第二十九話 俺は反逆する
掲げた右腕が燃えるような熱を帯びる。最早、心に迷いも恐れも無い。
そうだ。やることはたった一つシンプル。立ち塞がる壁をぶち壊すッ!!
ただひたすら成し遂げるまで、心がどうだ敗北がどうだと言い訳をしている暇なんて一秒たりとてねーんだよなッ!!
忘れかけていた自分自身を見つけ、俺の心は奮い立った。
さあ、この無敵の槍でぶち貫く。
俺が死ぬまで、この信念の槍は折れやしねえッ!!
「フ、フフフフ、お、面白い。面白いですよあなた!! 敵ながらスロスが一目置くだけはあります。ただの悪の手先でありながら、潰されても折れぬ心に、熱苦しいまでの信念。世が世なら最強のヒーローになれた素質……ッ!! あなたと戦うのは最高に面白い。その信念を叩き潰すのは最高に面白そうですよッ!!」
「ハッ、ただで潰されてやる程ヤワな信念は持っちゃいねえッ!!」
ああ、力がみなぎってくるぜ。
俺の怒りが、俺の意志が、俺の信念が、俺のビガクが。コイツをぶちのめせと叫んでるッ!!
「我がビガクッ!! 『最終回以外、真の悪に敗北の二文字は無い』のだッ!!」
「ホホホッ! そのビガクを今この場でも貫くというのなら、先に待つのは死だけですがねッ!」
「死んで上等ッ! この美しい信念を貫けぬなら、俺は美しく散るのみよッ!!」
「その潔さ、感服致しますよッ!! さあ、戦いましょう。私の全力でお相手いたしますッ!!」
手抜きの無い本気の実力を、気迫のごとく身体全体から放つナルシストン。
圧倒的なまでの威圧感。恐怖心すら覚えるその威圧に、だがしかし、今の俺は昂揚すらも感じていた。
その強さに俺の意地が敗けじと張り合う。テンションのギアが噛み合い爆発的な速度で回り出した。生み出されるエネルギー、身体を駆け巡る本能。
全てを力に変えて、俺は跳び出す。
「ラアッ!!!!」
「シャアッ!!!!」
一撃。二撃。三、四、五。拳が撃ち、脚が交差し、肘を突き、腕が弾け、身体が飛ぶ。
一撃一撃をぶつけ合いながら、俺の攻撃は先ほどと違いナルシストンの馬鹿力と真っ向から張り合っていた。
拳と拳がかち合う。しかし、拮抗した力にすぐに両者の拳は弾かれるのみ。
ジャブ、ジャブ、フック。俺の素早い攻撃に対して、相手もまた軽めのパンチで応酬する。
相手を乱打に誘導したところへ、俺はボクシングの構えにも似たようなガードを作って、それを受け流す。
「ムッ!?」
「ラアアアッ!!!!」
懐へ飛び込み、意表をついた形で肘鉄を見舞った。
右腕のみの肘鉄は助走を持ってしても押し込み具合に難があったか。内蔵を破壊するように打ち出した肘は肉の壁を越えきることは出来ない。
しかし、加速度的にパワーが上がり続ける俺の一撃にダメージが無かったわけではないらしく、澄ました顔を崩してしかめ面を浮かべる豚野郎。
「フンッ!」
「あだぁッ!?」
それも一瞬の事。すぐさまヘッドバットを返される。
距離を離すな。それだけを考え続けて、右足を踏ん張らせる。
脚部装甲がロビーの大理石の床を打った。火花を上げながら滑りかけるそれは、一歩の距離を動き、止まり、かけるッ!!
いや、ここだッ!!
止まるな、反撃の意志を貫けッ!!
この想い――――、俺の身体は絶対に裏切らねえッ!!
「ハアアアッ!!!!」
左足を思いっきり地へ叩きつけ、滑る装甲をそのまま押し上げる。無茶苦茶な体勢になりながら、俺は右足から浮かび上がった。
前方宙返り。止まるだけだと予想していたナルシストンの顔に驚愕が刻まれる。
すぐさま身体を捻って、右のかかとを繰り出す。ナルシストンはそれをなんとかと言った形で右腕で受け止めた。
「バーカッ!!」
「なにッ!?」
貧相な語彙で罵りながら、俺は敵の右腕を支えにしながら一度身体を下に落として、もう一度上げる。
伸ばした左足がヤツの右腕のガードを弾いた。
俺は空中で素早く回転し、体勢を整える。そのまま宙から蹴りの雨でヤツの顔面を捻じ伏せるッ!!
「ぐおおッ!?」
マシンガンのような蹴りを顔面に受けて、流石の最強クラスもたまらず声を上げた。
それでも尚、すぐに立て直してそれらを捌く様は流石としか言いようがない。
俺の蹴りは徐々に敵のパンチに捌かれ、止められてしまう。
不利を悟り、敵の一撃に合わせて、こちらも右向き空中大キックをレバー4で取り敢えずお見舞いして、そのまま離れようとするが。
「フンハッ!!」
「チィッ! マジかよッ!?」
逃げんがために放った蹴りを予測していたのか、器用に掴み取りナルシストンは笑う。
「いい、実にいい。ここまで本気で戦うのは久しくなかった。この痛みも、この傷も、あなたは誇りに思っていいですよ。そして、私もまたあなたに誇りある傷を贈りましょう」
顔についた小さな傷を手でなぞり、ナルシストンはそう宣言した。
来る……そう思うか思わないか、守るか抜けるか、その算段を含めた短い思考に入りかけた瞬間に、ヤツは既に拳を放っていた。
俺の身をぶち抜くような強烈なボディブロー。全身を破壊されるような痛みが駆け抜け、俺の身体は打撃のベクトルを受けて異様なスピードで吹き飛ぶ。
ロビーの壁を破壊するだけで止まったのは不幸中の幸いか。
外まで吹き飛ばされていたら洒落にならなかったぜ。うん、うん……。
「ゴハアッ!?」
冗談言ってるけど、わりと深刻なレベルで身体にダメージを負ってます。
血反吐を仮面から散らしながら、俺は立ち上がる。まだだ、この程度の痛みは恐れるに足りない。
本当の恐怖は、俺が俺の意志を貫けなくなること。
だから、脚が折れようと、腕がもがれようと、この身体ある限り、俺は戦うッ!!
その意思に呼応するかのように、右腕に走るラインが一本増える。
「まだまだ立ち上がれるでしょう。さあ、来なさい。来て私の糧となりなさい!」
「ああ、まだ立ち上がれる。まだ燃え上がれる。今、俺は燃えているッ!!」
仕切り直し。睨み合った俺達は、合図も無く飛ぶ。
互いの拳がぶつかる。離れる。蹴りに腕を合わせ、反撃の左拳を突き出せば相手も蹴りでそれを止めてくる。
戦いは膠着し、熱いデッドヒートを繰り広げながら続く。
***
「むっ、ここ二話ほどワシだけ仲間はずれなニオイを感じる……!」
「どうかしましたかメルー」
「ティア聞いてくれ……ワシだけ活躍の場があまり無い気がするんじゃがどう思う?」
「自重して下さい。あなたが暴れたら、片付くには片付いても誰も納得しませんよ。今は若い人達に任せてあげて下さい」
「つまらんのう。つまらんつまらん。太郎の事も心配じゃけど、あの豚野郎にちょっかいだすと、向こうもあいつがでしゃばってきそうじゃし。別にワシってば全盛期の力とか無いんじゃからさー」
「そうは言っても……あら、メルー。なにかあなたの前に出てますよ」
ティアがそれを指差す。メルーの前に出ていたのは、半透明の青地のウインドウだった。
「……自力で業炎のイドの力をこじ開けていきおるわ、太郎め。フェーズツーの封印がほどけて来ておる」
『封印解除まで後二つ』と書かれた警告表示を見て、メルーはどうしたものかと考え込む。
「息子の成長を見守る親のような気分じゃ」
「そこまで長い付き合いでもないでしょうに……」
「うっさいわい。一年一緒にいればもう家族みたいなもんじゃ」
「そうですか……。家族の成長は嬉しいですか?」
「当然じゃよ」
「私も自分の部下が育ってくれるのは、すごく嬉しいです」
「組織運営の醍醐味じゃのー、まあそれはそれとして」
メルーは懐に隠し持つ鍵を取り出した。それを高く掲げる。
「どうするんですか?」
「そりゃ勿論決まっておる」
ニヤリと悪い顔をするメルー。
「"封印"するんじゃよ」
その鍵をウインドウへと振り下ろして、回した。
警告が消え、浮かび上がるのはリミテッドフェーズという文字だった。
「さあ、太郎よ。後一つが鍵じゃ、気張るんじゃぞ……お前は一人じゃ無いんじゃからな」
メルーはそう言いつつ、後ろへ振り返った。
そこに立つのは、正義か悪か。
***
「ヘックシュン!!」
「おや、戦闘中に風邪でもひきましたか。優しく私が拳で看病してあげてもいいですよ。そらそら」
「冗談きついぜ。俺を看病出来るのは巨乳美少女だけではないけど、そうだったらいいなあという願望を余すことなく伝えておくッ!!」
しかし、なんだろう。このクシャミ……今閑話で俺のここまでの頑張りを色々な意味で台無しにされた気がする。
電波がピピピだぜ。
こういう時の勘ってよく当たるんだよね、俺。
「たく、どうせメルー様辺りだろうよッ!! 応援してくれてるんだったら嬉しいねえッ!!」
軽口を叩きながら放った拳は。
「メガ豚パンチッ!」
威力を込めた技の一撃に軽々吹き飛ばされる。しかし、その程度では怯みはしない。
蹴りを上げ、膝を打ち込み、攻撃を続けていく。
膠着した戦況。ナルシストンも俺も、相手にダメージこそ与えるが決定打を放てずにいた。
ナルシストンが必殺技を使わないのには、ある憶測がある。
恐らくだが、俺の必殺技に自身の必殺の一撃を合わせようとしているのではないか。
ヤツは俺の最強の一撃を自分の持てる必殺で粉砕することこそを、この戦いの決着と考えているのではないだろうか。
だとすれば、この右腕に溜まる力を早々に放つしか……だが、何かが足りていない気がして俺はその考えに首を横に振ってしまう。
決定的な何か。俺の怒りに後一つ付随する何かが。
それを無くして、俺の必殺の一撃を放つのは躊躇われる。
ぶつかり合った拳が火花すら上げて、互いの力を相殺し弾けた。
お互いに距離を取ったところで、声が聞こえた。
「ブラックメイル!! ブルーシェリフは無事だぞ!」
ロビーの端にある階段の下から、イカルガさんが姿を現した。
珍しく白衣の前を留めているね。うん。どうしたんだろう。
「イカルガさん!」
「ふん、無事でしたか。ということは……まあ、人質を盾にするほどの趣味は無いので、別に構いませんがね」
ナルシストンの苦し紛れの捨て台詞も俺にとっては心地いい。
取り敢えず、ブルーが無事だったことは幸いだ。
そう思って視線を階段に向けていた時、驚愕の現実を目の当たりにしてしまった。
「ブラック!」
胸と局部以外隠せていないボロボロの服。
ところどころちょっとダメージを受けて赤くなっている肌。
上気した頬。荒い息。なぜかちょっと内股。
同じく荒い息で顔を赤くしている、なぜか全裸のシャムシール。
「ホ……」
完全に二人とも事後です。ありがとうございました。
「ホアアアアアアアアアアアアアアア―――――ッ!?」
きゅ、救出が遅かったとでも言うのか。
俺は……俺は女の子すら……!?
「イ、イカルガさん。ブラックが奇声を上げてるんですけど」
「フム……よし、ブラックメイル。これをやろう」
「あ、あ、そ、それは!?」
ブルーシェリフが悲鳴を上げる。
ぽんとイカルガさんが投げてきたのはデジカメだった。
これになにがあ―――――
拘束されて恥じらう顔のブルーシェリフがいっぱい映ってました。
「俺の怒りはフルチャージだ……ッ!!」
「ヨシッ!」
「イカルガさあああん!? 確かにお代替わりになるかなと思って撮影してた人から奪ったヤツ渡しましたけどッ!?」
「シェリフ君。静かに。黙るんだ。男は怒りで強くなる。彼は今、限界を越えたんだ。君が嫌々大人の階段を登らされたと勘違いしたことによる怒りで、な……。真実はこの決着がつくまで、知らなくていい」
「何か……何かが違う気がするんですけど」
「気にするな」
二人が何かしゃべくりセブンしているが、もうそんなのは知ったあこっちゃないッ!!
俺の怒りは今完全にゲージを突破して吹っ切れて破壊しちまった。
これだ。この怒りを待っていた。最後の鍵は、女にアリッ!!!!
右腕に五条目のラインが走る。重く、激しく、赤熱を始め、右腕が震える。
熱を逃がそうと装甲が開放を始め、蒸気を吹き出した。
この熱量を力に変えろ。俺の右腕を全て炎に変えろ。力と、炎にッ!
「ハアアアアアアアアッ!!」
「ぬ、ヌゥ……今までとは比較にならない力の奔流……! これが、あの、炎の力……! いいでしょう、私が完膚なきまでにあなたのその力を叩き砕いて、あなたの心ごとその槍をへし折って差し上げましょうッ!!」
「やってみてくれよ……ッ!! 俺の槍がどこまで通用するのか、俺は知りたいッ!! テメエのその一撃を穿ち貫いて見せるぜェッ!!」
ゆっくりと腰を落とした。右腕を引く。
左腕が無くてカッコはつかねえし、どうにも今から殴り飛ばすって構えにならねえが。
――――この一撃はきっと今俺が撃てる最強の一撃だ。
確信があった。エクセリオナックルすら越える、烈火の一撃。
放つぜ、俺の信念。
「『ヒート――――――』」
「『ギカ豚――――――』」
俺とナルシストンの声が静かなエントランスに響く。
これが珠玉の一撃。
「『―――――――ナックル』ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「『―――――――パンチ』ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
赤熱する五条のラインから溢れだす熱を纏って、俺の怒りが飛ぶ。
ナルシストンもまた、自身の拳を気迫か根性か、理解不能な力で巨大化させ俺を叩き潰さんと打ち放った。
二つがぶつかり合い、拮抗する。
「ぐ、ぐうううううッ!!」
「ぬ、ぬうううううッ!!」
互いに譲れないモノを賭けてその信念をすり減らし、叩きつけ、それでも尚、力は拮抗する。
後、俺が費やせるものはなんだ。
燃やせるものは何だ。
何だ。
ああ――――。
あるぜ……まだッ!! あるッ!!
「ぐう、なあ、豚野郎……ッ!! 左腕はくれてやったな……ッ!!」
「ぐッ、あ、あなた!?」
俺の気迫に、ナルシストンがほんの少しばかりの怯えを滲ませた。
「左腕だけじゃねえ……ッ!!」
そう、もう一本あるじゃねえかッ!!
「右腕もくれてやるぜええええ―――――――――――ッ!!!!」
右腕に、六条目のラインが霞む!! ありったけの熱量を、限界を越える火を右腕に叩き込むッ!!
ぶつかり合う力と内側から奔流する力に限界以上晒され続けて、俺の右腕はひしゃげ始めた。
さあ、喰らいやがれッ!!
俺の残された全てをッ!!
「『ヒートエクセリオ』オオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
その全ての力に耐え切れず、右腕が膨れ上がって破砕した。
しかし、その膨大な熱量による爆発を全面から浴びて、ナルシストンもまた無事では済まない。
「があああああああああああああああああああッ?!」
吹き飛ばされた必殺の拳。荒れ狂う炎の力。その全てを身に浴びる。
「へ、へへ、焼き豚になっちまえよ……」
「ぐううう、お、おのれ、おのれェッ!! だが、まだ私は立っているッ!! 腕があるッ!! 私の勝ち……」
「いいや、最初に言っただろ。テメエが俺達に敗けたらとな」
ふらつき、よろめいて後退しながらも、俺を必死で睨み付けてくる豚野郎に、俺は現実を突きつける。
「俺の、俺達の勝ちだ」
俺の横を素早く駆け抜ける何かが居た。
それは、ボロボロの身体を引き摺りながら尚、それでも駆ける、信念の男。
「きさ、スパロ……」
「はあああああぁぁぁ――――ッ!!!!」
雄叫びを上げ、スパロウマンはナルシストンの懐へと滑り込む。
手にした木刀を下段から振り上げ、必殺技の名前を全ての生命力を賭すかのように叫んだ。
「『秘剣・舌斬り』―――――――――――ッ!!!!」
オーラに包まれた木刀が、人体の急所である顎を的確に捉え、その人間としては規格外な巨漢を吹き飛ばした。
一瞬の浮遊の後、地に倒れ伏すナルシストン。
意識を失ったのか手足を投げ出し、ピクリとも動かなくなった。
スパロウマンが俺へと、親指を立てる。
わりーな。立てる指もねーよ。
俺はただただ頷いて、顔を上げた。
「……我がビガク、砕かれず、ここに在り……ッ!!」
掲げる拳すら失ってしまったが、今俺は立っている。
勝利を叫んでいる。
あまりにも不恰好な姿ながらも、俺はついに得られた勝利の余韻に浸るのだった。




