182 王城勤めの聖女たち1
「はて、どうして私はベッドで寝ているのかしら?」
昨晩の記憶が、サヴィス総長とお酒を飲んだところで途切れている私は、ベッドの上に半身を起こすと首を傾げた。
「まずいわ、昨日の記憶が途中で途切れているわね。サヴィス総長に勧められて、ワインを1本空けたところまでは覚えているのだけど、そこから先の記憶が一切ないわ。うーん、あの時点ではまだ料理の半分も出されてなかったと思うけど、それ以降の記憶がないのは、食事の途中で戻ってきたから……というわけではないわよね」
なぜなら私が王城のお肉とケーキを諦めるはずがないからだ。
いや、お肉とケーキを食べた記憶がないから、実際にメニューとして提供されたかどうかは分からないのだけど。
そう考えながら、ちらりと太陽の位置を確認した私は、残念ながら、遅くまで食事をしていた可能性が高いようだわ、と顔をしかめる。
時間は既に、お昼に近かったからだ。
いくら今日が休みとはいえ、こんなに遅い時間まで眠っていたのは、それ相応にお酒を飲んだからだろうし、これだけ長時間眠ったにもかかわらずお腹が空いていないのは、昨日の晩にたらふく飲み食いしたのだろう。
私は少し考えた後、『こんな時には』と覚悟を決めて、膝の上で丸まっていたザビリアに顔を向ける。
「ザビリア、聞きたいことがあるのだけど、初めに言っておくわ。私が知りたいのは完全なる事実ではなく、絶望しない程度のそれなりの事実よ。だから、あまりに厳しい真実は必要ないわ。それで、昨晩の私はどんな様子だったのかしら? 何か言っていた?」
ザビリアは私を見つめた後、考えるかのように首を傾げた。
「昨晩のフィーアはご機嫌だったよ。『困った時は私を頼るよう総長に伝えてきたわ!』と言っていたかな」
「えっ、私が騎士団のトップに対して、そんな大それたことを言うわけがないわ! 私はもっと、わきまえているタイプだもの……そのはずよ」
咄嗟にそう否定したものの、昨日の記憶がないため、状況次第ではそういうことを口にしたのかもしれないと思い直す。
「うーん、もしも実際にそんな大きなことを言ったとしたら、一体どういう話の流れで口にしたのかしら。それ相応の場面でなければ、私がそんなことを言うはずないし、よっぽどのことがあったはずよ」
私は腕を組むと、一生懸命昨夜のことを思い出そうとする。
「総長が困っていた場面に遭遇した? ううーん、だとしたら、それはどんな場面なのかしら。たとえば私とのお酒飲み対決で負けたとか? ……そんなわけないわよね。総長はものすごくお酒に強いし。だったら、クェンティン団長やデズモンド団長の奇行に悩まされたとか? ……これはありそうな話だわね。この間も……」
ぶつぶつと独り言を呟いていると、ザビリアが思い出したように情報を追加してきた。
「そう言えば、『「お酒を飲み過ぎたため、今晩のことを何一つ覚えていないはずです」と言ったら、「健康的な考えだな」と返されたのよ』と、ご機嫌でもあったな」
「えっ! 私はそんなことを言っていたの?」
それはとっても大事な情報だったため、ザビリアに聞き返す。
「うん、言っていたね。フィーアは喜んでいたけど、それは誉め言葉じゃないんじゃないかな、って思いながら聞いていたから、間違いない」
「……そうなのね」
ザビリアの会話の後半部分は不要なものだったけれど、全体として素晴らしい情報を入手した私は、嬉しくなってザビリアに抱き着く。
「やったわ、ザビリア! お酒を飲むと記憶がなくなることを総長に伝えているなんて、完璧じゃないの!」
「そうなの?」
きょとりと首を傾げて尋ねてくるザビリアに、勢いを込めて頷く。
「そうよ! サヴィス総長は理解がある上司だから、私がそう申告した以上、『あの時こう言っていたから』と、酔っていた時の発言を言質に取ることはないはずよ」
だから、私がどんな発言をしていたとしても、問題にならないわ。
やったわ、これで昨日の夜に何を言ったかしら、と思い悩む必要はなくなったわね!
そう考えて喜んでいると、ザビリアは呆れた様子で呟いた。
「確かにフィーアは健康的な考え方をするよね」
「まあ、ザビリアからも褒められたわ!」
私はご機嫌でザビリアの頭を撫でる。
それから、一気に気分が軽くなった私は、服を着替えると、遅めの朝食を取るために食堂に向かったのだった。
女子寮を出て、食堂を目指して歩いていると、途中でデズモンド団長と出くわした。
爽やかに挨拶をして別れようとしたけれど、どういうわけか食堂まで付いてこられる。
そのため、まさかまた私の食事をかすめ取ろうとしているんじゃないでしょうね、とじろりと睨み付けた。
「デズモンド団長、何度も言っていますけど、ここは一般騎士用の食堂です。団長には特別に調理された美味しい食事が出る、騎士団長用の食堂があるじゃないですか!」
私の言葉を聞いたデズモンド団長は、そ知らぬふりでトレーを取ると、その上にひょいひょいと料理の皿を載せていった。
どうやらここで食べる気満々のようだ。
「フィーア、食堂は食堂だ。王城で王族に提供される料理でもあるまいし、それほど大きな違いはないだろう」
あら、何か引っかかる言い回しをするわね。
そう思いながら、じとりと見つめていると、デズモンド団長はたくさんの料理を載せ終えたトレーを持って、私の前に座ってきた。
「こんな中途半端な時間に朝食を取るってことは、お前は昨夜、ものすごく深酒したな。それはいい。問題は、晩餐の席で総長に何を言ったかだ。晩餐後、護衛に就いた騎士たちからの報告では、総長は長い時間庭に出て、月を眺めていたらしいぞ。普段、そんなことをする方じゃあないのに!」
「えっ!」
どうして総長と一緒に晩御飯を食べたことをデズモンド団長は知っているのかしら、と思ったけれど、団長が情報通だったことを思い出す。
デズモンド団長はいつだって色々な情報を掴んでいて、そのことを基に説教をしてくるのだ。今日のように。
……と考えを飛ばしていたところ、鋭い視線を感じたため顔を上げる。
私が返事をせずに、何事かを考えていたことが不満だったようで、デズモンド団長が鋭い目で私を睨み付けていた。
そのため、睨み付けられながら返事を待たれるという、全く心休まらない体験を強いられた私は、この不快な時間を少しでも早く終わらせたくて、必死で昨晩のことを思い出そうとする。
けれど、どんなに考えても、覚えてないものは覚えていないのだ。
「う、うーん、そうですね、模範的な騎士の私のことですから、『総長はイケメンですね』とか、『総長に選んでもらったお酒が美味しいです』とか、そういった上司を持ち上げる発言をしたんじゃないですかね」
覚えている範囲で無難な答えを返したというのに、私の言葉を聞いたデズモンド団長は、信じられないといった表情を浮かべた。
「お、お前はマジでそんなことを言ったのか!? 総長に対してイケメンですねって、思っても普通、口にはしないだろう!! 相手は騎士団総長だぞ!? ……そ、それからお酒を選んでもらうって何事だ? お前が選べよ!!」
「ええっ!」
思ってもみないことを指摘されてびっくりする。
ごく常識的だと思っていた発言で苦情を言われるのであれば、『総長は騎士服以外の服も持っているんですね』と言ったこと、は黙っていた方がよさそうだ。
そう考えて口を噤んでいると、デズモンド団長はため息をついた。
「まあいい。一般的に考えたら問題行動だが、お前の行動と考えれば通常運転の範囲内だ。総長であれば、呑み込んでくださるだろう。だから、そういうことじゃなくて、お前はもっと突飛なことを発言したはずだ。総長を長時間庭に立たせるような、一体何を言ったんだ?」
それは私が聞きたい話だ。
「そうですね……困った時は私を頼るように言ったような……」
ぼそぼそと小声で呟くと、デズモンド団長はかっと目を見開いた。
「それだ!! お前は何てことを総長に言ったんだ!? あああ、『お前ごときに頼らなければいけないと思われるなんて』と、総長は衝撃を受けられたんだな。フィーア、冷静になれ!! 100年経っても、総長がお前に頼ることなんてないからな」
デズモンド団長から自信を持って決めつけられ、私はムッとする。
「お言葉ですが、最近の私はセルリアンとドリーに頼られまくりなんですよね! そうであれば、セルリアンの血族でもある総長だって……」
そこで一旦言葉を切り、わざとらしく勝ち誇った笑みを浮かべると、デズモンド団長は信じられないとばかりに大きく口を開けた。
「おっ、お前……マジで総長だけは止めておけ! 総長は一人で何だってできる方だから、お前の助けがなくても一人でやれる。お前が関わることで総長がおかしくなったら、オレは未来永劫お前に文句を言うからな!!」
まあ、気が多くて、1つのことに長く集中しなさそうなデズモンド団長の未来永劫ってのは、どのくらいの長さなのかしら。
「分かりました。それでは、私は総長のことが大好きですが、デズモンド団長の脅迫に負けて身を引きます」
片手を口元に当て、しおらしくそう言うと、デズモンド団長は怒り心頭に発した様子で大きな声を出した。
「フィーア、お前はわざと言っているだろう! オレがそういう意味で言ったんじゃないことは分かっているだろうし、お前だって……」
しかし、デズモンド団長はそこで言い差すと、何かを閃いたとばかりに口を押える。
「あっ! そういえばこの間の会議で、クラリッサがお前の本命は……」
そして、デズモンド団長はもう1度言葉に詰まると、まるで乙女のように頬を染めて私を見つめてきた。
「えっ、本気なのか!?」
「身を引く話ですか? もちろん本気ですよ。ですが、そうしたらお祝いの席での余興役がいなくなるので、困ったことになるんですよね。ここはデズモンド団長に責任を取ってもらう形で、代わりを……」
こうなったら仕方がない。総長の結婚祝いの席で、セルリアンとともに余興を披露する役はデズモンド団長に譲ろうと発言しかけたけれど、肝心の団長は私から視線を外すと、私の背後を見つめ始めた。
そのため、まあ、何て集中力がないのかしらと呆れた気持ちになる。
不服な気持ちを表すつもりで、じとりと見つめてみたけれど、案外マイペースなデズモンド団長は意に介した様子もなく、私の後ろを指差した。
そのため、今から大事な話をしようと思っていたのに、と苦情を口にする。
「デズモンド団長、私と会話をしている最中に面白そうなものが目に入ったからといって、別のことに意識を向けるのはやめてください」
すると、デズモンド団長はそうではないと大きく手を振った。
「いや、そうじゃなく、プリシラ聖女だ」
「え?」
デズモンド団長の言葉にびっくりして振り返ると、食堂の入り口にロイドとプリシラが立っていた。
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2/15(水)にノベル8巻 & ZERO2巻が同時発売予定です。
詳細が決まり次第お知らせしますので、よろしくお願いします!








