4.生かすか殺すか全て算段の上。
「さて、〈蒼い王〉を渡してもらおうか。
あれはお前のような〝一般人〟が持っていていいものではない。
我々のような〈異端狩り〉が管理しなければならない代物だ」
白矢が手を向けてきた。
大人しく渡せということなのだろう。
「〈蒼い王〉なんて、知らないわ。本当よ」
美加は首を振った。
何度同じことを訊かれても同じ答えしか出せない。
たとえ訊いてくる相手が代わっても、変わりようのないことだ。
〈蒼い王〉なんてものは知る由もないし、どうしてただのペンダントを狙われるのかさえもわからないまま。
「お前が知っていようと知っていまいと構わない。
〈蒼い王〉は、俺ら〈異端狩り〉の中でも、とりわけ重要度の高い魔具だ。
見つけ次第、封印をしなければならないことになっている」
「これはただのペンダントよ。
魔具なんかじゃないわ」
美加はペンダントへと視線を下ろそうとするが、白矢の視線が許してくれそうにない。
代わりに、白矢がペンダントへと見やってくる。
見ただけではわからないということか、再び美加に合わせてくる。
「そうか。
それが魔具かどうかわからないが、少なくともお前が嘘を言っているようには見えないな。
お前は本当に知らないのだろうな。
――では、質問を替えるか。
尤も、〈蒼い王〉が俺の目的ではないからな。
ここに魔具があるかどうかなど二の次だ。
もし〈蒼い王〉があれば、目的ついでに封印するだけのことに過ぎない」
白矢が再び刀を向けてきた。
切っ先が、美加の喉へと当たるかどうかのところで止まった。
照明を浴びて歪に光る。
薄っすらと血で汚れているところが、恐怖をさらに倍増させてくる。
美加は刀身に目をやり、息を呑んだ。
いつの間に汗ばんでいたのだろうか、顎の先から汗が垂れて刀身へと落ちる。
刃によって散る滴がゆっくりと宙を舞う様を目にした。
「――お前は何者だ?
あの時もそうだったが、今回は〈蒼い王〉だ。
偶然か? 必然か?
〝一般人〟が魔具に関わるなど、極稀に過ぎない。
何かの拍子で触れてしまうことはあるが、それでも一生に一度あるかどうかの話だ。
それだけ俺たち〈異端狩り〉が世間に魔具を始め、〈異端〉を触れさせないようにしているからだ。
なのに、お前は魔具と関わっている。
それも、知る限りで二回もだ。
こうなると、俺の知らないところで、もっと関わっていたりするのか?
そういえば、あの〝女〟――〈魔女〉との関わりもあったな。
となると、お前はあの〈魔女〉同様に〈異端〉なのか?
見る限り、魔具など一生関わることのない〝一般人〟にしか見えないのだが。
それは〈異端狩り〉から身を隠すための演技なのか?」
切っ先が喉から顎、顎から左頬へと緩やかに伝わっていく。
頬で止まった切っ先が、小さく薄く線を刻んでいく。
痛みとともに血が滲み出てきた。
「わ、私は……あなたたちの言う〈異端〉なのかどうか知らない。
魔具だって、知らないことだらけよ」
「知らずに魔具と関わりを持っていると言うのか?
そんな話、聞いたこともない。
関わろうとする意思がない限り、魔具の身近なところにいられるわけがない」
「本当に知らな――」
美加の返答が終わる間もなく、白矢の刀は素早く動いた。
まるでそこが刀の収まる場所なのだと言わんばかりに、美加の太ももへとストンと突き刺さったのだ。
それが至って当たり前の自然の如く、とてもあっさりとした動きだった。
だから、突き刺さってすぐに何がどうしてそうなったのか、美加自身わからなかった。
凝視して、状況が頭の中で渦巻いていってようやく――
「っ!? ――――――!?」
空間を美加の絶叫が占めた。
太ももを刺された痛みが脳天にまで突き抜ける感覚に、目を見開いて顔を歪ませた。
白矢は表情を変えることもない。
美加がどんなに苦しもうと感情が揺るぐことなどない。
それこそ、さも淡々と作業をこなしているかのような目で美加を見据えるのみ。
「いつまでも〝知らない〟で済むと思うな」
刃の向きが変わる。
刀の握る力が加えられ、僅かであるが捻りが加わった。
傷口が開き――さらに美加の絶叫が続いた。
痛みだけが感覚を支配している。
見えている筈のものが見えてこない。
聞こえている筈のものが聞こえてこない。
「お前は何者だ?
さあ、話せ。
話すまで続けるぞ」
何度も何度も、じわじわとなぶるように捻りが加えられていく。
そのたびに美加の絶叫が上がった。
意識が痛みについてこられなくなってきた。
どれほどしてか、美加は絶叫すら上げられず、頭を垂れて動かなくなった。
◇
「痛みで気を失ったか」
白矢はため息をついた。
白矢の前には、椅子の上で手足を縛られたまま頭を垂らした美加。
全く動かない。
言葉どおり、気を失っている。
演技とは思えない。
なぜなら、その理由は美加の左太ももにある。
白矢の持つ刀が綺麗に刺さっているのだ。
パンツスーツをまとった上からでもわかるように、パンツに血が滲み出ていた。
突き刺して捻りを何度も加えたものだから、傷口からどんどん血が流れ出ている。
裾から血が滴り、椅子の下には血溜まりができていた。
刀を抜き取る。
さらに血が流れたのだろう、血溜まりが大きくなった。
尋問のために少しばかし捻りを加えたのが悪かったのだろうか。
訊くこともできなかったとやや反省の念をもって美加の顔を覗き込む。
完全に沈黙しているようだが、まだ息がある。
死んでいないことを確認。
これならば目を覚まし次第、再び尋問をかけられるかもしれない。
しかし、この出血量からして、次に目を覚ますのかどうかは判断できない。
このまま放っておけば確実に死ぬだろう。
「――困ったものだ。
話はまだ終わっていなかったのだがな。
気を失ってしまったのなら、仕方あるまいか。
さて、このまま死んでもらうか。
どの道、生かしておいてもいいと思えない存在だからな」
ゆっくりと刀を両手に持って、振りかざした。
血に塗れて僅かに紅く染まった刀身から、まだ乾いていない血が鍔へと、柄へと伝っていく。
指に生温いぬめりとした感触。
手を滑らせないためにもしっかりと握り締めた。
視線は真っ直ぐに美加の首を捉えた。
狙いを定め、そこへ刀を振り下ろすべく、息を止め、踏み込み――
動きが止まった。
踏み込むことなく、息を吐き出して、ゆっくりと刀を横へと下ろした。
振り下ろそうかとする寸前、背後に気配が生まれたのを感じた。
白矢の首筋に冷たく硬いものが宛がわれ、振り下ろすことを留めさせた。
何が現れ、何を宛がわれたのか。
殺気を感じるので、決していいものではない。
まずは確認、と周囲へと見渡す。
三人の男を死んだかどうかまでは確認していなかったが、あれほどの傷を負っていたのだから、仮に死なずとも気づかれずに白矢の背後へと近づき、何かを宛がえるようなことをできたとは思えない。
見ての通り、三人の男はしかと事切れていた。
殺し損ねたということはない。
ともなれば、白矢以外の闖入者が現れたということになる。
それも、白矢と同種同等の相手。
そうでもなければ、白矢自身、油断をしていたとはいえ、簡単に後ろを取られることなどなかった筈。
「――こんなことで命のやり取りをする必要なんてないから、宜しければ、刀を収めてほしいところかな。
それに、その人に死んでもらうわけにもいかないから、なおさら収めてもらったほうが私たちとしても大助かりなの」
背後にある気配と別に、もう一つ気配が生まれた。
こちらも後方から現れたのだが、殺気を放つこともなく、すんなりと白矢の前へと姿を現した。
何ゆえ現れたのか、どこから現れたのか。
そして、何者なのか。
睨みを利かせて相手を確認。
目の前に現れたのは、肩にかかるほどの長さを持つ深紅に染められた髪が特徴的であるものの、白い肌と茶色の瞳とはどこか不釣合いな女。
奇抜な恰好を好む手合いなのかと思えば、髪の色が不釣合いなだけで、あとはどこにでもいそうな女にも見える。
そして、その女に見覚えがあり、イラついた様子で息をついた。
よりによって、こんな奴とここで出くわすとは思いもしなかった、と顔に出てしまっている。
「久しぶりね、白矢。
日本から離れているとばかり思っていたのだけどね。
どうして私がこんなところにいるのか、不思議?
あなたがこの街に来ているって報告があって、色々と〝網〟を張ってトレースしていたのよ。
と言っても、私の〝鼻〟は利かないから、千代ちゃんに頼んで捜してもらったんだけどね」
女は自らの鼻の先を指でつつきつつ、柔らかな笑みを向けてくる。
でも、その目はどこも笑ってなどいない。
道化師ともいえる、表面上のもの。
白矢を前にしているから、警戒をしている。
それを悟らせないためか、惑わせるための笑み。
「この街にいたとは、な」
「ああ、そうね。
この街にいること自体知らなかったようね。
二年前に、ね」
僅かであるが表情に陰りが差す。
でも、すぐさま道化師へと戻った。
「千代ちゃん、もう下ろしていいわ」
さらに言葉を続けた。
それを合図に白矢の首筋から何かが離れて、また気配も離れていく。
それが正面の女の横へと並んだ。
黒いボブカットに深紅のジャケットをまとった、これまた女。
漆原千代が睨んでくる。
こちらは正面の女と違い、殺気をあらわとしているものだから感情を読みやすい。
白矢を仕留められなかったことが不満のようで、ギラギラとした目は白矢を仕留めたいと訴えてくる。
そして、その手にはまるで殺気を具現化したとでもいうべき、刀にしては短く、脇差にてしては長い――小太刀が握られている。
それをつい今しがたまで首筋に宛がわれていたということか。
「もう少し早く駆けつけることができればよかったのだけど。
とりあえず、生きていてくれただけでもよかったわ」
白矢と千代の睨みあいなどお構いなしに、女は美加の前へと歩み寄る。
身につけていたスカーフなのだろうか、手には薄い布、美加の左太ももへと止血すべく巻きつけ、きつく縛った。
それでどこまで止血するに至るのか知れないが、出血を少しでも抑えるための応急措置なのだろう。
白矢は千代から視線を外して、女と美加に巻かれたスカーフを怪訝な目で見やった。
「なぜその女を助ける? 〈異端〉なのかもしれないのだぞ」
「〝かもしれない〟というだけじゃ、〈異端〉とは限らないわ」
「魔具との関わりがあるというのにか?
そんな者がいるというのか?
〈異端〉でもないのに、関わりを持つ人間が」
「現にこうしているのだから、そう不思議がることもないでしょ」
「その女は何者だ?」
「この人はただの警察官よ。
至って普通の地方公務員。
私たちの血税でせっせと働く〝働き蜂〟、〝働き蟻〟でもいいかな。
〝一般人〟でしかないのよ。
それに、今のところ魔具と関わっているからと言ったって、特に何かができるわけでもないし」
「警察? 〝一般人〟?
にわかには信じられんな」
白矢は刀の切っ先を女へと向けた。
女は刀を見ても何ら動じることがなかった。
余裕の笑みすらある。
千代が、この女に手をかけるようなものなら殺してやると言わんばかりに構えた。
それを女が手で制した。
白矢に斬られるということを全くもって考えていない動き。
千代は不満そうに、また、険悪の表情で睨んでくるだけ。
「嘘じゃないわよ。
私があなたに嘘を言っても得なんてないもの。
それに、あなたを欺いたところで斬られるだけだし、ね。
そう何度も斬られたくないもの。
――信じる信じないは、あなたの自由よ。
ただ、言わせてもらうけど、この人を斬るのなら、まずは私を斬ってからにしてくれないかしら?
あら、これじゃ、どの道斬られるのかしら、私は」
やあね、と笑みを浮かべる。
どこまでも掴みがたい表情。
ただ何かを含んでいることは、間違いないと見ていいのだろう。
だからといって――
「フン、お前を斬ることこそ、この得体の知れない女を斬る以上に何も意味をなさない」
と、刀を下ろした。
「〈異端狩り〉が〈異端狩り〉を斬ったところで、〝世界の秩序〟を守られるわけではないからな」
女の言うことに乗ってやることにした。
といっても、斬れない未練が付きまとうので睨み付けた。
「なら、どうして〝あの三人〟を斬ったの?
斬ったのはあなたでしょ?
他に誰も見当たらないし」
女は床に転がっている、〝かつて人間だったもの〟としかいえない遺体たちを見やりながら言ってきた。
「彼らもまた、私たちと同じ〈異端狩り〉らしいわよ。
よその街からやってきて、私に挨拶すらなかったから、どういった人たちなのかわからないのだけどね」
「ああ、〈異端狩り〉らしいな。
奴らも言っていた。
しかし、〈異端狩り〉としての奴らを斬ったわけではない。
飽くまで〝下賎な小物〟を斬ったまでだ」
「どんな経緯があったのか知らないけれど、ものは言いようよね。
私たちがここへと来た時には、三人ともすでに事切れていたわけだし。
――で、どうするの?
私たちはこの人を今すぐにでも病院へと搬送すべきと思っているの」
「………………」
白矢は何も答えず、女に背を向けた。
一歩、二歩とゆっくりと美加から離れていき、外套の中から鞘を取り出すと、刀の血を振り払ってから収めた。
「何も言わないということは、斬る気がないと見ていいのかな?」
「お前たちと〝死合って〟まで、するようなことでもないからな。
――ただ、やはり解せんな。
〝一般人〟が魔具のそばにいるというのは」
振り返り、怪訝の目を美加へと向け、女へと切り替える。
「そんなに知りたいことなの?
あなたの〝追い求めているもの〟とは、関係があるとは思えないけど。
それとも、そういう仕事を請けているの?」
女は首を傾げる。
うーんと唸り――
「私の知っている限りを教えてもいいのだけどぉ。
この人のプライバシーに関わることなのよね。
ま、納得してもらえれば、今後とも無闇にこの人に襲いかかるようなこともなくなるのかな?
もしそうなら、差し障りがない程度で教えてもいいのかもね」
笑みとともに、人差し指を立てた。
さらに、〝どうなのか?〟と尋ねるように、その指を向けてくる。
白矢はコクリと頷いた。
「この人は、ネコジシの関係者よ。
ネコジシ商会――あの商会の名前なら、あなたも知ってるでしょ?」
「ネコジシ商会、だと!?
あの忌々しいネコジシの関係者か。
そういえば、この街で幅を利かせていたな。
失念していた。
――なるほど、だからこそ〈魔女〉と関わりがあるわけか。
知らぬうちにネコジシには面子が増えていたのか。
あの〈トリックスタ〉め、〝一般人〟に近い者まで組み入れて、どうするつもりだ――」
白矢はゆっくりと息をついた。
全てを知ることができなかったが、知りたかったことを知ることができた。
となれば、美加にこれ以上の用はない。
ネコジシ商会の関係者なら、魔具を知っていても当然だ。
それが〝一般人〟であろうとなかろうと、魔具を扱う商会なのだから、常に魔具を目にしているし、魔具の近くにいても何らおかしくもない。
未だ睨みつけてくる千代の横を通り過ぎ、部屋を出て、闇の中へと身を投じていく。
潔い後退というべきか――白くも紅い吸血鬼が、夜の闇へと還るかのように。
◇
「よかったのですか、霞姉さん?」
「何が?」
千代が小太刀を鞘へと収め、懐へとしまいつつ、女――咲耶霞へと歩み寄った。
霞は美加から千代へと見やってくる。
惚けているのか、質問の意図を掴めていないのか、何とも曖昧な道化師を思わせる顔。
こうなると満足に答えてくれない。
答えをはぐらかせてくることが多い。
なので、千代は呆れ顔で続けた。
「〝何が〟じゃありませんよ。
白矢を放っておいて大丈夫なのかが問題だと言っているんです」
「ああ、そっちの話。
じゃ、どうするの?
白矢を相手にしたい?
あなたはともかく、私じゃ彼に太刀打ちできないわ。
剣術において、実力が違いすぎるもの。
仮に相手したとして、〝この身〟のままでいられるとも思えないし。
それに、彼と対峙する必要がなければ、無理に事を荒立てても損するだけよ。
少なくとも、今回はこの人を助けることができるだけでもよしとしましょ」
「この女、何者なんですか?
霞姉さんがわざわざ気にかけるような女には見えません。
私たちがわざわざ出向いてまでして、助けなければならない女とも思えません。
それこそ、放っておいて死んだところで、何の問題もないと思います」
「折角助けられる命なんだから、そんなこと言っちゃ駄目よ。
この人を死なせるわけにはいかないの。
この人には生きてもらわないと。
ま、私の我が侭ってところかな。
――あと、ね。
この人を助けておけば、ネコジシ商会に〝貸し〟ができることもあるわけだし、損はないと思うのよね」
どう見ても含みがあるとしか思えなかった。
かといって、これ以上問い詰めたとして、何も答えてくれないだろう。
余計にはぐらかしてくるに違いない。
霞の性格はよく知っているつもりだ。
千代は呆れたため息をつき――
「霞姉さんがそこまで言うのでしたら、もう言いません。
霞姉さんの好きになさってください」
千代は動かない美加へと一瞥をくれた。
白矢でもないが、このまま死なせてもいいという考えを改めるつもりはない。
霞が言うから従うだけのことなのだ、と自らに言い聞かせた。
「さ、早く救急車を呼びましょ。
折角助かったのに、失血死されても意味がないから」




