183 王城勤めの聖女たち2
「食堂に来たということは、2人はご飯を食べるつもりかしら?」
ここは騎士専用の食堂だけど、と思って呟くと、デズモンド団長が顔をしかめた。
「絶対に違う。ロイドがお前から視線を逸らさないから、お前を探していたんじゃないのか」
「あっ、そういうことですね」
先日、オルコット公爵邸を訪れた時は、プリシラとほとんど話をすることができなかった。
そのため、もう1度顔を合わせて話をする機会が持てるのかしら、と嬉しくなる。
私は急いで席を立つと、入り口にいる2人に向かって歩いて行った。
すると、何だかんだで礼儀正しいデズモンド団長が、後ろから付いてきてくれる。
「こんにちは、ロイド、プリシラ聖女」
そう声を掛けると、ロイドがにこりと微笑んだ。
「やあ、フィーア、今日は休みなんだってね。そんな日に悪いのだけど、これからプリシラとともに王城内にいる聖女様たちを訪問する予定なんだ。シャーロット聖女は君の友達でもあることだし、一緒に付いてきてもらえないかと思って」
ロイドの申し出を聞いた私は、元気に即答する。
「もちろん、ご一緒します!」
まあ、王城内の聖女たちとも会えるなんて、今日は何ていい日なのかしら。
私はにこにこと笑みを浮かべると、後ろに立っているデズモンド団長を振り返った。
「デズモンド団長、お誘いを受けたので、聖女様のところに行ってきますね」
既に朝食は食べてしまっていたため、このまま聖女たちのもとに向かおうと考えながら、退席のお断りを入れる。
すると、デズモンド団長が何かを言いかけたけれど、それより早く、ロイドが興味深そうに尋ねてきた。
「デズモンドは女性に興味がないと言いながら、フィーアは例外なんだね。この短い期間で、2度も君とフィーアが2人きりで食事をしている場面に出くわすなんて、もしかして毎日食事を一緒にしているのかな?」
明らかなからかいの言葉だというのに、デズモンド団長は即座に言い返す。
「そんなわけないだろう! そもそもフィーアはオレだけでなく、昨夜も」
「昨夜も?」
何か面白い話でも飛び出してくるのかと、興味深そうに目を輝かせているロイドに対し、デズモンド団長ははっとした様子で口を噤んだ後、首を横に振った。
「いや、何でもない。それよりも、フィーアを連れていくなら、騎士服に着替えさせた方がよくないか?」
その様子を見て、どうやらサヴィス総長と食事をしたことは黙っていた方がよさそうね、と心の中で独り言ちる。
そもそも昨日の会話を覚えておらず、「どうだった?」と聞かれても答えられないため、黙っているのが得策なのは間違いないだろう。
そう納得しながら自分の格好を見下ろすと、仕事が休みだったため私服を着ていた。
デズモンド団長の言葉通り、騎士服に着替えた方がいいかしら、と小首をかしげていると、ロイドが片手を横に振った。
「問題ないよ。フィーアに騎士として護衛してもらうつもりはないからね。だが、今日のように白いワンピースを着ていると、聖女様に間違えられるかもしれないな」
そう言いながら楽しそうに笑うロイドは、聖女に対するおかしなウィット心が働き出しているように見えた……いつものことだけど。
シリル団長といい、ロイドといい、どうも聖女について複雑な思いを抱いている者が何人もいるようね、せめてこれ以上同じような人が増えませんように、と私は心の中で祈ったのだった。
さて、そんな事情でご一緒することになったプリシラだけど、今日もやっぱり口数が少なかった。
実は寡黙なタイプなのかしら、と思いながらロイドの話に相槌を打っていると、あっという間に聖女たちが暮らす離宮に到着する。
「離宮は敷地内の一番奥にあるため、聖女様方と出会うことは滅多にないんですよね」
そう言うと、ロイドはにやりと唇の端を持ち上げた。
「それぐらいの関係がベストなんじゃないの。遠く離れた場所で憧れている方が、実物をまじまじと見るよりも、美しい聖女様を感じられるんじゃないかな」
ロイドの皮肉は、聖女であるプリシラの前でも健在のようだ。
返事のしようがなく、黙って目の前にある離宮を見つめていると、ロイドはひょいと肩を竦めた。
それから、彼は離宮の入り口に詰めている騎士たちに近付くと、何事かを告げる。
すると、執事らしき男性が現れて、すぐに中へ通してくれた。
執事に先導され、長い廊下を3人で歩いていると、ロイドが訪問目的を説明してくれる。
「今日は、聖女様の普段の様子を見せてもらおうと思ってね。そのために、ちょっと権力を使って公務ってことにしといたから、仕事っぽい顔をしておいてね」
わあ、さすが公爵様。その気になったら、大きな力を持っているのね。
そう感心していると、日当たりのいい広間に通された。
ロイドの後ろから部屋の中を見回すと、そこには10名ほどの聖女がいて、部屋のあちこちに置かれているソファに分かれて座っていた。
彼女たちの数名は本を読んでおり、別の数名は集まって話をしている。
また、残りの者たちは薬草入りの瓶を眺めたり、窓から外を眺めたりと、思い思いのことをしていた。
興味深く見回していると、遠くから声が上がる。
「フィーア!」
視線をやると、シャーロットが嬉しそうに走ってくるところだった。
「今日は公爵様が大聖堂育ちの聖女を連れてくるって聞いていたのだけど、まさかフィーアまで来てくれるとは思わなかったわ!」
そう言いながら、笑顔で私を見上げてくるシャーロットを見て、私も嬉しくなる。
「今日はお休みだったから、ロイドに声を掛けてもらったの」
「ロイド?」
首を傾げたシャーロットに向かって、ロイドが楽しそうに片手をひらひらと振った。
その姿を見て、ロイドとはオルコット公爵のことだ、と思い当たったシャーロットが目を丸くする。
「えっ、フィーアったら公爵様を呼び捨てにしているの? この間、公爵邸を訪問した時はそうじゃなかったわよね。まあ、フィーアはすごいのね。すぐに誰とでもお友達になれるんだわ」
称賛するようなシャーロットの眼差しを見て、私は大きく首を傾げた。
「うーん、この場合は、よく分からない偶然が働いたのだと思うけど。具体的に言うと、道化師に弟子入りしたら、ロイドとお友達になったのよね」
「えっ?」
私の言葉を理解できない様子で聞き返してきたシャーロットを見て、そうでしょうね、分からないわよねと思う。
「つまり、全く異なることをやっていたのに、思いがけない結果につながることがあるってことよ」
「……そうなのね」
全く理解できていないだろうに、それ以上尋ねてこないシャーロットはいい子だと思う。
よしよしと頭を撫でていると、20代前半くらいの、茶色い髪をした1人の聖女が近付いてくるのが見えた。
彼女はロイドに向かって真っすぐ歩いてくると、「聖女のドロテ・オベールです」と自己紹介した。
「私はこの離宮にいる聖女たちを取り仕切っています」
そう言うと、ドロテは離宮で暮らす聖女について簡単な説明を始めた。
「ここには20名の聖女がいます。そのうち10名は、本日、騎士とともに『星降の森』に出掛けていますわ」
「ああ、なるほど。だから、聞いていた人数よりもだいぶ少なかったんだね」
ロイドがそう感想を漏らすと、ドロテは彼をちらりと見た。
「本日は離宮を見学されると聞いています。ご案内する前に、よければ一言お願いできますか」
「ああ、もちろんだよ。紳士として自己紹介を欠かすわけにはいかないからね」
ロイドは軽い調子で答えると、その場にいる聖女たちをぐるりと見回した。
いつの間にか、彼女たちは作業の手を止めて、こちらを見ている。
「初めまして、オルコット公爵のロイドです。最近、僕には義娘ができましてね。大聖堂から迎えた、こちらにいるプリシラです。義娘は聖女でもあるので、よければ王城付きの聖女様たちから学ばせてもらいたいと考え、本日は離宮の視察に来ました。それから、こちらはフィーアです」
聖女たちはじろじろとプリシラを見た後、どういうわけか、同じようにじろじろと私を見つめてきた。
そのため、離宮で暮らす聖女たちは好奇心が旺盛なのかしら、と考えながら、にこやかに挨拶をする。
「初めまして、フィーア・ルードです」
けれど、しんとした沈黙が落ちただけで、聖女たちは誰一人微動だにしなかった。









