第二十八話 拳を掲げろ
「さあ、やりましょう。一心不乱にやりましょう。さっき散々辱められたお返しを、今わたしは全力でしたいんです」
「潔いまでに私情だな……よくそれを友人にぶつけようと思えるものだ。個人的にはヨシだが!」
「イカルガさん、違います……シャムちゃんは友人ではありません――――」
シェリフの重々しい言葉に、イカルガが怪訝な表情を浮かべた。
とても胡散臭そうに見ているイカルガに向かって、白い天使は頷いた。
「――――シャムちゃんは親友です」
「そういうオチだとは思ったが余計ダメだぞ、君」
「親友同士なら何をしてもいいですよね!」
「フリーダムだなあ、君も」
リボンと銃を手に持ち、構えを作るシェリフ。
シャムシールは、最早感じる心も無いのか、友人が武器を構えようとも黙りこくったまま微動だにしない。
どちらも動かずに、時間が過ぎ往く。
そして、我慢強く真面目な顔つきを作ったままのシェリフが、緊張感に耐えられずピンク色の妄想を始めた時、それは起きた。
「く、くく、――――アーハッハッハッハッ!!」
突然大笑いを始めたシャムシールに、二人がギョッとした狼狽を隠さない表情を向けた。
洗脳は性格を変えるようなものではない筈……。流石に突然高笑いを始めるような二面性も持っていなかっただろうと、シェリフは考える。
「シャ、シャムちゃん……?」
何が起きたのか。つい心配の声を漏らしたシェリフに、シャムシールは凄絶な笑みを向けた。
「いやあ、久々の身体だぜ。契約では人格の交代は無しってしてたんだが、洗脳されてやばそうな意識を取り持つためなら仕方ないよね」
「あ、あなたは……誰ですか!?」
シェリフの問いに、シャムシールは機嫌良さそうに手を広げて応じた。
「俺様はシャムシール。魔剣シャムシールそのものだ」
「おお……シェリフ君。インテリジェンスソードというか、人格持った剣だぞ。是非とも中身を拝見したいものだな!」
「言ってる場合ですか! なんで魔剣が……シャムちゃんとの契約は!?」
「いや、俺様も嫌なんだけどさァ。ご主人は俺様とかの影響で意外にも洗脳とか地味に耐性あってだなー、あの豚野郎から主人の人格封じ込めないとご主人に酷いことするって脅されちゃって。脅されたなら従って人を斬っても仕方ないよね」
「いいわけありませんよッ!?」
「ダメなんだよお、斬らせてよお、最近美少女斬ってなくて結構切ないんだよお……お姉ちゃんの服とか切り刻みたい」
「凄い……シャムちゃん。こんなダメな魔剣を自力でちゃんと従えてたなんて……これが終わったらパフェでも奢ってあげよう……」
シャムの口を使って口汚く変質者的なセリフを吐き出す魔剣を見て、ほんのり同情心を持つシェリフであった。
自分はああいう武器を使った変身じゃなくて良かった。と心底思ったのは、胸の中に留めておこうとも誓った。
「でも、わかりました。相手がシャムちゃんではないというのなら、一層やりやすいというものです。その身を持って、わたしのお仕置きに改心しなさい変態魔剣ッ!」
「やれるものならやってみなァッ!! 腐っても長年生きてきた魔剣だッ!! ヒヨッ子ヒーローに負けるほど落ちぶれちゃいないぜェッ!!」
「イカルガさん、これを!」
飛び出そうとしてくるシャムシールに向けて銃を撃ちながら、シェリフはイカルガへと何かを投げた。
「ふむ……いいだろう」
それを受け取ったイカルガは何か意味ありげに頷いた。が、特に動く様子は無い。
それでもシェリフはその反応に頷き返して、シャムシールへと向かった。
初撃。放たれた曲剣の一撃を、シェリフは放ったリボンで受け止めようとする。
鉄さえ受け止める空色のリボンは、魔剣の一撃を絡め取った瞬間、意図も容易くきざまれた。
「くっ、流石魔剣。斬れ味の鋭さは本物ですね」
「俺様に斬れないものはオリ●ルコンとかこんにゃくとか結構あるよォッ!!」
「こんにゃくくらいは斬りなさいッ!! 『リボンホールド』ッ!!」
少しばかり短くなったリボンを巧みに操り、シャムシールの身体を拘束する。
「無駄ァッ!」
縛られても尚、魔剣の放つ風がリボンの拘束を斬り解く。主人の身体すらおかまいなしのカマイタチだが、傷一つつけず拘束だけを剥がす辺りに、自負するだけの実力が窺えた。
(シャムちゃん本人ほど剣技のキレはありませんけど、こと魔剣の持った能力を使う事だけなら恐らく今の状態の方がレベルが高い、と言ったところですか)
じりじりと戦局は動いていく。リボンは既に半分以上の長さを失いつつあった。
シェリフは悩む。
銃撃を当てたとしてもヒーロー達の服や素肌は強化されているので問題は無い。だが、親友に銃を撃ち込むのは流石に避けたい意志の方が強く、引き金を絞れないでいた。
使えば戦局を一気に覆すことは可能かもしれないが、同時に冗談抜きで本気の殺すまでの殴り合いになりかねない。
相手が、魔剣がこちらをナめている内が勝負だ。
……一呼吸置いてから、ブルーシェリフは決意をした。
(出来れば、これだけは使いたくありませんでした……)
本当に、心底使いたくなかったが、まさに背に腹は代えられないという状況の今、躊躇っている暇はない。
何度か威嚇射撃でシャムシールを誘導しながら、相手が後ろへと下がった瞬間にこちらも大きく距離を取る。
「あああああん? なに、なんかするつもり?」
「はい、そうです。わたしが得た、色々な意味で使いたくなかった力……今、お見せしましょう」
短くなったリボンを握り胸の前に掲げる。
これは必殺。確実に決着をもたらすために使う技。
「いざ、『ミラクルリボン』――――ッ!!!!」
踊るように回るリボン。それが神々しく煌めきだす中、その長さを取り戻していく。
と、同時にブルーシェリフの衣装もまた布地が減っていく。お腹の周辺辺りから、まるでリボンに吸い取られていくかのようにどんどんと減っていく。
「お、おお、美人のちゃんねーのキワドイ衣装が更にキワドク……ッ!?」
「う、うううあーんッ!? 使わせたことを後悔させてあげますからねぇッ!!」
半泣きになりながら放たれたリボンを、ちょっと女の子としては下品な笑みを浮かべて迎え撃つシャムシール。
上段からリボンへと向かって振り下ろされた一撃。しかし、リボンを断つことは出来なかった。
寧ろ、絡め取られて曲剣は動きを止められる。
リボンは剣を絡め取っても尚その長さに圧倒的な余裕を残し、シェリフが舞えばリボンもまた剣を支点に踊り出す。
「なにッ!?」
「これがミラクルリボン。わたしだけの、わたしにしか出来ない必殺のリボン。さあ、受けなさい羞恥の一撃をッ!!」
「なるほど……! 自身の服をリボンに使うことによって起きる羞恥が力になるのか……。恐らくこの技、自分の服の繊維の限界が効果時間と見た。いやしかし、実にミラクルだ。どこまで脱げるのか観客としては楽しみだな」
「イカルガさん冷静に分析するの禁止ですッ!」
抗議の声を上げながらも、シェリフの舞いは続く。シャムシールの周りを飛び跳ねるリボン。それは服を削ぎ、彼女の肉体を軽く打ち行動を阻害していく。
「ぐううううううう、き、斬れん!? まさかこんにゃく以外にもリアルに斬れんものがあるとはッ!!」
「今のわたしのリボンは無敵のリボンッ! 星を取った配管工にすらひけを取りませんッ!」
「無敵なら仕方ないよね」
「諦めるのはやぁーいッ!?」
「俺様は無駄なことはやらない主義なのだ。だが、だったら無駄に別のことで抵抗してやるわ、風ええええええッ!!」
魔剣が叫ぶと同時に地下に吹く筈のない風が荒ぶ。
使い手にすら遠慮の無い風は互いの服を削り取っていく。
「お肌にゃ優しい風だぜええええええッ!!」
「しっちゃかめっちゃかだな。半裸の女の子が二人で壮観ではあるんだが」
なぜか無傷の白衣をたなびかせ、中の服だけ剥ぎ取られていくイカルガが冷静に場を見据えていった。
「ビキニじゃないんですよぉッ! く、ごめんなさいシャムちゃん!」
局部以外を覆う場所がほぼ無くなった辺りで、リボンの輝きは地下を包み込みかねないほどに広がっていた。
そのリボンを躊躇なく振るう。向こうの半裸以下とも言えるような残り少ない布地に引っ掛けて、シェリフは叫んだ。
「フィニッシュッ!!」
すぱんと布地を全て破壊し尽くして、宙を舞うシャム。
再び振るわれたリボンは吹き飛んだ少女を包み込み――――見事な亀甲縛りにして宙吊りとなった。
「任務完了……」
すっきりしたように自分もまた半裸以下であることを忘れ、シェリフは額を拭った。
良い仕事をした……。
満足からか、それとも宣言のせいか、リボンは役目を終えたように光を失う。
「まだ全然終わっちゃいねェッ!!」
光を失ったリボン。その間隙を縫うように叫ばれた言葉とともに、カマイタチが駆け抜け全裸の少女の拘束を解いた。
少女は大して臆した様子も羞恥もなく、堂々と仁王立ちして叫んだ。
「全然だ。確かに女の子の服を切り裂くのは楽しかったが、それだけじゃダメだろうがよお。肌をこの刃で裂いて、泣き喚かせないとダメだろうがよおッ!!」
その狂った言葉と、二度使うことは出来ない技を使い切って、あまりにも不利な状況に陥ってるにもかかわらず、シェリフに慌てた様子は無い。
「お願いします、イカルガさん」
大きな声で堂々と立つシャムシールの後ろへと声を掛けた。
「ああ、請け賜った。さあ私の秘密道具を喰らうといい。なに、お代は感想で結構だ」
(コイツ、ほとんど話にも関わらずただのモブかと思っていたが、何時の間に後ろにッ!?)
魔剣の困惑など知る由も無く、イカルガはそっと魔剣にスタンガンを押し当て、それで全てを終わらせた。
バチッという音ともに、シャムシールの顔が苦悶に歪む。
「な、何を……」
「なあに、色々仕込んだ電気で魔力を乱してやっただけさ。君の本体が魔力を持った剣――魔剣だと言うなら特別効くだろう。私の特殊スタンガンは。ポケットから探すのに苦労したぞ」
「ぐ、ヴ、せ、整理……しろ……」
バタリと倒れ伏したシャムシール。イカルガは安全を確かめるように、取り敢えずお尻を突いてみた。
ピクリとも反応が無いので大丈夫です。
「大丈夫そうだ、シェリフく……」
「いや、いけませんイカルガさん。何を隠し持っているのかわからないのでわたしがまさぐります」
「――――フッ、私は何も見なかったということにしておこう」
「ありがとうございまーす。ふむ……く、わたしよりも胸が大きい。なんという……お風呂ですら嫌がられるから悔し紛れに今のうちに揉んでおこう」
「う、うう……」
徐々に乗っ取られた意識から回復しつつあるのか、うめき声を漏らしだしたシャムシール。
だが、イカルガはあらゆる意味で面倒臭かったので止めることはしなかった。
その実にハードラブな好意の行為に知らぬフリをしながら、他人事のように「悪童君は大丈夫だろうか」と考える。
いや、しかし。
「大丈夫だろう。彼はなんのかんの、絶対に敗けない心の持ち主だ」
***
だらだらと流れ落ちる血は、まるで俺の信念が傷口から零れ出しているかのようで、心が折れそうになる。
左腕は付け根から跡形も無く吹き飛んでしまった。生身は胴体の一部と頭なので行動に問題は無いが……。
「ぐううううう」
ナノマシンが俺の肩を修復しようとするが、流石にそれでは流血を止めるのが後手後手になる。
俺は歯を食いしばりながら、右腕が持つ熱量を鋼の意志を持って操り肩を焼く。
付け焼刃ながらも、熱量を移動させること自体は可能なようで傷口が音を立てながら焼き塞がった。
歯を食いしばってその泣き叫びたくなるような痛みに堪え、顔を上げる。
やべーな。もうなんか顔とか嫌な汗に塗れて不快感マックスだ。
……こりゃ負けるかもしんねーぜ。ああ、嫌だったら嫌だ。
なにせ――――
「ところで気づきましたか? 実はさっきのは必殺技では無いんですよ。技です。技。発音がちょっと違ったでしょォ?」
「……ああ、俺をナめんなよ。そんなのしっかりきっかり理解してんぜ」
なにせ、相手の必殺技のようにすら思えた一撃は、ヤツにとってはただの技でしかないのだから。
ニタリと嫌な笑みを浮かべてくるナルシストンに向けて、俺は軽口を叩く。
そうだね。二重カッコじゃなかったもんね。絶望だよド畜生。
一瞬の迷いが生んだパワー不足も多分にあるだろうが……絶対的な力の差を思い知らされる。
力があるとはいえ、不安定な力しかない戦闘員もどきには荷が重かったってことなのか……。
俺はただの戦闘員であり、負けるために存在しているだけの悪の一員。
絶対なる敗北。それは俺がメルー様達に従う時に、無理を言って承知して貰ったことだ。
自分で決めたことだ。……そこに悔いはない。
今、敗けても――――。
折れかけた心。
思い出す始まり。俺が成りたいのは、正義か、悪か。
「どうしました。少々早いですが敗北を認めますか。慈悲深い私ですよ。今なら許して差し上げないこともありません」
豚の声がどこか遠くに聞こえる。
俺は思い出していた。
俺の始まり。
『俺の自由にしていいってならやってやるぜ、悪の戦闘員』
なってみたかったもの。
『俺が信じる正義が俺を潰すこと』
それ以上のもの。
『俺の決めた悪の信念を認めること』
俺のビガク。敗ける事すら厭わない、ビガク。
『その二つが出来るなら、俺は――――』
だがそれは今――――――ッ!!
「――――――ここで敗れ去るためにあるんじゃねえッ!!!!」
「な、なんですかいきなり」
「思い出してたんだぜ。一年前に誓ったことをなあッ!! そうだ、俺の始まりも語らないで終わる物語、そんなものがあってたまるかよッ!! 読者もチンプンカンプンだぜッ!!」
「おかしなことを。あなたの物語? あなたが主役? 主役は正義……悪のあなた風情にそんなのはあるわけないんですよッ!」
「知るかバーカッ!! 俺はお前以上のナルシストなんだよッ!! 俺の脳味噌の中にはあるんですぅ。俺が主役で最高にカッコいい物語があるんですぅ。そう、俺の中にはビガクと俺の物語!! 俺の中の、俺自身の、俺が主役の物語に、自分で納得もせずに敗けそうだからとケリをつけていい筈がねえッ!!」
死んだとしても前のめりだッ! 心が折れた? 牙を折られた?
そんなのコメディーでギャグな悪童君の物語には関係無いぜッ!!
大体、右腕一本あれば十分だろ。 俺の右の拳は、俺だけの、無敵の槍だッ!
それで無理だとしても、笑って死ぬくらいの勢いでなきゃ、誰も納得しねーだろうがッ!!
さあ、ワンパターンで済まねえが、もう少しお付き合い願うぜ……ッ!!
穿つ、砕く、消し飛ばすッ!
この信念に誓って、貫けぬもの無しッ!!
俺が紡ぐ物語は、まだここで、こんな途中で折れてしまうような物語ではない……ッ!!
「続けようぜ、ナルシストン。
右腕一本あれば戦える。
我が無敵の槍、ここに在りッ!!」
掲げた右腕には、燃えるような赤い炎のラインが三条走り、破裂しそうなまでに輝いていた。




