魔王じゃありませんでした
お城の朝は疎ら。というか完全夜行性なサリィさんがいるから、みんなピッタリってなると夜じゃないと無理。九条くんがここに住むことになって夜も怪しいとこは出てきたけど全員じゃなきゃやだって駄々こねる気はないかな、1人ご飯だと寂しいって話で基本的に魔王様は絶対お城にいるから最悪2人でも良い。恩人に最悪呼ばわりするのもどうかと思うけど、まぁ相手が相手だし仕方ないね。
そんなわけで朝は一人でささっと食べて仕事とかやる事やりに行くってルーチンなんだけど、今日はひょっこり九条くんが厨房に顔を出した。珍しい、朝早いのになぁ、自由職なのに偉いって思ってたんだよね。
「なぁ、田中」
「…九条くん」
「え、な、何」
「私ね、君より10くらい年上なの、意味、分かる?」
「…………た、田中、サン」
「よし」
なんかナメてる感否めないけどギリ合格、にしてあげよう。そう、なんといっても私は大人なので。九条くんは偉いんだけど、せめて人に対する最低限の敬意は持とうね、無理に払わなくてもいいから。
あ、でも圧が効くくらいには丸くなったか、前は話聞いてくれる感じあんまりなかったよね。そこはよきかな。
「それで、どうしたの?」
「あの…あいつのことなんだけど」
「えっと、魔王様?」
「…その、なんで魔王のこと、魔王って呼んでるわけ」
「え?」
なんで先生のこと先生って呼ぶの?並みの質問に戸惑ってしまう、あ、いや意味はわかるよ。名前で呼ばないのかってことだよね、多分。
私は自己紹介の時に魔王やってるよって説明されたから魔王様って呼んでるんだよなぁ。感覚的には社長って呼んでる感じに近いのかも。まあこっちきてすぐはいろんな衝撃が大きかったから、イケメンがヤバい相手だって知ってとにかく怒らせないように慎重に対処したのが発端ではあるけど。意外と呼びやすいんだよね、魔王様って。
「あーえっと…魔王様が嫌がってるわけじゃないっていうのもあるけど、今更名前って恥ずかしいっていうか…あ、でも魔王呼びよりは喜ぶかもしれないね」
「…そう」
「あ、名前知ってる?ルキウスさんっていうんだけど」
「何、呼んだ?」
「うわっ!?」
本日2回目のひょっこり。九条くんの背後から現れたもんだから本人めっちゃ驚いてるよ、私も驚いたけどさ。サリィさんもだけど魔王様も大概神出鬼没なんだよね、城の主人だから当たり前なのかもしれないけどいきなり出てこられるとちょっとびっくりしちゃうよ。こっちの2人の驚きなんて知らず魔王様は棒付きの飴を舐めたりしてる、朝ご飯前だというのになんということ。
まぁ、ややよくわかってない顔はしてるから手短に説明するとぼんやりした顔のまま適当に頷いたりしている。
「ハナコも名前呼びで全然いいんだぞ」
「だから、なんかむず痒いんですって!…誕生日は頑張りますから」
「本当かぁ?またどーせ忘れたりするだろ」
「もう忘れませんて!」
さっぱりしてるわりに根に持つんだよね、この人。そりゃ長く居候させてもらってて名前忘れてたのは失礼にも程があるし完全に私が悪いんだけど、それにしたってそこまで拗ねるかな。めちゃくちゃ剥れながら飴舐めてるよ、子供か。
「そういえばサリィさんなんかは魔王様の名前呼ばないですよね」
「いや呼ぶぞ、2人の時は」
「えっ、あ、ご、ごめんなさい!?」
「なんで?」
ふとした疑問をぶつけてみたらなんか聞いちゃいけないものを聞いちゃった気がする、魔王様は気にしてないみたいだけどそういうのって、そういうのは、こう、秘密にしたい話だったんじゃないかな。だって大っぴらにしてもいいなら普段だって呼ぶはずだもん、
うー、気まずい、呼ぶ機会が減ったのは私達の存在あってだろうしお邪魔じゃない?というか2人って本当に付き合ってないんだよね?たまにこの人達の距離感ってものが分かんなくなるよ。と、とりあえず今後は2人っきりの時でなんかいい感じのムードだったら無理に話しかけないようにしよう、そうしよう。もっとも普段からそうしてますけどね、空気読むのだけはまあまあ得意というか日本の社会で培ってきましたから。
「呼び方程度で関係が変わるわけでもないんだし、好きにしたら?不名誉じゃなきゃ許すぞ」
「なら…引き続き魔王様で…」
「はいはい」
「………………ル」
「ん?」
「…ルキウスにしとく」
「なんか意外だな、お前こそ魔王って言いそうなタイプじゃん」
「だって、お前魔王じゃなかったし」
「え?」
魔王じゃないとは。全然予想してなかったことについ驚く、魔王様を名前で呼ぶのって良きライバル的な感じで認めたからじゃなかったの。単純に魔王様を魔王って呼ぶ理由がないだけ?っていうかどう見ても魔王だよね、全体的に黒いし。困惑する私をよそに魔王様はなんかピンときたみたいで若干呆れがちに九条くんに首を振っている。
「お前勝手に人のステータス見んなよ…俺だからいいものの個人情報だぞ」
「んな、誰にでもするわけないだろ」
「あ、そう?じゃあ良し」
「え、え、魔王様って魔王様ですよね?」
「しっかりバッチリ魔王だぞ、だけどそれってどっちかといえば称号だし、仕事じゃないからな」
「あっ」
要するに九条くんが魔王様のステータスを見たら、そこの職業が魔王じゃなかったってことか。ははぁ、なるほどね。個人情報なので褒められたことじゃないけどやっぱりスキルがあるのっていいなぁ、鑑定だっけ、すごい便利そうだし。私も魔王様のステータスがどうなってるのか知りたいな、漠然とやばいことしかしらないからね。
で、職業がなんなのか聞いてみたら本人が意外とあっさり教えてくれた。なんでも調停者、っていうのになるらしい。なんか魔王様らしくないなぁ、真面目な感じで。あ、いや、魔王様も適当なだけでいつも真面目なんだろうけどね、語感がかっちりしてる感じ似合わないじゃない、そういうことです。言い訳。なんでも三大始祖の皆さんはみんなジョブが調停者になってるらしい、世界のトラブル解決班だからそうなるのか、ふーん。
で、対して九条くんはジョブが勇者らしい。これは勇者が魔王様を倒したことによって強敵を倒す人、って定義されたからそれに近い九条くんに当てはめられたらしい。Sランクのカンストだったらそうもなるね、うん、魔王様は説明の時に露骨に嫌な顔しないでくださいね、初代勇者が嫌いなのは知ってますからね。どんな人かは教えてもらえないから分かんないけどさ。
「ま、2代目魔王が出たらジョブが魔王になるかもだ」
「その場合具体的な仕事って何なんですか?」
「無いんだなそれが」
「…実際ニートか」
「ニ…何?」
ノットエンプロイメント、なんだっけ、というか思っても言ってはこなかったことを、九条くん…。半目になる私に何か察したのかふっと目をそらされてしまった。これからはちゃんと覚えていこうね、胸にしまっておくという言葉を。
首を傾げてる魔王様に無職のことだって説明したらまた微妙な顔をされてしまう。あ、こっちならちょくちょく言ってるなぁ、私も人のこと言えないか、反省しよう。
「あっ、いや、ほら!始祖の仕事とか!色々してるから!俺は!」
「気になってたんですけど、そっちは年にどれくらいなんですか?」
「うん?まぁ短くて100年に一回だけど、平均したら5、600年に一回って感じだな」
「……その間は?」
「城にいるけど」
「ニート」
「九条くん、やめなって」
まぁ働きたいとかいう魔王様を阻止してるのは私なんだけどね、だってどうやったって目立つんだもんこの人。
そしてまたお仕事の感覚が気が遠くなるな、そんな月に一回みたいなノリで言わないでほしいな。もっとも、禁忌を破る人が頻繁に現れても困るけどね。
「ちゃ、ちゃんと人間側のイメージ守ってるし…こう、得体しれない雰囲気とか頑張って出してるし…」
「魔王様は素でも意味わかりませんよ」
「マジで?」
「というか出してたのか?」
「人前に出るときとか…」
そうかなぁ、ロクサーナさんの時とか全然芝居っぽくなかったと思うんだけど。あ、友達認定してるとダメなのかな、でも魔王様って友達のハードル凄い低く設定してるイメージ。じゃなきゃ私みたいな地味子を友達って言ってくれないと思うし、うん。
ってなると、人前の露出は薬草売りに出てきたときか。そのとき完全に素だったよね、私がいたからなのかな。んーじゃあ私達の件で他の国と交渉しに行った時とか…それも最終的にイラッとして脅してたんだっけ。すぐ気持ちが前に出るよね、この人。
「…魔王様は演技力ないから無理です」
「はー!?そんなん言われたの初めてなんだけど!」
「自由に生きすぎなんじゃねーの」
「なんで不自由に生きなきゃいけないんだ?」
「……大体の人は不自由になるものなんです」
「ふーん」
ルールとか社会的立場とか、あとは財力とか人間関係とか。ヒトはそういう、しがらみって言うのかな、障害にしょうがなく引っかかりながら生きてるものだと思う。サリィさんの話聞くに魔性だってそこまで自由じゃないとは思うし、大して会ってるわけじゃないけどノル様だってノルマ制とか大変そう。別に誰だって不自由になりたいわけじゃなくて、自然になっちゃうから渋々不自由になってるだけ。
魔王様は聞いてきたわりに興味なさげに相槌を打った。小さくなった飴を歯で噛み砕いて、もういらなくなった棒を弾きとばしながら燃やして消す。なんというか手並みが鮮やかで行儀が悪いのに注意する気にならない、なんだかちょっとしたパフォーマンスみたいだ。
「わかんねーや、俺魔王だから」
僻地の森の隅の城に引きこもって暮らしてるくせして魔王様はあんまりにも自由だ。
…やっぱり私は今後も魔王様呼びだな、なんか、悔しいから。




