幕間:ヘカテ 5.何も知らずに手を出すから。
暗がりが満ち、ところどころ非常灯のみが灯っている病院というものは、特に廃病院ともなると、またもやホラー映画さながらの状態とあって、恐怖を煽ってくる。
ただでさえ、初対面が〈首なし鎧〉だったもので、さらに倍がけだった。
――でも、なぜだろうか。
ホラー映画さながらであっても、一度経験しているからなのか、それとも、殺されかけたことの恐怖を知っているからなのか、貯水施設の時のような怖さがない。
妙に落ち着いているのである。
病院の中は、何年も使われていないといっても特に荒れている様子がない。
非常灯が灯っているということは、電気が通っている証。
時折肝試しに来る人がいるので、それも管理されている。
廃病院であることを利用して、肝試しの商売を非公式に営んでいる人がいるから、思った以上に荒れていないということもある。
なので、足元に気を回す必要がなく歩けるのはいい。
レインコートは暗がりの中をわき目も触れずに歩いていく。
瑞希とヘカテはその後ろを、間隔を維持したまま歩いていく。
非常灯だけでは暗いので、もう少し明かりが欲しいところだが、我が侭を言っている場合ではない。
レインコートが足を止めた。
瑞希とヘカテも足を止めた。
隆文には無闇に突っ込むなと言われているのだが、この状況ではどうしようもない。
途中で追跡をやめることもできたのかもしれないが、やめたらまた探すところから始めなければならない状況に陥ってしまいかねない。
それに、その間に被害者が増えるのではないかと考えれば、やめるにやめれなかったといえる。
レインコートの思うがままに事が進んでいることがとても癪なのだが、そのように動かざるを得なかった。
ともなれば、隆文が早く来てくれることを願うしかない。
何か手を打つと言っていた上、誉にも協力してもらうとも言っていた。
何をやるのか見当もつかないが、自分自身よりも力になってくれるのは容易に想像できる。
現段階で打てる手といえば、ヘカテが持つ簡易爆弾ぐらいか。
他に何かを隠し持っていればいいのだが、他には何も思い当たらない。
瑞希はレインコートが〈人の枠〉から外れた存在であると判別することしか能がない。
これ以上できることといえば、足手まといにならないようにどう動くかを考えることしかない。
これらを踏まえ、隆文が来るまでの間、どのようにして時間を稼ぐべきか。
レインコートがフードを取った。
見知らぬ男の顔――目の焦点が合っておらず、でも、ランランとぎらついているのは、この暗闇が誇張してくるものなのか、とても印象的。
右手には鉈か中華包丁か、幅広の小刀が握られている。
〈念 この男との融合がうまくいってないのでね、口頭での会話は遠慮させてもらうよ。
口頭では満足に話せないからね。
君たちには不快に感じてしまうかもしれないけど、〈念話〉でさせてもらうよ。
と言ったところで、すでに〈念話〉でなら以前にしているから、そちらのお嬢さんも特に驚くほどのことでもないだろう? 念〉
先に動いた――話しかけてきたのはレインコートのほう。
二人はレインコートを見据えたまま、何も答えない。
〈念 どうやって僕であるのを知ったのか分からないけど、少なくともそちらのお嬢さんはこちらを見るなり、すぐに反応していたよね?
どうしてなんだい?
少なくとも彼女に感知されないほどに、力を抑えていた筈なんだけど。
隠れ、逃げるのは散々やってきたから、得意なんだ。
もう何百年も繰り返してきたからね。
だけど、お嬢さんのように、即座に見抜かれてしまったのは初めてなんだ。
今後のためにも、是非とも教え願いたいところなんだけどね。
――どうなんだい?
お嬢さんは以前のこともあるので何も答えないのはわかるけど、君まで何も答えない。
いつもの君なら、僕に食いかかってくるのに。
それこそ〈憤怒〉のように、ね。 念〉
レインコートが挑発してくる。
これに対しても二人は何も答えない。
事の進め方をレインコートが支配しようと考えているのだろう、と予見してのこと。
じっと、間隔を保ったまま、状況を待つ。
動いてはいけない、と思考が働く。
時間を稼ぐためにも、今は動いてならない。
動けば状況も動いてしまう上に、レインコートが状況を支配してしまったら、時間稼ぎも意味がなさなくなってしまう。
レインコートが話すだけなら、好きなだけさせていても問題ない。
〈念 ――なるほど、ね。
何かを待っているのか、時間稼ぎでもしているのかな? 念〉
レインコートも馬鹿ではない。
意図を察し、つまらなそうにため息をつく。
〈念 言っておくけどね。
何を期待しているのか知らないけど、生半可な手を考えているのなら、やめておいたほうがいいよ。
僕のこの鎧が何なのか知っているだろ?
かつて〈聖女〉と謳われたジャンヌのまとっていたものだ。
今や、〈聖遺物〉と呼んでもいい存在だよ。
さらには、この街で何人も子どもを食らったんだ。
血肉が力となり、更なる力を与えてくれる。
ああ、子どもの血肉を利用しているのは、僕ならではというべきなのかもしれないね。
今や〈青ヒゲ〉のモデルなんて不名誉な扱いを受けているというべきか、正直、実利を求めた結果さ。
半分趣味もかねているけどね。
まだ僕が生きている頃に、子どもを殺しすぎて、絞首刑と火刑に処されてしまった。
僕はただ、子どもの血肉をもってジャンヌを復活させようと、この鎧に力を与えていただけなのにね。
英雄の復活は誰もが望むものだと思わないかい?
でも、周りには誰も僕に賛同してくれる人はいなかったのさ。
結果、力を持った鎧は、ジャンヌでなく僕を復活させてしまった。
この鎧に僕の意識を埋め込むという形でね。
虚しい話だね。
それに、輪をかけるような形で虚しいことが起きてしまった。
全く、どこの馬の骨か知らないが、秘密裏にジャンヌを別の受胎した〝肉〟に復活させていたんだ。
この鎧が力をもって僕を復活させるよりも早くにね。
だからこそ、この鎧の力でジャンヌが復活しなかったのだろうともいえるけどね。
遣る瀬無いよね。そう思わないかい?
いや、お嬢さんにとっては、僕の話など突飛なもので、ついていけていないのかもしれないね。
僕も正直、それを知った時は唖然としたものだからね。
ああ、ちなみに新たなジャンヌとして生まれてきた〝肉〟は、君の隣にいる彼女だよ。 念〉
レインコートが鉈でヘカテを指差す。
「……はぁ、今日は随分と饒舌ね。
アタシはただ……ジャンヌ復活を願うだけのことなら、何も言わなかったのよ。
子どもを殺してまで行う考えが、気に入らなかったのよ。
だから、その鎧をこの世界から消し去りたいだけなの」
〈念 ハハハ、ようやく答えてくれたね。
さ、その憎たらしい〝肉〟から解放され、この鎧に君の魂を宿してくれないか?
あの時と同じ、白く気高き少女だった頃の君のように。 念〉
「お断りよ」
ヘカテはトートバッグへと手を入れる。
状況が動き出した。
会話をして時間を稼ぐには、もう手遅れのようだ。
瑞希は口に溜まった唾を飲み込み、どう動けばいいのかを模索。
〈念 僕とやりあうつもりかい?
今日は生憎の雨。月は出ていないよ。
それに忘れていないよね?
僕は君から何百年も逃げ延びてきたということを。
今や、実力が違うんだよ。 念〉
レインコートが駆けた。
ヘカテは瑞希に「下がって」と言うと、簡易爆弾を二つ取り出して、投げた。
人並み離れた跳躍で迫るレインコートと簡易爆弾が近づき――ヘカテの声とともに一つが爆発。
連動してもう一つも爆発した。
爆煙の中からレインコートが出てくるが、跳躍の勢いは相殺されているのだろう、その場に止まっている。
着ているレインコートは半ば千切れて、薄っすらと光沢を放つ鎧があらわとなる。
〈念 相変わらず魔力に頼りきった戦いをしてくると思ったけど、少しは進歩しているようだね。
なかなか面白い芸だよ。
飽くまで芸として、の話だけどね。 念〉
再びレインコートが迫ってくる。
瑞希とヘカテは下がりつつ、ヘカテがまた簡易爆弾を二つ取り出して投げた。
再度連動して爆発。
〈念 二つ同時にというのは、あれかな?
魔術で着火するため、〝成功〟と〝失敗〟は常に重なり合っていて、使ってみるまでどちらの結果が生じるか分からない。
確率を高めるためか、〝成功〟と〝失敗〟の両方を同時に生じさせるためか、あえて二つを用意した。
そして、一つが作動すれば、残りは物理的に作動する仕組みか。
実に面白いよ。 念〉
爆煙の中からレインコートが勢いよく飛び出してきた。
ダメージらしいダメージは見受けられない。
ぎらつく双眸が真っ直ぐにヘカテを捉えて放さない。
〈念 今の君をラ・イルが見たら、どう思うのだろうね?
ラ・イルだけでなく、オルレアンでともに戦った仲間たちが見たら。
白く気高い少女が、今や〈魔女〉と蔑まれ、この僕にすら劣る存在だと知ったら。 念〉
レインコートの口元が嘲笑うかのように歪む。
鉈を大きく振りかぶり、ヘカテへと振り下ろされる。
「ジル・ド・レェェェッ!」
ヘカテが簡易爆弾を取り出すこともなく、トートバッグごと投げた。
振り下ろされる鉈がトートバッグを引き裂いていく。
破れた箇所から簡易爆弾が宙へと散乱していき――
ヘカテの言葉とともに爆発がいくつもあがった。
けたたましい爆音は病院内に何度も反響し、耳を劈いてくる。
レインコートは爆発に飲まれていく。
攻撃直後の隙を突いての爆発で、何発も受ければさすがにその身はもたないだろう。
「これなら、少なくとも宿主の体はもたない筈よ。
動けなければ、ただの鎧に過ぎないわ」
ヘカテは爆煙を睨み、息をつく。
瑞希はヘカテを見ることしかできなかった。
かける言葉も浮かばない。
喧嘩なら何度も見てきたし、それこそヤクザ同士の撃ち合いだって見てきたことがある。
だが、目の前で繰り広げられた殺し合いは、さすがに初めてのことだ。
もしかしたら、ヤクザの抗争にダイナマイトを持って走っていた者がいたかもしれないが、それでも何度も爆発するようなものは見たことがない。
〈念 ――そんなことだから、甘い考えを持つから、イングランドの蛮族どもに捕まるんだよ、君は。
勝利を得るには、徹底的にやらないとね。 念〉
間を置いて――不意を衝いて、
爆煙からレインコート――もうレインコートなんて跡形もなくなっている――
鎧が飛び出してきた。
肉がいくばくかただれていて、大火傷を負っているようだが、動くに十分というほどに体は保持されていた。
何よりも、鎧には何一つ傷がない。
不意を衝かれたヘカテはとっさのことに身動きができず、鎧を睨むことしかできない。
瑞希は駆けた。
正直、どうしてこの時に限って体が動いたのだろうか。
そんなことすらもわかっていない。
殺されかけて動けなかったというのに、誰かが危険な時は考えることよりも体が動いてしまう。
だからこそ、お節介焼きだの〈猪娘〉だの〈紛争壊し〉だのと言われてしまう。
もう何と呼ばれようとも構わない。
ただ、誰かを助けることができるのなら、それでその後に何がどうなったとしても構わない。
本望なのだ。
とても利己的な自分に辟易とさえしてしまう。
ヘカテを突き飛ばし、振り下ろされる鉈をその目でしっかりと捉え――
自らの鎖骨の辺りからわき腹にかけて、大きく袈裟懸けに斬りつけられる様子を、しっかりと全て見ていた。
見えていた。
◇
瑞希は空を飛んでいるような感覚があった。
真っ暗な夜空を、飛行機に乗っている。
飛行機なんてものは操縦したことないのに、操縦桿を傾けて、ペダルを踏み込み、スロットルを開けて――
上空へと真っ直ぐに昇っていく。
何でこんな光景をめにしているのだろうか。
どうして空に昇っていくのだろうか。
理屈はわからないが、そう感じていた。
このまま空を昇り続けるとどこまで行けるのだろうか。
宇宙?
太陽?
太陽系外惑星?
宇宙の中心?
宇宙の外?
また見たこともない世界がこの先にある。
まだ行ったこともない世界がこの先にある。
――けど、飛行機は失速を始めた。
停止したかと思えば、今度は真っ逆さまに墜ちはじめた。
操縦桿もペダルもスロットルのレバーも、どんなに動かしても言うことを聞いてくれない。
もっと、もっと空を飛びたいのに――
――ぼんやりとした視界。
自分の体がとても熱い。
いや、熱いのではなく寒いのかもしれない。
気を失いかけていたようだ。
でも、何で気を失いかけていたのだろうか。
頭が回らず、思考が動かなかった。
背中に誰かが抱きついているようだ。
わきの下から手が伸び、胸の中心を抑えるように手が当てられている。
その手は何かに濡れているようで、僅かにある光を反射してテカテカとしている。
自分の正面意は誰かが立っているようだが、それが誰なのか、何なのかわからない。
とても大事な場面だった気がする。
でも、わからなかった。
思い出せなかった。
疲れた――。
もうこんな言葉しか思いつかない。
疲れているのなら、このまま寝てしまおうか。
起きれば、また色々と忙しい朝がやってくるのかもしれない――
◇
「お願い、目を開けて! 目を覚ましてよ!
そんなことして、勝手に死なれても困るの!
お節介で死なれても困るの!」
ヘカテは抱きかかえる瑞希に、必死に呼びかける。
瑞希からは何も返事がない。
ぐったりと力なく、ヘカテに体を預けてしまっている。
ヘカテは背中から抱き、両手を瑞希の傷口へと当て、治癒の魔術を施している。
大きく傷つけれた瑞希の体にどれほどの効果があるのかわからない。
まずは魔術で損傷している血管を見つけ、無理矢理にもつないで止血している状態。
鎧はヘカテを見下ろしてくる。
何とも不様だ、とでも言いたそうな目。
「やれやれ、ちとばかし遅かったか。
全く、バイト娘のくせによぉ、こっちの世界に首を突っ込むもんだからよ。
まるで子犬だよ。
何か穴を見つけては鼻を突っ込む駄犬だ」
二人の横に、誉と隆文がやってきた。
ようやく駆けつけてくれたということらしいが、瑞希が倒れた今、何しに来たと怒鳴り返してやりたい気分にさせられる。
来るのならもっと早く来てくれれば瑞希は傷つかずに済んだかもしれないのに、と今さらこんなことを言っても何もならない。
「柳崎よぉ、バイト娘はどうだ?」
「わからんのぅ。
すぐに搬送しないとまずいには違いないんだがのぅ」
「そうか。んじゃ、バイト娘はお前たちに任せた。
ワシはシマを荒らしてくれた彼奴に、ちと灸を据えてやらんとならんのでな」
誉が前へと出て行く。
ゆらりゆらりとした歩き様は、とても頼りなく見える。
ヘカテはたかだかただの一般人に何ができるのか、と侮辱の目を向け、それよりも瑞希の治療に意識を向けなければとかぶりを振って、魔術に専念することにした。
〈念 新手のようですが。
はて、ただの人間に、僕をどうすることができるのか、面白そうです。 念〉
「おおぅ、頭に直接響いてくるぞ。
なかなかけったいだのぅ。
まあ、よいか。さっきの爆発なんだが、そとにだだ漏れしてるもんだからよ、色んなのが集まりつつある。
だから、さっさとケリをつけようか」
誉は顎のひげを撫でながら言った。
〈念 ほう。で、どうするのです? 念〉
対して鎧は余裕の笑みを見せる。
大火傷を負った体では、〈生きた死体〉が笑うように、滑稽に見えた。
「なぁに、簡単だよ。
まずは両足だな。
それをぶった切って動けないようにする。
次は両腕だ。
要らんことされても面白くないからよ。
そして、頭だ。
そうなれば、人外のお前とて、手も足も出ないだろうよ。
文字通りによ」
誉も笑って答えた。
事務所で見た飄々なままに、どこまでも変わらず。
〈念 口で言うのは容易いですが、あなたにそんなことができるとは思えない。
もう少し現実的にものを言ったほうが―― 念〉
余裕を見せ続け、悠長に語る鎧だったが、言い終えるよりも事が早く動いた。
鎧の両膝から上の数センチのところを、何かが走ったのだ。
鎧の足はそこから綺麗に分かち、ドスンと胴体部が尻餅をつく。
続けて、肩口を何かが走った。
右腕、左腕と宙を舞った。
最後に、首に何かが走った。
これも同様に、首と胴を綺麗に分かつ。
「別に、ワシがやるとは言っておらん。
となれば、〝ワシ以外〟がということになるだろうよ」
誉は煙草の袋を取り出し、一本口にくわえる。
火をつけ、間を置いてから煙を吐き出した。
〈念 どういうことです? 何が? 念〉
「ほう、首を刎ねられても喋れるか。
鎧そのものが本体となれば、頷けることだよなぁ。
さて、仕事ご苦労。
遠いところから、こんな街まで出向いてくれて助かる、四塔」
鎧の背後に立つ人影がある。
今まで気配がなかった。
だからこそ鎧は不意を衝かれたのだろう。
そして、ヘカテも今になって、誉と隆文以外にもう一人いたということに気がついた。
四塔と呼ばれたそれは、右手に血塗られた刀を手にした男。
何も語らず、誉の言葉に頷いている。
「相変わらず無口だな、お前さんは。
まあ、いいか――」
誉は鎧を蹴り押すように、仰向けに倒した。
手も足もない鎧は全くもって身動きが取れない。
誉の鎧の胸部へと踏みつけるように足を乗せ、鎧をまじまじと見下ろす。
「うちの組のもんに、手ぇ出したんだ。
ただで済むとは思ってないよなぁ? ぼんくら野郎」
〈念 この程度で、勝った気にならないでほしいですね。
伊達に数百年もの間、逃げ延びているわけではないのですから。 念〉
鎧の隙間から、何本もの闇に酷似した色の触手が伸びた。
誉の足を、手を、体を絡め取っていく。
〈念 僕に、無闇に近づくのが悪いのですよ。
新たな宿主になってもらいますよ。 念〉
鎧の嘲笑うかのような声。
「馬鹿か、こいつは」
しかし、触手に呑み込まれようとしている誉は、何ら動じることなく、静かに言った。
心の奥底から侮辱しての一言に聞こえる。
触手はかすかに震え、何もできずに塵となって消えていく。
〈念 ど、どういうことなんですか、これは!? 何なのです!? 念〉
「どうということでもないだろうが。
お前のような魔具がいると聞いているのに、何の対処もしないでお前に近づくと思っていたのかよ?
というか、ワシがネコジシ組だということを知らんのか?
知らねえで、この街を闊歩していたのか?
だとしたら、本当に馬鹿としか言えねえな。
この街で魔具なんぞ持ち歩いていたら、ワシのことを知っておくべきだ」
誉の手にしている物が触手を霧散させていく。
今しがた吸っていた煙草。
煙がのぼり、それらが触手を打ち消していく。
誉の手が伸びる。
煙草の先、火のついた部分が鎧に触れた。
そのまま、何かを描くようにして動いていく。
〈念 何を!? ただの人間如きが何を!? 念〉
「あぁ? お前みたいな頭の悪い〝チンピラ〟を相手に商売している、ただの人間だよ。
というかあれだな、ワシみたいなのは、お前みたいなぼんくら野郎にとって相性が最悪なんだよ。
〈鎮魂〉をするようなワシみたいなのはな」
〈念 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろや―― 念〉
叫ぶ鎧へと、誉は先が触れていただけの煙草を押し付けた。
灰が散り、鎧の声が散り――静寂が訪れる。
鎧から〝紫〟という色が抜けて、〝白〟となった。
誉は鎧から足を離し、振り返って、ヘカテたちへと近づいてくる。
ヘカテの抱えている瑞希の前でしゃがんだ。
瑞希の頬へと手を差し伸べ――
「ったく、どこまでもお節介を焼くから痛い目に遭うんだぞ。
いつも言ってるだろ。下手に関わるな、と。
ああ、そういえば、今回は言うのを忘れてたなぁ。
だから突っ込んだのか、こいつは?
ったくよぉ、人をからかって遊んでくれるもんだから、ついつい言い忘れることになるんだよ。
さて、救急車はまだか?
この娘っこが応急処置をしてくれてるといってもよぉ、さすがに早く来てもらわんとよ」
誉がぼやく中、遠くからいくつもサイレンが重なり合って近づいてくる。




