勇者の話
どこの世界にも身の程知らずの輩は存在するものだ、世の中では賢者よりも余程愚か者の方が恐ろしい。馬鹿というものは常識の外を歩くもので、自分の失態に崖から落ちる寸前まで気が付かないのだから。赤子にわかるよう言い聞かせてやっても、開いた口が塞がらないような事をしでかしてくれる。
そして今日もここにまた。
「おい兄ちゃん、変われや」
「は?」
「わかんねえのかぁ?俺らに前に行かせろっつってんだよ」
「ちぃ〜と入んのが遅くなるだけだろうがよォ」
「知らねーよ、オレだって並んでんだから並べ」
関所には数多の人々が集まっていた、今日どころか昨日の朝から並んで入国を待っている者もいる。というのもこの国では今劣等種ドラゴンの暴走に加えてワイバーンのスタンピードが誘発し、冒険者の緊急招集がかかっているのだ。人手はいくらあっても有り難い状態で、報酬はいくらでも弾むと言われれば腕試しの者、金目当ての者、名声目当ての者、そして紛れ込む冷やかしの者、ピンキリに人が集まるのは当然の帰結である。
そして今、ローブに身を包んだ少年に食ってかかり、鍛えた体を惜しげもなく見せつける男達もまた冒険者である。背負う大剣を見るに中々の実力者であることは間違い無いのだが、ルールに沿う気がないのはいかがなものなのだろう。そしてその周りの人々はというと冒険者だけでなく商人やら旅人やらもいるので関わり合いにないたくない様子で少年に傷ましそうな視線を寄越すだけであった。ここは引くのが一番穏当な対応であるのだが、冒険者としては駆け出しなのかならず者に正論を投げる少年に呆れたような声が聞こえている。そしてつい、と視線を逸らされ列の割り込みを却下された男達は怒りに顔を赤く染めて乱暴に少年の肩に掴みかかった。
「…下手に出てりゃつけあがりやがって、テメー俺の顔を知らねーのかガキッ!いいか、俺はBランクの…」
「知らねーつったろ、ザコなんて興味ないね」
鋭い視線にも体に触れた手にも臆する事なく冷たく言い放った少年にいよいよ男達は丸太のような腕を少年に向けて振り下ろした──はずだった。
しかしその素早く重い一撃は誰もいない空を切る、瞬きをするその一瞬前までそこには少年がいたはずだというのに。1人の男が慌てて周りを見回そうとすると後頭部からの衝撃に崩れ落ちる。大男が倒れた音に仲間達も戸惑ったように周囲を見回すが、同じようにどこからともからともなく飛来した一打になすすべなく地に伏した。
何が分かっているかは男達にも周りの人々も分かっていなかった、ほんの数秒のうちに威勢の良かったゴロツキがすっかり大人しくなり少年の姿はない。
いや、違う、目に捉えられていなかっただけだ。中でも一番図体の大きな男の頭の上にふわりと軽く着地したのはローブをまとったままの少年だ、衣服にも何の乱れもないがこの状況を作り上げた張本人であると誰もが心で理解していた。少年は静まった辺りを見回して面倒そうに溜息を吐くと、首元から何かを取り出してそれを男達にも見えるように目の前にぶら下げてやる。一度身を強張らせた男達だったがその正体を悟ると哀れなくらいに震えだした。
「ヒッ、ヒィッ!はっ……!?」
「クリアカード…ッ、バッ、馬鹿な!そんなはずねえ!Sランク…!?」
「……はぁ。目立つから顔隠してりゃこれだよ、バカ避けの魔法ってのも考えなきゃいけない頃かもな」
ぶら下げられたそれは、冒険者としての格を証明するギルドカードである。Eランクの白から始まり、Dの緑、Cの黄、Bの赤にAの黒。そしてSの色無し、俗称クリアカード。まだ何者にもならぬ白ではなく、何にも染まらない強さを証明する透明。Sランク冒険者はこの世界に10人しか存在せず、その力はすでにただのヒトから隔絶している。生きる伝説と称されるほどの猛者。自分達と喧嘩を売った相手の力の違いをようやく自覚し、取り返しのつかない事をしてしまったと思い至った男達の顔色は青を通り越した白であった。その様子に鼻を鳴らして少年は気怠げにローブのフードを下ろす、現れた顔に男のうちの1人があっと間抜けな声を上げた。
「で、何?まだ用あんの?」
Sランク冒険者に最近名を連ねた一人は東の異国の民を思わせるまだ年若い男であったとやっと思い出した。その名はライム・クジョー。神話にある勇者の再来と評された正真正銘の化け物である。
「ちょっと勇者〜っ!なんで置いてくのよ!」
「そうですっ!勇者さんってばひどい!早起きが必要なら言ってください」
「いなかったから………心配した…………」
忙しない足音と共に部屋になだれ込んできたのは3人の美少女だった。腰に上物の剣を佩いた金髪のポニーテールの少女と、シスター服に身を包んだ大きな胸の少女、それと背丈の低い眠たげな表情の猫人族の少女である。
ドアには鍵をかけていたし、来夢のチェックインした宿は高級宿で宿泊客のプライバシーは守られるようになっている、それがSランク冒険者なら尚更のこと。機嫌を損ねたらどうなるか分かったものではないし、逆に気に入ってもらえるなら「噂」としてSランク冒険者御用達という箔がつく。だというのにこうも簡単に乗り込まれるというのは恐らく寄ってたかって従業員を問い詰めたのだろう、この姦しい3人組は見た目の若さに釣り合わない実力者達であるから。隠蔽魔法をかけるべきだったとこめかみを抑え、来夢は剣の手入れをする手を一旦止めて嘆息した。あえて言うまでもないがこの3人を置いていったのはわざとである、パーティを組んだわけでもないのにくっ付いてくる少女達に来夢は辟易としていたのだ。スキルの都合上疲労がたまりにくく、食欲も薄くなっていたから休む必要もさしてなく夜明け前に部屋を抜け出して驚異的な駆け足でこの国までやってきたと言うのに全てが水の泡だ。
「はぁ…」
「ちょっと!溜息吐きたいのはこっちの方だっての!」
「あのさ、何度言えばわかんの?役立たず連れてく趣味ないんだけど」
「…ひ、ひどいです、勇者さん、わ、私だってお役に立てます!」
「一度でも役にたってから言え。言っとくけど宿代出さないからな」
「大丈夫……勇者の部屋…行く……」
「懲りてねーなお前。鍵掛けるからな」
そして、より厄介なのが3人が揃って来夢に惚れているらしいということだ。よよよと泣き濡れるシスターに絆されてはならない、何だかんだいって夜這いの回数が一番多いのだ、シスターとは一体。なお全員全て未遂に終わっている、一度手を出すとマズイと本能で理解していたから故の行動である。日本にいた頃も整った見た目から異性には好意を持たれやすかったので慣れてはいるし最初のうちは悪い気もそこまでしていなかったのだが、何度その気がないと言っても纏わり付いてくる彼女達にいよいよ遠慮もなくなっていた。メンタル面も強いようで厳しい言い方も全く堪えていなさそうというのもまた悩みの種だ。
「わかるまで何度でもいう、お前らのせいで迷惑してるんだよ。オレがなんて言われてるか知ってるか?釣り師だ、女を引っ掛け回ってるからとかロクでもない誤解されてんだよ、お前らのせいで!」
「バァカ、あたし達がいなきゃこの比じゃないっての、感謝してほしいわ」
「ふーん、つまり同じメスを追い払うくらいしかできないってわけ?」
睨みを利かせてみても意味がない、どころか向こうも対抗して目付きを鋭くする始末。本当に好意を持っているのだろうか、いっそ報酬の横取り目当てとでも言ってくれたら嬉しいのにと来夢は眉間のしわを増やした。言い合ってもきりがないと剣を鞘に納めて腰掛けていたベットから立ち上がり3人を押しのけてドアへ手を掛ける。
「もーいい、例の件こなしにいく。邪魔でしかないから追ってくるな、付いてくるな、昼寝でもしてろ」
「ちょっと、どうしてよ!あたしたちだってAランクなんだからワイバーン退治くらい手伝えるのに!」
「ダメ、絶対譲んない」
「勇者さん、どうしてそこまで1人にこだわるんですか?」
今回の騒動は団体戦で取り掛かることがほとんど決定事項だ、知性のない劣等種とはいってもドラゴンはドラゴン、おまけにワイバーンの群れはBランク冒険者が数チームいなければ死者を生んでしまう。スタンピードとあればその比ではなくAランクチームの招集もかかる。1人で全て片付けるというのはその用意を全て台無しにするということでもあるが、来夢にはそれを以ってしても全てを黙らせられる自信があった、何故ならば自分には最高の力が備わっているのだから。
似たようなことを各地でもやって、少しの不満は持たれたものの死人が出なかったことと達成報酬以外素材などを欲しがらなかったことが幸いしてなあなあで済んできている。だから今回も撃ち落とし、切り刻んだドラゴン達は呼び出されただけの冒険者に押し付けて雑に解決するつもりでいる。
だが、その姿勢は異常だ。シスターの指摘は尤もなこと、別段来夢は人が嫌いというわけではない、うざったいと感じることはあるが関わりたくないとは思っていない。それでもパーティを組まず、1人であらゆる依頼に手を出すのはひとえにただ一つの目的の為。
「…あいつに勝たないといけないから」
唯一の敗北、経験不足と嘲弄されたあの黒い男を、勇者として呼び出された自分を見下すあの黄色い目を歪ませてやらないと気が済まない。
何の為に死んで、何の為にこの世界に来て、何の為に、何の為に、何の為に。どうして、また生きているのか。
その問いを来夢は何度も繰り返してきた、そして勇者になったのならばその立場に立っていなければいけないのに、それすらもあの男は否定したのだ、倒される側である魔王が、一欠片の情すらなく。それが苛立たしくて、憎らしくて、そしてどうしようもなく寂しかった。これだけの力を得て何の価値もなかったら、いよいよ何をするべきか途方に暮れてしまう。だから同じように異世界から呼ばれた花子の一言でやっと一つの道を見つけた気がした。
勝てば、何か変わるだろうか。剣を振れば全てが死んで、魔法を使えば全てが燃えるこんな退屈な異世界で、あいつに勝てたら。その事だけを考えて冒険者になって、つまらないことでもなんでも経験を積んできた。3人の声を置き去りにして被害のある山へと向かう、これもきっとあのいけ好かない男へ届くための一歩になると信じて。
こんな不健全に修行をしていると知ったら、同じ異世界の、いや日本人は呆れた顔をしたのだろうか、そんなことを考えた。
来夢の異常状態無効は人間の範囲に収まっているので、魔王とは違って完全に食事がいらないわけでも疲労を感じないわけでもないです。
下位互換というわけではなく人の身体と半神の身体の違いです




