第一話 黒丸と渦翁。
「どう思う。」
黒丸はラスと名乗ったモルフの話しを総括しようとしていた。彼は既に呪符を付けて街に放した。問題ないと思いながら、でも、どこかに何かが引っかかっている。渦翁は返す。
「まず、お前の気に掛かる点を話せ。何を聞きたい?何が問題だ?」
はははと、黒丸は笑う。
「ああそうじゃな。儂の気に掛かる点は“不信”じゃ。ラスと名乗るあの男の全てが信じられん。締め上げて吐かせんといかん話しが山程あるじゃろうな。」
渦翁は溜息交じりに指摘する。
「それはお前の印象だ。そんなことで街を救った英雄を締め上げることは出来ない。」
黒丸は笑いながら肩をすくめた。この点について渦翁と全く意見が合わない黒丸は、元より議論をする気は無かった。霧城の本丸最高階層にある大浴場で黒丸と渦翁は空を眺めていた。様々な木々がコケと共に湯気に身を潜めている。ここは、ローやラスがいる階層から更に更に上だ。ラスの話しは一応、筋が通っていた。
(……ジュカの災厄。その日、ラスは確かにそこにいた。金屏風で見た通り。)
彼の話によれば、ラスは歩む者であり彼方からここに旅をしてきたのだという。廃墟となった国々を渡り続けてジュカに辿り着いた。そこで、髑髏の姿をした、イドを持たないモルフに出会ったのだという。六角金剛達が金屏風で見たあのモルフだ。黒嵐の反転の後に起こった凄まじい爆発の中を生き残り、崩れかけたジュカの最大防壁の上で絶叫していた痩せたモルフのことだ。
「あいつの身体は死にかけながらも生まれ変わっていたねぇ。イドが無いのに生きてんだぜ?ありえないねぇ。」
それだけの話しであれば、六角金剛達はラスを信用しなかっただろう。歩む者とは世界の垣根を超えて旅をする超越者のことだ。ただのモルフの事では無い。遥か以前、世界がまだ可能性に満ちて大きく育っていた頃、歩む者はこの零鍵世界にも現れていた。歩む者が現れる時、道は開き多くの漂泊者達もまたこの世界を訪れる。そうやって零鍵世界は外の世界と繋がり、多様性を獲得して、美しく育っていたのだ。百年前に開闢が現れるまでは。あの時まではこの零鍵世界にも鍵の守護者がいて、外界の脅威から世界を守っていた。その終わりの瞬間をラスは知っていたのだ。六角金剛が、水紋の国の帝、大喝破から聞かされてた開闢の出現の時の神話を知っていたのだ。大喝破の本当の姿もラスは知っていた。
「俺はそこにいたんだよねぇ。気狂いの虹目も見たぜ。」
そう言うとラスは下品な馬鹿笑いをした。長々と笑い。最後に付け加えた。
「ま、昔話は置いとくかねぇ。俺は空の眼と流動する闇を操って、樹海の底の国を滅ぼしたあの死神を探している。奴は世界を滅ぼす”髑髏”。俺はそれを止める。」
百年前の開闢の出現を目撃した者は六角金剛達が知る限りは、大喝破以外に居ない。その話しをする者も勿論。また、六角金剛達がジュカの最後を語る前にラスはその最後を言い当てた。そして、開闢と大喝破について知るところを語った。それだけのことを知っていると言うことは、恐らくは、本当に歩む者なのだ。これらは記録された情報ではなく、記憶され語られる物語なのだから。
黒丸と渦翁は露天風呂に浸かりながら大きく広がる青空を見つめていた。雲がちぎれていく。風もなく凶兆は何処にもなかった。だが、何かが黒丸の胸の内で駆け回っている。ジュカの滅亡、大喝破様の衰弱、黒嵐と貪食生物、首切り、クウのファンブルと失踪、舞闘大門の暴走と九頭龍、生まれない子供達と、帰らない逐鹿。
(……なんじゃろうな。何が起ころうとしておるのか。或いは既に……。)
二人の六角金剛は古傷だらけの体を同時に湯船から引き上げた。汗も汚れも綺麗さっぱり流れたが、心の蟠りはだけは、しつこくこびりついたままだった。




