第二十三話 舞闘 2
無数の石片を受け、身体中に裂傷を負ったキタキツネモルフのナリは指示し、後方に飛び下がった。そこにハクが待ち構えている。ナリの想定以上にハクは素早かった。だが、ナリも負けてはいない。驚きながらも対応する。ハクの放電掌とナリの自失の術が交差する。接触型の術である放電掌より僅かに早く自失の術が効果を発揮する。ハクは強力で短い耳鳴りと頭痛に襲われ、それが去った瞬間、記憶をなくしていた。
(ここ、どこ?)
ハクはきょとんと舞闘場で立ち尽くす。もちろんナリは見逃さない。ナリは飛び掛かり、鋭い牙をハクの白い首に突き立てる、ことができずにクウの打撃を受ける。クウの鉄錫を頭部に喰らったナリは目から血を吐き、動かなくなった。ロイの起こした粉塵はすぐに収まり舞闘場中央の様子が見えた。ロイが飛ばした舞闘場の破片が直撃したジャジャは体中が穴だらけになり、そこに倒れていた。ロイはその向こうに石槌を構えて立っている。クウは状況に満足し、残るセアカに目線を向け……居ない。一瞬前まで居たはずの場所にセアカはいない。みんなに注意を発しようとしたクウより早くハクが叫ぶ。
「ロイ!!」
声の飛ぶ先をクウは見た。ロイの胸の中心を鋭い針が貫いていた。ロイは血を吐く。倒れて呼吸を止める。その、背後にセアカ。獣人化状態だ。ああ。最初の人化はただの冗談。
「う!うおああああああああああああああっ!!!」
ハクは叫び、ロイの屍を飛び越えて、セアカに襲い掛かる。八眼のセアカは笑う。クウはハクを止めようとして。
「死ね。」
セアカはつぶやいた。クウは間に合わない。セアカは大技“溶解液”を行使する。ミスト状の溶解液はハクに付着し、表皮を溶かし、頭蓋を露わにする。ハクは苦痛を叫ぶ。我を失ったクウは上段からセアカに襲い掛かる。セアカはそれを予測して対応する。ロイもハクもただの餌だ。目的はクウ。八眼は元からクウを見つめていた。セアカは獣人化から獣化に移る。ぬるりと体の表と裏が入れ替わるようにめくれて、巨大な蜘蛛の姿となる。不気味なくらいに長いセアカの手足の爪と牙と尾針がクウを取り囲む。クウは精一杯の速度で鉄錫を突き出す。でも、ああ、到底、間に合う状態ではない。セアカの全ての攻撃がクウを捉え、セアカは冷たい微笑みを浮かべる。クウは笑う。
オーロウ!
舞闘場に居合わせた全てのモルフ達がその瞬間を理解できていなかった。当の本人であるクウでさえ。ただ、結果は残った。セアカの繰り出した完全でスキのない美しい攻撃はクウを取り囲み全方位から突き出されて、彼が回避できる余地は全く残されていなかった。
が。
「セアカァァァァッ!!!」
クウの叫びが木霊する。セアカはクウを見失い、うろたえた。クウの声は完全に自身の背後から聞こえていた。振り返るより早く。クウはセアカの背後に存在する。現れた。そう、一瞬で。どうやって?誰も理解できなかった。黒丸や渦翁でさえも。ただ、クウはセアカの致死的なすべての攻撃を躱し、セアカの背後の虚空に浮かんでいた。必死の鉄錫を突き出す。それは、ああ、それはセアカのイドを貫き、彼の活動を止めて血を吐き出させて肉体は虚ろとなり躯は闘技場の荒れた地面に落ちていった。
そして、すべては決着した。




