帰ってきました
倒れている、魔王様が。玄関に入った途端膝から崩れ落ちてフカフカのカーペットに頭から突っ伏した。いつも元気よく光っている目は疲労からか暗くなっているし、顔から表情が削げ落ちている。私とサリバンさんは倒れた魔王様の側によってしゃがみこんだ。全く心配していないのは命に関わることじゃないからです、むしろサリバンさんに至っては薄っすら笑っている気がする。長い長い溜息の後魔王様はゆっくり目を閉じていつもより掠れた声で呟いた。
「もう俺はダメだ…」
「死なないで!しっかりしてください魔王様!」
「そうだ、外傷は無いぞ」
「楽しむな」
ラヴィニアさん家のお泊まりは相当なストレスだったみたい、とはいっても私達の茶化しに反応してくれるくらいには気力が残っていたみたいだけど。魔王様って疲れないって前に言ってたけど、喜怒哀楽が一応備わってるわけだしストレスは溜まるんだろうね。そもそもストレスって状態異常じゃないんだからスキルで弾かれたりはしないのかな。まぁ今日は可愛い羊さんに抱きつかなくてもぐっすり寝られるんじゃないでしょうか。しゃがみ込んだまま魔王様の後頭部を見ていると、またまた長い溜息の後にごろりと身体が反転してかなり不満そうな顔が私達を見る。
「ちょっとは優しくしろよ、最悪の一泊二日だったんだぞ…」
「優しくと言われましても…魔王様にとって、嬉しいことってなんなんです?」
「楽しく時間が潰せること」
「ハナコ、茶でも飲まないか」
「あ!いいですねー、私、ちょっと豪華にアイスコーヒー飲みたいんです!」
「待てコラ仲間はずれにすんな!」
真顔で贅沢な事を言い出す魔王様からさっぱり視線を外して、私とサリバンさんは立ち上がる。せめて愚痴を聞いてほしいとか慰めてほしいとか言ってくれれば私はその通りにしたんだけど、通常運転でしたね。立ち去ろうと足を進める私達に、魔王様は少し驚いたのか萎れていた声を高くして立ち上がった。2人してその焦った様子を振り返って確かめることもなく談話室へと向かう、ちなみにちゃんと魔王様の分は用意してあげるつもりだったんだよね。置いていこうとはしたけども。
「だって頑張りましたねとか言われても魔王様って回復しないんでしょ?」
「まぁね。褒められて嬉しかったことってそんなにないかな。びっくりされる方が好き」
「そろそろムカついたりもしなくなりそうです」
「え…何?」
談話室に入って3人分のグラスを用意する、これは特別製で注いだ液体がみるみるうちに冷えるもので夏場はかなりありがたい存在。定位置とばかりにソファに身体を投げ出した魔王様の行儀の悪さにはあえて何も言うまい、家主っていうか城主ですしね。居候が言っていい事にも限度ってのがありますから。それにしても日本ではインスタントで雑に飲んでたコーヒーが贅沢品ってのが可笑しくて笑っちゃいそう、チョコと並んで存在しててくれたのは嬉しいけど味の期待はしちゃダメだよね。あと、ケーキと一緒に送ってくれたロクサーナさんには感謝しなくちゃ。
にしても、褒められてもそこまで嬉しくないとはなんたる贅沢なのか、コーヒーの比では無い。褒められるところがいっぱいある人はよござんすね、こっちは成人してからというものろくに褒められた事なんてないんじゃい。私にコーヒー淹れる才能があったらちょっと渋くしてたところ、まぁ才能弱者の僻みでしかないけど。私の不機嫌を察してくれたのかサリバンさんは小さく肩を竦めて魔王様に視線を投げかけた。
「お前には可愛げがないと言うことだ」
「必要?俺一応オスなんだけど」
「俺達のために必要だ」
「そ、そっか…」
サリバンさんにずいっと顔を寄せられて魔王様が疑問符を浮かべつつ頷いた、なるほど、魔王様にも圧は効く。思い返すと意外と押されると流されるとこあるね。少し萎縮した雰囲気のままサリバンさんから少し距離を取って、魔王様は躊躇いがちに私を見た。
「具体的に可愛げとは…」
「まず…ナチュラルに見下すのをやめるところからですかね?」
「見下してねえよ!お前なぁ、俺と同じことしろって言うのは蟻に鯨になれって言うのと同じだぞ」
「言いたい事は分かるがお前の言い方が癪に触る」
「そういうとこですよ」
「えっ…ご、ごめん?」
確かに魔王様はほら、簡単でしょ?みたいな真似はしないけど自分が強いっていうのが常識として染み付きすぎてるんだよなあ。勿論魔王様は強いし別にそこを鼻にかけてるわけでもないから全然おかしなところはないんだけど、だからこそ悪意なく周りを刺しにくるというか…うん、魔王様からしたらわがままもわがままなんだけど壁を感じる。うちはうち、よそはよそがハッキリしすぎてるって感じ。いまいち言語化しにくいままテーブルにアイスコーヒーを置いて、私もソファに腰掛ける。
「確かに魔王様は世界レベルで強いですけど」
「どうした急に褒めて」
「いや褒めてないんで」
「えっ」
「他人に興味を持てと言っている」
「なんでお前らの見る俺って血も涙もないの!?持っとるわ!!」
「お前の接し方はいずれ失うもののそれだ」
サリバンさんの言葉を聞いて魔王様は目を丸くした、まるで言われて初めて気が付いたって感じだ、それが当たり前でそこを責められるとは思わなかったのかもしれない。多分そこに寂しくなるからとか可愛らしい理由はないんだろう、だって魔王様だし。言い方は悪いけどペットと同じだ、自分と同じ時間は生きられないけど生きている間は仲良くしようっていう線引き。別に何も悪くない、むしろ普通で健全で私やサリバンさんが勝手にモヤモヤしてるだけなんだ。自分とは違うって扱いをされるのがちょっと悔しいんだ。瞬きをする魔王様を一瞥して、サリバンさんはゆっくりアイスコーヒーを飲む。グラスの中を見つめる目が少しだけ揺れたような気がした。
「俺は死なないし、ハナコだってまだ生きる。みっともなくだらしなく縋り付いてみろ、それが可愛気だ」
「…それさっきやりましたけどぉ〜?」
「あれはウザ絡みです」
だらしないところを見せてくれるのは嬉しいけど、魔王様は多少交流のある人なら誰にでもやる。そういうのじゃなくて私達に出来る様な甘え方とかをしてほしい、出会って半年かそこらだけど逆に言えば半年も一緒にいるんだから。それにサリバンさんに至っては1000年モノ、寿命とか、スペックの違いとか考えないで普通に接したっていいんじゃないかって思うのです。魔王様に普通は難しいと思うけど、きっと2人は友達になれるはずだし私もいつかそうなりたい。未だに釈然としない風の魔王様を見てちょっと苦笑してしまう。
「じゃあ魔王様、暇つぶしに今度3人でゲームでもしませんか?」
「ゲーム?ハナコが作るのか?」
「まぁ子供騙しみたいなものですけど」
「……1つだけ頼みたい」
「はい?」
すごろくみたいなものを予定してるんだけど、期待値高く持たれちゃったんだろうか。それはかなり困る、ちゃんとここで訂正しておこう。期待されるのは嫌いじゃないけどプレッシャーは嫌いなんだよね、わがままだとはわかってますよ。思わず唾を飲み込むと、魔王様はいつになく真剣な眼差しで私を見つめた。
「ラスボスとやらに俺は持って来ないでくれ」
「…そんなに気にするんですね」
今のは可愛げがある回答でしたよ、とは笑いを堪えてるサリバンさんを小突く魔王様には言えなかったのでした。
ちょっとぶりです。




