すれ違う思い
お気に入り350件突破、ありがとうございます。
投稿が遅くなり申し訳ありませんでした。
少しでも喜んでいただければ、幸いです。
ピタリ、と凍り付くかのように動きが止まる。
さっきまでのあの暖かな時間が、一時の夢だと暗に告げる彼方の言葉で。
「………これ、には?」
思わせぶりな彼方の言葉の意味なんてまったく知りたくないのに、気が付けば恐る恐る問い掛けてしまっていた。
彼方の言葉の意味を知ってしまったら、両親と過ごしたあの優しい時間は、もう二度と私の元には戻ってこないのに。
思い出すのは、優璃であった時、最後に飲んだ彼方のミルクティー。
優しい香りとほんのり甘い、いつもとはほんの少しだけ違っていたあれ。
私は、目の前の懐かしいミルクティーを親の敵のように睨む。
ミルクティーに手を伸ばすことなど出来ず、ようやく目線を彼方に合わせる。
視線の先では、彼方がただにっこりと笑い、自ら入れたミルクティーを口にしていた。
まるでさっきの言葉に深い意味なんてないのだ、と言うように。
だけど、彼方の深い蒼色の瞳だけは、ただ真っ直ぐに私を見つめていた。
真実を知ることに怯える私が、このまま真実から目を逸らし続けることを赦さない、と告げるように。
いまだに頭は混乱したままで、何もかも忘れて眠ってしまいたいし、彼方の元から逃げ出したいと思ってしまう。
だけど、私を見つめる彼方の瞳の奥底、きっと前世で彼と一緒に過ごしきた私だから分かる微かな悲しみと怒りに気づいてしまった。
気付いてしまえば、逃げる道など選べない。
だって、やっぱり彼方は私にとって可愛い弟なのだ。
だから、彼方には笑っていて欲しいし、幸せになって欲しいと願ってしまう。
その為には、真実から目を逸らし逃げるわけには行かないのだ。
一度、目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
そして、改めて開いた目の先に居るのは、私が心を決めるまでただ黙って見つめていた彼方。
その様子が、かつて私を見ていたあの幼い顔と重なる。
私は、彼方のお姉ちゃんなんだ。かつて、幼い彼に依存してしまった、情けないお姉ちゃんだけど、だからこそ、今ここで向き合わなきゃ、お姉ちゃんなんて名乗れなくなる。
そう改めて思う私は、知らなかった。
彼方にとって、私は姉であって姉でなかったことを。
「………彼方、どういう意味?」
それでも、あれだけ決心してようやく絞り出せた声は情けないことに震えていた。
ようやく真実と向き合う気になった私を楽しそうに見つめながらミルクティーを飲み干した彼方は、すぐに答えなかった。
彼は、逆に私に実に楽しそうに問い掛けてきた。
「ねぇ、姉さん。姉さんは、何で死んだんだって思う?」
それは、確かにあの眠れない夜がくる度に思っていたこと。
眠ることを恐れてしまう自分が情けなくて、恐れを克服する為に叶わぬ願いと知りながら、知りたいと願っていた。
だから、彼方の言葉は前世に踏ん切りをつける為には、好都合のはずだ。
なのに、今は知りたくないと耳を塞いでしまいたい気持ちになってしまう。
そんな情けない自分を、真実と向き合うと決めたのだから逃げるな!、と叱咤激励する。
「あの時の姉さんには、死に到る病も怪我もなく全くの健康体だった。あの日は、僕と一緒に眠ったんだから、事故に遭うはずもない。もし、火事や地震があったなら、僕も一緒に死んでる。だけど、僕は死なずに寿命を全うした」
何故だと思う?
問い掛ける彼方の言葉から、何か突発的な事故が起きた可能性はないのだと分かる。
でも、そうなると残された可能性は、本当にあのミルクティーだけになってしまう。
そして、それは彼方が私の死に関わっていたということだ。
私は、彼方にそれ程嫌われていたのかと悲しくなる。
いや、前世の私は、今と変わらず平凡な少女だった。
何事も人並みか、時には人並み以下だった私は、彼方にしてみれば、恥ずかしく情けない姉だったに決まっている。
しかも、彼を支えるどころか、依存してる部分もあったのだ。
愚痴も文句も我が儘だって、彼に言っていたし、モテるどころか彼氏のかの字もなかった。
彼方みたいな優秀で天が二物も三物も与えたような彼の姉という立場は、私にはまったく不釣り合いだった。
周囲の人々にも散々言われていたのに、私は彼方の優しさに甘えていたのだ。
確かに、嫌気が指してしまったことだろう。
だけど、まさか彼方が殺したくなる程私を嫌っていたとは、露とも思っていなかった。
あの可愛い可愛い彼方に、人殺しをさせてしまったことがひどく申し訳なかった。
彼方は、優しくて我慢強い子だったから、たくさん我慢してくれていたのだろう。
もっと、早くに私が気付いて彼から離れていれば、彼方に罪を犯させる事はなかったのに。
そう思えば、恨みなどかけらもなく、ひたすらに後悔ばかりが湧いてくる。
「ごめんね、彼方」
謝っても仕方がないと分かりながら、それしか私は口に出来なかった。
本当にごめんね、彼方。私が、姉でなければ、罪も犯さずにすんだはずなのに。
何で、私達は姉弟だったんだろうね。
もっと素晴らしい人が彼方の姉であれば、誰も苦しまなかったのに。
「それは、何に対する謝罪?」
さっきまでの楽しそうな顔から、一変して不機嫌な顔になった彼方に更に申し訳なくなる。
「彼方、本当にごめんね。私がもっと早く彼方の気持ちに気付いてあげれたら、彼方に罪を犯させる事なかったのに。私なんかが姉だったから、彼方を苦しめたんだよね」
「………そうだね。確かに姉さんが姉さんだったから、僕は苦しんだし悩んだよ。姉さんが謝ってるのとは、違う意味でね」
ますます不機嫌になりながら、それでも、私を姉と呼んでくれる彼方の優しさに余計情けなくなる。
ただ、最後の言葉の意味が分からず首を傾げた。
鳥かごの小鳥は、いまだこの思いを知らず。
愛しい小鳥の止まり木は、かつては僕だけだだったのに。