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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第二章 夜の帳。
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第三十五話 黒檀。




 「付いてこい。」


 二人にそう言ったっきり、ヤハクは何も言わなくなった。悩んでいるのだろうか。ヤハクは難しそうな顔をして、どすどす歩いて行く。大座敷の雲龍屏風の裏に回り何事か式を唱え印を切った。突然、これまで見えなかった階段が現れ、ヤハクはやはり難しそうな顔をして、下って行った。クウとポーは一瞬顔を見合わせたが、後に続いた。ジズ川の上に架かる大橋の最下層に彼らは到達した。そこは部屋と呼べるような場所ではなく、床は抜け、壁は設けられていなかった。ごうごうと流れる大河が足の間に広がっていた。落ちれば河まで、何十メートルもの高さがある。うねる河の波は重く、脱落者の運命は見えていた。それでもヤハクは平然と、到底、彼の体重を支えられそうも無い細い木の枠組みの上を歩いて渡る……恐らく、魂気マイトで補強されているのだろう……クウとポーは慎重にヤハクが踏んだ場所だけを踏み、後を追った。何度か式と印を行使して、ヤハクは橋脚の内部に入り込み、深く深く下がり続けた。空気がひんやりとしてきた。既に川底より深く大地の下に降りた筈だ。彼等が進むその最奥には、想像を遙かに超える広い空間が存在していた。地下洞穴だろうか?その昏い空間は、空のような広がりを感じさせた。彼らは何もない地下洞穴をひたすら歩き、その最奥に存在する、石版に囲まれた部屋に到達した。暗くて全体を把握出来ないが、大広間と呼べる広さが存在している。魔法の炎が壁面に揺らぐ。ヤハクは叫ぶ。


 「ジュカは滅んだそうだ!首切りが近づいて来ている!黒檀よ!ポーを“大忍”《おおうかみ》に昇格させてもらいたい。そして、クウを“忍”《ウカミ》として受け入れてくれないか!」


 クウもポーも面食らった。何しろ“大忍”《おおうかみ》は裏町ナカスに五十人も居ない。ポーのような若造がなれるものではなかった。そして、クウを“忍”《ウカミ》として認める事は、クウを霧街のヒトとしてではなく、裏町ナカスのヒトとして受け入れる事を意味した。二人は驚き慌てたが、同時に誇らしく思った。


 「で?黒檀って誰?」


 クウは問いかけた。黒檀の正体を知る者であれば爆笑しただろうが、ポーは知らない。理解している範囲でクウに返す。


 「裏町ナカスの真の支配者だ。表の裏町ナカスを取り仕切る四大極も逆らえない。裏町ナカスでは四大黒ではなく、五大極と呼んでいる。その長だ。裏町ナカス最強の舞踏者でもある。」


 おお。とクウは単純に驚いた。じゃぁ、このヤハクの話しは本物だ。わお!だが、答えは返らない。代わりにきぃきぃ音が近づいてきた。クウとポーは眉をひそめ、ヤハクは舌打ちした。背後から誰かが近づいてきた。ヤハクは振り返る気がないようだ。クウとポーは振り返る。同時に声が響く。


 「だと思ったわ。貴方は本当にどうしょうもないわね。あのね、ヤハク。これは統制に関する場所よ?どうして貴方は、自分が好きな人を勝手に連れて来るの?」


 振り返る間でも無い。白檀のイソールだ。クウの大好きな女性だ。声で判る。面倒くさいイソールに文句を言おうとしたヤハクはしかし、車輪の軋みを感じて飲み込んだ。振り返らずにその場に胡座をかく。


 「タフニ様。御加減は如何か。ずいぶん、久しゅう御座いますな。」


 ヤハクはぶっきらぼうながらも、本心を告げる。タフニからは回答は無く、イソールが答える。


 「悪くはないわ。でも、ね?」


 ヤハクとは信じられないくらい弱々しい声で、そうか、とこぼす彼の傍にイソールとタフニが到着する。イソールはいつも通りもじゃもじゃ頭のおばあちゃんだ。タフニと呼ばれたその輪廻転回しない者(リームリーン)は車椅子に乗り、言葉を返さない。が。彼らの頭の中に響く衝撃に、ヤハクは身を硬くし、クウとポーは驚いて膝を付いた。


 ウワサハキイテイルヨ!フタリトモ!


 若々しく強力な声が頭に直接響いた。その音声はヤハクとイソールが眉を潜める程だ。初めてのクウとポーは正直、気を失いそうに感じた。クウは持ち前の不屈さでタフニの事を振り返った。ポーは同じタイミングで失神した。クウはポーを支えながらタフニを見た。干涸らびたモルフだった。性別は分からない。ただ、枯れた樹木のようなモルフが車椅子に座っていた。正直、クウには彫刻に見えた。


 「タフニ様のお声は、彼らには刺激が強すぎますので……。」


 イソールはやんわりとタフニを制した。タフニは感じ取れない位の声で囁いた。


 ワカッタ。チョクセツハナシカケルノハヤメトクヨ。オオキナコエモダサナイカラ。


 さて、とイソールはヤハクを見る。


 「クウとポーを連れて出ていって。ここは五大極ゴダイコクの議場よ?彼らを引き立てるつもりなら、順を追って頂戴。」


 ばりばりとヤハクは頭を?いた。大きく溜息をついて振り返る。その瞳には頑固な意思が胡座をかいて居座っている。


 「なあ?感じないか?俺は感じる。何かが変わろうとしている。ジュカはいつの間にか滅んでいた。何だ?首切りって。なあ。信用出来ない。霧街の奴等は何かを隠している。」


 「それは俺達も同じだ。護るべき秘密がある。」


 澄んだ声に皆が視線を向ける。壁の魔法の灯火から最も遠い大広間の中央部の闇の中に声の主はいた。闇が濃く帳を下ろし、姿は見えない。僅かな闇の濃淡でクウは声の主が胡座をかいている事に気が付いた。彼は続ける。炭を打ちつけたような澄んだ響きが声に潜んでいる。


 「俺が話し出すとは思わなかったか、ヤハク。声を出せずにいる俺に無言は肯定として、クウとポーを取り立てるつもりだったか?」


 そのウカミは楽しそうだ。ヤハクはばつが悪そうに舌打ちした。腕組みして、返答した。


 「黒檀。クウとポーの件は後日、改めて相談させて貰う。それ以上話すな。霧街にもれた色々厄介だ。」


 黒檀は快活に笑って、口を閉ざした。ヤハクはクウとポーを連れて元来た道を引き返す。クウはタフニの声でフラフラになっているポーに肩を貸しながらヤハクの後に続いた。クウはそっと振り返る。大広間の闇の中から黒檀の視線を強く感じた。恐怖は無かった。寧ろ……


 (何だろう?何か変だ……そうだ。何処かであってるんだ。多分。)


 しかし、クウはそれ以上、彼等五大極に関わる事は無く、大人しくヤハクに続いて橋上の世界に戻って行った。



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