勇者に会いました
私達は基本的にお互いに干渉しない。あ、仲が悪いわけじゃないんだよ、なんていうか自由意志の尊重っていうか最初の頃から何をするにも最終的な意思決定は私に任せてくれていたし、話したくないことは話さなくていいし、聞かれてもいないことを話さなくてもいい、そんな感じ。
だからサリィさんにサリバンさんが夜何をしてるのかとか、ふらっと出掛ける魔王様が何をしてるのかも私は知らないし、2人も私が話す以上にバイトで起こったことは知らない。関係は希薄に見えるけど話したくもないことを強要されてた現代人の私的には有り難い話だった。もっとも私が広いお城で1人っきりっていうのが寂しいのでみんなに予定がない日やバイトがない日は談話室で交流を図っているんですけど、話題は本当に他愛の無いもので。まぁね、何が言いたいかっていうとそういう気楽さは大好きなんだけどものには程度っていうのがあるでしょ。
「ぎゃあああああ!?」
「あ、すまん」
いきなりボロボロの人を担いで血塗れで帰ってこないでください。一般人は腰を抜かしてしまいます、しまいました。大理石の床にへたり込む私に魔王様はちょっとバツの悪そうな顔をした。その顔はどっちの血かわからないものでべったりしてるけど。心臓の音が他の人にも聞こえるんじゃないかと思うくらいにうるさくて指先までどくどくという血の流れを感じる。ファンタジー世界に来て存在だけしか知らなかった闘争の後を確かに認めて、頭が真っ白になる。震える身体を押さえつけて必死に喋ろうとするのにちっともまともな音にならない。あぁ、完全にパニックなんだ、私。
「ど、ど、ど…」
「おー大丈夫、大丈夫、ちょっとした致命傷だから」
「な、何が、だ、大丈夫ですか!」
「はは、すまん。なんか飲み物持ってきてくれる?」
やっと単語が言えたのは魔王様の鎮静の暗示だろう、足にも力が入って立ち上がれそうだ。それでも、かなり怖い。どう見ても非常事態なのにへらへらしてる魔王様が怖い。この強い人に限ってそんなことあるはずないのに死んじゃうんじゃないか、とか担がれてる人がどうなのかとか、落ち着いた頭で考えたくなくてほとんど逃げ出すように食堂へと走った。
ロビーには、まだサリバンが残っていた。美しい瞳は駆け出した女とは違って少しも揺らがずに2人を観察している。
「殺したのか」
「まさか。瀕死だがお互い様だ」
「手加減はしたんだろうな」
「……へへへ」
「馬鹿だな」
「そういうな、互角の戦いだったんだから仕方ないだろ」
「…互角?」
サリバンが眉を顰めたのも無理はない。7000年の生きた歴史であり遥か昔には災厄とも称された者と互角に渡り合える者がいるはずがないのだ、それに相手が始祖龍や大聖霊ならまだしも担がれているのはどう見ても年若い人間である。それを信じろと言われても難しいものがある。けれど言った本人はというと自信を喪失したどころか愉快そうにからからと笑っている。
「おう、戦闘経験の違いだけで決まった。久しぶりに楽しかったな」
「…馬鹿だな」
「そう何度も言うなよ、凹むだろ」
「心配しそうになったぞ、ルカ」
「ごめんごめん」
微かに細められた赤眼に魔王は苦笑を漏らしたのだった。
あの後、よく冷えた水を魔王様に渡しに行ったら帰ってきた時より傷が減っていました。てっきりサリバンさんが癒しの魔法とか使ったんだろうと思ったんですが魔王様は自動回復のスキル持ちだからほっといても治るそうです、ふーん。不安だったり心配だったりした気持ちを返せとも思わなくもないでけど、ふーん。まぁ、無事なら全然いいです。他にも聞きたいことはあったけどその日はグッと堪えて翌日に質問責めにさせてもらいました、昼にはかすり傷が目立つだけくらいには回復してたよちくしょう。
魔王様はここ最近、異世界召喚の儀式をした国を探っていたんだそう、この国にとっては時空に穴を開ける?っていうのが神様への大罪に当たるらしくてそのお仕置きを任されていたんだって。えー、私そんなこと全然知らずに生きてたんだけど、あ、呼ばれた側はむしろ被害者だからお咎めなし?やったー。えっと、それでその国は実際のところ大したことなくて…いや、魔王様基準でしょうけどね、1日で絞れるくらいのレベルだったから国が滅んだ後民が苦しむ事がないように周辺諸国に掛け合ってどっかの属州にしてもらえるように交渉してたんだって。
だけどまぁ、魔王なんて存在神話だけのものって考えの国が多かったらしく、そのうえ禁忌に手を出した国を受け入れるっていうとどの国もYESとは答えてくれなかったわけで。紳士的かつヒトに配慮した交渉をしていた魔王様は思うようにいかず、時間だけが無駄に過ぎていくのに非常にイライラしていたんだって。なるほど、ここ最近のイライラはそれですか。最終的にキレて宝物庫の邪魔な宝剣をミスリル貨入りの樽にぶっ刺して各国王がいる前に蹴飛ばして脅し…交渉は終了、晴れて後をお願いする国が決まったのでその足でお仕置きをしにいったと。うん、突っ込まんぞ。
えっと、それでですね、昨日担いでいた人は誰かというと私と同じで向こうから召喚された人らしいです。
「………」
「え、えっと…」
「自己紹介、してくれるかしら?」
「…………九条、来夢」
この愛想のない高校生くらいの少年、魔王様と同じ擦り傷が目立つ九条くん。なんとなんと7000年ぶりの勇者らしいです、わー、すっごーい。なんと魔王様の報告によるとレベルはお揃いの999、うわーラノベの主人公じゃーん、異世界チート系の主人公じゃーん。
いや、ダメ、現実見よう私。流石に殺し合いした昨日の今日で話せないからって魔王様からサリィさんと協力して上手いことコミュニケーション取ってねって無茶振りされているんです。何してくれてるんだ、それを断れないだけの恩はありますけど!気まずい空気に咳払いして九条くんの前に一歩進んだ。ここは一応私達の部屋と同じ様式の空き部屋で、捕虜って感じで連れてきたわけじゃなくて保護扱い。だから私もそんなに居丈高に接する必要はなかったりする。
「九条くん。君もこっちに飛ばされてきたんだよね?」
「そう」
「え、えっとー、なんか食べたいものとかある?」
「別に」
うん、取りつく島ない。さっと振り返ってサリィさんにヘルプを出す。
「どうすればいいんでしょうこれ…」
「答えてくれるだけありがたいと思うしかないわね」
九条くんにはサリィさんの魅了は効かない。なので根気よく話題を引き出すしかないんだけど、これじゃなぁ。くっ、サリィさんに及ばずとも私ももうちょい美人なら思春期の興味を引けたかもしれないのに。
「…なぁ、あんたさ」
「あ、私!?田中です!田中花子って言います!」
「は?何それ、マジで言ってんの?変な名前」
「き、君だってキラキラネームでしょうが!」
「俺ハーフだから」
「…か、関係、なくない?」
虚しい思いを抱いていたところに声をかけられ、舞い上がったところを容赦なくノックアウトされてしまいました。ライム、なんてハーフだからで済む名前?いや最近の若い子的にはシンプルに入るんだろうけども。よくよく顔を覗いてみれば顔立ちはすっきりと整っていて中々イケメンのうちに入る顔、まぁサリバンさんの前ではフツメンなんだろうけど名前といい勇者って役職といい本当に主人公みたい。それが魔王様に負けたんだっていうなら…そりゃふてくされるか。機嫌の悪い九条くんに私はなおも話しかけ続けた。
「あの、さぁ。九条くんはここで何かしたいこととか、あるの?」
「………別に。もう負けたしゲームオーバーでしょ」
「ゲームって…私たちここで生きてるんだよ」
「一回死んだのに?」
「それは…」
それはそうだ、私だって死んでいる、確実に。二度目のリスタートだヤッホーなんて思って今まで生活してきたわけじゃない。それに九条くんは勇者だ、チート転生ってやつをしてそれを足掛かりに生きていくつもりだったんだろうに、それをいきなりへし折られてすぐに立ち直れるはずがない、だって彼はまだ少年なんだから。何も持たなかったからこうやってぼんやりと生きられている私には、全てを持っていてそれを否定された彼にかける言葉なんて浮かんでこなかった。ゲームなんて言い方はあんまりだけど、私達がずっと生きていたのは海に浮かぶちっぽけな日本なんだ。
「…じゃあずっとそうやってむくれたまま、二度目の死が来るのを待つつもりかしら。大層な話ね」
「な、お前分かったつもりで…!」
「分かってないわ、あなたつまらないし、理解する必要もないもの」
私達のやり取りを眺めていたサリィさんがいきなり口を開いたかと思えば九条くんにキツめの言葉で殴りかかった。絶世の美女につまらない扱いされたら並の男は大体が凹むんだろう。だけど九条くんは別の意味でショックを受けたらしく目を見開いてサリィさんを見ていた。それを冷たく見返したサリィさんは私の手を取るとドアの近くへと進んでいった、え、もしかして置いていくの!?
「餓死したいならそうやって踞って死を待つ事ね、坊や。さ、行きましょうハナコ」
「あ!サリィさん!ちょっと!」
そのしなやかで細い腕にどれほどの力があったのでしょう、私の抵抗虚しくドアの外へと引きずり出されてしまいました。ドアが閉まる瞬間九条くんはどこか苦しそうな顔をしていた気がするけど、それを確かめにドアを開けるほどの勇気は私には無かった。
「ど、どうするんですか!魔王様から話聞いてって言われてたのに!」
「ダメダメ、アレに何言ったって無駄よ。それに生きたい意思もない人間に手を貸す必要はないわ」
「そんな…」
「私達はね、聖人じゃないの。ハナコを助けたのはあなたがふわふわしながらも一応生きる意志があったからよ」
優しく私の手を離したサリィさんだったけどその声は冷たいものだった。怒っている、のかな。顔をしかめてはいなかったけど綺麗なルビーの目はなんだかピリピリしている。でも放っておくのは非情すぎる、彼は何も知らない異世界からの人間で儀式とやらに巻き込まれた被害者なわけなのだし。つい俯いてしまうとサリィさんはそんな私の考えを見透かしたように朗らかに笑って頭を撫でた。
「ま、お腹空いて泣きそうだったら考えてやってもいいわ」
「い、いい笑顔」
星が輝き月も高くなった夜更け。コンコンと窓のガラスを叩く音に来夢が振り返るとそこにはコウモリのようにぶら下がった魔王の顔があった。細められた目は三日月のように輝いている。その笑顔を見た瞬間来夢の冷えた眼差しは炎のごとく燃え上がった。
「あいつらに振られたんだって?意地はってどうすんの?」
「魔王……ッ!」
「また負けるか?」
「もう負けねぇ!」
「今のお前と俺じゃ絶対無理だと思うけど?」
ガラス越しにいたはずの魔王は瞬きのうちに部屋の中へと入り込んでいた。ベッドから立ち上がった来夢の鼻先に敵意を感じさせない微笑みが迫っている。突き飛ばそうとした瞬間、魔王の身体は真後ろの壁に張り付いていた。戦闘の時に散々翻弄された転移魔法だ、戦闘面の訓練しか城で行なっていなかった来夢が苦戦を強いられたのは無理もない。つい舌打ちして視線を後ろに投げる。
「お前さ、分かってないの?利用されようとしてたこと」
「何言ってんだ!お前が魔獣操ってレイテを襲ってたんだろ!」
「操ってねえ、俺の子はあいつらの意思でレイテを襲った」
「信じるわけないだろ!」
「あっそ、レイテが何したか分かってても?」
一方、魔王はというと少年の敵意など痒くも無いといった様子でため息をつき頭をかいた。花子はなまじ凡庸だっただけに道がなくても歩いていけたがこの勇者は梯子を外されたようなものなのだろう。そもそも魔王が万が一勇者が召喚され、自分より強くなる可能性を考えて特急で動いた計画だ。レイテ国王も魔導師も気が付かなかったろう。下手に戦に出さず王宮でもてなしていたことも手伝って来夢はただ強いだけの少年というまま魔王と争うことになった。それでも互角に撃ち合えたのはスキルの恩恵もあるが賞賛に値する。しかし、無知だ。それではどんな優れた力も持ち腐れであろう。
魔王はまたもや転移をすると来夢の額に人差し指を当て魔力を通した。攻撃かと体を強張らせたがそこから痛みを感じることはなく、レイテ国王と魔導師の密談、勇者に隠れて罪も無い平民を甚振る軍人の姿、一方的に魔獣を襲う小隊の映像が流れ込んできた。今までいた国が正義なのだと思い込んでいた勇者はその悪行に目を見開く。
「んだよ…これ」
「嘘だと思うかはお前の勝手。じゃな、飯食いたかったらサリィに土下座すれば許してくれると思うぞ」
それ以上に語る言葉などないと余裕綽々に魔王はドアへと歩き出した。背後からの奇襲など全く考えてもいない態度に来夢は歯噛みする。何故、と答えなどない思いが頭を支配した。自分こそが勇者だ、世界の中心だ、主人公であるべきはずなのに!ただ無知のまま、侮られ操られそうになっていたのが自分だなどと信じられるものか!
「なんでだよ…魔王は、お前は!悪者のはずだろ…!」
「あ、それね、もう過去の話だから。おやっすみ〜」
その子供じみた糾弾に魔王は扉の前で振り返った。少しも気分など損ねていないという調子の微笑みは一層来夢を虚しくさせる。
ドアが閉まる、また置き去りにされた少年の瞳からはどんな感情からか一筋の涙が溢れていた。
勇者にはひと騒動起こしてもらおうとしたんですが、存在を知りながら放置は長老達が無能に見えるだけなので早期解決に走ってもらいました、まぁ魔王も効率厨ですからね。




