第二話 短い旅の終わり。
「久しいな。」
アマトは奇形岩の上に立て膝で座ったまま、目を細めて言った。灰色のローブを身に纏うアマトは死神と言うよりは死にかけた神に見える。風が強く吹き衣服が靡く。
「本当に。会えてうれしいです。」
髑髏に話しかけられたその青年は、奇形岩の間を縫って現れた。暗黒の和装に身を包み黒化している。アマトは感嘆の息を漏らす。
「ほう。凄いな。随分と鍛えたようだな。黒檀。」
「はい。貴方に我々のファンブルの本質を教えて貰ってから、我々の特性を最大限に引き出せるよう、修練を積みました。無限舞闘と黒化。我々は成体のような強力な極術は使いこなせませんが、この二つの特性によって、キリマチの者達よりも強くなりました。それと、頂いた“黒漆”も使いこなせるようになりました。皆、隠れ家に自由に行き来出来るようになっています。」
「そうか、それは何よりだ。一つだけ、力は他人と比べるためにあるのでは無い。忘れるな。」
アマトの言葉で、奇形岩が乱立する窪地に冷たい風が吹いた。秋は終わろうとして、冬が忍び寄って来ている。アマトは少し寂しく思った。黒檀の心にキリマチへの敵対心が見えたのだ。だが、まあ、それも含めて彼は彼なのだ。アマトは黒檀の脇を指差す。そこには寝袋に包まれたクウがいた。
「念珠で俺を呼んだのはコレですか?」
「その通りだがそんな言い方は無いだろう?」
「まぁ、確かに。でもまだ、その時ではないし。」
真面目な黒檀らしい答えだ。アマトは微笑む。まだ世界は終わっていないと思えた。二人を見ているとそう、思えた。まだ、この世界に鍵が有った頃を思い出した。黒檀は、で?と問う。アマトは返す。
「毒だ。クウが苦しんでいるのは毒だ。ファンブルして都合が悪くなっただけでは無い。まぁ、実際の病も同じなのだが、病の本質よりも周囲の対応の方が問題になるものだ。」
黒檀は眉間に皺を寄せた。殺気が張りつめる。
「犯人は?」
アマトは溜息をつく。
「まぁ、待て。全ては推測でしかない。真実はどうであれ、後はお前が守ればいいだろう。」
死神の姿を持つアマトの背後で、奇形岩が風を切り裂いて悲鳴のような音を立てる。不吉なその音は、晴れた空と白い雲とのコントラストが際立っていた。まるで地上の地獄の上の天国で神々が清浄を謳歌しているようだった。
「今現在、それが可能な人物がクウに毒を盛っている。代謝を抑えて内蔵を痩せさせる腐水毒だ。顎下のリンパに紫の痣が出来ている。まず、間違い無い。これには継続的に致死量に届かない量をコントロールしながら与える必要がある。言いたくはないが、近いしい人物がそれを行っているはずだ。この毒を用いるのは身近で対象に親しみを持っていることが多い。殺したくは無いが、元気でいて貰っては困る誰か、だ。」
黒檀の頭の中で点と点が無数に繋がり、有る人物を弾き出した。
「ロイ?か。」
「誰かは知らんし、それを問うても仕方がない。兎に角、クウを今とは違う環境に置いて今の仲間とは決別させることだ。クウにとっては、犯人がみつかることも、病気が続くことも同じ苦痛だ。」
奇形岩が乱立する窪地にをの其処此処で蒸気が噴き出し、敵対種が咆哮を上げる。でも空は抜けて美しかった。
「理解した。」
黒檀はクウを担ぎ上げる。振り返り、裏町に向かい歩き出す。風が吹いて、窪地の瘴気を払う。
「クウはナカスで預かる。犯人への処罰は置いておく。今は。」
「出来れば、永久にお願いするよ。クウのために。」
アマトは、立ち去る黒檀の背中にそっとそう告げた。勿論、黒檀は返さない。若い背中が、ぴりりと張り詰めていた。




