第十九層 魔王VS…③
滅んでいるとしか表現できない国の惨状。
緑なんて何処にも無い。何度も起きたと思われる暴動によって放置された遺体、壊れかけた家屋からは腐臭が漂いそうな程に荒廃的な末路とも取れる有り様。
そんな国に、いやもう国なんて在りはしない。ここは人も住めない廃国だ。
子どもを抱いたまま亡くなった若い女性もいた。返り討ちにあった野盗らしき男もいた。それどころか年齢も性別も判断の付かない焼けた遺体だって存在した。ここにはあらゆる死が広がっていた。
久信は湧き上がる吐き気から咄嗟に口元を押さえる。
なんだってこんなものを見せるのか不思議で仕方がない。これが精神攻撃だとするならば十分に有用だ。この隙に攻撃を仕掛けられれば久信は反応し切れなかっただろう。
しかし攻撃は来ない。今こそチャンスであるにも関わらず彼ら五人は動きもしなかった。
「これは魔王がやったの…?」
呆然と景色を眺める千勢はこの声が自分のものだと自覚が無かった。
「ああ、魔王がやった」
そんな千勢の声に女性は同意する。
「私の、街…」
「え?」
これ程までに変わり果てた現状から最初に見た場所と同じ場所だとはとても思えない。あと数年もすれば砂漠と化してしまうような景観は本当にあの水の都なのか?
しかしそれを当事者は肯定している。
言われなければ分からない程に原型を無くした街からは少女が街を出て僅か数年の出来事と思い辛かった。
「こうなった場所は他にもある。お前の街だけではない」
次々と変わる景色はどれも千勢の住んでいた水の都と同じ惨状と化していた。
元からそうだったのか、それともある時を境にこうなり始めたのか。判断に困る状態だが、女性がこの水の都と同じ末路を辿ったと言うのだからけしてこれは元からではないのだろう。
だが、これを見せて何になるのだろうか?裏切りの理由を説くのに必要な行いなのか?
疑念の湧く久信に慌てるなと目線だけで伝える女性は更に別の場所を映し出す。
「ここにはかつて私たちの国があった」
そこは決戦の地。生命の失せた死の世界で千勢は目の前の女性を倒す後一歩の所で仲間に裏切られた場所。
逆再生で瞬く間に国へと蘇った地はまるで水の都の様に人々は行き交い、繁栄を未来永劫約束された天国に似た土地であった。
「何不自由なく過ごせる国だった。しかしそれも一変する事態が起こる」
「あ、水が…」
まるで何処かに吸われる様に消える水。それと同時に消えて行く人々。
王城内部ではこの事態に騒然としていた。
「水が無ければ生きられない。そして人の流れも止められない。私たち人にはこの事態を解決する手段を持っていなかった」
魔法も万能ではない。無から作り出すのは神の領域であり人の領分では不可能だった。
国の維持は不可能だと理解しながらも解決策を見出さねばならない苦行を背負うのは誰か。
「恵となる雨さえ降らなくなった土地が死ぬのに時間は掛からなかった。人が消えゆく中で国を維持出来る筈も無い。だが王族は国を維持する使命があった」
当然、その国の王だ。だが国は滅ぶ。人の流れは止められない。その中に王族が加われる筈もなく、飢えと渇きに悩みながら最後には死を選んだ。それが国の王族である責任。
責任を果たさずに逃げた者もいるが、今まで王族、貴族だったものが平民として生きられるかと聞かれれば難しい。他国に政略結婚の形で逃げようにも肝心の政略となる部分が頓挫してしまえば相手にする者はいない。支援の期待も不可能。何せ返せる当てが無い。悪だくみなりを働かせた者もいるが長くは続かずに闇へと消えた者も多かった。
「忠義故に残る者もいたが大半は消えた。そして私もその一人だ。たとえ無理矢理逃がされた者であってもな」
眠らされて起きても魔法が使えない様に拘束されながら国から去り行く一人の女性。貴族が乗る様な格式高い馬車ではあるが、馬はやせ細り碌な力も出せず、従者も弱り切っているがその目は並々ならぬ強い意志を宿していた。
「私は国が滅ぶのを見届け、生き恥を晒しながらも最も力の強い魔法使いとして国が滅んだ真実を探った」
そこで掴んだ魔王の噂。そう語る女性の心理は如何様なのか。
と、ここで更なる疑問か出てき…、いや、薄々分かってしまう。魔王は一体何者なのか。少なくとも千勢が目の敵にする彼らの誰もが魔王ではない。
「その中でお前の噂が耳に届いた。水を生み出す少女がいると」
ならば誰が魔王なのか。
「更にその少女が生まれた時期より街が繁栄したと、そしてその少女が居なくなると同時に国として成り立たなくなったと」
「………」
千勢は気付けば地面に膝を着いていた。
自身の中で何かが噛み合ってしまったのだ。私は思い違いをしていたと。
「あらゆる情報を手にして確信した。世界から水を奪った魔王はお前だリリアーナ」
「違う!私はそんな事…」
「いや、したんだよ。リリアーナは剣であるリヴァイアルによって世界中の水を搾取した」
必死に否定する千勢だが心は既に認めてしまっていた。何せ思い当たる事が多すぎたのだ。
自分の居た街から離れれば離れるだけ町そのものが衰退していなかっただろうか?
リヴァイアルが生まれるどころか自分が生まれた時より土地に増え出した水は一体何処から来た?
そもそもリヴァイアルの出す水は何処から生まれていた?
もはや決定的であった。
「この事実はこの者たちも気付いていた。だから私たちは協定を結び、お前と対峙する道を選んだ」
彼女が街から離れたが故に街の水は昔の様に、いや、それ以上にリヴァイアルが奪っていくが故に水そのものが無くなり滅んだ。
女性の国もリヴァイアルが水を奪っていたが故に滅んだ。
「リリアーナ、お前が生まれた為に世界の水は略奪した。だから世界は滅んだ。私の国もお前の国も何もかもな」
否定したいのに出来ないジレンマが千勢を襲う。
「裏切った理由などもう分かっただろう。お前は討たれるべき魔王だった。それだけだ」
「嘘だぁああああああああああああああああああっ!!」
元凶である剣を落として絶叫する千勢は全てを否定しながら涙した。
「ただ私たちの間違いはあの生命の無くなった場所で戦った事だ。お陰で世界の水は無情にも砂漠が全て吸い取ってしまい、魔王を討った後も生存が成り立たなくなり誰もが死んだ」
彼ら【亡霊】の目に怒りと憎悪の火がくべられる。
「もう話は十分だろう。行くぞ魔王。お前が蘇ったのなら私たちは何度でもお前を殺す!」
あまりに残酷な真実を突き付けられた千勢に彼らは容赦なく襲いかかった。
もちろん傍観するのはここまでだ。久信は迫り来る彼らから千勢を守るべく刀を振るう。
「ぐっ」
一射、二射と迫る狩人の矢を凪ぎ払う。
茫然自失となった千勢では体のいい的だ。幾ら防ぎ続けてもこのまま守り切るのは難しかった。
「千勢さん!今は立って!」
「…………」
だが久信の言葉は届かない。
その間にも冒険者の剣が久信の頭上に迫るが、刀の腹で受け流して回転しながら冒険者の胸を蹴りで飛ばす。
「あいつらは千勢さんを殺す気でいる!だから今は…っ!」
神父による魔法の炎は刀では防ぎ切れない。
着ていた着物で炎から身を守りながら地面を転がる。
向こうを確認すれば聖女が冒険者を癒しているのが確認出来た。
何て状況だ。
このままだと二人揃ってやられるのは目に見えている。
「お前が同じ過ちを犯す前に」
しまった!!
炎で撹乱されて距離を取ったせいで千勢とも離れてしまった久信。その間に黒のドレスを着た女性、魔女の接近を許してしまった。
千勢に翳される魔女の右手からは復讐心とも取れる黒い光が灯る。
「死ね魔王」
何とかしようと久信は刀を投げようとするが狩人の矢と神父の炎が妨害をした。
くそっ、と悪態を着きながら刀を投げられず矢と炎を回避する。
「千勢さんっ!!」
叫ぶしか出来ない久信の視界は黒い光で覆われた。
何も見えない。
どうなったのかと目を凝らそうにも視界が開けない。
それは向こうも同じなのか追撃の手は止んでいた。
「どうなったんだ…」
不安そうに見つめる先には千勢がいると確信を持って目を凝らし続ける。
徐々に夕光が指し始めた視界の先には魔女と千勢がいたが様子がおかしかった。
「がはっ…」
口から血を吹き出す魔女に対して千勢は暗い笑みを溢しながら剣を掴んで立ち上がる。
千勢の周りには水流が空中をたゆたっており、それで防御したのだと分かった。
「千勢さん」
ほっ、と息を吐く久信だが次の瞬間に信じられない光景を目撃する。
「あはっ」
水流が形を作り始めるとそれは竜へと変わる。
「あはははははははっ!!」
もう千勢は限界だった。
自分は勇者だと信じて進んだ挙句が実は魔王?ピエロだってもっと愉快な喜劇を描くだろうが、これではあまりに喜劇過ぎて三文小説にもなりはしない。
なら、もう笑うしかないじゃないか。
「あは、あははははっははははははっははははははははっははははははっっ!!!」
笑みの止められない千勢が剣を高らかに振りかざす。
持ち上げられた剣に水で出来た竜力が纏わり始める。濁流にも似た水の色合いは千勢の心情の様にドロドロした気持ちの悪いものだった。
「リヴァイアル・バースト」
勇者として生きたのは間違いだったと。自分は魔王であったのだと認める一撃。
見える自然を全て消す勢いで放たれた水流は魔女たちを飲み込みながら地上をかき乱した。
千勢は剣を地面に突き刺すと誰でもない自分自身に宣言をする。
「私は魔王。世界を壊した魔王。お前たちに滅ぼされながらも世界を巻き沿いに死んだ魔王」
悪魔学においてレヴィアタンと呼ばれる悪魔がいる。
「認めるわ、何もかも」
その悪魔は海または水を司る者であり。
「お前たちの大切な家族を奪ったのも私。飢えと渇きに悩まさせたのも私。世界を滅ぼしたのも全部私のせいよ」
女性に取り付く大嘘つきの悪魔でもある。
「殺してやるわよ何度でも。魔王であるこの私がね」
勇者であると偽っていた彼女がその悪魔と似た名前の剣を持っていたのは彼女の宿命だったのか。
これより始まるのは魔王による蹂躙劇。
勇者は彼らで魔王は私。それを認めた上での第二幕が今、幕を開ける。




