273 サヴィス総長の矜持 1
サヴィス総長が全てを語り終えた時、その場には耳に痛いほどの沈黙が落ちた。
誰一人言葉を発することなく、無言のまま総長を見つめる。
私は体の中で暴れ出した感情を制御しようと、こぶしを握り締めたけれど、口から勝手に言葉が飛び出してしまう。
「くそったれ」
しかし、そう言い切った後、言葉が乱暴すぎると気付き、「……………………です」と付け加えた。
聖女であれ、誰であれ、健康な目を奪うことなど、決してしてはいけないことだ。
それなのに、王太后の目にはサヴィス総長の精霊王の目が入っており、そのことがまかり通っていることが信じられなかった。
「筆頭聖女がか?」
サヴィス総長が尋ねてきたので頷く。
「筆頭聖女と、聖女を歪めてしまった誰かがです。こんな話を聞いたら300年前の聖女は悲しむでしょうね」
いや、悲しむというか、大泣きしたい気分だわ。
「いいえ、悲しむというか、号泣するでしょうね」
「王太后には王太后の事情があるかもしれない」
総長は静かにそう言ったけれど、そうだとしても聖女としてやってはいけないことだと首を横に振る。
「聖女はいつだって癒す者であるべきです。騎士がいつだって守る者であるように」
サヴィス総長は騎士だ。
これまで多くの者を守ってきたし、これからも守っていくだろう。
そんな総長にとって、右目はとても大切なものなのに!
「フィーア、お前はいつだって同じ思考をするんだな。いつだって聖女の在り方を正そうとする。そして……オレの目を惜しんでくれるのか」
サヴィス総長はそう言うと、痛みを覚えたかのように眼帯に手を伸ばした。
その仕草を見て、先日、森の中でサヴィス総長の両目が揃っていれば、と仮定の話をしたことを思い出す。
サヴィス総長は失った右目を取り戻したいのではないかしら、と勝手に考えて話をしたのだけれど、その場で総長に否定されたことを。
『不要だ。右目はオレに必要ないものだ』
あの時のサヴィス総長の言葉が蘇ってくる。
そして、右目を失ったままの状態でいることがサヴィス総長の選択なのだと、改めて理解した。
隻眼でいることは不自由なことだと、身をもって分かっているはずだけれど、それでも総長はその状態でいることを選んだのだ。
「片目を失ってから三日間、オレは意識がなかった。その間に、王太后は作り話を言いふらしたようで、竜討伐の際に受けた傷が元で、オレの右目が失われたということになっていた。オレを治癒した聖女は、刃物によるものだと気付いただろうが、筆頭聖女である王太后の言葉に逆らえるはずもない。結果、オレは戦場で魔物から遅効性の毒を受けて隻眼になった、という話が事実として語られるようになったわけだ」
なるほど。まさか筆頭聖女が金色の目がほしくて、実の息子の目を奪ったと言うわけにはいかないはずだ。
そのため、誰もが納得しやすい話を作ったのだろうけど、王太后はサヴィス総長が「嘘だ!」と言い出さないことを前提に進めているわよね。
サヴィス総長の真っ直ぐさを利用されたみたいで、もやっとするわ。
「王太后の嘘だと、言ってしまえばよかったのじゃないかしら」
小さな声で呟いたけれど、静かな空間だったためサヴィス総長にも聞こえたようで、総長は肩を竦めた。
「そんなことで争っても仕方がない」
確かにサヴィス総長が反論しても、王太后は素直に認めないだろうから、「事実だ」「嘘だ」と論争になりそうな気がする。
そうなったらすごく煩わしいから、全ての可能性を事前に予測して、沈黙を選んだサヴィス総長は正しいのかもしれない。
けれど、サヴィス総長だけが貧乏くじを引いているような不公平感を覚えたため、元気付けるような言葉を口にした。
「きっと、真実に気付いている者もいるはずです」
推測だけど、騎士団長たちのこれまでの言動を見るに、サヴィス総長の目が失われた理由を、何となく察しているような気がするのよね。
「そうだな。しかし、大っぴらに語るわけにもいかないから、いずれにせよ沈黙を守っているはずだ」
そうでしょうね。
「王太后の瞳が青色から金色に変わったのであれば、そのことを不思議に思う者はいなかったのですか?」
さすがに気付く人が大勢いるはずよ、と思って尋ねたのだけれど、サヴィス総長は一人もいないと首を横に振った。
「王太后はずっと髪で右目を隠していた。ここぞと言う時に風が吹いて、右目が見えるようになったのは、オレの目を取り込んで以降のことだ。恐らく風魔法の使い手が協力しているのだろうが、それまでは誰も王太后の右目を見たことがなかった。違和感を覚えるはずもない」
うむむ、それはまた慎重なことね。
完璧なる隠蔽工作じゃないの、と顔をしかめていると、サヴィス総長がぽつりと呟いた。
「フィーア、オレの選択を愚かだと思うか?」
全くそう思わなかったため、私は首を横に振る。
「いいえ、不自由さと不幸はイコールではありません。それに、総長は隻眼になって、自由になったのじゃないですか」
正確には、隻眼になることで母親と決別できたと言うべきかしら。
「でしたら、それが総長にとっての正解だったのでしょう」
総長はなぞるように眼帯に手を置いた。
「なるほど、オレは不自由さを引き受ける代わりに、不幸ではなくなったと言うわけか。だが、『不幸でない』というのと、『幸福』は別物だな」
「そうですね」
細かな言い回しの違いを指摘されたため、簡潔に答える。
「お前はオレの目が見えるようになるべきだと考えているのか?」
難しい質問をされたため、私は一般的な答えを返した。
「私は今、聖女として選定会に参加しているので、聖女的な考えを持っているのかもしれません。聖女としては、治せるものは全て治して、健康な肉体を持つことが、幸せへの道だと考えます」
随分ぼかして答えたと言うのに、サヴィス総長は私の言いたいことを読み取ったようで、少しだけ顔を歪めた。
「……分かっている。オレが右目は不要だと言ったのは、王太后への意地だということは。オレは王太后に囚われており、そのせいで取り逃がしている幸福があることも理解している。それでも、どうしてもこの意地を捨てることができないのだ」
明示しなかった思いを読み取られ、私はびっくりして総長を見つめた。
本人がその選択をしたことを後悔していないのならば、それがその人の正解なのだと思う。
けれど、その選択肢を選ぶ状況に条件が付いたり、負荷がかかったりしていたら、それは正しく選択したとは言えないのじゃないだろうか。
恐らく、サヴィス総長が「意地」だと表現した鬱屈した思いがなければ、総長は別の選択をしただろう。
そう思ったものの、言うべきことではないように思われて、当たり障りのない言葉を返したというのに、見事に心情を読まれてしまった。
総長は本当にすごいわね。
でも、そんな総長も自分の感情はコントロールできないようで、王太后への「意地」を捨てることができないのだわ。
総長が右目を治したら、きっと今の何倍も強くなって、より多くの魔物を倒せるし、より多くの騎士を守れるだろうに、彼はその状態を望まないのだから。
そんな私の考えを肯定するかのように、サヴィス総長はもう一度きっぱりと言い切った。
「オレの右目は王太后にくれてやった! オレには必要ないものだ」








