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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第三章 夜の底。
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第八話 優しい嘘。




 「久しいのう!クウ。調子はどうだ?」


 霧城で蛙王角黒丸がクウを出迎えた。規定ではファンブルは本丸に立ち入る事を禁じられていた。無論、六角金剛である黒丸が規定を破る事は出来ない。ここは、中庭……に面した本丸の大会議場の縁側だ。そこに中庭を通って入り込み、部屋の外の縁側に腰掛けているのだ。厳密に言うと、クウがいる場所は本丸との境界線上だ。クウは、そこに通してくれた黒丸の気持ちが嬉しかった。庭は水紋を模して作られており、リツザンに見立てた岩が荘厳に苔の平原にそそり立っていた。


 「余り良くないよ。」


 黒丸は残念そうに無い眉を寄せた。クウは続けてロイと喧嘩した事を正直に話し、謝りに来たんだと告げた。数日間、高熱を出して寝込んでいたことは話さなかった。黒丸は、ずずっと、茶を啜ってから答えた。


 「行き違えたか?今朝方わしと大喧嘩した後、クウに会いに行くと言って、ハクと出てったぞ。わしは謝らんがな。」


 セアカの探索について大喧嘩したそうだ。ロイはどうしてもセアカを捕まえると言い、黒丸はセアカの事は放っておけと主張して譲らず喧嘩になったのだ。


 「首切りは異常な事件で六角金剛が直接管轄で対処するんじゃ。いくらロイでも任せる訳にはいかん。」


 「そっか。残念!」


 クウは無理に元気を装い笑った。素直でありのままを第一としているクウには相応しくない笑顔だった。黒丸は真っ直ぐに、聞く。


 「何じゃ?まるでロイに会うことを諦めたような言い方じゃな。明日またこれば良かろう。」


 「明日は来ないよ。僕は行くんだ。」


 黒丸の顔が曇る。クウは続ける。


 「皆に宜しく。僕は出発するんだ。前から言ってたように世界を見てまわるんだ。僕は信じている。僕が生まれた理由があるはずだって。僕が僕として生まれた意味があるはずだって。それを確かめに行くんだ。死んでしまおうとしている世界を繋ぎとめる方法を探すんだ。」


 「わしもクウには生まれてきた意味があると信じておる。恐らく、世界を救うじゃろうと考えておる。じゃが、少し慌てすぎじゃろ?体調が戻ってからの方が……。」


 クウにしては珍しく相手の話しを遮るように大きな声でいった。


 「無いんだ!僕にはもう時間が!状況は悪くなるばかりで、今しか無いんだ!」


 黒丸はクウを見つめる。クウは相変わらず真っ直ぐに黒丸を見つめ返す。何も変わってはいない。幼生エイラの頃と何一つ変わっていない。でも、彼の身体は変わり果てた。ひび割れた体表は包帯でぐるぐる巻きになっていて、活力に満ちていた身体は痩せ細ってしまった。頬はこけて目は落ち窪んだ。敏感な黒丸の鼻は死の匂いを感じ取っていた。今、旅に出れば確実にクウは命を落とす。黒丸は初めてクウに嘘を付いた。


 「クウ。であれば霧城の治療を受けると良いじゃろう。わしが許可を取ろう。どんな病でも直す術があるんじゃ。今日はわしの家に泊まっとけ。明日、渦翁に許可を取ろう。」


 クウの顔がぱっと明るくなる。黒丸は少し心が痛んだ。だが、頑固なクウを説得することが出来ない以上はこうやって騙して繋ぎとめるしか無い。クウは縁側からぽんと飛び降りて、振り返りもせずに黒丸に言った。


 「じゃあ、先におばさんの所に行ってるね。おばさんのおにぎり食べられるかな?久しぶりだから、食べたいな。」


 「お、おう。そうじゃの。あいつもクウにおにぎりを食べさせるのが好きじゃからの。わしも直ぐに行くから、ちと家内の相手をしとってくれ。」


 黒丸はクウの言葉を聞いて彼らしくも無く、安心して丸呑みにした。クウは振り返らなかった。涙が滲んでいたから。振り返らず中庭を横切って裏門を抜けて、霧街を出た。クウは自分の命が何時までも続かない事を悟って……旅に出た。多分、達成することの出来ない、その旅に。世界の命を繋ぎとめる方法を探す旅に出発した。これまで何度も夢想した出立では無かった。皆に笑顔で見送られることは無かった。ファンファーレや声援は無い。紙吹雪は無く枯れ葉が一つ、足下で駄々をこねている。クウの背中を押すような暖かい活力は存在せず、ただ近づく秋が送る、冷たい風が彼を現実に押し戻す。霧街の誰もが彼を気に留める事は無かった。空は曇り、雨を落とすことさえ無かった。クウは独り静かに、霧街の一番小さな……裏町ナカスとは反対方向の……西小門から出立した。


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