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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第一章 斜陽。
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第二十五話 |輪廻転回の儀《リーン》 1




 空は高く抜けていた。日差しは輝き雲は流れる。舞闘場は静まり返っていた。鳥は歌わない。そこここにある隅の砂達は踊らず、囁かない。ただ、時だけが流れる。皆、見つめていた。痙攣して泡を吹くロイを。全てのモルフが。舞闘場の中央には白目を剥いたロイが倒れ込んでいた。傍にはハクとクウ。四方には黒丸と一文字と渦翁と胆月。喋ることが血であり時間であるシャウトでさえ声を発していなかった。


 「輪廻転回の義(リーン)を行う!」


 黒丸が宣誓した。どかん、と会場が爆発するように揺れる。モルフの歓喜が迸った、1年早いが待ちに待った最後の子達のリーンだ。ロイは痙攣しているが、これは稀にある事。幼生《エイラ》は生まれて十二年経つと、魂気《マイト》が成長して熟し、胸の中心にあるイドが輝き始める。そして輪廻転回の義(リーン)で、そのマイトを引き出される事により、成体《クラ》に生まれ変わるのだ。しかし、稀にあるのだ。輪廻転回の義(リーン)を待たずして魂気《マイト》が満ちて輪廻転回の儀(リーン)を迎えることが。今、ロイもそうなろうとしていた。これはロイの能力が非常に高い事を表している。ロイは苦しそうだが、寧ろ喜ばしい事なのだ。


 「我は告げる者なり!ナキヒに代わり、カムヨゴトを告げる者なり!」


 逐鹿が不在の間、四神封陣の主を任されている渦翁は大音声を発した。神賀詞《かむよごと》の始まりだ。

 会場は沈黙する。世界は静寂を現す。雲が空を滑る音、砂が大地を歩く音だけが存在する秩序の中で、時折、ロイの苦しげな息使いが世界の鼓動を乱していた。四人の六角金剛はそれぞれ与えられた四神の方位に陣取り、それぞれの役を持つ神の名を叫んでいく。南のアイト。北のニギト。東のサキト。西のクシト。そのまま四人の金剛は、金剛錫杖を縦に構えたまま、世界への感謝と新たな成体の誕生についての感謝の式を続けた。通常の輪廻転回の義であれば、このような大袈裟な式は不要で、リーンを迎える幼生の手をその親や見守り役の者達が握り励ますだけだ。だが、ロイのように特別な式が必要な場合もある。幼生の魂気がとても大きい場合がそうだ。式が進む中でロイはようやく意識を取り戻した。喜ぶクウとハクを認めた、ぼんやりとしたその目はしかし、輪廻転回の義が行われている事を悟り、驚きと恐怖を湛える。


 「あ、ああ。怖い。怖いよ。ハク、クウ。」


 ロイは震えていた。胸のイドは黒く輝き、大蛇がうねる。クウもハクも正直、不安だったがロイの手を握り彼を励ましていた。ロイは恐怖していた。自身の胸のイドから黒く光る蛇が無数に現れ踊っている。身体の中が熱く煮えている。何かがはじけて飛び出しそうだ。どうなるんだ?俺は……彼は怯えていた。初めて体験する未知に対して。そして……ファンブルに対して。そして、友に零す。怖い、怖いと。最初、ロイを唯々、励ましていたハクはやがて震え始める。


 「あ、ああ。あたしのイドが……。」


 彼女の胸の中央にあるイドもまた、輝き始めていた。呼応するようにクウのイドも。ロイは黒、ハクは白、クウは赤色にイドが輝き始める。それぞれの色の蛇がうねり踊り絡む。それに気付いた観衆は歓喜を迸らせる。六角金剛は互いに目配せをし、そのまま三人の輪廻転回の義を進める事を確認した。金剛達は式を継続する。大喝破は席の上で胡座をかいて、クウに向かって頷いた。クウは大喝破のその強力な瞳を正面から受け止めた。覚悟を決めて、クウは無い唾を飲み込み、みんなに伝える。


 「みんな、イドが呼応したみたい。いいじゃん。元々早く成体《クラ》になりたかったんだし、ちょっと早いけど、三人で乗り切ろうよ。」


 三人共、緊張で顔面蒼白になっていたが、クウのその声を合図にニヤリと無理やり笑った。


 ……“それ”について誰も文句を言うことは無かったが、彼らは最後の子と呼ばれる事が嫌だった。自分ではコントロール出来ない期待を背負わされるのは嫌だった。期待に応えられない可能性を考える事が辛かった。だから、皆早く成体《クラ》に成りたかった。自分が何者なのかを確認したかった。それは未定という可能性を捨てて、確定した現実を受け入れるという事だった。それで、よかった。これ以上の猶予期間はもういらなかった。国中の人達が求める正体の判らない“最後の子達”と言う圧力はいらなかった。もう、嫌だった。自分自身が何者であるのか、自分で決めたかった。良きにつけ悪しきにつけ。恐らく、全ての子供達がそうであるように。


 「大丈夫。僕たちはきっとうまくいく。例え、ファンブルしたとしても僕たちの友情は変わらないから!」


 言いながらクウは、ファンブルして消えてしまった兄を想わずには居られなかった。少し前に成体《クラ》に絡まれていたファンブルを思い出さずには居られなかった。そうだ。残酷だが、ここでファンブルすれば、その後の生活が一変してしまう。舗装されたメインストリートを外れて、荒れ果てた枯れ野を彷徨うような暮らしが待っている。ここは分岐点。非可逆的な分岐点なのだ。それを一年早く迎えてしまった。それがいいのか悪いのかわからなかった。


 でも……。


 と、ハクは想う。恐怖は飛躍の翼を萎縮させて、ファンブルを引き寄せる。不安は転換の回転を鈍らせてファンブルを近づける。クウは別格のマイトを持っている。彼がファンブルする事は無い。ロイは大丈夫だろうか?こんなに怖がって震える彼はファンブルする事は無いのだろうか。そして、あたしは?


 「皆!行くよ!必ずここを通り抜けなくちゃ行けないんだ。結果は判らないけど、これに挑んで、突き抜けて行かなくちゃいけないんだ。」


 クウは精一杯の大声で言った。ハクは返す。


 「何があってもずっと一緒だから!」


 ロイは震えるばかりで何も言えなかったがただ、頷いた。三人は互いの手を取り、輪になった。金剛達の式は進み、そして彼等のイドが大きく呼応した。光が爆発して、舞闘場を埋め尽くす。


 ――最初にそれを迎えるのはハクだった。



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