第十七話 変異点 1
「セアカッ!!」
シキは叫んだ。幼生であった最後の瞬間だ。クウとロイとハクはよく霧街城壁の外に出て敵対種狩りをしていた。それはシキとセアカの影響だった。シキとセアカは、圧倒的な舞闘力を持ち、彼等を高めてくれる相手としての敵対種を求めて郊外で敵対種狩りを行っていた。しかし、この時は勝手が違った。
「その程度の舞闘力で我々に挑むとはね。笑えますねぇ。まぁ、しかし、私も忙しいので。」
そう言い残して黄色と黒色の縞々模様のモルフはその場を去った。後に残されたのはクアッカモルフだった。
「私はロネス、誰かを殺したいのです――僕はロネス、誰かの涙を見たいんだ――俺はロネス、貴様の肉を飲み込み、血を味わいたいのだ。」
複数の声でそう名乗るその小さなモルフは異形だった。人化と獣化と半獣化の三形態が狂ったパッチワークのように継ぎ接ぎされていて、更にそれは明らかにくっつける場所を間違えている部分があった。虚ろの瞳で、その小さなネズミのような継ぎ接ぎモルフはそう告げた。ここは霧街の郊外の荒れ地で様々な敵対種や……夏至夜風のような……異形が住まう場所だった。荒れた岩石は散乱し、其処此処に瘴気の骸を滲ませている。ロネスと名乗ったクアッカモルフは笑っている。両手に鋭い短刀を握っている。足下には切り裂かれて血まみれのセアカが居た。彼は涙して、震え、命乞いをしている。ロネスは笑う。
「私は幼生の時に既にヒト殺しでした。殺して切り刻むのが好きでした。誰に教わった訳でもないから――生まれつき僕は殺しが好きだったンだと想うよ――貴様らと会えてうれしいぜ。俺は久しく幼生を殺してないからな。判るだろ?誰だってたまには気分転換がしたい。無力な幼生泣かして――細かく切り刻ざまれていくところを、キミに見せたいな。」
ロネスは笑っていた。
「セアカ!」
シキは叫ぶ。小さな小さなロネスに踏みつけられているセアカは血だらけで痛みと恐怖に震えていた。強く賢いセアカは最後の子としての扱いに苛立ちを覚えながらも、強く育ってきた。だが、それは箱庭の強さだった。箱庭の外を彷徨う、本物には敵わないのだ。セアカは痛感していた。
「たす、助けて。シキ。怖い。怖い怖い怖い。痛いんだ。たす、助けて助けて、本当の本当に怖いんだっ!シキ!シキ!!」
セアカを助けようと踏み込むシキの事を憎悪の笑みでロネスは睨んだ。その魂気だけで、シキの身体は押し戻されて、彼は膝を付いた。ロネスは笑う。口の端から邪悪が零れる。
「僕の武器は小さな小さなナイフだ。理由はわかるよね?武器は小さければ小さいほど、ゆっくりと獲物を殺せるからなぁ。刻んでやるよ。ナメロウみたいによ。ふふ。はははは。ひやひやひやひやっ!」
ロネスはその外観と同じで継ぎ接ぎの人格を持っていた。くるくると人格が入れ替わりながら、狂気のギアが上がっていく。眼を血走らさせて、足下で踏みつけているセアカをちくちくと刺している。少しずつ差し込みが深くなっていく。セアカは狂ったように悲鳴を上げながらも何も出来ない。シキもその小さな異形の魂気に押されてセアカを助けることが出来なかった。ロネスは笑いながらセアカの表皮を削っていく。セアカは泣き続ける。ロネスの狂気に押されていた。シキは全てを打ち払うような咆哮を上げた。それは、大気を震わせ、狂った悪夢そのもののロネスを怯ませた。
「どしたぁ。舞闘力の箍がぶっ飛んだぞ?ん――ああ。」
継ぎ接ぎパッチワークモルフのロネスはシキに突き刺した短刀を捻りながら、げらげらうふふと笑い出した。周囲は何もない荒れ地だ。生も死もなく、無機質な岩石がただただ無秩序に放り出されている。空虚なその空間で狂った継ぎ接ぎのモルフが人格を変えながら高笑いをする様はシンプルに狂っていた。清浄の欠片も無かった。その狂った頼る物の無い荒れ地でシキはその胸のイドを燃え上がらせていた。シキのイドからは緑色の光が立ち上り、成体を遙かに凌ぐ、魂気が放出されていた。
「輪廻転回か。運が良いのか悪いのか。ぼうず、よく聞け。九割九分九厘、殆ど全てのモルフは誰の助けも無く、輪廻転回を行うことが出来る。残り僅かのモルフ達も六角金剛の助けに拠って、無事に転回する。それは魂気の暴走を調整することによって、転回の確率が大きく上昇するからだ。」
ロネスの人格は何故か統一され、話し方や態度や感情の揺らぎが収まっていった。小さな継ぎ接ぎのネズミにしか見えないそのモルフは闇に飲み込まれたような瘴気を放ち、シキに囁く。
「俺は今、この転回を止めることが出来る。俺は禰宜としての素養を持っているからだ。そうすれば、失敗のリスクは無くなる――逆に、このまま無事転回出来れば、俺を超えるマイトを持つ成体になり、この窮地を脱する――つまり、俺を殺して、仲間を救えるってことだ。選択肢は無限だが大雑把に方向性は二つだけ。俺に救いを求めるか、求めないか――だ。」
言いながら、ロネスは仮に輪廻転回出来たとしても、自身を倒せるほどの舞闘力は発揮できないと判断していた。何しろ、異形でも上位十体に入る――七忌には及ばないが――舞闘力を持っていたからだ。




