第三十六話 ワルと神秘のデルタ帯
「……デートしたらしいですね、ブルーシェリフと。……チッ」
後日。ある日の平凡な昼下がり。あ、勿論休日だから。ここ重要ね?
俺は無意味なサボりは(あまり)しない男なんだ。
何故か基地まで突然来て、一緒に人生劇場をプレイし始めたシャムシールが、長々と続いていた沈黙を破って突然そう切り出した。
なんてことだ……既に噂になってしまっていたのか。フゥ、Celebrities painful……有名人は辛いぜ(機械翻訳)
しかし、この子ってば何? 俺がブルーとおデートしたからってお前の正義の味方人生のどの辺りに影響があるっていうの? しかも何でそんな若干キレぎみなん?
「まさかお前……! I AMに自分でも気づかないうちにLOVEが目覚めいじらしい嫉妬に……!」
「……それは無いです」
「いいや、お前も気付いていないだけに既にお前のハートの中で俺と言う存在は無視できないウェイトになった時既にお前は俺にフォーリンラブ……罪なメンズだぜ俺も」
「……そのいちいちいらない英語は特にウザいです……キモいです……」
「ウェイト! 俺の心を抉りながら妨害するのやめて! 死んじゃう! 俺の未来が死んじゃう!」
クソ、この小娘め。意外にしたたかに妨害を極めてくるぞ……!
俺の未来が! 蹂躙される! ヘーイ!! 助けてメルー様! いねえッ!
「……ブラックメイル」
「なんだよツンツン娘。デレ期はまだなの?」
「……そんなものはないです。……あの、ですね。ブラックメイル」
「よしこい。どんとこい。俺の胸に飛び込んで来い」
「あまり、言いたくはありませんが」
俺の愛ある言葉を全く無視してシャムシールが続ける。酷い、俺の愛を投げ捨てるなんて。愛と勇気だけが友達になっちゃう……。
「……私とも、勝負しましょう。デート勝負です」
「……WHY?」
やっぱりなんかよくわからないけど、とにかく勝負することになりました。
***
うーん、今日の俺も完璧に決まっている。
大型百貨店のディスプレイに映る自分の黒くてイカした鎧をワックスで磨く。
キュッキュッのキュッ。
あれっ、ちょっとアンテナ曲がってる!? ピシッとしなきゃもう。
駅前近くの発展著しい通り。
俺は前回から引き続きよくわからない状況に追い込まれていた。
前回ブルーシェリフとのデートを(あらゆる意味で)失意のまま終えた俺は、まあ特にそれを引きずることも無く日々を平凡に過ごそうとしていたわけだが、さてこれは一体どういうことだァ? ンンン?
何が何だかさっぱりホワッツであるが、今回はシャムシールさんとのデート勝負に御座います。
なんでやねん。ついに生涯一度は訪れると言うモテ期の到来ってヤツなのか?
こりゃあ映画化決定しちゃうぜ。まずは綿密にあれがあれでこれがどうなるかちゃーんとチャートに認めておかないとな。
まあしかし、油断は大敵だ。もしかすれば、あれがあれでどころか、刺したり刺されたりの関係になることも無きにしも非ず。
ついに……俺もチェリーを卒業しちまうんだな……(幻想)
「……ブラック~……」
遠くからやる気の欠片もないか細い声が届く。ブラックイヤーは地獄耳なのだ。
あはは~、と一片たりとも笑っていない笑顔で手を振りながら近づいてくる猫耳パーカーが一匹。
あまりにいつもと全く変わらない姿なので「お前それデートに臨もうとしてるって言えんの?」ってブルーのこと棚に上げて言っちゃいかねなかったけど、なんか駆け寄ってくる様はデートっぽい雰囲気だったので許すッ!
さあ!! 飛び込んで来いわが胸に!!
「おおおおお、シャムーッ!!」
「……ブラック~……」
たたたたたたた、スラァッ!
あっ、なんか変な擬音が俺の脳内に。この効果音はなんだね君ィ!
飛び付こうとするような浮遊をするシャムシールの右手には、なんと日本の平和な日中に全く似つかわしくない凶器的なアレが! うん、まあぶっちゃけ魔剣。
「死ね」
「キャッチユアハート!?」
白刃ッ! 正確に心臓を一突きしようというコースの平突きを、究極の反射神経を持って上下に挟み合せて掴みとる。危ねえッ!? 死ぬッ!?
「チッ」
「おうテメェコラ舌打ちする前にこの奇襲はなんなのか説明しやがれ」
「……(デート)勝負です」
「ああっ、重要なところをカッコに押し込んでなかったことにするという正義の味方にあるまじき卑劣な行為を!?」
クソッ、どこかで聞いたがホモは嘘つきだからな。逆説的にレズも嘘つきということになる。
コイツから漂うクレイジーでサイコなレズ臭を俺は感じ、なるほどと一人頷くのであった。
同性愛はいかんぞ、非生産的な!
「……すごい失礼な波動を感じます」
「いや、何も言わなくていいんだぞ、うん。俺は色々なことに理解のある男だからな」
「……何を言いたいのか何となくわかるのがシャクですが、私はノーマルです」
「嘘を吐くな貴様……! ならば何故こんな身近にいるイケメンになびクォータパウンダァッ!?」
俺の狂言に、返答のかわりに差し出されたのは目にも止まらぬ乱れ突きであった。
何だ、照れ隠しか? クソッ、そんなことないっすよねぇ!?
「……リベンジマッチといきましょう」
「ちくしょぉぉぉぉ、嬉しくねえ!? 俺はイチャコラする勝負がしたいんだい! ポッキーゲームで両端むしゃむしゃして『あ、触れちゃったテヘヘ』みたいな甘酸っぱい想い出をぽろぽろしたいんだいっ!!」
「……世迷言を……!」
「迷ってねえ!! 俺の想いはいつでも一直線だ!!」
「……余計に不埒です!!」
く、くそ、俺はこんな刺しつ刺されつ(物理)な関係は求めていないんだよ!!
刺しつ刺されつ(エロ)がいいんだい!
間断なくとしかいいようがない驚異的な突きを、喪失したエロスへの渇望を力に滑るようなステップで躱していく。
だが、流石に鍛えられた剣術の前には、俺のミラクルスピードも分が悪い。
的確に心臓を抉りにくる突きを躱しきれず手の甲で弾き飛ばす。シャムは反動による手の痺れか、痛そうに片目を閉じた。しかし、それも一瞬のこと。
今度は斬り突き払い全てを織り交ぜた変幻自在の剣で押してくる。
手を出さずに回避を試みるも、数秒と経たず俺様の黒色に煌めくナイスな鎧に袈裟の斬り傷が刻まれた。
「ハッ!? 折角ピカピカに磨いた俺の完璧な装甲が!?」
「……そのままっ、斬られなさいっ……!!」
ワックスまで用いた完璧な仕事を見事に台無しにされ、ショックのあまりに足を止めてしまった俺。
勿論、彼女はそんな俺を見逃さず渾身の振りおろしが!
ブンッ! ……。
響いたのは生々しい割断の音では無く、虚しく空を斬る風斬り音であった。
「残像だ」
「っ」
その程度のSHOCKで俺を仕留めようなどとは百年早いわ。シクシク。
傷ってなんで磨けばいいんだっけ。クレンザー? 専用の磨き材とかはやめてくれよ……。
「チッ、いいだろう。デートを諦めきれず防戦しているだけでいなせる相手ではお前は無かった。
お前もまた、強敵だったな。それを認めて……勝負といこう」
「……さっさとそうすればよかったんです」
「そして、ここからが大変重要だ。金輪際このようなことをせぬよう、貴様が勝負に負けたら」
「……負けたら?」
首をちょこんと傾げるシャム。ラブリーである。この可愛さ、許せぬ。
「……貴様の! おパンツを! 頂くッ!!」
「……却下です」
「ならば!! 貴様の!! もっと大事なものを無理矢理頂くまでだ!!」
和姦でなくともな……クリム○ンは許されるのだ! ふふっ、需要ってヤツァ、……恐いぜ!
「……パンツでいいです」
はあ、とため息を一つ吐いて、諦めたような同意を漏らした彼女に、俺は指を突き付ける。
「言ったな。いいと、言ったな」
俺がそう告げ、拳を握りしめ構える。
俺の姿に何かを感じたかのようにシャムが体を震わせて、素早く身構えた。
そうだ。本気になれ。
でないと……。
貴様のパンツはうちのお鍋でしゃぶしゃぶされても文句の言えないことになっちまうぜ!?
「行くぞ(本気)」
「……! い、いやです。何でそんな本気で目を光らせてるんですか」
「おパンツが……欲しいんです……シャムシール先生……!」
「頭おかしいんじゃないんですか!?」
珍しく声を荒げるシャムに、俺は「そうかもしれない」と返答する。いや、そうだけどね。
貴様にはわかるまい。女の子とイチャラブも出来ない男子高校生の日常など!
この悲しみを俺は逆恨みにして!! 正義のパンツを討つ!!
正義のパンツってなんだ……? まあいいか。
「いくぞシャム!! 俺の一撃は謝意暴威な男子高校生達の悲しみと知れ!!」
「ひっ」
わりとガチでドン引きされているけど知ったこっちゃねえぜ!
背中のスラスターを噴かせて、一瞬にして間合いを詰める。
女の子が相手だとしても、俺のこの煩悩はやめられないとまられないぜ。
渾身の勢いで繰り出された右ストレートを、シャムは曲刀を立て紙一重で受け流した。
右ストレートの破壊力を、そのままカウンター気味に円運動で振り返してくる。
それを左腕で弾き飛ばし、拳の乱打を向ける。
勢いに押されて、バックステップを踏みながらそれを受けるシャム。
すげえ! なんかアニメみたいなシュバシュバ武器がぶつかり合うような状況だよ!
しかも、シャムに攻撃に回られると(主に俺の身体が真っ二つになると言う意味で)ヤバいので、押して押して押すしかない状況。景色は大通りを抜け、ちょっと田舎臭い脇道から町の中心の国道へ、目まぐるしく変わっていく。通行人の皆様申し訳ありません! 正義と悪のバトルでございます! 今押して押して押しまくっているのがブラックメイル、ブラックメイルでございます。
押して押してって状況、なんだかあれだな。女の子に告白して拒否されても、それなら思い出に一発だけヤらせてくれと頼み込んでるみたいな感じでちょっと興奮してきた。
届け俺の想い!! オナシャス!!
「俺の熱い想いはどうだ!? 婚姻届に印を押したいパワーが溜まってきたんじゃないか!?」
「っ……そんな、わけ、ありません!」
強情なヤツめ。早く俺の拳で堕ちれば楽になると言うのに。
既に何か目的とか手段とか諸々が色々と間違ってきたような気がしてきたが、男の子は振り返っちゃだめだからね、仕方ないね。
拳と剣の応酬。戦いは続くよどこまでも。西へ東へ北へ南へ。
もうなんか通行人のご迷惑などはかえりみず、とにかく殴って殴って殴りまくるしか俺には出来ない。
俺の名誉のため。彼女のパンツのため。もうこれわかんねえな?
***
「ぶっはっはっ!! こ、この女の、貞操がお、惜しくば……ありったけの……女子高生の着用済みパンツを!! も、持ってくるんだな!!」
「な、なんということでしょう! ショッピングセンター破壊事件にて収束を見せたと思われた下着事件に続いて、今度は堂々と下着を要求する怪人が現れました!! しかも堂々と女子高生のものを要求しております!!」
まだ日の高い往来で頭部を蟹のような姿にした怪人が、女子高生にその鋭利なハサミをつきつけて、泡を吹きながら己の望みを人々につきつける。
よくある光景ではあった。あったのだが、ここ最近世間を騒がせるのは黒い鎧のなんだかよくわからない怪人と、それに比するほどの変態な怪人どものぶつかり合いや正義の味方とのぶつかり合いが主で、直接的な民間人への被害が出る行為はほとんど無くなっていた。
実際彼らが無駄にはしゃぐものだから、怪人たちも巻き込まれるのを恐れて大半はしばらくの静観を行っていた。地球外の生息が主な侵略者たちは別として。
それが、ナルシストンの一件でブラックメイルやキャプテンスロスなどがしばらく静養していたのを皮切りに、少しずつではあったがまた怪人達がやりたい放題し始めたのであった。
「全くもって迷惑極まりない所業の数々!! 相も変わらず怪人達は絶好調です!! ここ最近紙面を騒がせていた黒い鎧の怪人が大人しくなったこと、正義の味方協会の内部抗争、それらを皮切りにしてまたしても怪人達が暴れ始めております!!」
「は、はやくしない!! こ、この女の……スカートを、チラチラあげちゃうんだな!!」
「非道!! カメラが回っている前で、パンチラしない程度にスカートをめくりあげ始めました!!」
それはカメラを止めてやるべきじゃないのか……? と誰しもが思っている時だった。
激しい金属と金属の擦過音のようなものがどこからともなく、小さく響いてくる。
誰かがそれに気付いて、音のする方へと視線を向けた。どんどん大きくなるそれに、誰しもが顔を上げる。
そして、全員が全員顔を引きつらせた。
「ぐっはっはっ!! は、はやく、するんだな!! さもなければ、もっと……ん?」
蟹の怪人、カニパンチャーは近づいてくる音に横を向いた。
彼はその時のことを後にこう語る。
『あれはハリケーンだった。生物は自然の気紛れには勝てない。そして俺は理解した。パンツとは見えそうで見えないから尊いのだ。パーカーとスカートが暴風に強く煽られながらも、互いの力によってスカートを押し隠す姿に、俺は真実を見出したのだ。
パンツを求めてはならない。パンツの気紛れこそが大事なのだ。脱がれたパンツなどに意味は無いのだと……』
カニパンチャーはそんな未来の自分を知る由もなく、その光景に恐怖した。
目にも止まらぬ戦闘を繰り広げる暴風が目の前に迫っていたのだから、さもありなん。
なんだこれは。最早黒と白と色でしか認識しきれないとすら思える、ブラックメイルとシャムシールの戦いに、カニパンチャーは逃げる事すら忘れて竦み上がった。
「「邪魔ァッ!!!!」」
ブラックメイルの拳が、シャムシールの剣が、通り道にいたカニパンチャーに襲い掛かった。
ガッツがたりず吹き飛ばされるカニパンチャー。
暴風は全くそれを気にした様子も無く、どこへともなく進んで行った。
……静寂が場を包む。
宙に舞ったカニパンチャーがドシャアという音とともに地に落ち崩れた。
「……この変態ッ!! 変態ッ!!」
「よっしゃあ、お前ら今のうちに締め上げろッ!!」
「や、やめ、ありがとうございますっ!!」
人質の女子高生に蹴りつけられながら、あえなくお縄になるのだった。
***
「くっくっくっ……なんだ、正義の味方ってのも大したコトはないな!」
「ぐぅっ……」
頭を踏みつけられて、正義のヒーロー・ブルードッグはうめき声をあげるしかなかった。
青い衣装に濃い顔の犬の被り物を深く被ったヒーローは、自分の情けなさに打ち震えながら、怪人達に吐き捨てるように言った。
「お前達程度のゴミ、俺がやれなかったとしても……すぐに他のヒーローが……!」
「ああん? そんなことはない。俺達……甘さのわりに甘くない、ハチミツトリオにかかればな!!」
「鮮血のオオミツバチ!!」
「黒死のセイヨウミツバチ!!」
「そしてこの俺……リーダー・変幻のセスジスカシバにかかれば、ヒーローなんてちょちょいのちょいというものだ」
「ちくしょう!! どう考えてもハチ科じゃねえヤツが混じってる上、ミツバチ科が主なこんなヤツらに負けるなんて……!!」
切実な叫びだった。セスジスカシバは、ふんと笑いながら擬態の限りを尽くしスズメバチの意匠をもたらした自身の身体をアピールする。
「虎の威を借る狐ではないが……、だがなヒーローよ。借りた末、虎となってしまえば最早それは狐ではなく虎なのだよ」
「意味わかんねえし!! つーかミツバチじゃないし!?」
「どうだ、私の針は痛かったか?」
「どちらかというとお前の部下達の攻撃の方が痛かったよ!!!」
「くぬ、まあそんなことぁいいんだよ。そんなことよりも考え直したかブルードッグ。この人質の……そう程よく熟した人妻のパンツを無理やり奪われたくなければ、早く老若男女様々な着用済みパンツを……ここに用意するのだ……!!」
「た、助けて……!」
「しかもなんでパンツを盾に要求物がパンツなんだァッ……!!」
ブルードッグは泣きたかった。なんでこんなヤツらに負けてるのだろうかと。
人妻も泣きたかった。買い物に出ただけでパンツを狙われたのだから。災難である。
「ふん、悔し泣きか!! まあ、お前も弱くは無かったぞ。いかにも中堅どころという感じの強さだった。
それに、まあ、その、なんだ? 背の低さと体型は、生まれつきのものもあるしな? 個性とかって大事だし。元々特別なオンリーワンと槙原とス○ップも言ってるしな? うん、そのね、……落ち込まない方が良いよ?」
「うっせえよ!! なんで微妙に慰めようとしてんだよ!! 逆に辛いわ!!」
「敵に塩を送ってやったってのに……まあいいわ! それで、我々の要求を呑むのか呑まないのか、早くした方が良いぞ。ほれほれ」
人妻のスカートに手を掛ける三人衆。
チラチラ上げ下げしては、ギリギリのところで静止させたりを楽しむ。
見えそうで見えないところを攻める。変態である。
地べたにはいつくばるブルードッグからは見えてたのだが、黙っておくことにした。セクシーパンツである。役得というヤツだった。
「むう、強情なヤツめ。……仕方あるまい、あまり強行な手段はスマートではない故、取りたくは無かったが……コヤツのパンツ、奪い去るしかあるまい。ほうれ」
「ひぃっ……強姦魔……ッ!? 犯される!?」
「人聞きの悪い!! 我々が興味あるのはパンツだけだ!!」
「それはそれで最低よッ!?」
呆れ果てて何も言えなくなっていたら、勝手に話が進んでしまっていた。
しかし、罪なき一般人が毒牙に晒されているわけであって。呆れているわけではないわけであって。
地べたに這いつくばっている場合では無いと、ボロボロの身体に鞭を打つブルードッグ。
「ふ、無駄な抵抗はやめておけ。貴様は負けたのだ。早くパンツをかき集めてきた方がよいものだぞ」
その身体を捻じ伏せるように踏みつけて、無慈悲に再び地へと叩き落とすセスジスカシバ。
もうダメなのか。
そう諦めかけた時だった。
「「はああああぁぁぁぁああ――――――ッ!!」」
ドガン!! などとアホらしい擬音を轟かせながら、怪人達の背後の壁が突如粉砕した。
光に照らされながら現れたのは……黒い鎧の何かとネコミミフードの少女。
二人は全く怪人どもを気にした様子も無く、まるで道端の缶でも蹴り飛ばすかのように
「「邪魔アッ!!」」
「アッ」
「ウッ」
「チッ」
トリオ怪人衆を吹き飛ばし、見事人質には傷一つつけず
「さあシャム!! パンツだ!! 俺にパンツを寄越せ!! そして俺は新世界の神になる!!」
「嫌ですやめてくださいセクハラで訴えます死んでください」
「やだいやだいやだい!! ここまで来たらパンツ貰うまで帰らないんだい!!」
「だだっこみたいな真似はやめてください……」
パンツがどうのとのたまいながら、ハリケーンのように去っていくのだった。
……パンツ。パンツがやはり何かの鍵なのか。パンツとは……パンツとは一体。
「……あの、私、帰っても大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫です」
既にブルードッグの頭の中には人質の人妻のことなど欠片もなく、パンツという言葉がいつまでもリフレインし続けていた。
後に、彼は下着メーカーを起こし、一躍時の人となるのだが、それはまた別の話である。
「……失敗しましたね」
「……これ首領様に怒られますね」
「ぐぅっ! 何だあのパンツどもは!!」
「「(俺達が言えたことじゃねえんだよなあ……)」」
***
その後も二人は、悪も正義も見境なく千切っては投げた。
東で争えば、沢山の悪を相手に大立ち回りをしていた正義の味方を怪人達ごと張り倒し、西で争えば、正義の味方とぎりぎりの死闘を繰り広げて、あと一歩で勝利しようとしていた怪人をダブルラリアットでK.O.し、まあとにかく平等に全ての者に対して理不尽な暴力を振るい力こそパワーという感じで捻じ伏せた。
そのように外部ナレーションのように回想している俺ですが、仕方が無かったのです。
全てはヤツのおパンツ様が悪いのです。ネコミミパーカー少女のパンツが欲しいのです。俺は。
しましま……いや、ストライプのよくあるアニメ下着なのか。
それとも白のどこにでも売っていそうな残念パンツなのか。はたまた際どい黒やあんな色やこんな色の勝負パンツか……。
とにかくパンツが欲しいというこの気持ちに俺は嘘はつけない。
例えどんな(無駄な)犠牲が生まれようとこの手に掴んでみせるのだ。
「あと、一つだけ思ったことを言っておこう!」
「な、なんなんですか唐突に……」
どこまで行ったのか。隣町のそのまた更に先くらいまで出張して見覚えの無い空き地で向かい合う二人。
俺はそんな状況にどこかデジャアビュ(ネイティブ)を感じて、フッと息を吐いた。
「最近どこかで今の俺達に近い光景を見た気がしたんだが、そう、これ原作者版某ワンパンチ的なヒーロー……」
「……いけませんそれ以上は、ありとあらゆる意味で色んな方面に喧嘩を売ってしまいます……!」
「フフッ、次の話を早くお待ちしております」
「言うにこと欠いてそれというのがらしいですね……まあいいです。さっさと決着をつけてしまいましょう。……早く帰ってお友達とスイーツを食べようと思ってますから」
「スイーツ(笑)」
「……無性に腹が立つ言い方をされた気がします。斬っていいですよね?」
言う前から曲刀で袈裟に斬りかかって来るのはどうかと思うんだ、俺は。
端からもう答えは必要ないという感じのシャムは、次にはもう風を越え光の速さへと辿り着かんとするような閃光の突きを繰り出してくる。
コイツの真価は剣術ではない。スピードだ。ノればノるほど早くなる。
魔剣が更に力を貸しているようで、生身の人間が放ってはいけない類のスピードで、まさに目にも止まらぬ速さとしか形容の出来ない突きと斬りが、間断なく俺へと突きつけられる。
「むうっ!?」
いかんよ、これはいかん。思わず唸っちゃうくらいにいかんよ。
既に拳のガードでは捌ききれない攻撃が、俺のメタルブラックの装甲に穴を穿つ。
辛うじて斬撃には対処できるが、刺突は細身の剣も相俟って既に俺の反応速度では、勝負にならない境地へと至ってしまっている。
「くっ、何が貴様をそこまで」
「……身の危険に決まってるでしょう!?」
ですよねー。貞操の危機だもんね。まあパンツ奪う以上のことは、俺は紳士だからしないけど。
「フゥ、その意気やよし。だがこれ以上貴様を調子づかせるわけにはいかんッ!」
「いや、調子にのってるのはあなたですから……」
「そんなこたァねぇよ?! これがシラフで平常運転なんだよ!」
「……なお悪いです」
会話をしながら戦うというのも楽ではない。互いに、その一言一言への思考が、一瞬とはいえど気の緩みへと繋がり攻撃が鈍る。
そんな一瞬の攻防の隙をつき、俺はシャムの剣を逸らして後ろへと大きく距離を取った。
「? ……何を」
距離を取っても無駄だと言いたかったのだろう。そうだ、俺もお前も近接型。
その上、シャムには魔剣の力を使った特殊な攻撃方法もある。距離を取るのは、単純に愚策としか彼女の目には映らないだろう。
「……いいか、シャム。俺のメル友は良い事を教えてくれた」
「……?」
「……そうッ! ガルウインド君は教えてくれたッ! パンツ思うッ! 故にパンツありッ!」
「あなた、自分で捕まえた変態生物となにまた仲良くなっているんですか……」
「まあそう言うな。彼もまた下着という魔性の果実に狂わされてしまった被害者なのだ。
そんなことはいい。貴様の下着、既に我が手中へと納めるイメージはついた。決着をつけるまでもない、俺が引導を渡してやろう」
無形を解いて構えを作った俺に、シャムが警戒したように剣を胸元で構えた。
だが甘い。その程度でどうにか出来るほど、俺のイメージは容易くは無いぞ……ッ!
「さあ、燃えろ俺の欲望ッ! 今この時、全ての封印を解除するッ!!」
「ええ……」
(いや、そんなことで封印解除とかさせんからー……からー……)
こんなことで全力を尽くそうとする俺に完全に呆れ気味のシャムの困惑声と、お空から見守ってそうな感じのメルー様の爽やかなボイス。逆境を感じるぜ……。
いいんだもん! 業炎のイドパワーは封印解除しなくても、つ、強いんだからね!(涙声)
「くそう、目にモノ見せてくれるわッ! いくぞッ―――――」
背中のバーニアを燃焼させる。燃え滾って俺の小宇宙ッ!!
自分でも稀に見るレベルの最低な理由ながら、神秘のデルタ帯への渇望が今力となり―――
(本当に封印解除とかしなくていいんじゃよー……じゃよー……)
もうコイツダメだな的なニュアンスを携えた少女の声とともに、全身の五条のラインが点灯した。
やったぜ。
「必殺―――――――」
――――――"悪童式抜き打ち(パンツ)"。
一陣の風が駆け抜けた。それだけで全ては終わっていた。
シャムは困惑の表情を崩さず、お空のメルー様は未だサムズアップをやめない。
しかし、既にもう全ては終わっていたのだ。
すまんな、獄中のガルウインド君。俺ァ君と言う風を越え……雷光の領域へと辿り着いちまったぜ。
「え、は?」
何かに気付いたように、シャムが素っ頓狂のような声を上げた。目の前にいた俺が突然消えたのだから、そらそうよ。
そして、もう今頃は"やっと"気付いただろう。
彼女の後ろで腰を深く落とし、突き出した両手に燦然と輝くネコさんパンツを掴み取った……俺にッ!
俺はゆっくりと勝利に酔うように立ち上がり、後方に立つ少女にそれを掲げ示した。
「勝ったッ! 第三部かグボフゥァッシャアッッッ?!」
「痴漢ッ! 最低ッ! 死ね変質者うわあああああああああああ言いつけてやるんだからあの子にいいいいいいいッ!」
メタルブラックの俺の強固な装甲が凹むレベルの殴撃を顔面に叩き込み、ノーパンの君はいずこへと走り去っていった。
……いや、お前普通に殴った方がもしかして強いんじゃない? そういうこと言っちゃダメなのこの展開?
「……さて、これどうしようか」
俺は取り敢えず喜び勇んで取ったものの、持て余しそうなクエストの勝利報酬を仕方なく鎧に収納した。
うーん、どうすっぺか。これ……。
「いや、待て。もしかすると、アレだ。これは『このパンツはあなたのものですね』とシャムシールの正体の女の子にそっと履かせる展開が……」
「無いわボケナスッ!!」
どこからともなく現れたメルー様に思いっきり頭を叩かれた。
何故だ……。
――結果――
――ブラックメイル、パンツを奪い判定勝利――