2.伝えたいことが言えなくて、ただモジモジするだけ。
春の昼下がりはとても暖かい。その陽射しを身に浴びてのんびりと過ごすことができればさぞ幸福だろう。色様々の花が咲き始めて、色彩豊かな季節でもある。色々な生物が冬の眠りから目覚めて顔を見せる季節でもある。だが、そんな暖かさとは裏腹にどんよりと冷め切ったため息が空しく響き渡るのである。
ため息の主は、美加である。
窓から入ってくる陽射しはとても明るいのに、美加だけが夜中に行燈を灯しているかのように暗い。“人々が浮かれ合う春”という季節を無駄にしていると言わんばかりである。未だ春が来ずと言われてもおかしくない。これから厳冬に臨むのかと言われても間違いじゃないと言えてしまうのかもしれない。
今、美加がいる場所は栗花落ビルの五階の廊下である。目の前にはガムテープを用いて「ネコネコ商会」と会社名が改竄されたスチール製のドア、ネコジシ商会の入り口である。二又尻尾の猫のエンブレムがこちらの様子を窺っている。どうしてそんなに暗いのか、と今にも尋ねてきそうだ。
美加はもう一度ため息をついた。猫のエンブレムへと、どうしても暗い気分になってしまうの、と答えたい。
ドアノブを見据え、手を伸ばそうか伸ばすまいか、悩んでしまっている。いつものように陽気な挨拶――能天気な挨拶とも言える――和葉に言わせれば間抜け丸出し――と共に入っていけばいいだけのことなのに、そうもいかない。
さらにもう一度ため息をついた。ただでさえ暗いのに、輪をかけて暗くなる。
なぜ美加がこれほどまで暗いのか、ため息をついているのか、ネコジシ商会へと入っていけないのか、になる。その訳は以前のUFOの噂話をしたら和葉が機嫌を損ねたことにある。自分の不手際が招いたもので、不甲斐ないものでもあった。慎重とまではいかなくとも、もう少し気を遣うべきなのだと気づくべきだった。
あの時は、ヘカテの機転というべきか、助けがあったので難なく済ますことができた。だから、“嫌味を散々聞かされる程度”に済んだ。
けど、もう一度UFO話をしたとして、また同じ結果――嫌味を言われるだけで済むのだろうか。
それを考えるたびに――またため息をつく――胃がキリキリとしてきて、精神的にだけでなく身体的にも――またため息をつく――きてしまっている状態にある。
これで何度目のため息だろうか。それこそ、ため息が呼吸なのではないかと思えるほどにため息を重ねた。美加だけがどんよりとした雲をまとい、今にも雨霰を降らしそうである。
「どうしようかなぁ……」
心境が口から言葉として出てきてしまうほどに悩んだ挙句、和葉の機嫌を悪くした時の表情を思い浮かべ、今度はどんな嫌味を込めて言われるか計り知れずに怖く思ってしまい――
身震いをした。
嫌味だけならまだいい。嫌味なら聞いて我慢するだけで済む。嫌味を言われても次に会えばいつも通りに応じてくれる。今までがそうだった。
でも、愛想を尽かされてしまうのではないだろうか。それが、何よりも怖かった。愛想を尽かされて、金輪際何も応じてくれなくなってしまうことが嫌だった。
それだけは避けたい。
そういう怖さがあるからこそ、ため息が重なり、何もできずにドアの前で突っ立っているだけに陥っていた。
そもそも、なぜ機嫌を損ねると分かっているにも拘らず、UFOの話をしなければならないのかということになる。一度懲りたのだから、二度もそんな話をする必要もない筈だろうに、二度目という億劫なことをしなければならないのか。
それは自衛隊のスクランブルにあった。
スクランブルだけで見るのなら、それこそ年に数百という回数を行われており、回数だけを見れば一日に一度じゃ済まないほど頻繁にあるものだから報道でもあまり扱われていない。忘れた頃にスクランブルについての報道が、人々に近隣二大国からの日本南北の領土問題を思い出させるためにあるかどうかだろうか。
だが、数度に渡って突如日本の領空圏内、それも街の真ん中に不明機が現れたものだから、今回のスクランブルについて報道でも大きく扱われるほどとなっていた。領空を侵犯したか否かの話をすっ飛ばして、領空のど真ん中に現れれば否応なしに騒がれてもおかしくもない話だ。
UFO話のゴシップで盛り上がるワイドショウ番組の裏では不明機の出現で緊張感の高まった報道番組が平行されている。さらに国会放送では防衛相へと真っ赤な顔して捲し立てながら質問する野党の代議士の姿さえある。ネット界隈でもそれこそあることないこと、オカルト話に陰謀論、はたまた民間機を見間違えただけだ、と多種多様色様々に頭がお花畑にまみれている状態だ。
外交問題として取り上げようとしても、どこの国の物なのか一切判別がつかないままなので、近隣諸国に取り合ったところで“知らぬ存ぜぬ”の答えしか返ってこず、何一つ進展のないままとなっていた。そこで国内犯説も浮上し、防衛省及び外務省では事態を打開できない方向に進みつつあると、事態を重く見た警察組織も動くこととなった。
自衛隊と警察組織との連携捜査のもと、といえば聞こえはいいのかもしれない。だが、不明機を未だ野放しにしたままということが後ろめたいのだろうか、不明機に関する詳細な情報が防衛省から警察組織に渡されることがなかった。
どこの国なのかさえ分からず、邀撃機を飛ばしても不明機が何なのかを特定するに至らないため、詳細な情報そのものがない。たとえ情報があったとしても縦割り行政であることを考えれば、都合よく防衛省が警察組織へと情報を渡すとは難しいところでもあるが。
そんな中、不明機に何かしらの魔具が関わっているのではないか、という考えがどこかから出たようで、内密に“魔具に関する捜査”ということで美加が和葉、ネコジシ商会へと協力を要請するために向かわされたのである。
美加の視線は未だドアノブへと向かったまま。肝心な“手を伸ばす”という行為にまで至っていない。
おどおどとドアノブを眺める様は、さぞかし情けないことだろうか。学校で教員から呼び出しを受けた生徒が職員室の前でうじうじとしているようなものと例えてもいい。今ここでは美加以外の誰もいないことが、この姿を見られずにいるので幸いといえようか。
それこそどれほどの時間をかけて、ここで悩み続けていたのか。
「――おや、そんなところで何をしているのですか?」
美加の悩みを待っていられないと言わんばかりにドアが開かれる。目の前に和葉が出てきて、言葉をかけてきたわりにきょとんとしている。ドアを開けたら目の前に美加がいたので面を食らっているようだ。
美加も突然のこととあり、先程の悩みのこともあり、和葉に視線を合わせることができないでいる。それどころか、自ら視線を逸らしてしまった。如何にも後ろめたさが態度に表れてしまっている。
何をやっているのだろうか。こんなことをするために、ここで悩んでいたのだろうか。内心、自分に叱咤する。実にみっともないと悔やむ。
そんな美加に和葉は訝しく視線を向けてくる。いつもなら真っ先に何かを言ってきそうなものだが、美加が何かを言うまで待ってくれているらしい。見据えてくるだけ。
「こ、こんにちは……か、和葉くん……」
美加は意を振り絞った結果、出てくるものといえば挨拶だ。それも、意に反して体は正直なもので、後ろめたさを隠せずに声が上ずってしまっていて、呂律もままならない。
「何です? 僕に用事でもあるのですか?」
さらなる怪訝を向けられてしまえば、対して肩を竦めることしかできない。
「え? あ、うん。用事といえば用事なんだけど……」
煮え切らない物言い。はっきりしないためか、和葉が冷たい視線を向けてくる。
背筋にゾクリと来るものがある。素直に言えばいいだけのことなのに、全く出てこない。
怖さがまだ残っている。怖いと考えれば余計に言葉を出せなくなると分かっているのに、どうすることもできない。意思が体を支配するに至らない。
「何なのですか? はっきりしない人ですね。図体ははっきりするほどデカいというのに。
ところで、どいてくれませんか? 僕は行くところがあるのです」
美加が出入り口を塞いでいるとあって、和葉は「邪魔です」と美加の肩を押して、廊下へと出てくる。美加はただ一言「ごめんなさい」と、それも小さな声で答えることしかできず、泣きたいほどに不甲斐なさを再確認させられる。
和葉は後ろ手でドアを閉めれば、美加をよそに歩いて行ってしまう。美加はその背中を見据えるだけで、何もできないでいた。目的を果たすために、ここでしっかりと言わなければならないのに、何度も何度も自分の胸の中で言い聞かせてきたのにも拘らず、何も言えない自分に辟易するしかなかった。
こんなことだと、本当に愛想を尽かされてしまう。何も役に立たない自分を相手にしてくれる和葉に見捨てられたなんて、考えるだけでも怖くなってくる。
「――あ、あの、和葉くん?」
和葉が階段の手前まで足を運んだところで、美加は声をかけた。
心臓が高鳴っている。鼓動が速い。息も心なしか荒いだろうか。勇気を振り絞り、ようやく出てきた言葉なのだ。普通でいられないのかもしれない。
「さっきから何ですか? 本当に用事があるのなら、さっさと言ってくれませんか?」
和葉は立ち止まり、美加へと振り返ることはなかったが、言葉を返してくれた。はっきりしない美加に苛立っているのか、その言葉の節々に鋭さが感じられる。
「ちょ、ちょっと話したいことがあって……」
「話ですか? 僕の用事が済んだ後でいいですか? それとも急用ですか?
とはいえ、すぐ近くのポストへと手紙を投函してくるだけですので、事務所で待っていてくれればすぐに戻りますが」
和葉は茶封筒をかざして見せてくれる。ネコジシ商会の封筒ということで、二又尻尾の猫のエンブレムと社名の印刷された物。
「あ、いえ、急用じゃないですけど……。あ、あの、一緒に行ってもいいですか? 和葉くんが迷惑じゃなければですけど」
「たかだか手紙を出してくるだけのことに、ついてくるのですか? まあ、ついてきたいのでしたら、どうぞご勝手になさってください」
和葉は素っ気なく返事をすると、さっさと階段を降りていってしまう。
とりあえず、今までのはっきりとしない態度に怒っていないようだった。美加は安堵に胸を撫で下ろして息をついた。
でも、まだ肝心なことを伝えられていないので、安心できる状態でないことにうな垂れ、和葉を追いかけた。
◇
ふんわりとした感触の陽射しが体を包み込んでくれる午後の公園はとても静かだった。災害時の緊急避難所としての街の一角に設けられているものであるが、人が避難するには狭く、遊具もブランコと滑り台だけしかないためか、誰も遊んでいなかった。
名ばかりの、形だけの公園といっても過言ではないだろう。
中に設けられているペンキの剥がれかけた物寂しいベンチには、美加と和葉の姿がある。隣り合って座っているのだが、会話などされず、誰もいない公園を眺めているだけだ。
和葉の用事である手紙の投函はすでに終え、公園へと来た理由は話をするためだ。そして、かれこれベンチに座ってからどれほどの間、黙っていただろうか。
美加はずっとどうやって話を切り出そうか悩み、何も言葉にできないでいた。結局、何も変わらずのままだ。
「――さて、そろそろ話をしてもらえませんかね? 僕に何か用事があるからついてきたのでしょうに、ずっと黙っていられても困るのです」
和葉が待ちきれなくなったようで口を開く。
美加は「うん……」と俯いたまま。
「はっきりしてもらえますか?」
和葉はそんな美加の態度が気に入らないらしい。それとも、こうして黙っていられるのを相手するほど暇じゃないのかもしれない。
明らかなのは、イライラが募っているようで、口調が冷たくなっていく一方だということだ。
「お……怒らないで聞いてくれる? この間のUFOの話についてなんだけど……」
美加は一呼吸を置いてから、オドオドとした視線を送りつつ口を開く。意を決したつもりなのだが、まだまだ恐怖心が勝ってしまっている。それでも言葉を口にしたのだから、少しは進展したと見るべきか。
けど、まだまだ不甲斐ないには違いない。
和葉は黙ってから美加から視線を外す。少しの間、考えたところで美加へと視線を戻してきた。
「その件に関してですが、終わったことです。それとも、その話を蒸し返すことで、何か意味があるのですか?」
和葉は先日のUFO話を繰り返すとでも思っているようで、不機嫌な眼差しを向けてくる。
先日のUFO話とつながることには違いないのだが、ワイドショウのネタ程度の話をするために来たわけではないので、ここはきっちりと否定しなければならない。しかと仕事として和葉と面と向かって話をしなければならない。――と分かっていながらも、美加は慌てふためくだけ。
「え、えと、あの、その……最近のスクランブル騒動のことですけどね……。そのUFOの噂話とですね……」
慌てるな、と自分自身に一生懸命言い聞かせているものの、落ち着くどころかより慌ててしまう。うまく言葉を紡ぐことができず、とてもつらい。息苦しささえ感じてしまっている。
「もう少しはっきりと話してもらえないですか?」
和葉の目にも美加が慌てていることはよく分かっているらしい。どこか呆れた様子で、落ち着くようにと和葉の目が宥めてくる。陽を浴びて黒の中でブラウンの光が、この陽気と同じように温かみを感じる。
「……はぁ、言います」
一呼吸。
「――言わせてもらいます。スクランブル騒動で自衛隊から警察に協力要請がされたんです。ですが、相手がUFOということで、警察としては雲を掴むような話で、捜査が全く進まない状態なのです。捜査を進めていく内に、何かしらの魔具が関わっているんじゃないかということで、和葉くんに協力を頼みに来たんです」
言った。今度こそちゃんと言った。美加は和葉へと視線を向けることなく、目を瞑りながら言った。潔く話したつもりであるが、言葉の端々がどことなくぎこちない印象で、和葉を恐れていることが和葉でもなくとも他の誰かが見たとしても感じるのではないだろうか。
「……呆れる以外に、何と言ったらいいのでしょうかね。やはり、呆れる以外の言葉が見つかりません」
勇気を振り絞っても、必ずしも報われるわけではないことの表れだろう。和葉の不機嫌さが最大限まで達してしまったのではないかと思えるほどに、冷たく重い言葉。
でも、まだまだ和葉の言葉は続く。止まることはない。むしろ、堰が決壊してしまったのではないかと言わんばかりに流れ出てくる。
「UFOの噂話とスクランブル騒動が一緒くたになることはよく分かります。同時期にワイドショウとニュースでそれぞれ取り上げられているわけですからね。ともなれば、オカルトとしてのものと、航空用語としてのものと、“未確認飛行物体”として重ねて見ることができてしまってもおかしくないでしょうからね。
では、ここで一つ質問させてもらいます」
和葉は人差し指を立てる。
「スクランブル騒動と魔具との関連性が全くもって分からないのです。どこをどうすれば、魔具がUFOに結び付くか分かりません。それともあなたは未だに僕を“オカルト研究家”か何かと思っているのですか?」
和葉が言葉を重ねていく内に、美加は“言葉のナイフ”でズタズタに引き裂かれていくような感覚に襲われる。
ゾクリゾクリと来る感覚。それだけでは済まない。もっと“怖い”以外の何ものでもないものを浴びせられるかのような感覚。決して暑いわけではないのに、冷たい汗が噴き出してくる。とても気持ちが悪い。体が震えてくる。着ている物の中では、冷たい汗で濡れてしまっている。
「私は……思っていません」
力を振り絞って言葉を吐き出した。
「そ、そりゃ、この間のことは、私が悪かったんだって認めます。ですけど、今回は上司から和葉くんに協力を要請しろと言われてきたんです。なので、文句があるのなら私の上司に言ってください」
俯き加減で上目遣い。潤んだ瞳で見ればきっと和葉も頷いてくれる筈だ。と思っていても、和葉にそんな目を向けたところでどうにかなるわけでもない。むしろ、怪訝な視線を向けられてしまう。
「上司、ですか」
和葉は唸る。
「さて、どうしたものでしょうかね。あなたの上司となると、僕は真っ先に柳崎さんを思い浮かべます。折部さんが僕に頼るようになんてことを言うわけがなく、あれやれこれやれと命令させるでしょうから、到底考えられませんからね。柳崎さんとネコジシ商会は昔からの縁があると聞いていますから、それを無下にしたとなると――社長に怒られてしまいます。さすがに、僕は一社員に過ぎませんので社長に怒られるのはとても困ることです」
和葉はため息をつき、さらに唸ったまま考え込んでいる。
美加はじっと和葉の様子を窺った。このままいけるのかどうか分からないが、真っ先に否定してこないところを見れば、いい言葉が返ってくることを願って待つだけ。
「……まあ、柳崎さんが僕をどう思っているのか、その辺りは追々聞くとしましょうか。ですが、まだ肝心なことが分かりません。関連性の有無です。僕としましては、魔具との関りがあるとは思えないのです。不明機がいたというだけで、魔具に関りがあるなんて考えられないのです。その辺りとはっきりとしていただけないと、僕は協力できません」
和葉の「できません」に、美加はがっしくと肩を落とす。
「――何度も言うようですが、それにしてもどうしてなのでしょうかね。つくづく、その辺りが分からなくて困ります。相手はどう考えても飛行機もしくはそれに準ずる物でしょうからね。なのに、魔具というのは、支離滅裂もいいところです。いっそのこと、スーパーマンが飛んでいたでもいいんじゃないですかね。スパイダーマンが街中を駆け巡っていたでもいいでしょうか。そちらの方がまだ魔具と関わっていると思えます」
和葉は美加から視線を外した。これ以上話していても仕方ないと考えてのことだろうか、話を打ち切るべく立ち上がったのである。美加に背を向けて、ゆっくりとであるが、去るべく離れていってしまう。
美加はどうしようかという焦りに苛まれるも、去ろうとする和葉を止めなければならないと「待って」と呼び掛けた。
「……飛行機が忽然と消えてしまうんです。そんなことってあり得るのですか? 目の前にいた物が、消えてしまうんです。だから、魔具の類なのではないかって話になって。和葉くんに……」
「飛行機が消えた……?」
和葉は足を止め、こちらへと振り向く。ブツブツと何かを呟きながら、美加の隣へと戻ってくる。座って、なお呟くのを繰り返す。
和葉が何を言っているのか、美加は耳を澄ますものの、まるで念仏を唱えているかのようにしか聞こえず、内容を理解するまでに至らなかった。
「飛行機が消えたという話ですが、もう少し具体的に言ってもらえないでしょうか?」
和葉が今までの態度と打って変わって、話に食いついてきた。“飛行機が消えてしまった”ことが、和葉の食指を動かしたらしい。
「ええと……協力してくれるのでしょうか……?」
今度こそを期待を持っていいのだろうか、心の中がざわめきだす。
「協力をするとはまだ言っていません。ただ、詳しい話を聞かないことには、答えを出せないだけのことです」
「そ、そうですよね。あ、あの、よければ……警察署まで来てもらえないでしょうか? 私が話すよりも、もっと詳しいことを聞けると思いますし」
「いいですが。そのまま警察署まで連れて行き、あわよくば柳崎さんに頼んで、協力させるまでに漕ぎつけようという腹積りですか? ま、どうであれ、魔具が関わっていることが分かれば、僕の出番になるでしょうからね」
和葉は再び立ち上がって歩き出す。十歩、歩いたところで美加へと振り返る。
「そうです、最後に一つ。今回のあなたがおかしかったのは、この件に関して僕に協力を拒まれてしまうのではないかと考えてですか?」
「え? あの……ええと……」
「そうやって言葉に詰まっているということは、図星のようですね。どうりでおかしかったわけです。いつもの図太さと阿呆さ加減が全くなくて、不思議で仕方がありませんでした」
「ず、図太? あ、阿呆?」
美加は口を尖らせて立ち上がった。今まで悩んでいたことが馬鹿らしく思えてきた。何があっても、和葉は嫌味を言う男なのだと再確認した。和葉という存在は嫌味で構成されているのだと理解した。嫌味が集まって和葉の体を構成しているとさえ考えてしまう。
和葉は小さく笑むと、美加を置いて先に歩いて行ってしまう。
でもそんな和葉を見て、美加は和葉とのいつものやり取りをしていることに気づいて、和葉の背中へと微笑んだ。いつも通り嫌味を言われるけれど、愛想を尽かされずに済んでよかった、と。