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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第三章 夜の底。
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第二十六話 剥離する闇。




 「ロイ!離れて!」


 ハクの透き通った明るい声が、荒廃した舞闘場に響く。ロイは残った力の全てでジェットを使い、その場を離れた。着地も出来ずに通りを転げ回る。首だけを動かしてハクを見る。九頭竜クトルもハクの異様なマイトの膨れ上がりを感じて、その首を彼女に向ける。ハクは崩れて瓦礫になった舞闘場に残る鐘楼の上にいた。いつかクウが居たその頂き。右腕をすらりと掲げている。細くしなやかな彼女は美しかった。彼女の周囲では何かが弾けていた。空気は乾き、張り詰める。


 「さぁ!落ちてこい!あたしの!!」


 非可逆的なその一瞬を感じ取った九頭竜クトルは鐘楼を支配するハクに飛び掛かった。今を過ぎれば、最早全ては失われて取り返しが付かない。九頭竜クトルは最大速力でハクに挑み、最大射程で蒼い咆哮を吐く……直前。ハクの右腕は振り下ろされた。


 空が爆発した。


 大気が裂けて、光が世界を覆った。轟雷が叫ぶ。


 「霹靂ハタタカミ!」


 ハクの極術が行使された。九頭竜クトルの全ての頭部に細く鋭い雷の針が突き刺さった。次瞬それは膨大な雷の雨となり、空全体から九頭竜クトルに降り注いだ。あれほど凶暴だった九頭竜クトルも空全体と比較すると、哀れなほど小さかった。降り注いだ雷は、一気に破裂して何もかもを吹き飛ばす。九頭竜クトルは一瞬で全ての頭部を失った。巨大なボディが落下する。崩れかけていた舞闘場はこれで完全に潰れ去った。もうもうと粉塵が巻き上がる。雷に打たれた九頭竜クトルの身体は火を噴いて燃え始めた。ハクの足下を支えていた鐘楼も傾き倒壊した。ハクは飛び降りてふわりと着地する。


 「霧街はあたしが護る。クウが戻ってく


 言い終わらないうちに九頭竜クトルの龍尾がハクを打ちつけて吹き飛ばした。ハクは地面に叩きつけられ、跳ね返って、舞闘場の瓦礫に突っ込んだ。血だらけの脚だけが、瓦礫から突き出していた。


 「ハク!」


 意味が無いと知りながらロイはハクの名を呼んだ。無論、答えは返らない。ロイは身体を引きずりながら、ハクの元へ進む。粉塵の中から頭部のない九頭竜クトルが姿を現す。首は凄まじい速度で再生している。ロイは冷や汗を流す。ハクが立ち上がったのだ。美しい白い毛並みは血塗れだ。ハクは白目を剥いており恐らく、意識は無いだろう。ただ、彼女の信念だけがそれを可能にしているのだ。


  ……ばか!倒れてろ!今狙われたら!


 叫ぶ力さえ無いロイはそれでも必死に地面を這いつくばり、九頭竜クトルに挑む。その距離、五十メートル。だが、今のロイには百キロメートルにも思えた。マイトの失った身体では、一向に前に進まない。視界の先でふらふらと立ち上がったハクが揺れている。頭のない九頭竜クトルはしかし、彼女に気付き、龍尾を高く振り上げた。そしてためらうこと無く、打ち下ろす。ハクは潰される、事は無かった。僅か数センチのところで龍尾が静止する。


 「あたしの愛娘に?いい度胸じゃないの。」


 遥か上空から渦を巻いて、真っ白い梟が落ちてくる。最後の一瞬で獣化を解いて、人化する。白梟モルフのビャクヤだ。


 「マ……ママ?」


 若隈のハクの母親にして、六角金剛の渦翁の妻である、四牙のビャクヤは荒廃した霧街におりたった。グラマラスな躰が周囲の惨状から浮いている。大きな黒い瞳で辺りを見回す。安心したのかハクは気を失う。瓦礫に埋もれた。娘の様子を見届けてから一度瞬き、ぎいいと笑う。彼女の性格は激烈だった。


 「ぶっ殺す!」


 ビャクヤは鋭い爪を伸ばし、半獣化で九頭竜クトルに飛び掛かる。


 不夜乃嵐ギーガン


 ビャクヤの両手両足の爪が光り、斬撃性の強力なマイトが解き放たれる。九頭竜クトルの再生中だった頭部は再び切り刻まれる。堪らず九頭竜クトルは龍尾をハクからビャクヤに移す。その龍尾は複数の切り傷に覆われていた。


 「あら、何で尻尾が止まってんのかと思ったら、あのひねくれ者もいい仕事するようになったじゃない。」


 へらへらと呟きながらビャクヤは飛び回り、不夜乃嵐ギーガン九頭竜クトルを削りスライスしていく。人化、獣化、半獣化。シームレスに変遷する彼女は掴み所がない。対応しきれない九頭竜クトルは悲鳴を上げる。血飛沫が空を染める。


 「ビャクヤさん!突っ込み過ぎです!」


 遅れて現れたウルフモルフのサカゲが叫ぶ。不遜な彼としては破格の対応だ。渦翁の妻であることを除いても……と言うよりは、渦翁が彼女の夫と言った方が早い。個性の際立ちはビャクヤの方が上だ。本来であれば、四牙のリーダーであるサカゲが全てをコントロールしなくてはならない。が、ビャクヤは別格で誰のコントロールも受け付けない。いつもの事ながら、(参ったな、ホント。)と呟き、サカゲは民家の屋根上から周囲を見渡し、状況を整理する。


 (我々の到着で戦況は反転した。初めて対峙する敵対種クリーチャーだが、四牙を一度に相手に出来る状態ではなさそうだ。ビャクヤさんだけでも、このまま仕留められそうだ。後は、どれだけ街に被害を出さずに……。)


 大爆発。九頭竜クトルが大爆発した。マグマのように滾る体液が周囲に巻き散らかされ、悲鳴が上がる。ハクもロイもビャクヤもサカゲも燃えていた。舞闘場周辺の街並みも吹き飛んで燃えた。その極炎の中で九頭竜クトルは再生していく。一瞬で、何もかもが手遅れになった。それは手出しをしてはいけない、不死身の敵対種クリーチャーだった。若隈に位置する六角金剛寸前の猛者達が一瞬で崩壊した。街人達は叫んで転げ回り、炎を消そうとしたが、九頭竜クトルは龍尾で薙ぎ払い……龍尾は切断されて、早朝の透明な空気の中をくるくると舞った。それは見当外れの場所に落ちる。尾も頭も無い九頭竜クトルはのたうちまわる。サカゲは身を焼かれる苦痛の中、事態が再び急転したのを感じた。


 何が?


 獄炎の中、九頭竜クトルの目の前にひらひらと黒い闇が待っていた。布?外衣?それはまるで、闇の剥離。反射的に九頭竜クトルは再生途中の髑髏の様な頭部から、蒼い咆哮を吐き出した。その闇はふわりひらりと世界を舞って、咆哮にも炎にも捕まらなかった。最後に闇は渦を巻いた。


 「つまんないねぇ。お前は。」


 闇は一瞬でモルフとなり、右腕を九頭竜クトルに差し出す。腕は厚みの無い槍となり、九頭竜クトルを貫いた。これまでの攻撃と何ら変わることが無いと思われたその一撃はしかし、九頭竜クトルの心臓を貫き抉りだした。九頭竜クトルは息が止まりマイトを失い、攻撃を止めた。闇から現れたモルフの右手は縮んで元の長さに戻り、その手にはクトルの心臓が握られていた。ぎゃはははとそのモルフは笑い、九頭竜クトルの心臓にかぶりつき、一口で呑み込んだ。その瞬間に九頭竜クトルの躰は大きく脈打ち、跳ねて地面に落ちて動かなくなった。闇のモルフはペロリと唇を舐める。獄炎は消えた。


 「零鍵世界に、まだこれだけの活動があるとはねぇ……わ・ら・え・る。」


 言って、馬鹿笑いする闇のモルフの周りに渦翁が到着する。ハクやロイ達を、癒していく。黒丸や胆月も到着する。闇から現れたモルフは長い外衣のフードをかぶったまま、この国の芯となる力者達が集まるのを、興味深そうに見つめていた。闇の周囲には、黒い羽が散乱していた。それはまるで、ジュカの最後を飾ったあの黒い羽のようで。九頭竜クトルが巻き起こした、もうもうと湧き上がる黒煙を背負って黒丸が闇のモルフに近づく。正面で堂々と語る。


 「皆を助けてくれてありがとう。じゃが、そこを動くな。ジュカの話を聞かせて貰う。」


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