後日譚 歴史は闇に、人は光に
後日譚です。
明海四十年 3月某日 高須賀海軍基地
「非番前に済まないな」
勤務が終わる少し前、小さな会議室に来るよう呼び出された。
「話があるならもう少し前に言ってほしかったところもあるのですが……」
「本当に今、この時間以外は難しかったんだ。こちらとしても急な話でな」
廊下を足早に歩きながら、基地司令は会釈程度に軽く謝りながら連れられていた。
「簡単にでも説明してほしいのですが」
「説明している間に着く。本当に簡単に言うと、人と会ってもらう」
「はぁ……」
部屋に入ってみると、部屋の机が一つ置かれ、その周りにいくつかの椅子が並べられている光景があった。
「人と会うというのなら、応接室などの方が良いと思いますが、なぜここなんです?」
「それは応接室だと少し椅子と広さが足りないからな。小会議室でもいいかも知れないが、外部からの人も来るから、いざ『全員来てみると狭かったです』なんて、気まずいにもほどがあるからな」
基地司令にもそれなりに色々考えているようだ。
「もうすぐその人たちが来るから、座って待って居よう」
「はい」
そうして五分もしない内に、部屋の戸が叩かれた。
「どうぞ」
立って出迎えると、HATIの武戸目所長、よく分からないが恐らく政府関係者であろう男、そして前にどこかで見た気がする西洋人男性の三人が現れた。
そして武戸目所長と基地司令が目配せし合い、基地司令がこちらに手をかざした。
「紹介します。彼が“かの作戦”に参加し、現場指揮を務めていた瑞守隊一番機の操縦士、相坂慎宕中佐だ」
「どうも、相坂慎宕と申します。して、こちらの方々は……?」
俺の言葉に武戸目所長が今度は私が、とばかりに彼らの紹介を始めた。
「まずこちらは軍務省特殊逓信部、防衛監査部門の副部門長を務めている、樫葉大地というお方だ」
「どうも。長ったらしい肩書があるが気にせず、樫葉と」
会釈を交わし、もう一人の方へと向く。
「そしてこちらの方が、憶えているのかいないのか……。兎も角、彼は現在浜綴航空技術研究所の預かり……という扱いの、ラウリ・白伏木博士だ」
「ドウも、よろしくオネガイシマス。どうかラウリとお呼びクダサイ」
「ラウリ博士、よろしくお願いします。ええと、失礼ですが、あまり憶えてない……ですね。以前どこかでお見受けしたような気はするんですが」
「ソレは仕方アリません。私もソコマデおぼえてイマせんし、直接話したコトもなかったデスから」
それなら確かに憶えてはいないともうが……。
しかし白伏木という名前、彼は浜綴人に婿入りでもしたのか……?
いや、どこかで聞いたことがある気が……どこだ?
「エエと……」
ラウリ博士はバツが悪そうに樫葉さんの方を見た。
「思い出しませんか?確かに見てはいるはずなのですが……」
その樫葉さんは苦笑いを浮かべながらこちらを見た。
「……失礼、あまり記憶力は良くないもので」
「あー……なるほど」
相槌を返した樫葉さんは暫く部屋の周りを暫く見ていた。
「すぅー……。そうですね、少し失礼します。耳を」
そう言って樫葉さんは顔を近づけて来た。
先ほど会ったばかりのため、不快感とまでは違和感のために、少し顔を背けるように耳を傾けた。
「シクロフスキー氏ですよ、半年ほど前の、“例の作戦”の」
小声で言った後、彼は警戒するようにもう一度部屋を見回した。
気にしていたのは盗聴か。
にしても、だ。
なるほど見たことがある気がする訳だ。
あまり見ていなかったこと、その上救助した時は憔悴し、少しやつれていたこともあり、顔の雰囲気がかなり異なっていた感じがする。
名前については偽名だろうか。
「それで……その方が、何か?」
「彼も非番前で早く帰りたいそうなので樫葉殿、早速ですが本題に」
「これは失礼。単刀直入に言いますと、彼……とその奥方について、近いうちに帰化することになっています。そこで住まいについてどうするのかという話になりまして」
「はぁ……」
何だろう、今まで政治的な話に巻き込まれて碌なことが起こらなかったためか、何か嫌な予感がする。
「それで、その家は相坂中佐の近くにした」
「へ、へぇ……」
もう既に何か頼まれるのかが分かる。
「こちらも彼の居住地を転々とさせて暗殺や誘拐を企てる連中を振りまいて来たが、妊娠している奥方のこともある。シクロ……白伏木博士の家をどこかにするかの話で、彼らをある程度知っていて、研究所や軍にある程度近くに住んでいる軍人が良かったんだ」
「重野の家の近くでも良かったのでは……?」
「相坂中佐の妻も同じく妊娠していて、出産時期も近くなりそうだとの話を伺ってな。白伏木夫人も身近な人が似た境遇であれば、彼女自身の精神的な負担も減らせるだろうということだ」
「そう……ですよねぇ」
なんとか重野に面倒事を宛がおうと思ったが、その逃げ道は塞がれてしまった。
見えない道徳を盾に脅されているようにさえ感じる。
「あーっと、因みにだが、博士自身は狙われている話もあって、その家にはあまり帰ることも少ないので、奥さんのことをよく助けてやってほしい」
「おねがいシマス」
「ハハハハ……」
基地司令の言葉に便乗するように、ラウリ博士はすっと頭を下げていた。
こちらも第一子で分からないことだらけであるのに、こうもなっては笑うしかなかった。
「他に質問は?」
「ない……です」
「それではこの話はこれで終わりだが、相坂中佐は帰り、寄り道などはせず直帰かね?」
「はぁ……こちらの妻も身重ですし……」
「ならば彼を近くまで送っていってはくれないか?彼は家の近くについては分かるが、こことその家の道のりは行き来したことがないから分からないらしい。君の家の近くまで行けば分かると思う」
「分かりました」
頼まれついでに些細なことだが、また頼まれてしまった。
数日後 高須賀海軍基地 食堂
「巻き込まれているのは瑞守隊って一括りだと思ってたが、そうでもないんだな」
「払綿土と駆路=芬は停戦合意……終戦じゃないのか。どちらも主力艦艇を失っているからかなり早くに決着がつくと思っていたけどな」
「話聞けよ」
所沢は飯を食いながら新聞を見ており、こちらに全く興味を示していないようだった。
「急にどした?」
注意を促すと、ザワはこちらに興味の矢印を向けた。
「いや、『瑞守隊』が巻き込まれていたんじゃなくて、『俺』が巻き込まれていたんだなって」
「あー……、シ……ろ伏木博士の家のことか?」
「そう」
「別にいいじゃねぇか、何か減るもんでもないし」
「余暇時間まで仕事の人間が絡みすぎるとそれはそれで煩雑だろう。家の話に仕事の話が来ると厄介なことが増える」
「実体験か?」
「言っておくが葵の方じゃないからな?親父も義実家もHATIに関わりあるからそのことで非番でも少し関わることがあったんだよ。それで多少揉めるようなこともあったてことだ」
「なるほど……。と、いうことは、だ」
ザワは天を仰ぎ、何かを考えついたらしい。
「つまり『瑞守隊』が巻き込まれていた原因って、『シン』、お前だったって訳か」
「俺が疫病神って言いたいのか?」
「う~ん……どうだろうな?」
こういう変なところで挑発してくるな、ザワ。
「で、俺の話よりも気になる話題が挙がってたのか?新聞に」
「ん?おお、そう言えば白伏木博士はそこに関わってたよな」
「ああ?ああ、そうだな」
駆路=芬王国だったか。
あの作戦後暫く動向を新聞などで知ろうとしたが、そこまで関わりがあるわけでもないため、少しの情報しか入って来ないため、いつしか情報収集は止めていたので、暫くぶりの情報だった。
「シンはどこまで知ってんだ?」
「どこまでって……さっき言ってた主力艦艇が失われたってところまでだ。確か……」
「西側の海では払綿土側のパーラメンツキー・ソユーズの二番艦が戦闘能力喪失で払綿土海軍が大規模な撤退、東側の海では払綿土の……さっきの一番艦が艦橋に被弾するも駆路=芬の主力海防戦艦の二番艦が撃沈された……ところまでは知っている、と」
「ああ、そんな感じだったな」
「その他には?」
「いや、知らない……というか、憶えてないな」
「そうか。なら、ギュオラダ半島に展開していた駆路=芬王国海軍の沿岸防備部隊が壊滅していた話は?」
「うーん……そんなこともあったかな、程度に?」
その辺りはもう既にあやふやで、新聞などではなく、周りで人がそんな話をしていたような気がするくらいの感覚だ。
「なるほどな。その辺りからなら……、総合的な被害で言うと、払綿土の方が大きいと思うな。駆路=芬もなかなかだけど」
「帝国と二分したとはいえ、まだまだ大国だろ?いっちゃあアレだけど、中小国程度に苦戦したのか?」
「払綿土の戦略が楽観的すぎたところが赤軍の足が鈍った理由だろうな」
「ほう」
「駆路=芬王国海軍の沿岸防備部隊や主力海防戦艦を撃破した払綿土の艦隊は上陸作戦を実行したが、旗艦の艦橋に被弾して指揮系統が混乱。上陸作戦が手間取ったのは勿論、周辺住民が民兵となって上陸地となりそうだった場所の物資を持って逃げたり、間抜け落としを仕掛けたりしたらしい。結果として、払綿土軍は消耗、高緯度帯の寒さも相まって三分の一程度が凍死、衰弱死したようだ」
「……壮絶だな」
異国の地への上陸作戦で命令を下す人間の殆どが死に伏せ、ありとあらゆる物資が不足し、隣で友軍が衰弱していく。
それも主力、中枢部隊が。
「それからその戦艦を残して払綿土の艦隊は西側の海域の援護に向かった」
「援護?」
「と、いうよりは西側の艦隊への合流って感じか。使える港が西側の港だからな。東側の艦隊の港は冬になれば凍るから、そこに帰るより暖流に乗って西側の海域に出て、そっちの艦隊と合流した方が良いと判断したんだろ」
なるほどな。
「その残された戦艦と乗組員はどうなったんだ?」
「戦艦は鹵獲、乗組員の大半は捕虜。そうでないヤツは抵抗して死んだか、衰弱しきっていて見捨てられたかだろ。駆路=芬の方も損耗が酷いらしいからな。あとその辺りの話はあまり入って来てないな」
やはり、来てない話もあるんだな。
「陸の方はどうなったんだ?」
「陸上は駆路=芬が防戦に徹していて、払綿土がジリジリと進軍していたらしいが、海軍の方の打撃の影響や、上陸作戦の失敗で予定していた海上からの支援も得られず停滞していたようだ。どちらにとっても苦しいことには変わりなかったようだな。変わった話だと、払綿土の陸軍一個大隊が駆路=芬の一人の兵士を前に壊滅しただの、航空機が陸軍の狙撃手に撃ち墜とされた、みたいな戦場伝説が生まれたりしてるようだな」
「へぇ~……って、なんじゃそりゃ」
「ま、どちらかの喧伝作戦の一つだろ。駆路=芬の戦力の誇示か、払綿土側の進軍停滞の理由付けするための」
「そりゃ戦争だもんな。諜報や情報戦はあるか……」
諜報や……、情報戦……。
「煤羅射側の払綿土の情報ってどうなってんだ?“例のあの件”のこともあったけど」
「そっちの情報は皆無だな。一応少しだけ調べてみたけど、全くだ。あるとしたら多少緊張感が、みたいな話だけだな」
「そう、か」
ありとあらゆる情報や歴史は闇に埋もれ、日の光の下にいるのは生きた人間だけということなのだなと思うのだった。
次作準備中です。お楽しみに。




