第16話「選別」
その日の夕刻、私は再び市場へ向かった。
同じ場所。
同じ時間帯。
だが。
もう、同じ視点では見ていない。
私は、歩きながら整理する。
状況は明確だ。
供給は意図的に絞られている。
流通は特定の経路に集中している。
価格は操作されている。
そして。
それを制御しているのが、カイル・ヴェルディス。
――あるいは、その背後の構造。
だが。
彼の言葉もまた、事実だ。
「これがなければ暴動が起きる」
それは、おそらく正しい。
つまり。
現状は“歪んだ安定”。
崩せば、より悪化する可能性がある。
ならば。
――崩すだけでは足りない。
私は市場の入口で立ち止まる。
人の流れを観察する。
昨日より、さらに減っている。
だが。
一部だけが、動いている。
物資を持つ者。
それを運ぶ者。
そして。
――何も持たない者。
明確な分断。
私はそれを見て、結論を出す。
問題は、供給だけではない。
分配。
そして。
“選別”が行われている。
私は歩き出す。
人の少ない側へ。
路地に入る。
表通りとは違い、さらに空気が重い。
視線が鋭い。
警戒ではない。
――諦め。
私はその中を進む。
やがて。
一人の少女と目が合う。
昨日も見かけた顔。
年齢は、十前後。
痩せている。
だが、目はまだ死んでいない。
――境界線上。
私は判断する。
このままなら、数日で変わる。
内側へ。
諦める側へ。
「……何か」
少女が先に口を開く。
警戒している。
だが、逃げない。
私は距離を保ったまま答える。
「確認したいことがある」
「お金はない」
即答。
条件反射。
私は首を振る。
「必要ない」
少女の目が、わずかに揺れる。
想定外。
だが、それだけで十分だ。
「食料は、どこから得ている」
問い。
単純だが、本質的。
少女は少し迷い、やがて答える。
「……並ぶ」
「どこに」
指が、表通りの方向を示す。
――あの店。
私は理解する。
そして、続ける。
「毎日か」
「……無理な日もある」
「その場合は」
少女は答えない。
視線を逸らす。
だが、それで十分だ。
私は結論を出す。
――選ばれている。
全員には行き渡らない。
だから。
優先順位がある。
あるいは。
恣意的な分配。
私は一歩、前に出る。
少女がわずかに身構える。
だが、逃げない。
「名前は」
「……ミア」
短い返答。
私は頷く。
「ミア」
名前を呼ぶ。
それだけで、距離がわずかに変わる。
「一つ、頼みがある」
「……なに」
「明日もここに来い」
少女は眉をひそめる。
「なんで」
当然の問い。
私は答える。
「観察するためだ」
「……は?」
理解できない。
当然だ。
私は続ける。
「この街の状態を、正確に把握する必要がある」
「それに、お前が適している」
少女は黙る。
数秒。
やがて。
「……なんで私」
私は即答する。
「まだ、変わっていないからだ」
少女の目が、わずかに見開かれる。
意味は、完全には理解していない。
だが。
何かは伝わっている。
それで十分だ。
「来られるか」
短く問う。
少女は迷う。
だが。
やがて、小さく頷く。
「……来る」
決定。
私はそれを受ける。
「いい」
それだけ言う。
それ以上は求めない。
少女はまだこちらを見ている。
何かを期待している。
あるいは。
警戒している。
私はそれを理解する。
だが。
今は、与えない。
与えれば、依存になる。
それは非効率だ。
私は踵を返す。
路地を出る。
再び、表通りへ。
視線を上げる。
市場の中心。
物資を抱えた店。
そして。
その奥。
カイルの姿はない。
だが。
気配はある。
見ている。
どこかから。
私はそれを感じる。
そして。
理解する。
こちらの動きも、すでに観察されている。
ならば。
隠す必要はない。
私はまっすぐ歩く。
店の前へ。
人の列の横を通り過ぎる。
そして。
その奥へ。
止まる。
振り向く。
人々の視線が集まる。
私はそれを受ける。
そして。
静かに言う。
「明日、この場所で」
声は、広く届くように。
だが、無駄なく。
「食料の分配について、提案を行う」
ざわめき。
小さく。
だが、確実に。
私は続ける。
「参加は任意だ」
「だが」
一瞬、間を置く。
視線を一人一人に向ける。
「現状を変えたい者は、来るべきだ」
言い切る。
それだけ。
説明はしない。
保証もしない。
ただ、選択肢を提示する。
沈黙。
そして。
ざわめきが、少しだけ大きくなる。
疑い。
期待。
不安。
すべてが混ざる。
私はそれを確認する。
十分だ。
これで。
――場は作れた。
私はその場を離れる。
背後の空気が変わっているのを感じる。
昨日とは違う。
ただの異物ではない。
――“何かを起こす存在”として。
私は歩きながら、思考を巡らせる。
やるべきことは決まった。
選別されている構造を、逆に利用する。
全員を救うことはできない。
だが。
最適化はできる。
そして。
それは、必ずどこかを切ることになる。
私は理解している。
それでも。
やる。
それが。
――私の選択だから。
読んでいただきありがとうございます。
ここで主人公が初めて「自分の意思で場を作る」行動を取りました。
そして同時に、
“誰かを切ることになる”決断へ進み始めています。
次回、いよいよ最初の衝突。
ここで読者のカタルシスを取りにいきます。
続きが気になる方は、ぜひブックマークして追っていただけると嬉しいです。
ここから一気に面白くなります。




