10話 始まり
明海三十八年 4月20日 高砂島北部海域 上空
「すぅぅぅ……ふぅぅぅ……」
機体の速度を落としながら深呼吸をし、集中する。
相対速度、進行角度、魚雷の速度、投下から魚雷が最高速に達するまでの時間、海流による誤差、目標の回避行動による誤差。
計算で求められるところは計算し、自らの知り得ることのできない誤差は今までの模擬魚雷を使った経験から逆算して修正する。
――――――、今。
「魚雷投下」
「了解」
瞬間、操縦桿が軽くなる。
それにつられて脈動する、操縦桿を引き倒したくなるという衝動を抑え、ただ速度だけを上げ、海面を舐めるように飛ぶ。
白波を上げて回避の舵を取る敵艦から、数多くの閃光がこちらを狙う。
錯乱したくなるような光景を最大出力で飛び越える。
その後、高度を上げないように緩やかに、されども早く旋回する。
「効力確認」
「……命中」
本当はその言葉で安堵の溜め息でも吐きたかったものだが、ここは戦場。
心は休まらない。
自分の攻撃が成功しただけでは、戦闘は終わらない。
魚雷と言う攻撃機にとっての主兵装を使い終わっても、この機体には投下爆弾が存在する。
機体が帰れなくなりそうな状態になるか、全ての爆弾を落とすかをしなければならないだろう。
「こちら瑞守隊一番機、魚雷投下を終えた。隊の他機体はどうだ」
『こちら瑞守隊二番機、魚雷投下しました。現在隊長機に続いています』
『三番機、魚雷投下完了。もうすぐ隊長らに合流できます』
『四番機、結構被弾しましたが、生きてます』
「一番機から四番機へ。これから水平爆撃を行う予定だが、できそうか?」
『稈の調子が悪い。悪い、先に帰投させてくれ』
「ああ、分かった。瑞守から咲銛へ」
『こちら咲銛隊。どうした瑞守』
「こちらの隊の機体が一機、被弾して機動不良になった。その一機が帰投するから、戦闘機部隊に余力があれば、先導してやってくれないか?」
『分かった、手配する。残りの瑞守隊は攻撃を続けろ』
「了解した。四番機は帰投進路を取り、咲銛または先導する戦闘機の指示を受けろ。残りは水平爆撃を行う。続け」
『『『了解!』』』
残った二機と共に、艦隊に対して水平爆撃を行う進路を取る。
「爆弾倉開け。爆弾投下開始」
「了解!」
魚雷投下とは違い、海面に衝突するような緊張はない。
その分、気が楽だ。
まあ、それでも対空砲の弾丸はこちらを狙っているが。
……。
「相坂!もう爆弾無いぞ!」
「分かった。こちら瑞守隊一番機、爆弾の投下を完了した。他はどうだ?」
『こちら二番機、あと一回投下すれば終わります』
『三番機、投下完了した』
「そうか。二番機の投下が完了次第、帰投する。三番機へ、二番機の爆撃支援として、敵艦隊を攪乱するために欺瞞飛行を行う。二番機を先頭に続け」
『三番機、了解』
「所沢、二番機の投下を見て、効力なども確認してくれ」
「ああ、分かった」
この後、二番機の爆撃が終わり、元の艦隊へと帰投したのだった。
夕方 高砂島北部海域 空母応龍 飛行甲板
「はぁ……」
ため息が漏れる。
結局のところ、俺たちの部隊が命中させたのは魚雷2発だけだった。
残りの2発の魚雷は外し、投下爆弾の命中はなし。
効力弾はあったが、それらで撃沈に至るようなものは無く、大抵が小破程度に留まる影響力であった。
「ふぅ……」
再び、溜め息。
本来、ああいったものはただの軽い軍事衝突程度に収まるはずのものだった。
だが結局、燻っていた種火は燃え広がり、戦争が始まってしまった。
雄州大戦以来、世界から大規模な戦争が無くなり、これからの時代、平和が長らく訪れるものだと多くの人がそう認識していた。
しかしながら、極東の大国二つが衝突してしまった。
これからどうなっていくのか、それは分からない。
ただ漠然とした不安が、そこにある。
「こんなところに居たのか」
「重野……」
夕闇に黄昏れていると、背後から重野が現れた。
「らしくないな。どうした?」
「いや……少しな」
「……そうか」
重野はそう言って、横に並び立った。
「……」
「……」
暫く沈黙が続いた。
「なあ」
口を開いたのは重野の方からだった。
「色々と考えることはあるかも知れんが、戦場での迷いが、俺や他の搭乗員の命が危険に晒される、ということだけは憶えておけよ」
「それは……そうだな……」
分かってはいる。
しかし、それを理解したうえで、どう自分自身に向け合えばいいかは分からなかった。
「考えることができないなら、走るか」
「……はぁ?」
重野は腕を組みながら、挑発的な笑顔を見せて言った。
「今俺がとやかく言っても、お前が今すぐ変わるなんてことはないだろ?なら、こういう時は走って憂さを晴らしてまともに考えられるように、若しくはくよくよ考えなくてもいいようにしたらいいと思ったんだよ」
「……そうかよ」
「どうだ?」
「分かったよ」
この先のことは、考えても、分からない。
であるならば、重野の言う通り、考えなくてもいいようにするのが最適なのかもしれない。
そう思うことにして、飛行甲板の上を先に走り出した重野を追うのであった。




