274 サヴィス総長の矜持 2
私はカーティス団長とともに天幕を出た。
その際、カーティス団長をちらりと見たけれど、驚いている様子はなかった。
そのため、薄々分かっていた話なのだろうと推測する。
サヴィス総長が初めて語ったと言っていたことからも、総長が隻眼になった経緯についてこれまで語られたことはなかったのだろう。
けれど、皆は総長がディタール聖国の竜討伐ではなく、隣国から戻った後の王城で隻眼になったことを知っているはずだ。
王太后が広めた『総長が隻眼になったのは遅効性の毒のせいだ』という話を、一体どれだけの人間が信じているのかしら。
少なくとも、騎士団長たちは信じておらず、真実を分かっているのじゃないだろうか。
「……だから、騎士団長たちはあれほど王太后にそっけなかったんだわ」
王太后に対する騎士団長たちの態度を思い出すにつれ、私の推測は当たっているんじゃないかと思う。
それから、サヴィス総長がモーリスに罪悪感を抱いている理由も理解できた。
―――以前、シリル団長が言っていた。
モーリスが選定会の患者に選ばれ、聖女の治癒を受ける可能性を与えられたのは、総長の決断のおかげだと。
そして、それは総長の贖罪なのだと。
『負傷後、即座に治療を行えば、モーリスの足は足首の切断で済んだはずです。ですが、サヴィス総長は王太后に頼めば、切断せずに済むのではないかと考えました。一旦切断してしまえば、再接着する方法はありませんから、モーリスは負傷した状態でナーヴ王国まで戻ってきました』
その話を聞いた時、筆頭聖女であれば大きな怪我も治せるだろうから、サヴィス総長はモーリスが騎士であり続けられる方法を選び取ろうとしたのだと、私は思った。
『しかし、結局、王太后がモーリスを治癒することはなく、……長期間処置をしなかったことでモーリスの怪我は悪化し、膝下で切断しなければならなかったのです』
悲しい結末を聞いて、私は言葉を失ってしまったけれど、代わりに同席していたカーティス団長が反論した。
『結果がどう出たとしても、それが騎士団トップの決断によるものならば、全てを受け入れるのが騎士だ。サヴィス総長が罪悪感を覚える理由はない』
けれど、シリル団長はその言葉を受け入れなかった。
『通常であれば、カーティスの言う通りです。しかし、この件の原因は、サヴィス総長が王太后の行動を読み間違えたことにあったので、どうしても割り切ることができなかったのでしょう』
あの時は不明のことが多く、何が正しいのか分からなかったけれど、今であればサヴィス総長の気持ちが分かる。
総長は存在しない親子の情を読み取り、誤った選択肢を選び取った己の決断を悔やんでいるのだ。
生まれてから17年もの間、王太后の愛情を信じて疑わなかった己への腹立たしさを、悔しさに転換したのだろう。
けれど……サヴィス総長が王太后の愛情を信じたのは、仕方がないことだと思う。
実の母親が優しく大切に扱ってくれたら、それが嘘だなんて考えもしないだろうから。
私は前世の兄たちと過ごした日々を思い浮かべる。
血がつながっているというだけで、そこに愛情があるのだと信じていた己の過去を。
「サヴィス総長が王太后を頼ったのは当然のことじゃないかしら。それなのに、総長は結果を見て、ディタール聖国でモーリスの治療をすべきだったと、後悔しているのでしょうね」
部下を大切にするサヴィス総長にとって、己の判断ミスが招いた結果、モーリスにより大きな損害を与えたという事実は耐えがたいことに違いない。
カーティス団長は私の隣を歩いていたけれど、気遣うような表情で見つめてきただけで、言葉を差し挟むことなくそっとしておいてくれた。
その気持ちをありがたく思いながら歩いていると、王太后が一人でこちらに向かってくるのが見えた。
そのため、立ち止まって頭を下げる。
けれど、王太后はカーティス団長と私を気に留めることなくそのまま歩を進めていくと、私たちの少し後ろを歩いていたサヴィス総長とシリル団長の2人とすれ違った。
その際、王太后は足を止めると、サヴィス総長を見上げる。
それから、何かを思い出したように口を開いた。
「サヴィス、私は10年前にあなたから質問を預かっていたわね」
「……はい」
総長が言葉少なに答えると、王太后は艶やかに微笑んだ。
「筆頭聖女を降りるべき時に答えを返すと言ったけれど、今でも構わないわよね。私が10年掛けて出した結論は……『後悔していない』だわ」
その途端、先ほどサヴィス総長から聞いた話が蘇る。
10年前、イアサント王太后がサヴィス総長の目を奪った際、総長と王太后が交わした会話を。
『あなたは……絶対に、今日の行為を後悔します』
『私が完全な聖女になったことを後悔すると、あなたは言うの? ふふふ、一体どんな状況であれば、あなたの言うことが起こり得るのかしら。……そうね、あなたの言葉は質問として預かっておくわ。そして、筆頭聖女の地位を降りる時に、答えを返しましょう』
『あなたが聖女として何人の人間を救おうとも、オレはそれを上回る者を救います! そして、そんなオレの目をえぐったことを、必ず後悔させてみせる!!』
『ほほほ、それは無理よ! だって、この国で最も尊いのは聖女だもの。あなたがどれほどの功績を残したとしても、筆頭聖女の功績を上回ることはできないわ』
サヴィス総長もその時の会話を思い出しているのかもしれない。
無言のままぐっと握りこぶしを作る総長に、王太后は楽しそうに続けた。
「私は10年前の行動を間違っていたとは一切思わない。それから、あなたは多くの功績を残したかもしれないけれど、しょせんは騎士としての功績だわ。何をしたとしても、筆頭聖女である私の功績を上回ることはできないの。残念だったわね」
王太后の言葉を聞いた私は、信じられない思いで彼女を見つめた。
どうして王太后はこんな酷い言葉をサヴィス総長に言えるのかしら。
王太后は総長の実の母親のはずだ。
それなのにどうして……相手が傷付くと分かっている言葉を、躊躇うことなく発することができるのだろう。
恐らく、王太后の言葉はサヴィス総長にとっても衝撃だったのだろう。
サヴィス総長は咄嗟に返事ができないようで、無言で王太后を見つめた。
けれど、すぐに自分を取り戻したようで、一呼吸置いた後に平坦な声で返事をした。
「…………よく分かりました」
しかしながら、冷静な見た目とは異なり、総長の心の内は平静ではいられないはずだ。
様々な感情が吹き荒れていて、とても苦しくて辛いに違いない。
王太后はそんなサヴィス総長の状態に気付いているのかいないのか、「そう」とだけ呟くと、もはや興味がないとばかりに歩み去っていった。
一連のやり取りを見ていた私が動けずにいると、総長は視線を感じたようで、私に顔を向けた。
それから、傷跡が痛むのか、眼帯を指でなぞる。
「王太后からオレの10年間の成績表をもらったが、……どうやら落第点だったようだな」
そんなはずはない。
この国に住む者ならば誰だって、総長がこの国のために多くのことを成し遂げてくれたことを知っている。
そう心の中で言い返していると、サヴィス総長は言葉を続けた。
「とはいえ、オレがこの10年間尽力したのは王太后のためではない。この国に住む者たちのためだ。王太后の言葉に揺らぐとしたら、オレの心持ちが悪いのだ。だから、フィーア、お前が心を乱される必要はない」
王太后の一方的な言葉に納得いかない気持ちを読み取られたようで、サヴィス総長は慰めるような言葉をかけてくれた。
けれど、違うわよね。
傷付いているのは私でなくサヴィス総長だから、総長が私に慰めの言葉をかけるのはおかしいわ。
従順な部下としてここは黙っておく場面だと分かっていたけれど、色んな感情が体の中を渦巻いて、収拾がつかなかったため、どうにも我慢できなくなって口を開く。
「わ、私は騎士の一人として、サヴィス総長のこれまでの功績を称賛します! サヴィス総長が騎士団のトップでよかったと心から思います! 総長がいてくれたからこそ、黒竜騎士団はこれまで多くのことを成し遂げることができたのだと胸を張って言えます!!」
まさか私が突然、そんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。
総長は戸惑ったように瞬きをした。
ここで止めておくべきだと思ったものの、勢いがついた言葉は止められず、私はさらに言い募る。
「それから、騎士としてサヴィス総長に思いを告げられてよかったです! 私が聖女様でなく、騎士であったことを誇りに思います!!」
数瞬の後、サヴィス総長はうっすらと微笑んだ。
「……そんなことを言うのは、世界中でお前だけだ」
総長は微笑みを浮かべていたけれど、私はその表情を素直に信じることができなかった。
なぜなら総長の気持ちは、嬉しさよりも苦しさが勝っているように思われたからだ。
そのため、私もまた重苦しい気持ちになり、それ以上何も言えずに総長たちと別れたのだった。








