魔獣に会いました
王城のロビーには大きな黒い獣がいた。まるでずっと夜にいたみたいな真っ黒な毛並みを魔王様は気安く触っている。獣の赤い目は睨まれただけで震え上がってしまいそうなのに撫でられているのを気にしていないどころか嬉しそうに魔王様にすり寄っている。
「…そう言われてもな」
「グルル…グル……」
「お前が家族を殺されて腹が立っているのは分かってる。だがそこで国を襲ってみろ、お前達を襲う大義名分を人間共に与えるだけだぞ」
「バウッ!グルルルル、ガアッ!!!」
「んー、そうだな、殺されたなら殺し返していいと教えたのは俺だが」
唸り声というか鳴き声でしかないけど魔王様には獣の言葉が分かっているらしい、困ったように眉根を下げて少し考えるそぶりをするとどこからか金色の腕輪のようなものを取り出した。
「仕方の無い。これを持って帰れ。使い方は賢いお前なら分かるだろう」
「……クゥ、ガウ」
「そういうな、この生活も慣れてる」
なんだか悲しそうに項垂れる獣に微笑みかけて魔王様は首元を撫でてやっている、獣の大きさが大きさだけに食べられそうになってるようにしか見えない。気持ちよさそうに獣が目を細めると魔王様は見たことのない残酷な笑顔を浮かべた。思わず冷や汗が出る。
「さぁ行け、だが復讐に牙を剥くのなら怒りではなく誇りを以って殺す事だ」
「アオォーーーーン!!」
鼓膜にビリビリくる雄叫びを上げた獣は颯爽とロビーから駆け出し王城を出ていった。そして平然としている魔王様を見て私は改めて思ったのでした。
「魔王様って、魔王様なんですね」
「魔獣の王ですもの」
驚き呆気にとられる私にサリィさんの優雅な微笑みが降り注いだのでした。
珍客が去った後いつものように談話室でだらだらとする事にした私達。いやぁ、ロビーにあのデッカいのがいた時はめちゃくちゃびっくりしたし私がもう少し近くにいたら粗相してたところだよ。あの獣私を見た瞬間物凄い殺意を向けてきたし…あ、魔王様が文字通り飛んできたから大事には至らなかったんだけどね。寿命が何年か縮みましたとも。まぁ次が無いとも限らないしと聞いてみる事にしました。
「ん、あいつ?ヘルハウンド」
「なんか聞いたことある…怖いやつですよね…」
「まぁ、俺の子供は基本襲わなきゃヒト襲わないよ」
魔王様はベッドに出来そうな大きなソファに寝そべりながら自家製のドライフルーツを齧っていた。食事は相変わらず必要ないみたいだけど軽食とかおやつ系なら暇つぶしに食べてくれるようになったんだよね、いい事とか悪い事とか判断するのは失礼だけど私だけが食べてるってちょっと気分悪いし嬉しいかな。シロップ漬けの時の反応を見るにもしかすると甘いものが気に入ったのかもしれない。
えっと、それでヘルハウンド。オカルト好きの私の知り合いから聞いたことがあるよ、イギリスの怪談とかに出てくるおっかない犬だよね、死の先触れとかなんとか。その喉をわしゃわしゃ撫でる魔王様、さすが魔王。
「どんな話をされていたんですか?」
「あぁ、人間を皆殺しにする為に協力してくれって」
「…それ私がいる前でよく話せますね」
「なんで?ハナコは関係ないだろ」
いや、そのぉ、種族的にさぁ。あのヘルハウンドが私に対して殺気を放ったのはそういう事だったんだよね、魔王様が取りなしてからは渋々といった感じで抑えていたけど嫌いなんだろうなぁ。それに復讐とかなんとか言ってたし、多分人間にひどい目に遭わされたんだろうな、いくら関係がないって言っても胸が悩むし、部外者だからこうやって簡単に同情してしまう自分のズルさに腹が立ってしまう。いかんいかん、頭を振って話題を無理やり考えた。
「え、えーーと、魔王様が現存する魔獣を作ったっていうのはやっぱり本当ですか?」
「勿論。まぁテンションおかしいときに産んだのはあんまり直視できないけど」
「…全体としてどれくらいいるんですか?」
「沢山いるぞ!」
魔王様はだらけていた体をガバッと起こして嬉しそうに笑っている。もしかして魔獣のことを話せるのが楽しいのかな?多分そうだな?いつもはちょっと眠そうというかつまらなそうな表情筋が活き活きとしていらっしゃる。顔はデレデレだけど。うわ、アレだー、これ取引先のお偉いさんのおじさまが孫自慢する時の顔にそっくりだ。何度も見た日本での光景を懐かしく思っていると今まで何処かへ消えていたサリィさん、あ、いや今はサリバンさんになってる。談話室に入ってきたと思ったら何だか分厚い本を私に見せてきた。
「これを見た方が早い」
「あぁーーー!バカ!!お前!!!」
「ヘルハウンド。強くてデカい。爪が鋭い。毛並みはツヤツヤ」
「あーーー!!!」
「キマイラ。ちょっとやりすぎた…かっこいいけど3つ頭があるから混乱しやすいっぽい。反省」
「ぐあーーーー!!」
だらしない笑顔から一点、サリバンさんが持ってきた本を音読されるたび魔王様は身悶えしながら奇声をあげはじめた。振り返りながら本を見せてもらうとそこには上手なイラスト、それと矢印とともに一言コメントが添えられている。うん、図鑑並みによく出来てるんだけどこれって。
「中学2年生の自由帳じゃないですか……」
「だー!もう返せバカ!人の純粋な心を弄びやがって!」
「ふっ」
「鼻で笑うなーー!!」
真っ赤な顔でサリバンさんに詰め寄るやいなや本を取り上げた魔王様。この人本当に7000歳のレベル999なのかな。若さを失わないのはいいことだけどもうちょい威厳とかに気を遣った方がいいのでは。そしてサリバンさんは稀に見るいい笑顔でいらっしゃる、ヤバい美しさで目が潰れる。サリィさんもサリバンさんも魔王様を揶揄うことにかけては全力という感じです。それにしても魔王様、神話的に怒り狂って魔獣を生み出したって話だけどこの本見るに割と冷静というか楽しんでやってないですか、なんていうか少年のロマンをビンビンに感じるイラストでしたが。うむ、かっこいいしテンション上がる人は多いんだろうけど私的にはピンと来ないなぁ。
「あの、可愛いのはいないんですか?」
「え、みんな可愛いと思うけど」
「いや親バカはいいので」
「多分、モフッとしてるやつだろう」
「あー、ケットシーとかクーシーとか」
ナイス助け舟。心当たりがあったのか魔王様はサリバンさんから取り上げた魔獣図鑑をパラパラめくって私に見せてくれた。そこに描かれていたのは王冠を被って二足歩行するメインクーンの様な猫と緑色の毛のコモンドールみたいな大きな犬だった。魔王様の一言メモによればふわふわ、かわいい、らしい。7000年前の魔王様はペットセラピーとかお求めになっていたんでしょうか。いやコメントに偽りなし。すごい可愛い。
「うわー!かわいい!実物見てみたいなぁ」
「ふふん、俺にしか懐かないけどな」
「マウント取るのやめてください」
「クーシーなら来ると思うが」
「バカ、あのデカいのが来たら魔王がなんかしようとしてるって周りに思われるだろ」
絵を見るにまあまあ大きいんだろうけどどれくらい…えっ?牛くらい?そっかー…もしかして抱きつきにいきたかったのかな、モフッとしたものに。私もかわいいものが大きかったら抱きつきに行きたいとか思うかもしれないけどデカイなぁ。
「可愛いけどみんななんだかんだで好戦的だからな、あんま刺激したくない」
「まぁ、そうですね」
「なんで、使い魔で満足してくれ」
親バカはスルー。ちょっと考える様子を見せた魔王さまが指を鳴らすと型にふわふわの羊が現れた。大きさは私の両手に乗っちゃうくらいで羊のくるくるしたツノには毛糸のカバーが掛けられている。背中にはいつか魔王様が無意味とか言い放った天使の羽っぽいものがくっついていて黒いつぶらな目はうるうるしていて見ているだけでもきゅんきゅんしてしまう。じっとみているとその羊は腕、じゃなくて前足の片方をあげて私に挨拶をしてくれた。
「メェ」
「か、かわいい……!!」
「フェアリーシープ。一緒に寝るとどんだけ興奮してても秒で寝られる」
「安眠グッズかな?」
「俺疲れないからさ、寝るのも一苦労なんだよ」
「え……もしかして毎晩一緒に?」
「うん」
状態異常無効というスキル持ちらしい魔王様には、魅了も毒も催眠も効かないし疲労だって感じないんだそう。この可愛いフェアリーシープは癒しの魔法をかけて安心させてくれる使い魔なんだって。暇つぶしに寝るけどそれも工夫がいるってカンストって意外と制約があるんだなぁ。にしても毎晩一緒に寝てるって。ぼんやりと脳裏にベッドに潜り込んでフェアリーシープを抱きしめる魔王様を思い浮かべてみた。ダメだ、これは堪え切れない。
「おいコラ、なんで大爆笑なんだ」
「そ、想像したら…ぷ、くくっ、あはははは!!!」
お腹を抱えて爆笑したらちょっと拗ね気味の魔王様にデコピンの刑に処されてしまいました。地味に痛い。




