4.人を食らう影と子どもを食らう魔具。
ロシア語で話をするリーリャと男たちに、ロシア語のわからない美加は何がどうなっているのか理解できないでいた。
男たちがAKS74Uを向けてくるのだから、問題のある状況であることは理解できるものの、どうして今の状況に至ったのか理由が全くもって思いつかない。
あえて考えつくことといえば、リーリャが諜報員であることか。
諜報活動をしている立場なら、否応なしにも敵は生まれてしまう。
その上、いつその敵が殺しにやってくるのか不明瞭なこと。
それも影に潜んで活動する諜報員を相手に、白昼堂々と、しかも街の人たちを何かしらの方法で立ち去らせ、銃で武装した集団を仕向けてくる大掛かりなこの行為は、皮肉ともとれるのではなかろうか。
「んー、何か色々とゴメンネ。
私と一緒にいるものだから、要らぬことに巻き込んじゃったみたいだし」
リーリャは振り返ると、日本語に切り替えて言う。
一応笑みはしているものの、申し訳なさそうな眼差しは見ているこちらが痛々しく感じられる。
美加は首を横に振る。
きっと和葉はこうなることを予見していたのかもしれない。
こうならないために自分をリーリャにつけたのかもしれない。
いつも先を見ている和葉が、あれほどまでにリーリャを送り届けるように言ってきた意味を、自分なりに捉えた。
そうなれば、リーリャを独りで帰していた筈なのだ、と。
そうともなれば、一呼吸し――
「私がリーリャさんを守ります」
リーリャの前へと出る。
相手は武装しているのだから怖いに違いないが、なぜか延々と続く和葉の嫌味のほうが怖いと感じてしまう。
そうならないためにも、何としてもリーリャを守り抜かなければならない。
「え? いえ、ね。
そう言ってくれるのはありがたいのだけどね。
相手は軍人崩れよ。
無理はしなくていいからね」
「相手が何であれ、リーリャさんを送り届けるように頼まれたんですから、やれるだけのことをやってみせます」
「いやぁ、そんな頑張らなくてもいいのだけどね。
カズハのことだから、私が帰りに道草食って、余計なことを調べるんじゃないかって、考えてのことだろうしね。
とは言ってもね――」
リーリャは男たちを見やり、日本語からロシア語へ――
「私だけに用がるんでしょ?
なら、この娘は見逃してあげられない?」
相手は目出し帽を被っているので表情はよくわからないものの、リーリャの問いに否定的のようだ。
銃口を下げることがなく、指がトリガーへとかかる。
「我々を見ておいて、逃すと思うのか?
何のために人払いをしてまで、お前の前に出たと思うのだ?」
「んー、そう言うのはわかっていたんだけど、どうしようかなぁ。
どう考えても、巻き込んじゃったとしか言えないし。
この娘に何かあると、絶対カズハに怒られちゃうだろうし。
そうだ、取引をしない?
このお姫様を逃してくれたら――」
「却下だ。
お前を見つけ次第、〝機能〟を停止させる。
そのために、ここへと来たのだから」
「それでもって、一緒にいる人を消す、と?」
「そうだ」
「本当に参ったわね。
私の〝機能〟を停止するだけなら、何の問題もないのに。
一般人まで巻き込むとなると、放っておくわけにもいかないし」
リーリャは自らの額に手を当て、目を閉じる。
一拍置いて、目を開け――
「ここで姫君を守る騎士でもいればいいのだけど、世の中、そんなに都合よくできているわけでもないし。
姫君を囲う魔女もいない。
でも、姫君を陰から守る〝ドラゴン〟ならいるかな」
正面の男を――いや、男の背後というべきか、通りの角、裏通りへと通ずる路地を指差す。
男はリーリャを警戒しつつ、指差す先へと振り返るものの、特に何かがあるようには見受けられない。
美加もまた、リーリャの言葉を理解できていないが、何かがあると思って倣って見るが、こちらの目でも何も見受けられない。
「何もないぞ?
適当なことを言って、ここから逃げようというのか?
我々をどうにかできると思っていたのか?」
「私に何かができるわけないでしょ。
って、あなたたちならよくわかっていると思うけどね。
となれば――」
リーリャが最後まで言うことなく、事は起きた。
正面の男が忽然と姿を消したのだ。
直後――
男たちの悲鳴と怒号、銃声が鳴り響き、一分と経たずに静かになった。
「――別の誰かが、と言おうとしたのだけど、遅かったようね」
残ったのはリーリャと、突然のことに腰を抜かして尻餅をついている美加。
美加は何が起きたのかよくわからないと言わんばかりに、リーリャを見上げる。
リーリャはまた指差した。
今度は通りの反対側にある店のショウウィンドウの前。
そこには影というべきか、薄っすらとした何かが漂っている。
ユラユラとしたそれは、こちらを窺っている。
見てわかるようなことではないのだが、こちらの様子を見ているようにも感じられる。
「……何……あれ……?」
美加はリーリャへと尋ねると、リーリャはロシア語で何かを返してくる。
美加には何を言っているのかわからず、ただリーリャを見やるだけ。
「――あぁ、日本語じゃないと駄目だったわね。
気にしたくても大丈夫よ。
あれは私たちをどうにかしようという意思はないもの。
なるほどね。
大佐が手を出して、〝火傷〟しているだけのことはあるわね。
何を目的で、あれに手を出したのかよくわからないけど、大佐のことだから、あれがいては目的を果たすために邪魔になるとでも考えたのかしらね。
いやいや、全部私の予想でしかないから、どこまで当たっているのかわからないけどね」
リーリャが話しているうちに、その影はゆらりと姿を消してしまった。
何ごともなかったかのように、全てが幻であったかのように――。
「さてさて、大丈夫?
流れ弾に当たったりしていない?」
リーリャが手を差し伸べてきたので、美加は頷いてその手を握って立ち上がった。
足が震えている。
武装集団を前にしていたのだから、今になって震えだしたのだろうか。
いや、それとは別の、あの影に対して怯えている。
でも、どうして怯える必要があるのだろうか。
自分には何も問題がないというのに。
「あの人たちは、どうなったのですか?」
一旦状況を整理しようと、問う。
「どうなったって、見てたでしょ?
今のに食われていったのを」
リーリャは素っ気なく答えてきた。
訊かなくてもわかるだろ、と言いたげな眼差しで。
美加は目の前で起きたことを思い返す。
見ていなかったわけではない。
なぜか、認識しようとすることを拒んで記憶を閉ざしてしまっていた。
記憶の蓋を開ければ、何が起き、どうなったのか――
最初はリーリャの正面にいた男だ。
黒々とした蛇のような何かによって、一気に呑み込まれた。
頭からすっぽりと見事なまでのことで、まるで大蛇の出てくる映画を目の前で見ているかのような浮世離れしたものだったと言っても過言でない。
現実で起きたことなのかどうかも理解しきれなかった、と言ってもいい。
それを目の当たりにした他の男たちが、その蛇のような何かへと銃を向けた。
仲間がやられたのだから、やり返してやろうというのだろう。
至って当然のわかる行為。
だが、そのような当然の行為をその蛇のような何かは全くの無効にしてしまった。
惨劇だった。
一人目が大蛇の出てくる映画ならば、二人目以降はSF映画のワンシーンだっただろうか。
それともモンスターパニックの映画のワンシーンだっただろうか。
男たちの銃撃をいとも簡単にかわしながら、蛇のような何かは一人一人襲いかかったのだ。
頭を食いちぎり、腕を食いちぎり、足を食いちぎり、胴を食いちぎり――血しぶきを身に浴びつつ、命乞いする男までも食い、呑み込んでいった。
逃げようとする男にも容赦なく食いついた。
残ったのは美加とリーリャだけ。
始めから蛇のような何かは男たちだけに狙いを定めていたかのように、二人を残した。
いや、それとも二人が蛇に向けて何の行動も見せなかったからこそ、残されたのだろうか。
あとは血溜りと、食えないからこそ食い残したと言わんばかりの男たちの銃ぐらい。
――美加は両手で口を押さえ、込み上げる吐き気に耐え切れず、胃の中のものをその場に吐き出す。
何度も吐き、むせ返り、吐いたもののせいで喉がとても痛む。
全身の毛穴が一気に開いたかのような衝動を覚え、涙が止まらず、体の力が抜けていく。
「あらあら、私ったら、要らないことをしてしまったようね。
折角記憶に蓋をしようとしてたところだったのにね。
思い返していいものでもなかったし、そうなって仕方がないかもね」
リーリャが美加が背中をさすってくれるのだが、その程度では到底楽にならない。
吐き気は押し寄せる波と同じように止まることがなかった。
最後には力尽きて、気を失ってリーリャの腕の中へと収まった。
「私が巻き込んだのだから、私が姫君を見てあげないと駄目なのかな。
そうしないと、カズハに怒られちゃうものね。
それに――この後始末も私がやるのかな?
好き勝手に食い散らかしてくれちゃって、この街の〝ドラゴン〟様は」
リーリャはため息をつき、携帯電話を取り出した。
「ヤコブレフです。
少々厄介なことが起きまして。
内密で動いているもので、大使館の力を頼るわけにもいかず、お願いをと思いまして。
――はい。回収をお願いします」
◇
捜査課の部屋の中では訝しげな視線が一点に集中していた。
どれもが不審者を目の当たりにした。
もしくは、それに準ずるものだった。
視線を向けられている側といえば――全く気にしている様子がない。
それどころか、部屋にいる警察官たちの顔を一通り見ていく。
視線を向けられている側というのはヘカテであり、ネコジシ商会を飛び出して、すぐにここへと駆けつけたのだ。
そんな視線を向けられている理由として、ヘカテが警察の人間でもないからだろう。
部外者が突然警察署のそれも捜査課の部屋へと、何のためらいもなく我が物顔で入ってきたのだから、不審者と見られ当然といえば当然といえよう。
それに、ヘカテを知っているのは美加や隆文、安雄といった一部であり、同じ捜査課でも全員が知っているわけでない。
そのような者たちからすれば、不審者以外の何ものでもない。
和葉のように警察署に出向くことをしていれば、互いに面識もできるので、そのような目で見られることもないのだろうが、ヘカテが警察署に来ることなどまずないのだから、また仕方がない。
「タカフミいる? タカフミいないの?」
ヘカテは誰へとなく尋ねるものの、何一つ答えがない。
もし答えがあるとすれば、訝しく視線。
隣同士でヒソヒソ話、美人が現れたと好奇な視線を向けてくるのも少し混じっているだろうか。
そんな者たちに、ヘカテは眉をひそめるだけ。
隆文について尋ねているのに、誰一人答えてくれないことが不満となり、口を尖らせる。
何も難しいことを訊いているわけでもない。
いるのなら「いる」、いないのなら「いない」、と答えればいいだけのことなのだ。
やはり、これの視線と同じく訝しくからこその答えなのだろう。
こんなことでカリカリと気を立てている場合ではないのだが、暢気でいるわけにもいかないので、部屋の真ん中へと歩みを進めて、もう一度「タカフミはどこ?」と尋ねた。
「うるせぇなぁ。
徹夜明けで、仮眠とっているところだったのによぉ」
部屋の奥、パーティションの向こうから頭をかきながら安雄が姿を現す。
欠伸をしつつ、ヘカテの前へと立った。
眠たげに鬱陶しいと語っている目で見下ろされる。
「んぅ? またえらく珍しい奴が来ているものだ」
視線と同じ口調。
「芒原なら、お前のところに行っているだろ?」
「ミカに会いに来たんじゃない。
タカフミ、タカフミに会いに来たの。
知らない?」
安雄の態度など気にしていられない。
用件を優先。
「柳崎さんだぁ?
おい誰か、柳崎さんを知らないか?」
安雄が周りの警察官へと尋ねた。
警察官たちは戸惑いの表情を浮かべた。
ヘカテが安雄と面識があるとはいえ、どこまでも不審者と見ているために答えを渋っているのだろう。
そのうちの一人が――
「今日はまだ来ていませんよ。
どこか寄る場所があるとかで、そこへと寄ってから来るそうです。
柳崎さんのことですから、事件現場を回っているんだと思いますけど」
と答える。
「だそうだ。待つか?
コーヒーぐらいなら出すぞ。
安物だから、味は保障できないけどな」
「いらない。
ここにはのんびりするために来たわけじゃないし。
何よりも、何でアタシの相手があんたなのさ」
ヘカテは安雄を睨み、後退った。
安雄は眉をひそめる。
「おいおい、そんな邪険にすんなよ。
知らない仲でもないし、去年までは芒原じゃなくて俺がお前たちの相手をしていたじゃないか」
「煩い、泥棒猫!」
ヘカテはイーッと歯をむき出しにして、そそくさと部屋から出た。
いつまでもここにいたって、不満が募るしかないと判断して。
◇
ヘカテの出て行くのを見届けた安雄はため息をつく。
騒がしいのがいなくなったのならもう一度寝なおそうと、頭をかいてパーティションで区切られた場所へと戻ろうとする。
「今の、折部さんの知り合いなのですか?」
呼び止めるというわけではないのだろうが、気になったから訊いてみようと思ったのだろう。
他にも気になったと顔に書いて、こちらへと見やってくる。
「ん? まあな。
去年まで俺が出向いていたところがあったわけだが、そこにいる奴の一人だ。
今は芒原が相手をしているんだけどな」
答えるのも面倒だったが、後であれこれ訊かれるほうが面倒だと判断して、面倒くさそうを前面に出しながら答えた。
「ですけど、折部さんのことを〝泥棒猫〟って、言っていましたよね?」
「ああ、気にすんな。
あいつは元々俺のカミさんの知り合いだったんだがな。
俺とカミさんが結婚した時、何を思ったんだか、カミさんを俺に盗られたとか言うようになったんだ。
おかげで、会うたびにあの調子だ」
困ったものだ、と両手を掲げて見せる。
「ハハハ、折部さんが綺麗な奥さんを貰うんですから、世の中わかりませんね」
「おい、そりゃどういう意味だ。
ったく、お前の余計な一言のせいで、眠気がどこかに行っちまったぞ。
もう一眠りしようと思っていたのによ」
安雄はもう一度ため息をつくと、コーヒーメーカーの前に立ち、コーヒーをカップへと注いだ。
◇
隆文は煙草で煙をくぐらせつつ、通りを歩いていた。
子どもの頭の見つかった公園のすぐそば。
現場周辺の聞き込みをしていたのだろうか。
「やっと見つけた。捜したわよ」
隆文をずっと捜して走り回っていたとあり、ヘカテは息切れ切れだ。
隆文の前へと着くなり深呼吸をして息を整える。
隆文がヘカテへと見やってくる。
煙草を指に挟み――
「どうかしたかのぅ?
お前さんのほうから来るとは、何かあったのか?」
「タカフミの追っている事件についてなんだけどね。
魔具が関わっている可能性が非常に高まったのよ」
沈痛な面持ちで言う。
それをどう汲み取ったのか、隆文は眉をひそめて、ポケットから携帯灰皿を取り出して、煙草を収めた。
「詳しく聞かせてもらうかのぅ。
――しかし、ここでは何かのぅ。
場所を移すか。
表立って話す内容でもないし、まだまだ表に事件のことを知らしめる必要もないからのぅ。
近くに車を止めておる。
話は車内でのぅ」
隆文は周囲を見渡しつつ言う。
誰かに聞かれて困るほどの話ではないのだが、まだ予想の範囲の話を誰かに聞かれて要らぬ不安を与える必要もないと思ってのことだろう。
仮に聞かれたとしても、魔具のことなど〝一般人〟が理解できるわけでもないのだから構いもしないのだが、不必要な情報を表に出すこともない。
家々の並ぶ街道を隆文の車――スバル360が緩やかに走っていく。
その小さな車体の中で、ヘカテと隆文が話をしていた。
内容は今回の事件に関わっていると思しき魔具――またの名を〈オルレアンの乙女〉と呼ばれる――〈紫鎧〉について。
過去よりヘカテにとって因縁のある魔具である。
できれば見たくもない――名前すら聞きたくもない魔具。
「なるほどのぅ。
それがこの街にのぅ」
真剣なヘカテに対して、隆文は乗り気がないというかどこ吹く風。
「相当ヤバイ奴なんだよ。
タカフミ、忘れたの?」
「さて、どうだったかのぅ」
「どうだったかって……忘れてるんじゃない。
〈鎮魂〉されて表に出てくる筈なんてないのに」
呆れと焦りが混ざり合ったため息をついてしまう。
「誰かが使えるようにして、日本へと運び込んだのだろうかのぅ。
目的はともかく、魔具絡みとわかったのは、少しは捜査が進展したと見るべきかのぅ。
それで、どのようなものかのぅ?」
隆文は信号で車を止めた際に、シガーライターを用いて煙草に火をつける。
紫煙が社外に出て行かず、まとわりつくようにこもる。
「タカフミ……冗談じゃなくて、本当に忘れてるのね……。
子どもを食らう魔具よ。
もう何年も前にこの街で事件が起こったでしょ?
たくさんの子どもがいなくなって、皆死んで見つかったのが。
だから、あの頭は食った跡――つまり、食べ残しに過ぎないわ。
そう考えると、他の行方のわからなかった子どもたちは、もう――」
「食われてしまったと考えるのが自然かのぅ。
参ったのぅ。
子どもたちが無事でいてくれることを願っている親御さんたちのことを考えると、いたたまれないのぅ」
ぼんやりとした声とともに紫煙が吐き出された。
「今は食われてしまった子どもたちよりも、これ以上犠牲者を出さないことじゃない?」
「わかっておる」
信号が変わり、車がゆっくりと走り出した。
車内に風が入ってくるようになり、紫煙が排出される。
「これから、少しばかし情報を貰いに行かねばならんのぅ。
魔具が日本に運ばれたのなら、それなりに運ばれた形跡というのもあるだろうし、こちらを調べてもらおうと思う。
お前さんはどうする?」
「アタシはあたしなりに調べていくわ。
仮にも〈魔女〉なんて呼ばれているぐらいだし。
魔具が使われたのなら、その痕跡を追いかけるだけよ」
「そうか。
なら、ここで別れるとするかのぅ」
車が路肩に止められる。
「最近は、色々とお互いにとって面倒なことが起きておるからのぅ。
お前さんも気をつけての」
「タカフミこそ気をつけなさいよ。
誰よりも年食っているんだから」
「お前さんには言われたくない話だのぅ。
お前さんに比べれば、俺などまだまだ子どもだというのにのぅ」
「アハハ、そうだね」
ヘカテは車から降りた。
窓越しに――
「タカフミ、もし本当に〈オルレアンの乙女〉がこの街に来ているのだとしたら、手は出さないでね。
あれはアタシの――」
「わかっておる。
それに、俺では太刀打ちできん」
隆文は小さく笑み、車を走らせた。
ヘカテは隆文の車が走り去って見えなくなるのを見届けてから、歩き出す。
梅雨の時季を表すように、雨がしとしとと降り始めた。
雨空を見上げ――
「〈オルレアンの乙女〉に雨……。
色々と嫌なことを思い出させてくれるわね」




