119話
誰もが見て、誰も理解のできないその決勝戦。
観客の誰一人として、感想は抱けど解説はできない画面越し。
それを唯一肉眼で収める実況席は、
「……………………、」
「ふむ、長い杖じゃのう。邪魔じゃないのか?」
「……………………安定用だ、この距離ではな、」
肉眼、正確にはスコープ越しの視線を外さずに、彼女は答える。
長い空洞で螺旋のついた杖で、ライフル弾を構えながら。
「いつからだ?」
「邪魔しちゃ悪いかと思っての、いつからかの〜?」
「……わざわざ、止めに来たのか?」
「んー、まあ大丈夫じゃろ、セシィじゃし、」
周囲に人影のない屋根の上。
確かに言う通り、目的がなければわざわざこんなところで観戦はしないだろう。
「…………よっ、」
「ほら、言った通りじゃろ?」
「そうかスポッター、まだジブンは確認していない、」
「ふーん、見えぬのか?」
「この距離で、肉眼の方がおかしいだろ、」
上がったレンズはまだ覗けていない、
どうせ見えるのは、傷一つどころか息一つも欠けていない人の形をした何か。
この半身機械より、よっぽど機械的な何かだろう、
「ふふ。むしろ止めるとしたら、あっちの方が危険そうじゃしの〜」
「それは違いない。……だとしら、こんなところにいていいのか?」
「ま、よく分からんがセシィ一人で決着をつけたそうじゃったしの。——それにこの程度の距離が、なんじゃ?」
倍率のかかったレンズ越しの世界の先を、縦に細い瞳孔の大きな瞳で眺めて、リラックスした自然体。
その身がライフル弾程度で比較になる脅威でないことは、試さずともわかるだろう。
「ならなおさら何故、こっちに来たんだ?」
「うむ、せっかくじゃしの。感想を聞きに行こうかと思ってじゃ、」
もはや中継も途絶えてしまった祭りの最後。
道化師の晴れ舞台に、誰も結末を語れるものがいないのは寂しいか、
「ちなみにあれは何やってるんじゃ?」
「さあ? ジブンに聞くな、」
視界を向ける、
ちょっと、観客無しだって言ったのにバッチリいるじゃん、恥ずかしいなあ。
「……いやあれは僕のセコンドだから除外っと、」
「よそ見していては、寂しいですねぇ!!」
「あーうん、ごめんねー、」
エウスの剣を受け流す。
国中の想いの力を乗せて人体の限界を超えた力と、複数の搦手を組み合わせた技術。
「でもまだまだ、所詮それらはわかりやすい芸。読み取らない方が難しい、」
「ははは、長所と思ってもらいたいですけどね!」
「そうだね、僕もそう思うよ」
人を騙して欺くだけの技術より、楽しませられるハッタリの方がよっぽど高等だ。
僕にできるのは精々、同意して気を損ねない程度。自分から面白いこと言えれば、もっとなんか変わったのかなーなんて、
「まあいいや、僕は現状に満足してるし。——嘘その胸少しよこせ——、いやなんでも、君はどうだい?」
「ワタシは、どうでしょうかね!?」
「うん。しっかり夢を持つといい、」
振るわれるエウスの剣技は、
重く、鋭く、巧みで、芸達者で、品があり、面白く、わかりやすい。
教本通りの真面目な剣勢、その真逆。
どちらも使えるが、結局のところそのどちらも、上手すぎた。
理想に描く百点の動き、それしかしてこない。
空想の中の悪者や怪物を倒せる、倒した後の剣。
それは大衆への見せものであり、個人へ送る即興劇にはなり得ない。
「多分これ以上がないんだろうね。みんなが思い描く満点の動き。ついでに言うとそれ以下のブレもないから、とっても安心する」
「それは、褒めているのかな?!」
「んー、悪いことではないか、どうだろ」
夢とは、つまり向上心。
エウスは理想の達人の技を使うけど、それは所詮過去のものだ。
夢も理想も一緒くたのエウスからは、予想外の一歩上へは飛んでこない。
僕にとって、これ以上やりやすい相手はいないね。
「……では、運命といきましょうか!」
「お、今度はなにかな、」
ブンブンと、優雅に大きく無心に、剣を振り回す。
こちらに狙いを定めず、クルクルと回る様にご乱心。
なるほど型がないならそっちから予測するのは不可能だね。
「でもま、せめて人体から外れるくらいはしなよ。その程度で僕の視界から逃れられるわけないでしょ?」
「ええでは、お望み通り——」
——ガチンッ、
ギアの噛み合いが急に変わって、エウスの剣線が変化する。
乱雑な嵐から打って変わって、正確に精密に狙い撃つ様に、
「で、ダメだよ。だから言ったでしょ、せめて物理法則くらい壊してみせろ」
「…………これは、手厳しい、」
諦めた様に剣を振り、何も無い手から銃弾を放つ。
もはや握る動作すらない隠し弾、大袈裟な動きを囮にした完璧な奇襲、事前動作の一切を殺した神出鬼没な脅威、認識不能な奇術師の極意、
「でもやっぱり完璧すぎる。そんな隙も隙の無いも晒したら、結局のところ想定通りにしかならない、」
「……アナタがおかしいだけでは?」
「今さら気づいたの?」
体内、エウスの仕込みもタネも自由自在。
全部事前に見れちゃう僕は、やっぱり観客としてはどうなんだろうね。
でも選手としては、ここまでプロレス付き合えたんだし悪く無いと思うよ。
——カチチッ、
「…………、」
無言、エウスの体内の機械が動いて、体から炎が出る。
夢想、いや流石にあれは本物の機構かな、僕以外に想定しろって方が我儘だし。
確実で、精密な科学。夢が破られた時の保険ってところか。
いつも不安定で不規則な夢の中にいると見せかけて、最後はキッチリと信用足り得る現実で殺す。
とはいえ前まではこんなのなかったし、本当に保険ってところかな。まあそれでも、
「どこまで行ってもエウスには、不確定で不条理がない。乱雑で自分ですら制御していない様な暴走ですら、しっかりと予兆があるし緊急用の制御まで仕込んじゃう」
僕が本当に何も考えず魔法暴走させてみろ、
ワンチャンどころか余裕で惑星崩壊して、なんとか系単位で心配しなきゃならん。
ともかく、その程度で、その程度の物理現象も科学も越えられない時点で、
「エウスが、何を持って科学を信用してるのか、なんで君の事を想っているかは知らないけど。——その程度でなんとかなるなら、僕がとっくにどうにかしてるに決まってるだろっ?」
僕は、夢が見たかったんだ。
僕一人じゃ不可能でも、誰か、もっと素晴らしい楽しい力があれば、君の事を、
「現実じゃ無理なんだよ、記憶は所詮電気信号、僕のどこを探したって君の事なんて出てこない。そしたら、僕じゃもうどうしようもないんだ。だって僕は、想定できる現実しか実現できないから」
だから、それでも、君は確かにどこかにいた。
魂なんて観測できないもの、それでも僕にできなくても、魔法ならそれができるって、
「その結果がこれかエウス。所詮は現実が考えられる様な夢しか叶えられないのか。もっと突拍子もない考えも思いつきもしない、そんな素敵な夢を見せてみろよ!!」
でなきゃ、君の事を信じて任せるなんて、できないだろ。
「……わかりました、」
「確かにワタシは、演じる事に固執していた」
「世界を劇場に仕立て上げて、夢を収束させれば、彼を世界に引き上げられると、」
「でもまず先に、一番に願うべきは、」
『想起』
「ワタシは、主人公に憧れていた、」
「どんな悲劇も不条理も切り抜けられるそのカッコよさに、」
「だから、演じるべきなのは彼らではなく、」
[少女の剣技]
「ワタシが主人公になった、その続き!」
剣が振られる。
今までのどの動きよりも単調で、頼りなく、弱い剣。
不安定で、不規則で、不恰好で、
だけどもそのどれよりも、不確定。
先の見えない少女の夢。
現実なんて伴わない、ただの純粋な願い。
それこそが、どんな理想よりも夢想よりも大きな、
無限の可能性。
剣が迫る。
もはや型も思想も技術もへったくれのない、子供の剣。
行き先を物理的に予測する事なんて簡単な、児戯にも満たない純粋な単調。
それは否定のできない現実。
だけども否定のしたくない普遍。
子供が勇気を振り絞って振った剣が、何の意味もないと認めてしまっても、それは当たり前のことだ、
それでいいのか。
子供の力でなんて何もできないなんて道理、そんな不道理、
僕らにだけは、それを受け入れることなんてできない。
「だから、僕も、」
この剣を振り下ろした時、果たして何が起こるのか。それは何もないであり、それは全くの未知だ。
振りかぶった本人すら、何が起こるのか、何ができるのかなんてわかっていない、
ただ、それでも何か起きてくれるんじゃないかという期待。
どんな事でもいい、この固まった不条理を吹き飛ばしてくれるご都合展開が起きるんじゃないかという憧れ。
僕が、その勇気のみで構成された全くの脅威に、どれだけの価値を信じられるかという、希望。
夢を夢のままぶつけた時に何が起こるのか。
それは僕にとってすら完全なる未知だ。
だからこそ信じてみたい、
だからこそ、
「僕の剣」
全くの力も技術もない剣。
目の前の少女以上に、力の込められない弱者の剣。
普通に考えても、普通に考えなくても、これは何にもならない。
確定的な常識が拒絶する、信頼できる法則が否定する、絶対的な現実が邪魔をする、
それでもこれらがぶつかり合った時、何か過去では、現実では観測できない物理を超えた何かが起こったのだとしたら、
空間魔法すら超えた、説明のできない不思議な力。
すなわち魔法の様な素敵な何かが、この世界にはあるのだろう。
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僕らが、変わり用のない現実から彼に救われたように。




