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教会に行きました

こっちにきてもう少しで3ヶ月。うまくお金も使えるようになって、たまに他のお店のバイトにヘルプ入ったりしてなんとかカツカツにならずに生活していけるようになった。さて、私は社会人ですから初任給こそパッと使ったわけだけど基本的に無駄遣いはしない事にしてる。いつ何があるか分からないし、何より税金とかあるかもしれないしね。ふふ、ごっそり持ってかれるあの絶望感、思い出したくない。でも私こっちにきてまだ一年目だし所得税とかどうなってるのかって聞こうとしたら何とこの世界、税が一般的ではありませんでした。農業者、商人にだけその義務があってただの従業員は給料から天引きされているから冬を越す蓄えに使うことが普通なんだそうで。


「ありがたいけど、脱税者の気分…!」

「引かれてるっつの。いいじゃん自由に使える金があって」

「世界観ギャップはしょうがないんですよ!」


にしても、消費税とかもないんだね。こっちには年金とか皆保険制度とかがないからそんなものなのかな。稼いでる人だけ払えばいいよって事だし、なんか優しい。インフレとかの公共事業にお金使わないのかな、その辺は民間に委託してるとかそういう感じ?簡単な事しか習ってないからそのうち自分で調べたほうがいいかもしれないね。


「うーん、意外と成り立つものなんですね」

「違う違う、成り立ってないから税を課す相手を選んでるんだ」

「え、そうなんですか」

「職のないものにまで課税などしたら、暴動が起こる」

「あ、なるほど」


そっちか、平和な世界にいたからちょっと考えが回らなかったな。日本にも職にありつけない人はいたけど暴動が起こるなんて話は滅多に聞かない。国とか社会に不満を感じて馬鹿な行動に出たり自殺したりっていうのなら分かるけど団体で抗議っていってもどこかに押し入ったり物壊したりはしないし。デモは警察が見張っているっていうのもあるけど、多分団結して何かすれば変わるなんて思ってないって事なんだろう。人がいれば解決するとも思ってないし他人に付き合うつもりもそんなになさそう、日本人は基本的に事勿れ主義ですから。ただこっちは無職の浮浪者がそのまま裏ギルド…ヤクザみたいなものか、そういう危ない所に行ったりして治安を悪化させるって事が珍しくないから下手に刺激しないように取れるお金だけ取る方式なんだって。ちなみに戸籍とかもないから全員から取ろうとすると面倒なんだって聞いたけどそれは是正したほうがいいと思うんだよな。


「うーん、どうしよう…このまま貯金しようかな…」

「いつ死ぬか分からないんだから使える時に使えよ」

「いつまで生きるかも分からないでしょ!」


魔王様のお城にいれば病気にもならないし、怪我だってすぐ治るんだろうけど私はずっと引きこもってるわけじゃないし欲しいものだってまだある。かといって散財する勇気もないから貯金という安定を取りたいんだけど、ピンと来ないんだろうなぁ。お金だっていっぱいあるし…そういえばなんかこの前宝物庫覗いてみたらキラキラの量が増えてた気がするんだけどまさか盗んだりしてないよね?というかあれ交友関係が狭い魔王様がどうやってゲットしたんだろう。


「悩むなら、布施をしたらどうだ」


違う方面で悩みだした私にサリバンさんは助け舟を寄越した。お布施、そういえばノル様にはお祈りだけで何もしてこなかったなぁと思い出す、本人が構わないと言ってくれたのもあるけどお世話になっているんだし何よりそういう慈善事業に近いことなら後ろめたさもわかないよね。ナイスアイディア。そこまで重くもない皮袋を握りしめて私は生まれて初めて教会というものに行く事にした。



魔王様に確認すると、ノル教の教会はカロン村よりもっと遠いクルエナ村にあるらしい。本当なら歩いて向かうべきなんだろうけど明日も明日でバイトがあるし転送具でパッと移動させてもらった。うーんこれは本当に便利、高いんだろうな聞いてみたらお手製らしいから気にしなくていいって返ってきたけどタダが一番怖いし何より高スペックの人の手作りとか余計レアだよね。そして見上げた教会は教会ってよりは…小屋って感じ。年季が入ってガタついた扉を開けるにも壊してしまわないかと不安になった。ノル様が降格寸前と言われていた理由がはっきり分かる。中には随分腰の曲がったおじいさんがぼんやり座っていた。奥に見える祭壇らしきものは中々立派でそこだけは綺麗にしているんだと少しだけ安心した。おじいさんはというと中をきょろきょろ覗き込む私を不審な眼差しでみている。


「あ、すみません、こちらノル教の教会であってますか?」

「………はい?」

「あ、間違えてます?」

「いいえ、ノル教ですが…ええと何か?」

「その、えっと、心ばかりのお布施を」

「お布施ですと!!!!!」

「うわぁ!?」

「お、おお、お、おお!も、もしやこれは夢!?ノル神!この老骨に最期の夢を!?」

「ち、違います!現実です!あ、でもそんなに高額じゃなくて…」

「いやさ、構わぬ構わぬ、商いの神でもないでな」


ぼんやりしていたおじいさんは見た目にそぐわないアグレッシブさで私に駆け寄り肩を掴んだ。腰なんてすっかり曲がっているのになんなのその速度は、そんな私の疑問はボロ切れ同然のローブの隙間からは狼のような耳が見えることで解決した。狼人族だ、老人だけに…いややめよう、全然面白くない。しかしこんなにこんなに期待されちゃうと申し訳ないな、私が持ってるお金といえば銀貨たったの8枚でこの今にも崩れそうな教会を整備するだけのお金にはなりそうもない。思わず俯いて声も小さくなってしまう。


「本当に…金貨とかじゃないんです」

「うむ…まぁ、正直にいえば惜しいが、高いほど良いというものでもなし大事なのは感謝の気持ちじゃて」

「そう言っていただけると」


俗っぽいことを言ってくれたのはわざとなのか天然なのかは分からないけど、聖人じみたことを言われるよりはそっちの方が全然良心が痛まないしありがたかった。苦笑しながら皮袋を渡すとおじいさんは嬉しそうに笑ってくれて思い出したように私の顔をまじまじ見てきた。


「あなたはこの国の人間ではありませんな」

「あ、はい、えーと東の方から」

「なるほど、なるほど。旅の方にも親しんでいただけるとは誠にありがたいことですな」


嘘は言ってない。私はちゃんと東から来ました、異世界的な方角ですけど。教会って場所で嘘を付くのが申し訳なくて視線を逸らしてしまったけどおじいさんは納得したのか数回頷いてくれた、旅人が珍しくないってことが有り難い。改めて周りを見渡してみるとベンチは綺麗にされてるけど天井にはちらほら蜘蛛の巣が見えて人が歩く場所しか整備されてない感じだ、もうちょっとやりようがあるんじゃないかなって思うけど腰の曲がったお年寄りじゃ天井の掃除は辛いかな。


「ええと、お一人でここに?」

「はい、教祖なのでな」

「教祖様!?」


驚く私に照れ臭そうにおじいさんは頭をかいた。神父さんかと思ってたら開祖の方でしたか、うーん出来て100年って話だし不思議ではないか。この世界の宗教って巡礼みたいなことをする必要はないらしいし、お祈りさえ欠かしていなければ信者の資格はあるっぽい、なら教祖様に会う必要もないってことなんだ、不思議な。じゃあここって教祖様の為に作られた教会って事なのかな、それはなんというか淋しい。


「えっと…失礼なことを聞いても?」

「はは、信徒の数でしょう?うん、70人ほどいれば上等でしょう」

「そんな…」

「ノル様には、おそらく肩身の狭い思いをさせていらっしゃるでしょう」


眉を下げる教祖様は本当に申し訳なさそうに祭壇の方を見つめた。うん、実際窓際族って感じしたな、ノル様の人気がなくてと半泣きになっていたあの顔を思い浮かべてゆるく頭を振った。


「…これは救いなのです、私のエゴといってもいい」


教祖様はポツリと呟くと祭壇前のベンチに座り込んだ。いきなりの話題に面食らったけど数秒してノル教を作った理由なんだと理解した。なんとなく背筋を伸ばして教祖様が眩しそうに細めた目を見つめる。


「ヒトというものはどうしても特別に惹かれたがります。とびきり幸せになりたいし、そのくせ一番不幸になりたがる。恥ずかしながら私がそうであったという話ですが」

「…分かる気がします」

「はは、お仲間ですね……私は、あまりにも非才でした。足掻いても足掻いても上には上がいて、下には下がいて、足掻き続けるほどの胆力もなかった。何も、なかったんです。だからこそ、特別でなくて、ありふれた何かのまま、つまらない人生を過ごしてそのまま終わっていいのだと思いたかった」


声はどこまでも穏やかだったけど、横顔は随分苦しそうに見えた。多くのヒトは輝かしい人生を選ぶとノル様はあの夢の中で言っていた、それはそうだと思う。私だってそうしたい、綺麗になりたい、強くなりたい、賢くなりたい、お金持ちでいたい、才能がほしい、誰もが羨むような成功だけを掻き集めたまま人生を終わらせられたらいいのに。何より、その全てを努力せずに生まれたというだけで享受したい。聞く人が聞けば馬鹿らしいと笑うか怠け者だと怒るかのどちらかだと思う。1つでも恵まれたものがある人には分からないんだ、身の回りの人間に比べて何の特徴もなくぼんやりとしか生きてこられなかった人の気持ちなんて。リスクは嫌だ、失敗するのは嫌だ、何よりも成功しないのが嫌だ。そんな身勝手な主張を許されたいと思ってしまう。教祖様の言葉は、ずっと私の近くになった気持ちで頷くことも笑うこともできなくてぼーっと立ち尽くしてしまった。私が死んだって話は一体どのくらいの時間覚えていてもらったんだろう。


「そんな私の醜い願いなんですよ」


疲れたようにこっちを見て笑った教祖様に、私はまだ来てもいいかって事しか言うことが出来なかった。






教会から出て銀貨8枚分軽くなった足を止めると小さく息を吐いた。なんか辛い、同じ気持ちのヒトがいたってことは嬉しいけど、はっきり見てこなかった怠け者の自分を見た気分で勝手に自己嫌悪。なんでまた来たいなんて言っちゃったのかな、噎せそうな埃のせいだったのかな。ボロいあの扉を振り返る気にもならなくて、かと言って逃げ帰りたい気持ちでもなくて宙ぶらりんのまま足元を見つめた。


「…あ、ラッキー」


雑草の中に四つ葉のクローバーが隠れるように生えていた。この世界でも幸運のしるしかは分からないけどほんのちょっとだけ嬉しくなって摘んでみる。これが珍しいのかどうか聞いてみようかって2人の顔を思い浮かべたらちょっとだけ帰りたい気持ちが生まれてきた、単純なんだな私。苦笑いして転移具を起動した。ちょっと苦しくてもまた来よう、小さな幸せをくれる小さな女神様を思いながらそう思った。


ふわっとした雰囲気の話を書くのが好きです

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