第22話 竹原修斗
帝国高等学園は不自由なく過ごせること間違いなしの素晴らしい教育施設です。
そんな売り文句を笑顔尽くしな生徒達の写真と一緒にポスターとなって廊下の壁に貼られていました。
タバコを咥えた数学教諭の神山雄一は軽く笑います。
「大半は嘘ばかりのポスターを作るなんてアホらしい」
「神山先生、あまりそういうことは言わない方がいいですよ」
同じ数学教諭に咎められ、雄一は素直に認めると校舎から出ていきました。
禁煙の庭で特に悪気もなくニコチンを摂取しています。
「荒川も恵もいないし、暇なこと」
暇を潰せる相手もいないのでしょう、1人寂しくベンチに座ると空へ首を上げました。
「おじさん…………ここは禁煙」
感情のない声が聞こえて正面に顔を向けた雄一は目を丸くします。
目の前には義理の娘、奈木が無表情の目で雄一の口に咥えられたタバコを見つめていました。
「よ、奈木、ここの教師になったら禁煙場所でも吸っていいことになっている。これは教師の特権って奴だよ」
得意気な表情を浮かべて、タバコの先をベンチに擦りつけてそのまま捨てた雄一。
タバコを拾って火が完全に消えたのを見て黙ってゴミ箱へ捨てる奈木。
義父の前でも寡黙なのは変わりません。
「陸とは仲良くしているか?」
奈木は小さく頷き、ブレザーの胸ポケットから何かを取り出しました。
手のひらに乗せているのは金色の丸い腕時計。
「もらったのか」
「陸が、くれた」
満面な笑みを浮かべて頷く雄一は、ベンチから立ち上がって奈木の頭に手を乗せます。
髪をくしゃくしゃにされている奈木は口元を少し上向きにしていました。
「陸は良い奴だ。あいつと一緒にいれば、前みたいに笑える」
「ねぇ、修斗はどうしてるの?」
その質問は雄一の表情を険しくさせてしまいます。
頭に乗せていた手を下ろし、奈木の頬を軽く抓りました。
「なんだ奈木、あいつのことが好きなのか?」
引っ張られても表情を変えない奈木はずっと雄一の目を見続けます。
「好き…………ってどうして? 分からない」
疑いのない彼女の瞳に雄一は頬から手を離して息を吐きだしました。
「あいつは絶対人に依存する。甘えさせてくれる人、全てを許してくれる人なら誰でも、だから絶対近づくな。お前は陸と一緒にいること」
奈木は数秒ほど雄一から視線を逸らして、もう一度目を合わせると何も言わずに頷きます。
「よし、良い子だ」
髪がくしゃくしゃになるくらいに強く撫でた雄一は落ち着いた笑顔を浮かべました。
あまり納得はしていない様子でしたが、いちいち反応を見ている暇はありません。
雄一は逃げるように走っていき次に向かったのは校舎から離れた研究施設。
生徒達がいる校舎や寮から見ることができないように緑の葉が生え揃う木々で隠してあります。
厳重なスライド式の扉を解除して、雄一は研究員に声を掛けました。
「竹原の様子はどうだ?」
「被験者は精神的に沈んでいます。立て続けにクローンと戦ってきた負担が多いと思われます」
淡々とした説明を聞いて雄一は目を細めます。
「しばらく休ませるか、陸のことも気になるしな」
「その被験者に今のところ覚醒の可能性はありません。安全なゾーンにいますが、狙われる可能性は高いですね」
「だろうな、一応隠してきたつもりだけど墨田グループは気付いているはず。これ以上やられたらヤナギになんて言われるか」
苦い表情になる雄一に、研究員は白衣のポケットから古びた小さな箱を出しました。
「なにこれ?」
「話が変わりますけど、洋国にいる仲間が送ってきてくれた物です。百年以上前の指輪だそうで」
紺色の古びた小さな箱を上に開けると中には輝きを忘れない無色無透明のダイヤモンドが埋め込まれた高価な指輪が。
「へぇ、ダイヤモンドって生で初めて見た……ような、前に見た事があるような」
指に填めるリングを手に取って様々な角度から眺めます。
「観光地にもなっている町全体がレンガの廃墟に落ちていた物でして、婚約指輪だと思われます。売ればかなりの値がつきますよ、僕はいらないのでどうぞ」
「ふーん、どうも」
ダイヤモンドの指輪を箱に戻して、雄一はスラックスのポケットに入れました。
研究員にノートパソコンの液晶画面を向けられ、視界に映すとそこには男子生徒の顔写真。
暗い表情で髪も長く輪郭は痩せ細っています。
「技術科の安藤か、こいつがどうした?」
「彼は陸被験者に対してかなり敵対視をしているようでして、ライバルというより嫉妬に近いです。もしかすると彼が墨田側に取り入れられ、事件を起こす可能性があります」
新たな問題に表情を険しくさせるしかない雄一。
「良い奴は必ず悪い奴に妬まれて殺されるか落とされる。良い人間ほど得はしないな」
「ニュースに出ていた財閥のお嬢様が暗殺された事件のことですか?」
研究員はニュースが掲載されている画面に変えて、事件の詳細に目を通しました。
「ん? まぁそうだな、あそこは片桐財閥と仲良しだ。病院に受け入れられないよう根回しをして、結局間に合わずに救急車の中で息を引き取ったらしい」
記事を読み終えた研究員は雄一の説明に怪訝な表情を浮かべます。
「そのことを竹原被験者に伝えたのですか?」
「ああ」
平然とした顔で答えた雄一に研究員は息を小さく吐く。
「それが今回の原因ではないでしょうか……」
研究員は力無く呟きました。




