118話
想像のままに現実を改変する。
空間を支配する。
そんな力は、
「『整理』」
そうだ、誰でも持っている。
魔法、魔術、いやそれよりもっと根本的。
思い描いたものを目指して現実を変えていく、そんな事は、全ての生物が当たり前に行なっている事だ。
何を今更、掲げて言う必要がある。
「そんなものより、夢を夢のままぶつけてくる方が、よっぽどやっかいだね、」
「……あは、そうですか。それは厄介、」
「それに言ったでしょ? せめてブラックホールでも持って来なって。その程度の想像じゃ、どのみち僕は潰れないよ、」
結局のところ怖いのは未知だ。
理解できる事ならば、それがどんなに強大なものであれ対処ができる。
僕は、そうして生きてきた。
「それに理屈もわかってきた。想像を現実に変える力。確かに、嘘は言ってないね、」
「うふふ、ええ。ワタシはいつでも誠心誠意をモットーに、生きさせていただいてますよ?」
「それは、ツッコミ待ち?」
まあいいや、確かに間違っては無いのかもしれないし。
軽く優雅に語りながらも、エウスが腕を振るう。
隠された暗器、存在も不確かなマジックの種、僕の想像通りな銃弾が放たれて、僕の構想通りに避けられる。
まるで殺陣、お互い示し合わせたかのような、劇の一幕。
こんな芸当は、どちらか一方の演技では成り立たないだろう。受け手と攻め手、互いの信頼関係によって成り立つ達人の演出。
「そう。最初から、妄想を現実にしていたのは僕だった」
「おや、あっさりと種明かしをしてしまうのは、無粋ではありませんか?」
「いいんだよ、他に観客がいるならともかく、個人のための対話ならこうして分かりあうのも醍醐味でしょ?」
盲目に純粋に楽しむだけでいられるには、僕らは知りすぎてしまったから。
ともかくわかった、これは技術だ。
呼水に魔法を使ってはいるが、肝心な魔力の発現地点は、
「つまり、あまりにも現実味のあるハッタリと思考誘導で、相手に無意識に魔法を使わせる。それが君の魔術ですらない技術」
「あは、流石ですねえ。タネがバレるのはマジシャンとしては失格ですが、意図を読み取ってもらえるのは演出家としては光栄ですよ?」
——まあそんなもの、お客様自身に考えさせてしまうようじゃ、三流ですけどねえ。
指摘された道化師は、いつも通り楽しげに笑う。
それが彼女の仕事だ、どんな時でも自信たっぷり悲劇を喜劇にお届けする。
そもそもこんな状況、彼女にとっては逆境ですら無いのだろう。
だって分かって解説してそれでも、何度観ても楽しめるのが一流の演劇。むしろどんどんと深みにハマっていくものなのだから。
「勇者目指してたのも銃器ばら撒いたのもそのためかな? ハッタリを強くして、より手数を増やすために」
「ん? いえまあ、それはただの過程でしかありませんよ。もっと、大きく回るための。そして、その後は……、」
目が合う。
こちらを見ているようで見ていない、徹頭徹尾夢の中、
彼女にとっては夢も現実も、差のない同一のものなのかもしれない。
「ともかく、せっかく来てくれたお客様には、もっともっと素敵なものを見せてあげたい。それだけですよ、」
「ふーん。まあ頑張れ、」
「ええ、『想起』、『構想』」
次なる演出が回る。
起こり得るは僕の想像の範疇、どれだけとっぴな妄想力を働かせようが、それが独りよがりじゃ意味がない。
逆に言えば僕の方からも、勝手に演出曲解したりはできないんだけど。
だから思った通りに現実変えるとか、……空間魔法使えば、割と色々できるなうん。
例えば勝手にこっちで透明な銃作ったり、いやあんま意味ないけど。
エウスの方は、自分の頭に銃突きつけるジェスチャーをして、
あれで本当に撃ち抜いたら笑うな、まあそうは思えないから無理だけど。
「それで今度は、観客でも生やした?」
「いえ、エキストラです」
「ふーん。趣味悪いけど、そういう演出なら評価してやろう」
悲鳴、怒号、全て遠い、
スクリーン越しの映像、悪趣味な映画のワンシーン、何も感じない所詮は映像。
画面の中の怪物達が触れてくる。
想像のままに現実を変えられるなら、これらは確かに脅威だろう。
何せこのヘドロは終わった過去。今更改変も抵抗も不可能な撮り終えた記憶。
感受性が高ければ、そのまま取り憑かれて落とされるかもね。なんて、
「うん、やっぱり趣味じゃないな。他人の不幸を観察するなんて、いったい何が楽しいのやら、」
「そうですね、でも、」
「これがあったから、君があるってだろ? だとしても、残念ながら僕にそれを同情するほどの余裕はない。浮かぶ感想は、どうでもいいか、せいぜい良かったねだよ」
画面の中では、僕が誰かが目の前の少女が手足を切り落とされてる。
不衛生で腐ったものと、壊れて治らなくなったものと、面白いから残りもとちぎられたもの。
で、それを見せられて、僕にどう思えというのだ。
精々胸を抉られたあたりで、元より結構サイズあったなちくしょうと感じただけだ。
「こんなもの見て、誰が得するの? あとだから、僕の見るのもやめてよね??」
「ええそれは、ずっと拒絶されていますよね、」
「本当、一度ならず二度はないから。まいいや、気分悪いから早く次行って、」
流れた過去はそのまま消す。
これは僕の妄想じゃなくて、エウスが自分で頭の中を再生してるだけだから、きちんと魔術として出力されている。
故に、同じ魔術で干渉するのは簡単だ。
にしても、ふむふむ。
名前を変えてはいたが、結局やっているのは創造とかいう魔法と同じ。
記憶を設計図に光でも組み立てて、立体的なプロジェクターにしてるのか。
絶対もっと面白い使い方あると思うけどね、
「そうですね、でもこれは必要な事だったんですが、」
「そうなの? じゃあ止められる隙見せた方が悪い」
「あはは、自分語りは隙を見てやれってことですね」
そうだね、おかげで僕も余計なことを言った気がする。
まあいいや、お互いスキも見せ合った仲だし、
そろそろ演技なしの素を晒すのも、ありかな?
「……ええ。それでは少し、狡い手を使うとしましょうか、」
「今更いいよ。別にもう思わないから、それが君なんだしね、」
「…………ん、嬉しいですねぇ、」
エウスは銃を収納し、剣を構える。
荘厳に、雄大に、自信過剰に、
それが自分の素顔であると本気で信じさせて、
——それではみんな、聞いてくれ!
————これが、みんなの信じた、僕の力だ。
画面が切り替わる。
闘技場の上、国中に見える程の大きなスクリーン、そこに今まさに悪に立ち向かわんとするエウスの姿が映し出される。
構えた、その小さな剣が、今までとは何倍もの力の違いを感じる。
当たり前だ、想いの量が違う、物理的に、
ここに来て演技を向ける相手が変化した。目の前の相手から、それを観戦する有象無象に。
国中から向けられる信頼の念、それが無意識にまとめられ、個を押しつぶす全となる、
偶像の剣、みんなの応援が力になるなんて、まるで本物のアイドルみたいだ。
「なんて言うには、悪辣すぎる気がするけど、」
「ああ安心しなよ、声は入ってないから、」
みんなが見守る絶対のヒーロー、
そして、当然その視線の先にいるはずの巨悪。世界を終末に導く魔王の姿は、
うまい具合に陰になって見えないようになっている。
「……公共放送の私物化に、編集と偏向報道。これは確かに狡いというかセコイかも!?」
「あははぁっ!」
剣を振るう。
もはや僕の想像の必要すらなく、その勢いが強く大きく乗せられていく、
いや、それどころか——、
「っ、町が真っ二つになるんだけど!?」
「その場合は、キミの攻撃のせいってことにするから大丈夫さ」
「ホントにズルイな?! じゃあこっちもフリーの個人放送してやろうか!!」
「あははっ、その場合はお互いに編集合戦で、信用度の戦いになるねえ!!」
「ちくしょう勝てない!!?」
想定通りの重く鋭い一撃を受け流し、その想像を超えた僅かな差異で手が痛む。
そしてその次、僅かなズレを思考に入れて再び迎撃の構えをとれば、
「ぐうっ! やっぱり、まだあっちの機能も生きてるのか!!」
「ええ! 目に焼き付けてください!!」
相手を強大に恐ろしく想定すればするほど、その想像通りに脅威が変動する技術。
周りの人間に無意識に魔力を使わせて、理想のヒーローになるよう力を加算する魔術。
その二つが、噛み合って無限に爆発的に乗算されていく。
人の身を超えた理想の一撃、それを迎え撃つために想像を固めれば、次は更にそこにまたみんなの理想が乗っけられる。
「でもそれはっ、やっぱり相手の想像っていう限界があるはずなんだけどね?!」
「ええ、アナタはやはり理想の観客、いえ共演者です!!」
際限なく上がっていく剣劇。
その終着点があるとすれば、それは即ち僕の終わり。
僕の考えられうる最悪の、その更に上をいく。僕が上限を見られることは決してないのだから、まさしく限界が無い。
——と考えていては、本当にどうしようもないだろう。
思考は止めない、そのせいでどこまでも被害が拡張されていくのだとしても、
可能性を模索することをやめなかったから、僕は生きている。
「そろそろ本気で、町ごと消し飛びそうだけど??」
「えぇ、いやはやまさかここまでとはっ、、」
どんどんギアを上げて激しくなっていく打ち合いに、笑顔で対応するエウス。
というより、みんなの理想を力に変えてる以上、嫌でも死ぬまで笑い続けなきゃいけないんだけどね。
まあだから、エウスの限界を待って自滅を誘うのは不可能だろう。
何せ、僕は未だエウスと剣劇を続けている。
いくら空間魔法製の折れない剣とはいえ、町中の夢と理想の塊に対して、どうしてこんなに保たせることができるのか。
簡単な話、
「せめて戦争でも起こすべきだったね。それとも、現状がそうだとしたら甘すぎ」
「いやぁ、これはどちらかというとあっちのボクの後始末だから、とはいえそうだね、」
「うん。これでも僕とレコウが盛り上げてあげたんだから、この程度かなんて思っちゃうよ、」
僕一人が知りうる現実に、街全体の夢想も妄想も追いついていない。
きっとこの町の住人は、本物のドラゴン様の一つも見たことがないのだろう、
だから、どれだけ高みの英雄を想像しようが、薄ぼやける。
僕の個が想定する最悪に対して、あまりに強大さも具体性も足りていない。
つまり彼等が求める最強のヒーロー程度では、
「だいぶ、速くなってきたね、」
「ええ、心地よいですが」
「客受けするには、ハイテンポすぎる。なんてかな?」
あまりにも速い打ち合い、あまりにも重い激突、あまりにも深い達人の読み合い。
それらは最早、映像でしか見られない彼等には、ただなんとなく凄いものとしか伝わらない。
エウスにはまだ余裕がありそうだ、僕にとってもまだまだ。ドラゴンちゃんの本気の、足元にも及んでいない。
でも観客にとってはもう、よく分からないもの。
妄想だけで作られる強さじゃ、その上限はたかが知れている。
空を飛ぶのに必死の生命体に、惑星間飛行の技術と素晴らしさを伝えたとて、ただ何となくの凄さしか伝わらない。
なんなら、理解を拒むことすらあり得るね。
「だからそろそろ、限界じゃない?」
「……それに、飽きられてしまいますか、」
「うん。」
映像がブレる。
被写体を追い切れないという風に、唐突に途切れる。
これ以上は観客の思考じゃ追い切れない、
それに同じ光景を繰り返し続ければ、見ている民衆はボケていく。
最悪の場合は、時間をかけ手こずったと見放され、失望されることすらあるだろう。
勝手な話だけど、まあ勝手に使ってるんだからその程度はしょうがないよね。
「という訳で、そろそろ終わらせようか、」
「…………ええ、」
構える。
決着は個人舞台。
今度こそ、観客は無しでね。




