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不要な子供達  作者: 佐久間 泰然
第1章
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第21話 竹原修斗

「おい竹原!!」

 突然扉を開けて勢いよく現れたのは数学教諭の神山雄一でした。

 とても険しい表情で怒っているかの様な声に部屋の住人である竹原修斗は驚いてしまいます。

 返事をする暇も与えられずに両襟を掴まれて、修斗は上下に揺らされました。

「ぼさっとするな! 早く行くぞ!」

 テーブルに置いていたハンティングナイフを渡されて理由も告げられずに外へ連れ出されます。

 学園の外へ出ることは校則違反なのですが、警備員は何も言わず雄一と修斗を門の外側へ無愛想なまま見送るだけ。

 スポーツタイプの赤い自動車に乗り込み、修斗は後部座席に乗せられました。

 ハンドルを手に発進させ、雄一はずっと無言を貫き、修斗は重い雰囲気に声を出せずにいます。

 学園の外は高層ビルばかりが建ち並び、道路には様々な自動車が走っていますが、歩行者は誰もいません。

 代わりに犬型の機械や空中を飛んでいる監視カメラ付の小型機械が帝都内を巡回しています。

 人がいない世界にでも来たような錯覚に、修斗の体に妙な不安が襲いました。

 数十分の沈黙後、

「竹原」

 ようやく雄一に声をかけられ、修斗は戸惑い気味に返事をしました。

「白雪と連絡、できてないだろ?」

 何故知っているのか、修斗は喉を詰まらせてしまいます。

 うまく言葉を返せない修斗をバックミラーで映しながら、雄一は真剣な眼差しを崩さずに続けました。

「よーく落ち着いて聞けよ。白雪はこれから帝都のパーティー会場で演奏をする予定だ。その演奏会で、白雪が殺されるっていう情報が入った」

 無知な漆黒の瞳が揺れ、もはや声が出せない修斗はハンティングナイフを強く握ります。

「幸いなことに学園から近いおかげで、その殺害計画を阻止できるかもしれない。一応言っとくが、白雪はクローンやサーガ被験者でもない、なんの関係もないお嬢様だ」

「な、んで……こ、殺されないと、いけないんですか?」

 やっと声を吐き出すことができた修斗は息苦しそうに表情を歪めました。

「それは俺が聞きたいって、とにかく落ち着け。建物のあちこちにボディガードがいるはずだから気を付けろ。ボディガードは全員ただの人間だ、だからサーガの力は使えない。もし、あいつらが何かをしようとするなら俺が教えたやり方でやるんだぞ」

 人の命を奪うという意味だと捉えてしまった修斗は口が渇いて、酸素が過剰に入ってきます。

 言葉を失った修斗を覗き、雄一は呆れてしまいました。

「別に殺せなんて言ってないだろ……一時的に動けなくなる程度でいいんだよ」

「あ、そ、そうですよね」

 胸を撫で下ろした修斗はふと、別の不安を思い出します。

「奈木と一緒にいる人って誰ですか?」

「技術科の陸だ。奈木にも少しは恋愛的なことをしてほしいから俺が紹介した。これしか、俺にはできないんだ」

 淡々と告げられた答えに修斗は目を右、左に動かし落ち着けません。

 雄一は彼のその様子に口角を下げて不満げな表情を浮かべています。

「お前は奈木をどう思っているんだよ」

「どうって、友達だと思ってます。1人ぼっちだった俺にとって奈木が唯一の友達だから、だから……誰かに取られるのが怖いんです」

「絶対友達なんだろうな? それ以上の感情を持つなんてことはあり得ないのか、奈木は女の子だぞ」

 確認をとろうとする雄一に、修斗は黙って頷き、ただ車窓から見える景色を虚ろな瞳に映しました。

「白雪は友達じゃなくてそれ以上ってことか」

「え、あ、その……白雪さんは、俺の」

 赤面を隠せない態度の修斗に、雄一はようやく笑みを浮かべます。

「いいんだよ、隠すなって。だから、今は奈木じゃなくて白雪を助けることだけを考えろ」

 修斗はもう一度、ハンティングナイフを握りしめて、強く漆黒の瞳で前を見つめました。

 ビルを抜けて、ようやく人通りがある場所まで着くと、雄一の車は目的地から離れた道沿いに停車。

 雄一の手に自動式拳銃が握られているのに気付いた修斗は体を強張らせてしまいます。

「万が一の場合だ。間違ってもお前は撃たないから安心しろ。ほら、ここから走って裏から入るぞ」

 路地裏を少し走って、会場の裏口に到着。

 会場のどこの扉にも筋肉でがっちりと固められた肉体に黒いスーツを着たボディガードが周囲を警戒していますが武器を持っていません。

「銃はいらなさそうだが、お前はナイフを鞘のまま使え、さすがに切ったりしたら俺が怒られるからな」

 自動式拳銃をショルダーホルスターに装着して、素手になります。

「でも、どうやって入るんですか?」

「どうやって、か……」

 裏口から出てきた1人の男性。

 首にかけている1枚のカードをボディガードに見せて挨拶を済ますと、2人がいる路地裏に近寄ってきました。

「ありゃ、墨田側か。やっぱり墨田絡みかよ」

「え、え?」

 戸惑う修斗をよそに雄一は男に声を掛けます。

「政府が女の子の演奏会に呼ばれているなんて珍しいな」

 雄一に気付いた政府の男は目を丸くして、ボディガードがいないか確認すると雄一を睨みました。

「なんでヤナギグループがここに? アンタは学園を任されてるはずだろ、ここにいることをヤナギに知られたら大変なことになるぞ」

「心配してくれてどうも、ヤナギは俺のことなんて眼中にないから大丈夫だ。また監視か?」

 政府の男は険しい表情を浮かべて重々しく頷きます。

「そうだよ、高藤がちゃんと始末するかをな」

「高藤!? 執事の人が白雪さんを?」

 修斗の発した突然の大声に政府の男は静かにするようにと唇に人差し指を立てて、睨みました。

「なんだこの子は」

「演奏をする女の子の彼氏だ、気にすんな」

 政府の男は眉を下げて、修斗を無言で優しく見つめてきます。

「カードを貸してくれ、最後に会わせてやりたいんだよ」

「残酷だな……子供が産めない体ってだけで実の親が殺せっていうんだ。1人娘なのに、金持ちの考えは理解できないよ。ほら、勝手に持っていけばいい、カード1枚あれば君も一緒に入れる。けど、すぐに返してくれよ」

 政府の男は路地裏の壁に凭れて、タバコを咥えて一服。

 カードを受け取った雄一は呆然としている修斗を連れて裏口へ急ぎます。

 見覚えのない2人を怪しそうに睨むボディガード。

 カードを雄一が見せると、頷いて、

「その子供はなんだ?」

 単純な疑問を口にします。

「演奏するお嬢さんの彼氏だ」

「ああ……そう」

 哀れむような目線で修斗を見つめて、簡単に通しました。

「もう演奏は始まってるよ」

 入る際に付け足されたボディガードの言葉に焦燥感が修斗の全身を包み込み、急がなければいけないのだと歩く速度を上げようとしましたが、雄一に止められ髪を強くクシャクシャに撫でられます。

「落ち着けって、2階か3階のどこかに高藤がいるはずだ、探すぞ」

 修斗は唇を噛んで強く頷くと、辺りを見回しました。

 会場内は暗く所々にボディガードがいます。

「俺は客席の方から探す。とにかくお前は上に行け」

 雄一と離れて行動をすることになった修斗は2階へ続く階段を探しますが、ボディガードが立ち塞がっていて、探すことも行くこともできません。

 会場から響くピアノの旋律は優しい音を奏でてやがて鍵盤を叩くように激しさを増していきます。

 恐怖から逃げる不安な音であったり、芯の強い真っ直ぐな音だったり、人の感情を次々と奏でていく白雪の演奏に、修斗は焦る気持ちを高めてしまい2階へ続く階段を守っているボディガードに真正面から突入。

「君、ここは立入禁止だ!」

 体格のいいボディガードの股を器用にすり抜けて、修斗は階段を両手両足で駆け上りました。

「こら、待ちなさい!」

 2階へ上れる寸前足を掴まれてしまい、修斗は前のめりに倒れて顎を段差の角にぶつけてしまいます。

 上からも応援がやってきて行く先を塞がれた修斗は痛みを訴えている場合ではありません。

「早く、早く、高藤さんを止めないと、白雪さんが危ないんだよ!!」

 身軽な少年を階段から引き下ろすのは容易で、ボディガードの手によって1階へ戻らされてしまいます。

 叫ぶ修斗と落ち着かせるボディガードの騒がしい声はピアノが奏でる音によって掻き消され、舞台にいる白雪の耳にも届いていません。

 顔色をひとつも変えない観客ばかりがいる表で雄一は2階、3階を見上げて高藤を探します。

「恵!」

 高藤ではなく、3階に投げ用ナイフを構える橘恵の姿が見え、雄一は名前を呼びます。

 恵は返事をしません。

 それどころか恵は向かい側にある2階の特別観客席を睨んでいました。

 視線の先を見ると、そこには老年の男が狙撃用のライフルに音を抑えるサプレッサーを付けて構えているのです。

「それが、本当にお前のやりたいことなのか……恵」

 立ち尽くす雄一は眉を下げてしまいます。

 舞台で力強くピアノを弾く白雪の細い体。

 彼女の手や鍵盤に落ちる透明な雫は汗ではなく、目から零れています。

 歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて、ただ演奏することだけに集中しなければならない白雪の姿をスコープに映す高藤と見張っている恵。

「お、お嬢様……」

 大汗を掻く高藤は腕を震わし、なかなか狙うことができずにいました。

「幕が閉じる瞬間に撃て、出来なければ貴様を殺して家族も殺す」

 小型の通信機を耳に付けているのか、大きな声を出さなくても伝わります。

 高藤は歯を強く食いしばり、全身を使って深い呼吸を繰り返しました。

「それでいい、貴様と依頼主は親友なんだ。親友の為にやればいいだけ」

 親友という重い単語を口に出されてしまった高藤は瞳から溢れる大粒の涙を流すしかありません。

 2階に行けないのならと、裏側でまだ騒いでいる修斗は舞台の上に行こうとしますが、ボディガードの力に圧倒されてしまいます。

「君の気持ちもわかる、わかるけど、これ以上深く関わってはいけない!」

 床にうつ伏せで押さえつけられてしまった修斗は首を横に振りました。

「なんで、なんで、子供が産めないからって殺されないといけないんですか!?」

「そこまで知っているのか、君。これは旦那様の命令なんだ、お嬢様も十分理解しているよ。だから、諦めなさい」

 諭すような言い方に修斗は唇を噛んでボディガードを睨みます。

「お嬢様は死を覚悟しているんだ、その覚悟を無駄にしちゃいけない」

「勝手に覚悟させたんでしょ……死にたくなんか、ないよ、誰もホントは絶対に!!」

 修斗の悲痛な言葉に哀れむ目で見下ろすボディガード。

 目の前に続く舞台の上には演奏を続ける白雪の背中が見えます。

 やがてピアノは高音のまま静かに消えていき、演奏は終わってしまいました。

 タイミングを合わせて、大歓声と拍手が鳴り響く観客席。

 白雪は俯いて、観客に応えることはしません。

 何もないまま舞台幕が閉まろうとして、雄一はすぐにショルダーホルスターから自動式拳銃を抜こうとしましたが、タイミングが遅かったのです。

 ずっと続く大歓声に揉み消される高藤の叫び声と共に狙撃用ライフルの引き金を指で押さえました。

 一瞬の出来事が、修斗の視界にはゆっくりと映ります。

 白雪の体を貫く細長い弾丸の衝撃でイスごと横に倒れていく姿。

 血飛沫が散る舞台の真ん中は幕が閉じられても光が注がれています。

『複数の体内からクローン細胞を発見、直ちに排除致します』

 脳から響く女性の機械音声に一瞬にして意識を奪われてしまった修斗は体も操られました。

 力で押さえつけられていた体は容易にボディガードを弾き飛ばしたのです。

 会場から去っていく観客を押しのけて、雄一は舞台の裏側まで戻ってきました。

「まさか、こいつらにクローン細胞を打ちこませたのか?」

 戻ってくる間に全てを終わらせれるほど手際が良い修斗の脳に、雄一は苦い笑みを浮かべます。

 既に息を引き取っているボディガード達。

 修斗は安心する間もなく、舞台の上に倒れている白雪のもとへ駆け寄っていました。

「白雪さん!」

 銃弾は胴体を貫き、白雪は顔を歪めて息を荒くさせます。

「ど、して、ここにぃ……しゅとさんが」

「喋ったら駄目だ! 白雪さん、すぐに病院に行こう!」

 必死な修斗の顔を覗いた白雪は苦しいというのに笑みを浮かべました。

「生きたら、だめ……なの?」

「生きていいに決まってるよ! 白雪さんと一緒にもっと話したい、デートもしたい‼︎」

 純粋に求める言葉がどれほど無知か、修斗にそんなことを考える力はありません。

 白雪は唇を軽く噛み、出尽くしたはずの涙が頬をつたっていきます。

「生きたい……よ、ずっと、だって、こんなに……あなたが」

 言葉が掠れてしまい白雪の口から出たのは血と微かな息だけでした。

 瞼が閉じ、口は半開きに首は力無く倒れます。

「し、白雪さ、ん」

「待て、動かすなよ! 救急車は呼んだからとにかく止血するぞ」

 雄一に押しのけられ、慣れた手つきで止血を施す様子に修斗は俯きました。

「外の空気でも吸ってこい、ここにいたって辛いだろ」

「で、でも」

「いいから行って来い!」

 怒鳴り声に驚いた修斗は白雪を心配そうに眺めて舞台から下りました。

 観客席側から進んでいくと、

「修斗、久しぶりだな」

 聞き慣れた声が会場に響き、修斗は辺りを見回しますが誰もいません。

「ね、姉さん、なの?」

 信じたくはありませんが、修斗は確認します。

「私が高藤に指示して白雪を撃たせたが、急所を外したようだな」

「嘘、嘘だよね? 姉さんはそんなこと、しないよね?」

 姿のない恵の声にどうしても信じられない修斗。

「私は愛する人の為なら嘘をつき、人を殺す」

 弟に発せられた温もりのない声。

 修斗は両膝を地面につけて、正座の状態で座り込みました。

 漆黒の瞳は虚ろになって酷く淀み、会場の外から鳴り響く救急車のサイレンでさえ耳に入りません。

 会場に入ってきた救急隊員に声を掛けられ、肩を揺すられますが、修斗は返事をすることができずに黙っていました。

 担架に乗せられた白雪の姿を呆然と眺める修斗と煙草を咥えた雄一。

「嫌な仕事だな、お互いに」

 雄一はその場にいない誰かに呟きました。

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