振り出し
「いやー、笑ったら何だか腹減ってきたな」
「一週間寝てたしね」
「よし! では、ケースケの復帰祝いとゆくとするか!」
「っしゃあ! 食うぞー! あれだけの数のモブリンを苦労して討伐したんだ! そこそこ報酬は貰ったんだろ?」
二人を見てそう訊ねると、そろりと顔を逸らして黙っている。
「……え? お、おい。二人共、何で黙ってるんだよ……。報酬、貰ったんだろ?」
「……あ、ああ。いや、あ、その……」
どうにもアスカの返事の歯切れが悪く気になる。
「……で、いくらくらい貰えたんだ?」
「……あ、あー。…………五百万Kだ」
「んごっ!? 五百万!? そ、そそ、そんなに貰えたのか!?」
俺の予想を遥かに超えていて咳込むと、ヒナから背中を摩られる。
しかし、大量とは言えEランクのモブリン相手で、そんなに貰えるものなのだろうか。 確かにボブモブリンが出て来た時は諦め掛けたが、俺たちみたいな事情があっての雑魚勢や駆け出し冒険者ならともかく、そこそこ腕の立つ中級や上級の冒険者なら、そこまで苦戦も強いられないのではないかとも思う。
「な、何かギルドに報告したあと、一度調査してから後日改めて報酬を渡すって言われたんよ。 そしたらね、詳しくは教えてもらえなかったんやけど、わたしたちが思ってた以上に厄介な事になってたらしいんよ」
何か思わぬ事態でもあったのだろうか。何にせよ、たんまりと報酬が手に入ったんだ。あまりの極貧生活のせいで俺も度々忘れそうになってるが、これで呪いを解くという本来の目的に近付く事ができたというものだ。
「ま、今日一日くらいはいいだろう。折角だし、ぱあっと行こうぜ!」
両手を広げてジェスチャーし、二人の顔を見やる……が、アスカもヒナも俯いたままで顔を上げない。
「おい、どうしたんだよ。二人共」
――返事がない。……ただの屍のようだ。いや、違うか。
「おいって」
「――そ、それがだな……」
すると、面を上げたはいいが、未だに目を合わせようとしないアスカは重々しく口を開いた。
「非常に言いにくいのだが……。ケースケの治療費でその報酬は……もう無い、のだ……」
「…………ほへ?」
今、何て言った? 報酬が……もう、無い? なん……だと?
「全くない……のか?」
二人は黙って首肯する。
――え、マジでか? いや、それにしたって治療費でそんなに金取られたのか? 五百万Kだぞ? ちょっとやそっとで無くなる額ではないだろうに。
訝しんでいると、アスカの着物の胸元から床にぱさりと数枚の紙切れが落ちた。
「……ん? 何だこれ?」
「っ!? ああっ!? そっ、それは!?」
その紙切れを拾い上げると、手をばたつかせながら、あからさまにアスカは慌てだした。
紙切れを広げると、そこには何やら数字が書かれていて、その末にはこの世界の通過であるKが。そして一番上にはギルドの横にある酒場の名前も書かれている。
「これは――領収書、か?」
この世界にも領収書なんてあるんだなぁ――なんて思いつつ眺める。
――ん? いや、待て待て。
よく見ると結構な数字が羅列していた。
もしかして――と二人を見やると同時、物凄い速度で顔を逸らしたアスカとヒナ。それはもう首が捻じ切れるのではないだろうかという程に。
――はっはあぁーん。
「おい……これは何だ?」
「…………」
「これって、あそこの酒場の名前だよな? それに心なしかお前らの着ている服、あんな戦いの後だと言うのに、何だか真新しい様な気がするんだけど……?」
「――っ!?」
はあ――やはりそういう事か。
「おーまーえーらあぁぁぁぁ! 人がここで生死彷徨って寝ている間に、食って飲んで、 終いにゃおニューの服まで買ったなぁ!?」
「い、いや。だが待ってくれ! 女子二人にボロボロの姿のままでおれと言うのか!? そんな趣味があったとは見損なったぞ! この外道め!」
「外道は金を使い果たしたお前らだ! それにそんな趣味――」
――――いや、うん。そんな格好も悪くはないな。うん。
言葉に詰まった俺を見て、横から物凄い殺気にも似た冷え切った視線が刺さる。
「ま、まあ……それは置いといてだな。ま、まだあるぞ。つい今しがた気が付いたんだが……おい、アスカ。お前この間、魔法刀無くなったよな?」
「んぐっ!?」
先日、窮地を切り抜ける為にアスカの魔法刀の力を借りた。その時、それらはまさかの不良品で、刀が魔力に耐えきれず壊れてしまったのだ。よって、残りは二振りしかないはずだ。それなのに。
「……それ、どうしたんだ?」
今、目の前に座っているアスカの腰には、以前と変わらず四振りの刀が揃っているではないか。
アスカの額からは、そりゃあもうじゃばじゃばとゲリラ豪雨のように大量の汗が流れ落ちていた。
「ふっざけんなあああぁぁぁああ! 俺が瀕死の状態にも限らず、よくもまあぬけぬけと! あの数のモブリン倒すのにどれだけ苦労したと思ってんだ!? こちとら死にかけたんだぞ!?」
「で、でもわたし達も頑張ったんよ!?」
「そ、そうだぞ! 私の魔法刀あってこそ、あの絶望的な状況を打破出来たのではないか! これはもう、私の功績と言っても過言ではないであろう!? 敬わんか!」
「いや、敬うかっ!」
二人は身を乗り出し迫り来て、ベッドを両腕で何度も勢いよく叩き、その上に座る俺は波打ち上下に揺れた。ついでにヒナの豊満なそれも揺れた。アスカのは微動だにしない。神というのは残酷だ。
「――っいっててっ……! ちょ、分かったから! 分かったから揺らさないでくれ! 傷に障るから!」
揺れる度に傷口が痛んだ。
「誰の所為だと……! いや、済まぬな」
二人は再び大人しく座り、揺れと痛みは治まった。
あ、ヒナはベッドに触れなければ、その場で揺れ続けてくれていいんだけどな......。
「まぁ、確かに今ここでお前らを責め立てたところで、金が返ってくる訳では無いしな……。また稼ぐしかないのか……」
ゴールの見えない未来を考えると、絶え間なく嘆息が漏れ出た。
「また明日からクエスト、頑張るか......」
「う、うむ。そうだな!」
「みんなで一緒に頑張るんよ!」
「お前らにはうんと働いてもらうからな!」
「っ!?」
こうして、高額報酬が入ったかと思えば即座に儚く泡の様に消えていき、一向に呪いを解く金も全く貯まらないという、俺の極貧異世界生活は続いていく――。
アスカが抱えた借金と俺の身に起きた半棺桶化という謎だけを残し、一体何のために戦っているのかも分らぬまま、俺の勇者としての輝かしい英雄譚は未だ始まらず……。
――ていうか、この街から一歩たりとも進んでないんですけれども……。
やっぱりこっちの世界に帰って来なかった方が良かったのではないだろうか、と少し後悔した。
――お袋。俺、勇者になったけど呪われました。それでも、この世知辛すぎる世界で頑張っています……。本当に……本当に世知辛過ぎるこの運命――呪うぜ。
――――俺の思い描いていた勇者と何か違うのだが。
第一章はこれで終わりになります。
この後も続きますが、第二章のお話を更新するのに、少しの間が空くと思いますがご了承ください。
また二章を読んでいただけることをただただ願ってます。
一区切りついた所で、感想など頂けると幸いです。
ここまで読んでくださった方々に感謝です。ありがとうございます。




