第三十話 式神降ろし。
「わー!また入って来た!」
クウは苦情を伝える。愛らしい、と言うよりは美しいと言った方が正確になり始めている彼の幼馴染みはへーきな顔だ。
「はーい。入ってきましたよー。てか、何か最近、調子良さそうね。」
そう言ってクウの向かいに座り肩までお湯に浸かった。クウもそれを感じていた。一時期、日に日に体力が落ちていく時があった。今は逆だ。力が戻って来ている。食事も戻す事が無くなった。何故だろう?ハクは理由が思い当たらなかったが、それはどうでもよかった。彼が笑顔ならそれで。でも、クウは思い当たる所があった。裏町での舞闘だ。ポーと修行を始めてから、徐々に調子が戻って来ている。理由はわからないがきっかけはポーとの修行だ。ポーと初めて舞闘をしたあの日を境に力が戻り始めている。
無限舞闘
忍の強さの根源。これに色々な秘密があるんだ。きっと。多くの忍は多かれ少なかれ無限舞闘を使う。それが、他のファンブルと違い、忍に活力が漲っている理由だ。
……でも、僕は無限舞闘は使えない。その秘密も知らない。どうして元気になり始めているのだろうか?
ぴゅーっと、ハクはお湯を飛ばす。器用に素手で水鉄砲だ。顔に直撃して、むせるクウを見てハクは上機嫌だ。
「ちょーかわいい幼馴染みが遊びに来ているのにむすっと考え事してた罰よ!」
ハクはけらけら笑う。クウは幸せな気分だ。ハクが評議会で霧城改修のプロジェクトに参加しているが無駄な排水溝が多く、一向に改修の設計が決まらない話とか、評議長のフラウさんモテすぎていやな感じとか、少し下らない話しをした後で、クウが先にお風呂から出た。彼が臭い油の軟膏を塗って包帯を巻き終えると、ハクが出てきた。ハクの頭から昇る湯気が収まらない内にクウの家のドアが開き、ロイが入って来た。久しぶりに三人が揃った。でも。
「何か元気無いね。」
クウはロイに話しかける。ロイは頷いてその場に座り込んだ。隈取の仕事が行き詰まっているんだと小さく呟いた。強くて賢いロイがこんなに悩むなんて一体どんな仕事なのだろうか?その仕事やらなくちゃいけない?と、クウは思った。クウは相談に乗ろうとしたが、ハクが先に言った。
「ねね?“式神降ろし”しない?あたし達、もう式神を従えても良い歳よ。」
クウは賛成した。良い気晴らしになるだろうし、ひょっとしたらロイの仕事の手助けになるかもしれない。ロイは逡巡したが、結局、“式神降ろし”を行うことにした。気分転換に丁度良い。それにもう直ぐ夜。何かをするには中途半端な時刻だ。皆と騒いで、今日はお終いにしよう。三人はクウの家の裏にある広場に出て、仲良く“方陣”を描き始めた。式神を呼ぶ為の“印”《ルーン》だ。直径20メートルの特大方陣を描ききった。通常は3メートル程の方陣とするのだが、ロイやハクの魂気の強さからすると降りてきた式神が方陣に収まらない可能性があったので、空き地いっぱいの特大方陣を作成したのだ。方陣は真円を三重に重ねた物で、隙間は無数の“印”《ルーン》で埋められている。モルフ達の僕となる精霊や動物を呼び出す為の魔法陣なのだ。僕はどこからやって来るのか理解されていなかったが、方陣を組み、式を唱えればそれは現れ、以後、命が無くなるまで、主に仕えるのだ。良い式神に恵まれる事はこの鍵世界の一つの幸せであった。式神は成人して……輪廻転回の義を終えてから一年が経過したら行う事が通例だった。式神は成体のみに仕える為、ファンブルは“式神降ろし”は行えない。クウは最初、自分はやらないと言ったが、二人はクウがファンブルであることを認めておらず、絶対クウも“式神降ろし”をしなくちゃいけないと言い張ったので、自分も参加することにしたのだ。準備が整った三人は、そこでジャンケンをして、“式神降ろし”の順番を決めた。ハク、ロイ、クウの順番になった。皆、何も言わなかったがいつかの輪廻転回の儀の順番と同じだった。ふわりと湧き上がるネガティブな感情は誰も口に出さなかった。ハクは出来上がった方陣の中央に残り、二人は陣外に出た。よーし、やっちゃうもんね、小さくハクは呟いて“式神降ろし”を始めた。




