9話 鉄の逆雨
明海三十八年 4月20日 高砂島北部海域 上空
今日もまた、文華民国の艦隊に対して、その上を低空飛行して圧力を掛ける。
「現在、対象の艦隊上空を通過。折返し、再び上空を通過し、圧力を掛ける」
彼らも大変なものだな。
上層部や政治家の所為でしなくてもいい小競り合いをしなくてはならないのだから。
しかも、その小競り合いは今や場合によっては戦争にすらなり得るような状況だ。
「……お、空からもお出迎えだ」
「最新鋭機とは、文華の連中も手厚いものだな」
本土から飛んできた文華民国最新鋭機、「虎威」。
俺たち攻撃機や爆撃機の後ろについて空の脅威を排除するつもりか。
「近くの戦闘機へ、こちら瑞守。後ろに付こうとしている文華の戦闘機をなんとかしてくれ」
『琴海、了解。露払いは任せろ』
こちらの最新鋭戦闘機、「涼風」に乗った部隊、「琴海隊」が応援に来る。
彼らが文華の連中に対して背後を付こうと機動を取る。
そして向こうの戦闘機、「虎威」は俺の機体の背後から去っていく。
もし俺が戦闘機乗りなら……いや、今はそのことを考えるのは止めておこう。
目の前のことに集中していなければ、この場では「万が一」の場合もあり得る。
気を引き締め、折り返し、機体を旋回させる。
機体を改めて艦隊の方に向き直し、低空を直進する。
すると、ある一隻に搭載された対空砲に何か、違和感を覚えた。
そして、その違和感はやがてこの機体にまで及んだ。
――――――ッ……!!!!!!!!!
甲高い金属音。
「撃ってきやがった!各機、回避行動!」
『りょ、了解!』
『……っ、了解』
『了解!』
部隊内にも動揺が伝達していく。
「初弾で当ててきている。偶然かも知れないが、相坂、気を付けろ」
「言われなくとも!」
左右に機体を振りながら、出力を上げて高速で海面スレスレを翔ける。
「艦隊上空を再通過!所沢、”敵”はどうだ?」
「撃ってはきてないな……」
「そうか……。瑞守から咲銛へ。報告、文華民国の船の中の一隻の対空砲より攻撃があった。指示を請う」
『咲銛から瑞守、少し待て……ああクソ……』
「咲銛、どうした」
『他のところからも同様の報告を受けている、しばし待て。その間、回避機動を取りつつ待機せよ』
「了解した」
どうやら、他の部隊も攻撃を受けているようだ。
「どうする、相坂」
「ま、準備だけはしておくかな。所沢、どちらの投下も出来るようにしといてくれ」
「承知した」
「葵、機体に無理を掛けると思うから、それに耐えられるように頼む」
「分かった。高速で合わせるけど、低速にも対応できるようにはしとく。出来たら、低速と高速、切り替えるときは言って」
「ああ」
これで、逃げるにしても、攻撃するにしても、どちらでもいけるような指示は出した。
あとは司令偵察機からの命令を待つだけだ。
「瑞守隊各機、問題はないか?」
『二番機、問題ありません』
『三番機、問題なし』
『四番機、問題ないです』
「了解した。司令偵察機から命令が来るまで、回避行動を取りつつ、この空域に留まる」
後続の三機から伝えられる了解の意図。
「あれから一発も撃ってこないが、どうしたんだ……?」
「向こうもおそらく、混乱しているんだろうな。別の方でも何かあった話だったし」
「そうか……」
俺の疑問で重野は冷静に返した。
『咲銛より、空域全機へ。帰投せよ。攻撃は禁止。繰り返す、帰投せよ。そして攻撃は許可できない。ただし、次、文華民国軍からの攻撃が認められた場合は、攻撃を許可する』
「瑞守隊、了解。瑞守隊各機へ、ただいまより、帰投する」
気づけば、帰投する方位と文華民国の艦隊が重なる。
「はあ……こんな位置で……」
「そんなときもある。とっとと帰るぞ」
「分かってるって」
旋回し終わり、出力を上げる。
目下、艦隊が視界の下へと消える。
多少の不測の事態もあったが、これでやっと帰投でき―――。
『こちら瑞守隊二番機、攻撃を受けている!』
状況はそう簡単には俺たちを帰してはくれないらしい。
いや、帰してくれないのは文華民国の艦隊か。
「瑞守より咲銛。指示を請う」
『空域にいる全機へ。文華民国の航空機、艦隊に対する攻撃を許可する。向こうは俺たちの出した一時停戦の提案を受け入れたのち、攻撃を行った。躊躇う必要はない』
「……了解」
遂に、か。
「仕方ないな……。瑞守隊各機、再突入して、文華民国海軍艦隊に対し、雷撃を行う。分散し、攻撃目標が重複しないようにしろ」
『『『了解!』』』
他の攻撃機部隊もいるが、この艦隊に最も近く、攻撃を最も早く行えるのが俺たちだ。
対空砲が一つも無力化されていないが、残りの燃料から考えて、爆撃機部隊などが対空砲を無力化するのを待っている暇もあまりない。
魚雷は重い。
それ一つを投下するだけで、航続距離と機動性が格段に上がるほどに。
俺たちみたいなひよっこが戦場の最前線でトロトロ飛んでいると、攻撃すらできず墜とされてしまうかもしれない。
「おおぅ……」
思わず声が出てしまった。
旋回しているときに敵となった艦隊を脇見すると、数多くの曳光弾を空に向けて放っていた。
「はぁ……あの中に突っ込むのか……」
「どの道やらなければやられるのは同じことだ。さっさと行け」
「行ってはいるだろ?」
「逝くときは一緒だがな」
「縁起悪ぃ……」
重野も緊張しているんだろう。
らしくない冗談は上ずっていた。