第30話 先鋒
【第三章 西国無双】
海を渡っても、立花の旗は——退かなかった。
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夜明け前。
豊臣の本陣。
宗茂は、眠れなかった。
幕の外。
松明が、揺れている。
無数の陣。無数の兵。
これが——天下人の軍か。
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「殿」
声がする。
十時連貞だった。
「夜明けまで、あと少しです」
「……ああ」
宗茂は、立ち上がる。
「眠れましたか」
「眠る必要はない」
短く言う。
十時は、それ以上聞かなかった。
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夜明け。
軍議。
秀吉の前に、諸将が並ぶ。
宗茂も、その中にいた。
「西部戦線の先鋒——立花宗茂」
秀吉の声が、響く。
「肥後を抜け。島津を追え」
「御意」
頭を下げる。
だが——
その瞬間。
宗茂は感じた。
諸将の視線を。
値踏みする目。
——この若造が、先鋒か。
聞こえない声が、聞こえた。
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宗茂は、顔を上げる。
秀吉と、目が合う。
秀吉は——笑っていた。
小さく。
試すように。
——やってみせろ。
その目が、言っていた。
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行軍。
立花の旗が、進む。
先頭に、宗茂。
「急ぐぞ」
「はっ」
十時が応じる。
「竹迫城まで、一息に」
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肥後。竹迫城。
城壁が見える。
「……堅い」
物見が報告する。
「守将、籠城の構えです」
「兵数は」
「およそ五百」
宗茂は、城を見る。
しばらく——黙っていた。
「正面から行く」
十時が、眉を上げる。
「よろしいので」
「ああ」
「奇襲は」
「要らない」
一拍。
「立花が先鋒と、知らしめる」
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攻城。
鬨の声が上がる。
立花勢が、城門へ向かう。
矢が降る。銃声。
「怯むな!」
宗茂が、先頭を走る。
盾を構え、前へ。
城門が——
割れる。
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城内。
白兵戦。
狭い道で、斬り合う。
宗茂は、止まらない。
一人。また一人。
「殿、深追いを——」
「追う」
十時の声を、遮る。
「ここで止まれば——先鋒の意味がない」
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やがて。
城将が、膝をつく。
「……参った」
静寂。
竹迫城、落城。
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陣に戻る。
宗茂は、刀を拭う。
血が、布に滲む。
「次」
十時を見る。
「宇土城です」
「距離は」
「半日」
「では——今夜、動く」
十時が、一瞬だけ目を見開く。
そして——
「承知」
頷く。
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夜。
行軍。
松明を消して、進む。
暗い道を、立花勢が歩く。
音を殺して。
気配を消して。
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宇土城。
夜明けと同時に——
「今だ!」
奇襲。
城方は、混乱する。
「なぜ——もう来た」
その声が、城内に響く。
立花が、速すぎた。
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宇土城、陥落。
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さらに南へ。
出水城。
島津忠辰が守る城。
「島津か」
宗茂の目が、細くなる。
父上の仇。
だが——
今は違う。
「秀吉公の命のために、戦う」
自分に言い聞かせる。
「個人の恨みで、刀は抜かない」
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出水城攻略。
島津忠辰を降し、忠長を川内へ撃退する。
立花の旗が、薩摩の地に届く。
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その夜。
野営。
焚き火の前。
十時が、言う。
「殿」
「なんだ」
「……強くなりましたね」
宗茂は、答えない。
しばらく——火を見ていた。
「強くなったのではない」
静かに言う。
「覚悟が——決まっただけだ」
十時は、それ以上言わなかった。
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翌日。
秀吉からの使者が来る。
「立花宗茂——その忠義、鎮西一。その剛勇、また鎮西一」
読み上げられる言葉。
諸将が、振り返る。
今度の視線は——違った。
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「鎮西一、か」
宗茂は、空を見上げる。
あの日。
道雪殿が言っていた。
「宗茂よ。立花の名に、恥じるな」
「……恥じていません」
小さく、呟く。
「まだ——足りませんが」
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使者が、続ける。
「筑後国柳川——八万石を与える」
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静寂。
八万石。
立花家が——
独立した大名になる。
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十時が、膝をつく。
「殿——」
その声が、震えていた。
他の家臣たちも、次々と。
「……立て」
宗茂が言う。
「まだ、終わっていない」
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だが——
その胸の中で。
一人の顔が浮かんだ。
誾千代。
「……聞こえているか」
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柳川。
その名を、心の中で転がす。
あの女が——待っている。
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戦は、まだ終わらない。
だが——
帰る場所が、できた。
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