救済
この光の届かない深海を漂うような感覚を味わうのは、これで何度目だろうか。転移の方法は、もう少しどうにかならないものかと思う反面、段々と慣れてきている自分が嫌になる。それだけあいつと対面しているということだからな。できることなら会いたくはない。せめて夢でなければ一発殴れるからいいんだが。
あれこれ考えている間に、瞼の向こう側に光が差す。
もう直ぐか……。あいつら、何だかんだ言いながら根はいい奴らだからな。きっと泣いてんじゃねえかな。よし、何泣いてんだよって思いっきり笑ってやろう――。
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目を開けると、そこに広がったのは然程懐かしいとまではいかないが、今となっては見慣れた天井。そして、二人の声。
痛みと気怠さのある身体を徐に起こす。
さて、泣き顔を拝んでやろうかな――――。
「これでどうだ!」
「うにゃ!? 流石アスカちゃん。手強いんよ……。でもこれならどうなんよ!」
「のわっ!? そ、そう来るかぁ。ヒナも中々にやりよるな……。さて、どうしたものか――――」
二人は向かい合うように円卓を挟み椅子に腰掛け、顎に手を当てて眉間に皺を寄せ何やら真剣な面持ちで考えあぐねているアスカに、俺は突き刺すような視線を送りつつ問い掛ける。
「…………。お前ら……何やってんだ?」
「うおうっ!? ケ、ケースケ! 目が覚めたのか!?」
すると、アスカとヒナは身体をバネのように跳ね上がらせ、俺がいるベッドへと向き直った。
「よ、よよ、よよよよかったんよおぉぉぉ! もう目が覚めないんじゃないかって思っちゃったんよおぉぉ! びえーーーーんっ!」
「く……っ! ままま誠に心配したのだぞ!?」
「いや、嘘付け」
アスカとヒナは心配した素振りを見せる。が、それが取り繕っているということは直ぐに分かった。何故ならば、対面していた二人の間にある円卓の上には、トランプのように何やら絵柄の描かれたカードが広がっていたからだ。
「お前ら、それ……今、絶対遊んでたよね?」
「そ、そそそそんな事より身体は大丈夫か!?」
「そそそそうなんよ! 何処か痛い所はある!?」
「すっげー痛いよ。体もそうだが、何より心がすげー痛い」
そう言って冷たい視線を投げ付けていると、誤魔化すように二人は力強く抱き付いて来た。
「――って、ちょっ! い、痛い! これはマジで物理的に痛いからあ!」
その瞬間、体中の骨や筋肉が軋み、皮膚がずきずきと痛んだ。
「むっ! す、済まぬ」「あっ!? ご、ごめんなんよ!」
悶絶する俺を見て、アスカとヒナは即座に離れ、再び椅子に腰を下ろした。
一時して痛みが治まった俺は、まぁ、これはこれでこいつららしいか、と鼻で笑った。
そして、俺は教会で瓦礫が崩れて来た所で記憶が途絶えてその前後のことが思い出せず、その後の成り行きを訊ねようと口を開こうとした、その時。
「……ケースケ……」
鼻をすすりながら、潤んだ瞳でヒナが見つめてくる。その表情にドキッとしながら、ヒナの手に握られた帽子が目に移った。
「――ああ、よかった…….。帽子は無事だったみたいだな」
そうでなければ、あんな事になってまで引き返した意味がないからな。
しかし、安堵する俺とは裏腹に、ヒナは熱り立っていた。
「何であんな無茶なことしたんよ!」
ヒナはガタッと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がり、声を荒げた。こんなヒナは初めて見たし、俺は突然の事ことに驚いて呆気に取られてしまった。
「――え、え? 何だよ、急に……。いや、お前が大事な帽子だって言ってたから! だから――」
「――そうやけど! そうやけど……それでケースケが死んじゃったら、わたし……」
そこまで言うと、涙を流すヒナは力無く椅子に座り込み、代わってアスカが口を開いた。
「あの後、慌てて二人で瓦礫を退かしたら、丁度ケースケが倒れていた所がなんと運よく隙間ができていて助かったのだ。しかし、ケースケが半棺桶化の状態で帽子を抱え込んでいたのを見て、それからヒナはずっと自分を責め続けていたのだ。このまま目を覚まさなければ自分のせいだ、と言ってな。ケースケの気持ちも分かるのだが、ヒナの気持ちも汲んでやってくれ」
……そうだ。自分のせいで誰かが犠牲になるなんていうことを、ヒナが喜ぶはずがない。 ――分かっていた。分かっていたはずなのに、俺は……。
「もう、無茶はせんでほしいんよ」
「……ああ。悪かったな」
ヒナは涙を拭い、間を空けながら二度頷いた。
「……まあ、でもこれで天国のヒナのばあちゃんも安心だな」
すると、ヒナはまるで言っている意味が分からない、という顔をする。
「え? おばあちゃん、死んでないんよ?」
「…………は? いや、だってお前。ばあちゃん病気になったって……」
「あ、なんかね。ただの風邪だったんよ」
…………。
「んなっ、なんだとおおおぉぉぉぉ!? え? じゃ、じゃあ……今は?」
「うん。勿論ピンピンしてるんよ」
「いやいやいやいや! ふざけんな!? だとしたら……俺は――」
一体何のためにあんな思いまでして帽子を取り返したのだろうか、と肩をがくっと落とし項垂れた。
「ま、まあまあ。よいではないか。あの後、私とヒナで半棺桶化しているケースケを引きずって、急いでマリーハジまで戻って来たのだ。ヒナも頑張ったのだから大目に見てやってくれ」
「いやまあ、それは……本当に苦労掛けたな」
「いやはや。誠に苦労したぞ。女二人で半棺桶化したケースケをスッタレッタからマリーハジまで引いて帰るなど、どれだけ大変なことだったか」
余程骨が折れたのだろう。その苦悶に満ちた表情がそれを物語っていた。
――それはそうと。
「ところでさ」
そう投げ掛けると、アスカは小首を傾げる。
「さっきからお前がちょいちょい言ってる半棺桶化って……何だ?」
「…………」
「いやさ。あまりにもさらっと当たり前のように出てきたもんだから、俺もうっかり流しそうになってしまったけどさ。常識なのかもしれないけど…………俺、それ知らない」
あまり聞きたくもないんだが、このまま聞かないのも怖いと思い、意を決して訊ねると。
「――と、途中で低級とは言え、魔物の襲撃も受けたしな。まあ、私とヒナでさくっと撃退してやった訳だが」
うんうんと頷き、俺の話を全く聞いていない。
「いや、だからさ。その半棺桶化って――」
「しかしその中で、三分の二棺桶化のケースケを庇いながら切り抜けるのは流石に骨が折れた」
「ねえ、ちょっとお!? 半棺桶化って何なんだよ!? って言うか、いつの間にか棺桶化が半から三分の二に進行してるんだけれども!? ケースケくんの症状、悪化してるんだけれどもお!? 庇えてないよね? 全く以て庇いきれてないよねっ!?」
その言葉の響きと、俺の質問を受け流し隠蔽しようとしている辺り、かなりヤバい状態であることは間違いないだろう。これは何としてでも問いただせねばと思ったが、いきなり声を張り上げた所為か身体がふらついてしまい、咄嗟にアスカとヒナから支えられた。
「っと。急に大声など出すから。一週間も眠っていたのだぞ?」
「……一週間っ!? そんなに俺は寝てたのか!?」
「でも目が覚めてホントによかったんよ。わたしもそうやったんやけど、アスカちゃんもずっと心配してたんよね?」
「わ、私はそこまででは無いが……」
「えー? またまたぁー」
ヒナが肘で突くと、アスカは見る見るうちに顔を赤らめた。
「う、煩いぃ! と、兎にも角にもこうして無事だったのだ! それで良いではないか! 叩き斬るぞ!?」
「ぎゃああああぁぁぁぁ!? き、斬られるんよおおおぉぉぉぉぉ!?」
刀に手を掛けるアスカを前に、涙目になりながら両腕を上げ叫ぶヒナ。
「うるっせえな!? お前ら! ――っててて……」
がなり立てると腹部に激痛が走り、俺は蹲った。
しかし、まさかこの二人に助けられる日が来ようとは。 こうして戻って来られて……よかった、かな。
「ぷっ……! はははっ!」
俺の隣でわいわいきゃっきゃしている二人を眺めていると、自然とそう思え、笑いが込み上げた。
「お、おい! 笑ったな!?」
「いやあ、悪い悪い。ついな」
「……全く」
まさかこんな呪われた様な世界に――呪われた奴らの元に帰って来られてよかった、だなんて思う日が来るとは、想像だにしていなかった。
俺は少しだけ……。ほんの少しだけだが救われた様な気がしていた――。




