エピローグ
廊下に出る。何やら辺りが騒がしい。紀代美はにわかに両親に会いたくなって、廊下を走った。仏間の辺りで悲鳴が上がっている。不審に思って行ってみる。
「あら、紀代美。また会ったわね」
そこには鞠子がいた。本当の姿の鞠子。仏間で、座って呆然としている人々に囲まれて、一人立っている。棺おけの中に。白装束を着て、いつもならしない赤い頬紅をつけて。
「おばあさま、だって、だって……」
紀代美が恐怖で泣きそうになっていると、鞠子は平然とした顔で、
「体が火葬されないうちに戻ったから生き返れたみたいね。ああ、これで寿命を全うできるわ」
と言った。
「こんな変な格好は嫌だわ。皆さん、わたし、着替えて参りますので」
鞠子はいつもの上品な笑みを浮かべてそう言うと、紀代美の横をすり抜けて部屋に入った。弔問客は皆呆気に取られている。
「おばあさまが、生き返った……」
紀代美はそう言うと、床にへたり込んだ。
次の日から、また英会話のレッスンが始まった。鞠子は一層紀代美に厳しくなった。いずれ留学させるつもりだという。それまで生きるつもりか。そう思うと紀代美はうんざりした。鞠子の指輪は消えた。代わりに紀代美の指輪がある。紀代美は小さな金庫にそれを仕舞っている。
一度少女帰りしたこの老婆は、前より少し若返った気がする。
「紀代美、あの時またわたしにくそばばあって言ったでしょう。許せないわ」
と、ぷうっと頬を膨らませるのだ。ぼけているわけでもないらしい。
「ごめんなさい、おばあさま」
紀代美はいつものように素直に謝る。
「紀代美、紀代美はイギリスに留学なさいね。わたしも付いていきたいの」
ぎょっとして、紀代美は鞠子を見た。
「おかあさまの故郷を、もう一度見たいの。前に行ったのはね……」
と自慢げに、とうとうと、鞠子は長い話を始めた。紀代美はうんざりした。
やっぱり、わたし、おばあさまのこと好きじゃないわ。
そう思った。
《了》