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第二十一層 魔王VS勇者②

 誰が付け始めたのか【鬼姫騎士】の名は正に彼女の為にある名であった。戦いに貪欲であり、犠牲をいとわないやり方は見る者を戦慄させ凍り付かせる。

 そんな彼女だが昔の自分はその名を冠するには温かったと思い直す。

 【鬼】と付けられたのならもっと残虐性を持っていなければおかしい。特に裏切者たちを何処かの首狩り職人の様に一刀で痛みも無く殺してしまうなど【鬼】と言うには勿体なさ過ぎた。

 だから彼女は痛めつける。それも力が拮抗していると誤解させたまま実は力が通じていなかったのかと絶望させてから殺さなければ【魔王】と言うの名にも泥を塗ってしまうから。

 

 「次はどうするの?チームプレイ?でも貴方たちってそれが出来る程連携が取れて無かったわよね?」


 大丈夫、まだやれるわ、と激を飛ばすのが千勢なのだ。裏切った者からすればこれ程までに心を痛めつけるものはない。

 ラインなど既に心を折られており、ごめんなさいごめんなさいと涙を流して謝罪を繰り返していた。

 

 「心配しないで。魔王は逃げないもの」


 千勢は包み込む様に両手を広げる。

 見ようによっては地獄へ歓迎しているようにも見えるし、牢獄へと収監したようにも見える動作は彼らに更なる畏怖をもたらす。 

 

 「そして貴方たちも逃げられない。気の向くまでたっっっっっぷりと相手をしてあげるわ」


 まだ先は長いと宣戦布告する千勢の悪意は止まらない。

 彼らは間違えていたのだ。

 勇者として魔王を殺した。ただしその方法は褒められたものではない。

 怒り、恨み、憎しみを残して彼女を殺した彼らへの罰となって襲い掛かる。

 

 「防御力には自信があったわよね。リヴァイアル・スピア」


 連続して細く鋭い水圧が幾重の束となって彼らを襲う。

 ルーネルが前に出ると魔法陣を鋭角に展開して必死に防御を行った。

 アレスティアのベヒモルスでの防御の方が遥かに絶対的に優れているのだが、彼女の消耗は誰よりも激しくラインより治療を受けている最中だった。

 だからルーネルが前に出たのだが、アレスティア程の魔力を持たないルーネルにとってこれ以上の攻撃が来ればひとたまりも無い。 


 「うん、大丈夫みたいね」

 

 しかし先の攻撃がまるでデモンストレーションであったかの様な口振りの千勢。だが、その通りである。


 「じゃあ本番行きましょうか」


 まだ本気では無かった。その事実にまた一人、防御にかなりの魔力を持って行かれたルーネルは自身の限界を感じてしまい心が折れた。

 もっとも心が折れようと砕けようと千勢は止まる気がない。

 千勢は剣を地面に刺すと間欠泉の如く彼女の背中から水が天を突く勢いで吹き出される。その水量は彼女が操っていた今までの比ではなかった。


 「な、なっ…」


 驚愕の表情を顕にする彼らに千勢は満面の笑みを見せる。


 「うん、いい表情ね」


 すっかり怯えてしまっている彼らは自然に放たれてどうにも出来ずに喰われるだけの子ウサギと一緒で何とも滑稽だった。

 

 「ま、待て!その力は何だ!!」

 「この力?それを説明するにはこの世界について知らないと難しいわね」 


 その子ウサギの中でもまだ力を持っている魔女は恐怖を隠せずにいながらも強気で立ち向かう。

 楽しそうに笑う千勢はボカす様な物言いで説明を始める。


 「この世界には宇宙(そら)に行った人がいたの。その人は世界を見て『地球は青かった』と言ったそうよ」

 「………………………あ、ああ」

 

 それだけで聡明な魔女は気付いてしまう。千勢が何を言いたいのかを。

 前の世界を色で表現するならば『茶色』。砂漠にひっそりと存在するオアシス程度の水しか向こうの世界には無かった。それはつまりヴァイアルの力も十全では無かったと同義。

 しかしここは違う。


 「あの世界は水があまり無くて吸い出すにもかなりの力が必要だったみたいね。でもこの世界にはありとあらゆる所に水があふれている。ここでの私はあの世界にいた時よりも遥かに強いわよ」


 リヴァイアルにとってここは最高のパフォーマンスを発揮出来る最上のフィールド。あの世界にいる時と比べれば実力に差があって当然なのだ。

 それに気付いてしまった魔女は愕然と広がった力量差に恐怖した。


 「ああ、神よ…」


 ルーネルなどは肩も落ち込んでしまい、両手を合わせて神に祈りを捧げる。もはや立ち上がる気力など有る筈も無かった。


 「そう言えば宇宙そらに行った人は『天のどこにも神はいなかった』とも言っていたわね。ルーネル、貴方がここで祈った所で神様は貴方を見捨てるだけよ。だってこの世界に神様はいないんだから」

 「う、うう…」


 年甲斐もなく泣きじゃくるルーネルに踊り出しそうな程の愉悦を見せる千勢。

 次はどうしようかとおもちゃで遊ぶ子供の様に考える。

 そしてある事を思い付いた。これでリックとロングにライン、彼らの心も折れるかな、と。

 

 「リックにロング?どちらかは許して上げるわよ。ただしお互いに戦って立っていられた方は、だけど。あ、ついでにラインも助けて上げる。勝った方の景品としてね」

 「「っ!」」


 それを聞いた瞬間にリックとロングは互いに距離を取った。

 

 「貴様らやめろ!これは罠だ!!」


 魔女の声も彼らには届かない。それほどまでに千勢の提案は安価で魅力的なのだ。

 もはや千勢に勝てる気のしない二人がより勝つ見込みのある方を選ぶと千勢には分かっていた。なによりライン。彼らがラインに恋慕していたのは前世の記憶によく残っていたのだ。

 大義名分えさを与えれば食いつくのが犬である。

 所詮犬畜生程度の脳しか持たない者たちなら喜んで飛びつくのが目に見えていた。

 

 (ワザと無茶してよくラインの治療を受けたり、彼女が好きそうな物を率先して手に入れようとしていたわよね?よ~く知ってるわよ。昔のよしみだもの) 

 

 今にもぶつかり合おうとする二人にラインがその間で狼狽える姿が何と心地いいのか。

 口角がまるで下がろうとしない。血湧き肉躍る瞬間を特等席で見られる喜びを千勢は噛み締める。


 「おおっ!」

 「ああっ!」


 互いに咆哮して一人の女を奪い合う。

 何て滑稽なのか。どうしようもなく愚かな昔の仲間に千勢はありとあらゆる(せめ)ぐを与えようと考えていた。

 そしてこういった趣向でも満足感を得られると分かり、今度はどうしてやろうか思案する。

 もちろん彼らはどちらが生き残っても次の趣向を凝らしていたぶる予定だ。

 彼らの足下を少しずつ水で詰めて溺れる恐怖を味あわせるのもいい。

 水圧で手足を切り落としてダルマにしてしまうのも悪くない。

 いや、いっその事敢えて何もしないで潰し合うのも眺めるのも一興か。

 湧いてくるアイディアはそれこそリヴァイアルの生み出す水の様に止めどなく溢れて来た。

 

 「ふふふ…」

 

 踊れ踊れ、赤く熱した靴を履いて死ぬまで踊れ。

 白雪姫の童話を思い浮かべながら矢を肩に受けたリックと傷は浅いが身体のあちこちを斬られたロングを眺める。

 まだまだ二人は躊躇しているのか。未だに致命傷を受けていない。

 これは更に煽ってやらないとと千勢は大声ではっきりと伝わる様に声を張り上げる。


 「リック、ロング!ちんたらやってるなら私が貴方たちを捻り殺してラインを貰うわよ!」

 「「くそぉおおっ!!」」

 

 自棄になった二人の戦いは激化する。

 今までの躊躇が無くなり、急所への攻撃も苛烈さを増す。

 ロングは手持ちの毒にまで手を付け始め、リックは懐の短剣を投げるなど仲間同士であるのも忘れて、ただ恐怖から逃れたい()つ一人の女の為に戦う。

 しかしその割合もどれだけなのやら。本当はラインよりも己の命の為だけに戦っているのかも知れない。

 僅か二時間しか居られなくても命は命と言う事なのか。死にたくないと思う気持ちは【亡霊ノルス】であっても本物か。

 【亡霊ノルス】の生態に科学者たちの興味が湧き迸ってしまう闘争はクライマックスを迎える。


 「「死ねぇっ!」」

 「もう止めてぇぇええええっ!!」


 殺し合う二人の間に割って入るのは争いの火種として使われたライン。

 リックとロング、それぞれの技を受けた彼女は口から血を吐き出しながら地面に倒れる。

 リックの投げた短剣はラインの腹に突き刺さり、ロングの毒付きの矢が肩を貫く。どちらも致命傷には遠いが短剣は臓器に刺さっているだろうし、毒は彼女の小さい身体ではじきに果てるのは目に見えていた。

 あまりに陳腐な結末だが、それもまた千勢にとっては予想通りの結末である。 

 三角関係が生み出すもつれは存外悲劇になりやすい。ましてやラインの様に優しく他者を労わる精神の持ち主は自身が原因となる争いを黙って見ていられるわけもなかった。

 首を突っ込んだラインが倒れた事で二人は争いを止めて毒消しやら治療やらを行っているが道化にも程がある。


 (いや、所詮は道化か。私に振り回されて勝手に自爆しているものね)

 

 もう放って置いてもいいかと三人の滑稽な姿を千勢はただ眺めた。


 「それほどまでに私たちが憎いか…」

 「ん?」


 千勢は一人、彼らの姿を見て自己完結をしているとアレスティアが果敢に憎々しそうな声を上げる。

 

 「こんな事をさせて貴様は私たちがそんなにも憎いのか!」


 握り締めた拳から血を流す彼女が怒りをあらわに千勢を責める。

 しかしそんなアレスティアを見る千勢の瞳は何処か素っ気無いものへと変わっていた。


 「別に。もう、どうでもいいわよそんな事」

 「どうでも…いい?」


 何を言っているんだ、と逆の意味で不信に思うアレスティアの疑問に千勢は答える。


 「確かに憎かったわ。最初に貴方たちを見た時は我を忘れる程に憎かった。勇者としての志を踏み砕かれてとても辛かった」

 

 でもね、と千勢は傲慢で不敵な笑みでアレスティアを見下した。


 「私は魔王として生まれ変わった。そしたら気分が晴れやかになったのよ。ああ、今はどうやって貴方たちを虐め尽くしてあげようとしか考えられない」


 どうしようもなく狂っていた。

 アレスティアは真実を語り、目の前の悪魔を起こしてしまった事を酷く後悔する。

 だがアレスティアとしても我慢ならなかったのだ。千勢がこのまま自分は勇者だと思い続けて生きるのは滅んだ世界そのものが報われない。

 アレスティアはリリアーナの生まれ変わりに真実を話してしまったのは一重に身勝手な感情に突き動かされた結果だった。

 それは他の四人にも当てはまる。

 彼らもまたアレスティアを止めなかった。彼らもアレスティアと同じ思いでいたからこそアレスティアを止める気になどなれなかったのだろう。

 そして結果はこれだ。

 魔王であると認めるまでは良かったが、開き直り己の力の源を十全に知ってしまった千勢と彼らの力量差は尋常では無くなっていた。


 「間違えたのか、何もかも…」


 まだアレスティアに抗う力は残っている。

 しかし心がもはや立ち上がる事を止めてしまっていた。

 ルーネルは神のいない世界に放心した。

 リックとロングは与えられた闘争に逃げた。

 ラインは泣きじゃくり謝罪を繰り返した後は死に掛け。

 こんな状況下で何をしろと言うのだろうか。

 ゲームとしてなら駒が圧倒的に足りていない。ワンサイドゲームに身を置かされた駒が自分の運命を悟るのは必然だ。

 

 「………ま、まだだ。こうなったのは私の責任だ。私が何としても」


 なのに心が折れても砕けてはいないアレスティアは強靭な精神で持ち直した。

 

 「あはっ」


 それでこそ勇者だと、まだ楽しみ足りない千勢は(わら)う。

 実力差など絶望的。リヴァイアルと対抗出来ると踏んだベヒモルスも千勢の力がアレスティアの魔力で喰い殺せる想定を超えてしまう上に燃費も悪い。自慢の魔法もリヴァイアルに対抗出来ないと分かっているからか使う素振そぶりも見せはしない。

 一人は早々にダメになったが三人はそこそこ楽しませてくれた。最後の一人はこの窮地でどう踊ってくれるのか。もちろん踊れないなら躍らせる。糸の付いたマリオネットの様に素敵な踊りをさせてやろう。

 千勢の狂気は加速する……………筈だった。


 「「え?」」


 それは二つの驚き。

 アレスティアは驚嘆し、千勢は驚愕した。

 何故そこにいるんだと驚かずには居られない者が彼らの間に立ち塞がっていたから。

 


 「どうして…」



 そしてその者は本来の立ち位置ではない側を向いていたから。



 「どうしてあんたがそっちに立っているのよ、久信!!」 



 魔王・鈴原千勢の前に、最後の勇者・笠梨久信は現れた。

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