だが」
ほんの一瞬。
言葉を選ぶように間を置き。
「……最も重要な任務だ」
その意味を、私は理解する。
表には出ない。
評価もされない。
だが、結果だけは必要とされる。
――裏の中枢。
私は、わずかに頷く。
「承知しております」
それだけ答え、今度こそ部屋を出る。
扉が閉まる。
廊下の空気が、戻る。
だが。
私の中で、何かが確実に変わっていた。
私は、捨てられたのではない。
ただ。
――別の場所に配置された。
その事実だけが、はっきりと残る。
そして。
その配置が意味するものを。
私は、これから知ることになる。
読んでいただきありがとうございます。
ここで、彼女の立場がはっきりしました。
捨てられたのではなく、「使われる場所が変わった」だけ。
第9話では、彼女自身がそれを完全に理解します。
そして、物語が一段階上へ進みます。
続きが気になる方は、ぜひブックマークして追っていただけると嬉しいです。
ここから一気に面白くなっていきます。




